final fantasy VI@第三部

『デーゲーム』

 

 このお話は。
 『Duende』の、キリ番カウンター『66666』を踏んで下さった、『沙原邑璃』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。

  

 

 

 それは、『彼』がその地位に在位して、『  』程が経った頃の出来事。
 

 

「又随分、珍しいことを云うな…………」
 ──何時も通り、と云うか、何と云うか。
 彼等二人──当代のフィガロ国王、エドガー・ロニ・フィガロ二世と、フィガロ空軍大尉、セッツァー・ギャビアーニの『逢瀬の場所』と化して久しい、エドガーがプライベートに所持しているマンションのペントハウスにて。
 芸も何もなく、『何時も通り』顔を突き合わせて、恋人同士の時間を過ごしていた時。
 ふと、思い出したとでも云う風なノリで恋人が言い出したことを、しかと聴き止め。
 はあ? とセッツァーは、目を丸くしてみせた。
「……そう云うこと私が云うのって……そんなに、変……?」
 故に、誠に珍しいことに、『馬鹿面』とも言える程、仰天の表情を拵えたセッツァーを見上げ、エドガーは、困ったような顔になった。
「いや……そう云う訳じゃねえんだが……。まあ、お前が行きたいと云うなら……。あー、でも……。どうやって誤魔化すんだ? その形(なり)。幾ら何でも、当代の国王陛下が声張り上げつつBall Game観戦と洒落込んでたら、パニックになるぞ、客が」
 そんなエドガーに、セッツァーは。
 別に、悪いとか、変とか、そう言う訳じゃないが……と。
 至極、思案げに、その柳眉を顰めた。
「『変装』していけば平気だと思うよ。多分、だけど。髪は纏めて、野球帽子でも目深に被って、子供っぽい格好でもしていけば、何とかなるんじゃないかな。……行ってみたいんだ、スタジアムにね。『Take me out to the ball game.』……そんなノリで。買って貰える物は、ピーナッツとクラッカーじゃなくても構わないよ。ビールとホットドッグでも」
 が、当のエドガーは、そんなこと、どうとでもなる、と、さらり、他人事のように、セッツァーの思案を吹き飛ばした。
 

 

 その、夏の日。
 エドガーが何故、Ball Gameを見たい、とねだって来たのかは判らなかったけれど。
 どうしても行きたい、そう云うのなら、と、それから数日の後、セッツァーはエドガーを伴って、Ball Gameのスタジアムへと赴いた。
 忙しいことでは『定評』のある、彼等二人の予定を合わすこと叶ったその日の試合は、俗に云うナイターで、自身が云っていた通り、ぱっと見には、野球好きな青年、としか見えない格好──周囲の者達には顔も良く判らぬ格好、とも云うが──をしたエドガーと、普段通り、ぶらぶらと街を歩く時のようなラフな服装をしたセッツァーは、連れ立って、夕暮れのスタジアムの門を潜り。
 首都フィガロシティをホームとしているチームと、サウスフィガロシティをホームとしているチームとの一戦を、内野席にて、紙コップ入りのビール片手に観戦し始めた。
 ────その夜のGameは、大層盛り上がった試合だった。
 両チーム共、先発はエースだったし、どちらの主砲も素晴らしいヒットを放ったし、点の取り合いは程よく、九回になるまで、勝敗の決着は見えなかった。
 そう、要するに、一言で云えば、野球ファンには堪らない、緊迫した、手に汗握る、好ゲーム、と云うそれ。
 ……が。
 ゲームは申し分なく。
 セッツァーの唯一の懸念だった、エドガーの正体が、他の一般客にばれる、と云う事態を向かえてしまうこともなかったのに。
 確かに楽しんでいる風なのだが……歓声も上げ、紙コップ入りのビールも良く飲み、嬉しそうに顔を綻ばせて、試合に見入っている風ではあったのだが……何処か、恋人の面が、晴れていないようにセッツァーには感じられて。
 今一つ、しっくり出来ぬまま、ゲームに集中することも、恋人のみに集中することも、セッツァーには出来なかった。
 九回裏の攻防で、ホームチームが劇的に、相手チームを下し。
 ゲームセットのコールがされても。
 満足げな顔をした人々が、家路に着くべく、席より立ち上がっても。
「楽しかったね。いい試合だったし」
 ……と、そう云いながら、にっこりと微笑んだエドガーの頬は、何処か暗いと思えて。
「…………ああ、そうだな……」
 そんな風な、曖昧な相槌を返すしか、彼には出来なかった。
 ──ふい……っと夜空を見上げた後、緑の芝の上に、その眼差しを流し。
「ここはね。とても美しい球場なんだよ。Ball Gameの歴史の、全てが集約しているような、そんな場所で。……そう云う意味でも、美しい球場。ジョージやジョーに憧れた者達が、一度は目指す場所」
 ぽつり、呟くようにエドガーが洩らした一言のみが、何時までも、セッツァーの胸の中より、消えなかった。
 

 

