final fantasy VI

『その発端と顛末』

 

 このお話は。
 『Duende』の、キリ番カウンター『40000』を踏んで下さった、『繭魅』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。

 

 

 にこっ、と笑った彼の、反らす程に伸ばした両の指先が、するりと、やはり、『彼』、の首に絡み付いた。
「セッツァー?」
 『彼』のことをそう呼んだ、伸ばされた、綺麗な指の持ち主、エドガー・ロニ・フィガロは。
 刹那、浮かべた笑みの色を深め。
「……君って男はっ!」
 ぱっと見には、色気らしきものまで感じられる動きを見せたその指先に、かなりの力を込めると。
 きゅっっっ……と、『彼』、セッツァー・ギャビアーニの首を、締め上げた。
「ぐっ……。おまっ……」
 視界の端で捕えた時は、優雅に見えたエドガーの指先の動きに、少々見蕩れていた──彼等は同性同士であるが、恋人同士でもあるので──セッツァーは、それが巻き付いた己が首に、思いもしなかった仕打ちを受けて、潰れた声を出したが。
「ほんっとーに君って男は、恥知ら……────いっ……痛……っ」
 冗談でない殺意が籠っているのではないかと思える程、自身の手に、強い力を与えたエドガーは、それを、セッツァーに制止されるよりも先に、ピクっと頬を引き攣らせて、一度は、この一連の動作の為に身を乗り出した長椅子に、再び沈んだ。
「……平気か? 大事にしろよ」
 背筋を伸ばして、恋人の首を締め上げる、と云う動きの所為で、ピシピシと、鈍い痛みが走った箇所──腰、を押さえて、情けない顔つきをしたエドガーを、セッツァーは同情の眼差しで見遣る。
「君がそれを云うのかっ!」
 すればエドガーは、怒りに全身を震わせて、一睨みで生き物を石と化させる伝説の邪神もかくや、と云う程鋭く、セッツァーを睨み付けた。
 

 

 ──さて。
 砂漠に照りつける日射しも麗らかー…な、この春の午後。
 フィガロのお城の一室にて、何で彼等がこんな会話を交わしているのか、語らねばなるまい。
 ……まあ、多くを語らずとも、賢明な乙女達には薄々の察しが付こうかと云う会話だが。
 ──聴けば判る通り。
 同性同士且つ、この時代には決して避けて通れぬ身分の隔たりは何処へ行った? と云う異色の組み合わせながら、仲睦まじい恋人同士であるセッツァーとエドガーの二人は。
 今、口喧嘩、をしていた。
 今回は珍しく、うっかりすれば、肉弾戦に突入しそうな勢いのある口喧嘩、ではあるが、片割れが、『腰』、を患っている関係で、罵り合い以上へ発展する恐れはないが。
 思いっきり彼等は、喧嘩の真っ最中だった。
 ………………ここまで語ったならば。
 何故、彼等が口喧嘩をしているか、の理由も、語らねばならないだろうか。
 正直、余り語りたくはないが、仕方ない。
 ──くどいようだが、彼等は恋人同士だ。
 男同士でか? おいおい、と云う突っ込みを無視して、きっぱりはっきり、互いが互いの、『まい・らばー』。
 なので恋人同士で、お子様同士でもない彼等、誠に下世話で申し訳ないが、同性同士の組み合わせの際、肉体にもたらされる『不具合』も気にせず──多少は気にした方が健康の為だと思うが──、やるこたぁ、やる。
 久し振りの逢瀬、とやらを果した夕べも、久し振りだったものだから……そのう……励んだ。
 彼等、励んでしまった。
 ……で。
 あの『運動』は、励み過ぎると節々に来る、と云う、人体のお約束通り。
 片割れはちと、腰を痛め。
 エドガーがそうなったことに対する責任が、お前以外の誰にある、と突っ込んでみたい片割れは、他人事のよーな眼差しと台詞を、恋人に送ったので。
 こんな、誠にお下品、な事情で、冒頭で語ったような事態に、彼等は今、陥っている。

 

 

「平気かとか大丈夫かとか労れとかっっ! そんな台詞、君にだけはぜっっっっったいに云われたくないっ!」
 ──だから、エドガーは。
 痛みに負けて沈んだ長椅子の上で、クッションを抱え、声高に叫んだ。
 拒めなかった君も同罪、と、囁いてやりたいが、それはまあ……ごにょごにょ。
「じゃあ、他に何て云えってんだよ。一応俺は、心配してやってんだぞ?」
 が、恋人の御機嫌斜めになぞ、一々付き合っていられぬと、セッツァーはそっぽを向いた。
「……その、厚顔無恥な態度を改めてくれるだけでいいんだ……」
 この男相手に何を云い募ってみても無駄だった、と、あらぬ方向を向いた挙げ句、旨そうに煙草を燻らせ始めてしまった彼に、エドガーはげんなりする。
 そして、一国の主である己が、何でこんなに情けない思いをしなければならないんだと、抱き締めたクッション相手に、一人さめざめと、訴え始めてしまった。
「しょーがねーなーーっ……」
 こんな男の何処が良かったんだ、極道者に惚れるなんて一生の不覚だ、私の気持ちなんてこれっぽっちも判ってくれない、ああ、何と云う不幸………なんて。
 物言わぬクッション相手に、ぶつぶつぶつぶつ、恋人が云い始めたから。
 銜えた煙草の吸い口を噛み、鬱陶しそうに銀の髪をセッツァーは掻き上げる。
「……お前、明日も暇か?」
 いい加減に何とかしないと、根深い御機嫌斜めになる、と彼は予想して──そんな予想が立つなら、最初から己を制せ、と云ってみたくはあるが──、エドガーの御機嫌伺いを開始した。
「…まあね……」
 そろそろ折れてやるか、そんな気配を漂わせ始めたセッツァーの声音に、顔を埋めていたクッションから、ちらりとエドガーは、この『代償』は高いよと、そんな視線だけを送って寄越す。
「湯治にでも行くか? ちょいと最近な、カイエンに教えて貰って、凝ってるんだ。多分、効くぞ、疲れには」
 要するにあれだ、気休めでも、腰の痛みが和らんで、寛いだ雰囲気にでも浸れば、この手の機嫌の悪さは、案外呆気無く直る筈だから、と。
 出掛けよう、とセッツァーは──恋人に疲れを覚えさせたのは、何を隠そう君では? と、問い掛けてみたい台詞を──言い出した。
「湯治? え、スパ? ……飲泉やサウナで、そんな劇的な効果って得られないと思うけど?」
 そんな申し出に、エドガーはきょとん、とする。
「お前んトコのスパと、一緒にするな。あんなのじゃなくってだな……──まあ、いいか、行けば判る」
 ああ、だから、お前の国での、スパの常識とは違って、と、セッツァーは云い掛け。
 言葉で説明するよりも、『放り込んだ』方が早い、と、誘いの意味が判らず、ぶつぶつ言い出したエドガーを促した。
 

 

 元を正せば、一体誰の所為でこうなったんだ、と、文句を聞かせてやりたい思いが、頭の隅から消えない訳ではなかったが。
 傍若無人な恋人は、何を云い募ってみても、こう、と決めたら人の話なんか聴きはしないから。
 溜息付きつつも、己が砂漠の国とは違う事情だと云う、ドマ地方のスパに、一寸ばかり興味を惹かれ。
 セッツァーに連れられるまま、エドガーは──国政はどうしたのだろう…──、最近恋人がはまっていると云う、湯治場を訪れた。
 湯治、などという言葉は初耳だったが、要するに、温泉療法の一つ、と云われ、今一つ理解の及ばぬまま、まあ、悪い話ではないんだろう、と。
 連れて行かれた先、緑深き山奥にある、鄙びた、と云うよりは過疎、いや……どう見ても野中の一軒家、てな風情の建物に入り、恐る恐る、建物の反対側を、彼は覗いた。
 すればそこには、……池? と云いたくなるような、岩に囲まれたくぼみに、湯気の立つ水──水から湯気が立っていたら、それは、『湯』、と云う──が、滔々と流れ込んでいて。
 天然の風呂か、と、エドガーは納得する。
 あれに浸かることが、湯治と云う療法なのだろう、と云うのも、想像出来た。
 湧き出る湯の成分がきっと、飲泉のそれと同じく、体にいいのかな、と。
 ぼんやり、そんなことも考えた。
「滅多に人の来ない所だから。とっとと入るぞ」
 ふーんと、物珍しそうに、露天風呂を見遣る彼を、この気持ちよさが病みつきになるんだと云いながら、セッツァーが促した。
 ──ぽいぽい、そんな風に潔く服を脱ぎ捨て、古傷だらけの裸体を晒し、何時の間に用意していたのか、サラシをぶったぎっただけに思える布切れ片手に、恋人が先に行ってしまったから。
 蒼のリボンで髪をアップに纏め直し、そろっと、滑らせるように服を脱ぎ、お前の分だと置かれていた布切れ片手に、エドガーは露天風呂へと、素足で踏み出した。
 