「ジョージや、ジョー……ねえ……」
 楽しんだ、とも、楽しめなかった、とも言えぬ、Ball Bame観戦を終えた翌日。
 恋人との逢瀬を過ごした翌日は、常にそうであると云う、恋人同士だけの倣いに従い、セントラルパーク前のマンションより、フィガロ空軍基地へと向かったセッツァーが、軍務に就く支度の手を動かしながら、ロッカールームで思い出したことは、夕べエドガーが洩らした、歴史に残るBall Gameプレイヤーの名前だった。
 あの時恋人が告げた名は、少し野球を齧ったことのある者なら誰でも知っているような、それはそれは有名な選手達のそれだけれど……それにしては随分と、『古過ぎる引き合い』じゃないのかと、そんな感想すら胸に過らせながら。
 ジョージやジョーが、野球少年の憧れの的だった時代は、もう、遥か遠い昔過ぎる。
「……あれ? セッツァー、お前、野球なんか好きだったっけ?」
 ──と。
 そんな彼の独り言を聞き付けたパイロット仲間の一人が、随分と珍しい名前を、と、セッツァーの方を振り返った。
「いや、別に。興味がある訳でなし、ない訳でなし。嫌いじゃねえが」
 お前、スポーツに興味なんてあったのか? と、あけすけに戦友に尋ねられ、セッツァーは肩を竦めた。
「ふうん……。なら、何で又、そんな名前を」
「夕べ、一寸な。まあ……諸事情って奴で、野球観戦をして、その時に、そんな名前を聴いたから」
「あ、成程。それでか。──そうだよなあ、お前は、野球の往年の名選手に思いを馳せるようなタイプじゃねえよな。………俺、子供の頃、Ball Game好きでさあ。良く、親父にねだって、連れてって貰ったもんだよ。『野球場に連れてって』……ってな。あの歌の通り、ピーナッツとクラッカーも買って貰って。ジョージやジョーの現役時代を、俺は知ってる訳じゃねえけど、やっぱりなー、あの二人とか、ルーとかさー、あの辺の選手ってのは、特別な存在でさー……。でなー……────」
 ────独り言を聞き付け、話し掛けて来た戦友が。
 野球好きだったことを、セッツァーはうっかり失念していたから。
 つい、夕べはナイトゲームを観戦して来た、と彼が洩らしたら、止めどもなく、戦友は野球に付いての熱弁を振るい始め。
 ああでもないの、こうでもないの、延々、閉口する程の思いを味わったセッツァーは、うんざり、肩を落としながら支度の手を進めたのだけれど。
 いい加減にしろ、と云いたくなった友人の話の中に、一つ、『ヒント』を彼は発見し。
 

 

 それより、更に数日後。
 己が休日なのを良いことに、相手の都合も考えず、セッツァーはエドガーの携帯を鳴らして呼び付け、ぶつぶつ文句を零し続けながらも、呼び出しに応じた恋人を、super sevenの助手席に押し込め、真昼の幹線道路をひた走って彼は。
「…………え?」
 連れて来られた先を眺め、ぽかん、と云う顔になったエドガーを尻目に、『目的地』へ向かう途中に立ち寄った、マーケットで買い求めた缶ビールを放り投げ。
「こう云うBall Gameをお前が見たがっていたとは、思わなかった」
 その空き地の片隅に生える、雑草の上に腰を下ろして、セッツァーは、やれやれ、そんな風に、苦笑も洩らした。
 ──────セッツァーが、強引にエドガーを連れ出し向かった場所、そこは。
 フィガロシティ郊外の住宅街の一角にある、少しばかり大きめな、空き地、だった。
 その辺り一帯に住む少年達が、こんな夏の昼日中より集まって、草野球をやるような。
 事実、今彼等の眼前に広がる空き地では、ブカブカのユニフォームを着た少年達が、『拙い』試合に興じており。
「エドガー、お前がそんなに野球が好きだったのか?」
 恋人が静かに腰を下ろすのを、気配のみで察しながら、青空に舞う白球を、セッツァーは眺めた。
「…………そう云う訳じゃないよ。Ball Gameはね、好きでも嫌いでもない。多分、君が野球に対して持ち合わせている興味のレベルと似たり寄ったり。私もね」
 手渡された、温くなり始めの缶ビールを開けながら、セッツァーの隣でエドガーは、肩を竦めた。
「ほう。なら、どうして? 何故、Ball Gameを見たいとねだってみたり、こんな『渋い』試合が見てみたい、なんて考えた?」
「……何時の頃だったかなあ……。未だ、十代の半ばくらい……だった頃かなあ……。たまたまね、今日みたいな夏の暑い日にね、父上と乗り合わせた車の中から、通りすがり、こんな風な草野球を、見掛けたことがあったんだ」
 己へと、興味を示してはいない風に、少年達だけを見つめ続けるセッツァーの横顔を、ちらりと眺め。
 エドガーも又、真昼のBall Gameへと視線を戻して、ぽつぽつ、話を始めた。
「それで?」
「その時、草野球をしていたのは、当時の私と同世代くらいの少年達でね。随分と、眩しく見えた。とても一生懸命、Ball Gameをプレイしているのが手に取るように判って……彼等は皆、あの、緑の芝に被われた、歴史のある、美しい球場に立つことを目指して、こうしているんだろうな……とね。そう思ったんだ。往年の名選手達に憧れるままに。あそこを目指すのだろうと」
 ちゃぷりちゃぷり、缶ビールを摘んだ指先で揺すりながら。
 あっと云う間に飲み干して、アルミのそれをエドガーは、くしゃりと潰した。
「………まあ、そうなんだろうな。そう云う憧れってのは、ガキの頃なら誰もが一度は抱くもんだろ」
 エドガーと同じく、潰した缶ビールを、ひょいっとsevenのシート目掛けて放りながら、セッツァーは頷いた。
「うん。……この間、ね。昔に見た、そんな光景をね、ふと思い出したから……急に、Ball Gameが見たくなった。空き地から、少年達が、あの美しいスタジアムを目指したように、私も、自分の目指した場所へ、きちんと向かっているのだろうか、そんなことが気になったから。この『場所』に就いて、もう……『  』程になるけれど。私はちゃんと、あの時の少年達のように、行こうと思った場所を向いているのかな……って。そんなことが不安になって」
「考え過ぎだろ、それは。実際問題、お前は良くやってると、俺は思うがな」
「そうかい? ……そう云って貰えるとね、ほっとするけど。この『場所』に就いた時は、ほら……色々と、無我夢中だったけど。こうして、日々が穏やかになって、思い煩うことも少なくなったろう? だからね。私はもしかしたら、惰性に乗って、この場所に立っているのかな、なんてね。気にしてみた」
 雑草の上に両手を付いて、体を支えながら、ぼんやりと草野球を眺める恋人の傍らで、小さく膝を抱え。
 『デーゲーム』が見たいと思った理由は、そんな想い故のことだ、と。
 薄く、エドガーは笑った。
「惰性でもいいじゃねえか。立つべき場所に、お前はちゃんと立ってるんだから」
「……そうだね。──あ……ねえ、セッツァー? 君、どうして私が、『こう云う』Ball Gameが見たいと本当は思ってた、ってことに、気付いたんだい?」
 最初は薄く。
 その内に、声を立てて笑い出し。
 そう云えば、と彼は、セッツァーを向き直った。
「正直に云えば、こう云う野球が見たいとお前が思ってた、とまでは考えが及ばなかったんだがな。お前この間、ジョージがどうの、ジョーがどうの、って云ってたろ? スタジアムを出る時。たまたまな、野球好きの連れに、教えて貰ったんだ。あの連中がheroだった頃、Night Gameってのは存在しなかった、って話を。だから、お前が見たいと云ったのは、『デーゲーム』のことだったのかも知れない、そう思って。……があのスタジアムでのデーゲームは、当分組まれないってのも聴いたから、お粗末かも知れねえが、デーゲームはデーゲームだ、そう割り切って、ここに連れて来た。こう云うのも、乙かと思ったし」
 真昼の、拙い試合から、漸く目を逸らし。
 セッツァーはエドガーへ、ここへと引きずって来た理由を語った。
「今日日、Ball Gameが見たいと云えば、夜になるのが相場だからね。この間のアレでも、私は満足だったんだけど」
 故にエドガーは、先日の逢瀬で『終わり』でも、別に自分は構わなかったのに、と云ったけれど。
「そう云う訳にゃいかねえだろ。お前の望みは、完璧に叶えてやるのが、俺の趣味なんでな」
 そう云いながらセッツァーは。
 真昼の空へと消えて行く、白球が描いた放物線を眩しそうに見上げた。
 すっかり温くなってしまった、二本目の缶ビールを開けながら。

 

 

 

  

 キリ番をゲットして下さった沙原邑璃さんのリクエストにお答えして。
 『スタンドでビール片手に野球観戦デート』と云うテーマを、海野は書かせて頂きました。
 ……すみません、リク内容と、結構な相違を見せてしまいました……(平身低頭)。
 話を捏ねていた時は、爽やかな、爽快野球観戦デートに勤しむお二人を書く気満々だったんですが……。
 私は、野球と云う物は本来、青空の下、天然芝の上でやるもんだ、と云う幻想を抱いている奴でして(笑)。つい…………(目線逸らし)。
 思いっきり趣味に走りそうになって、それを回避したらこうなった、と云う説も、あったりなかったりしますが……(やっぱり目線逸らし)。
 ああ、何か、高校球児のようなノリ……。

 気に入って戴けましたでしょうか、沙原邑璃さん。

 

※ 補足 ※

 もしかしたら、言わずもがなのことかも知れませんが(笑)。
 このお話の中に出て来るスタジアムのモデルは、我が最愛の球場、ヤンキースタジアムです。
 ジョージ、と云うのは、ジョージ・ハーマン・ルース、則ち『ベーブ・ルース』のことで(ジョージ・ハーマン・ルースがベーブ・ルースの本名)、ジョー、と云うのは『ジョー・ディマジオ』のことです。マリリン・モンローの、二番目の旦那。
 両者共、本当に偉大なベースボールプレイヤーだった方です。

   

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