 

 生まれて始めての経験する、露天風呂、は。
 ちょろっと足先を浸した時には、少し熱過ぎるように感じたけれど。
 ──じんわり、じっとり、ほかほか。
 湯の中に沈んでいる岩に腰掛け、肩まで浸かれば、じーーーーー……ん……と、何かが体の中に染み渡るように感じられ。
 気分も体もほこほこで。
 腰の痛みも何処かに消えてしまいそうで。
 極楽、な気分を、エドガーは覚えた。
 この出来事の元凶も、気持ちが良いのか、隣で鼻歌なぞ歌い、『害』も為さなかったから。
 何となく、命の洗濯、と云う言葉を体感出来た気にすらなって、サパリ、と湯から上がったセッツァーに倣い、彼も又、うっすら赤く染まった体を、サパリ、と湯から出した。
 湯治と云うものは本来、一週間程度の期間を掛けて行うもので、一日に、何度も出たり入ったりを繰り返しもするのだと、先程、セッツァーからレクチャーを受けていたが為。
 あんまり長湯をしていると、のぼせてしまいそうな感もあるし、丁度いいか、と、『野中の一軒家』へと彼は戻る。
 小さな、訪れた者は誰でも無償で利用出来るそこは、庵のようで。
 使用されている青竹や木材の香りも、抜けて行く風も、火照った体に心地よく。
 もしかして、最初からそのつもりだったんじゃないのか、と一瞬云いたくなる程準備よく、セッツァーが持参して来ていた、この、東国地方独特の、麻で出来たローブのような衣装を纏ってエドガーは、コロン……と、床の青竹を覆う、草で織られた敷物の上で、寝転がった。
 ────湯疲れ、と云う言葉があることを、彼は知らなかったけれど。
 暖められた体が、少しずつ重みとけだるさを増し、眠りが招く手を感じるのを、効果の一つなのだろうなと受け止め。
 エドガーは身を丸める。
 ローブに良く似た衣装の裾が、身を丸める動作に従い、しっとりと濡れた腿の辺りが露になるのも、きつくは締めなかった帯が弛んで、火照りに染まった胸元がはだけるのも、彼は気に止めなかった。
 ……そもそも。
 何故、己が恋人と連れ立って、ここに来る羽目になったのか、を忘れ。
 その原因となった、逢瀬の夜の『出来事』も、敢えて語るなら、腰の痛みも、ころり、と忘れ。
 ひさー……しぶりの逢瀬の延長の中、それが、恋人を、どう云う風に刺激するか、も忘れ。
「気持ちいいな。砂漠では味わえない醍醐味だね」
 …なんて、脳天気な台詞まで、彼は吐いた。
「そうだな。昼間っからお前と二人、露天風呂に浸かる、なんてなぁ…早々とない美味しさだ」
 のほほん、とした己が言葉に返されたセッツァーのそれに、何処か『不穏な気配』が滲んでいるのにも、気付けなかった。
「そうだね。……ああ、贅沢だな。こう云う瞬間って」
 だから、横たわったまま。
 純粋な至福の眼差しで、エドガーはセッツァーを見遣ったが。
 幸せそー…に見上げて来た恋人に、にたっっ、とセッツァーは、魂胆ありあり、な笑みを返し。
 エドガーのはだけた胸元に、するりと片手を忍ばせて、ずるりと襟をはだけさせざま、いとも簡単に、覆い被さった。
「………セッツァー」
 絡め取るように手首を取られ、肌を暴かれ、のしかかられて。
 上機嫌なトーンから一転、地の底を這う声音を、エドガーは出す。
「何だ」
「…どうして、直ぐ、『そう』なんだ? 君は」
「おや、失礼。……誘われてると思ったんだが? 折角のお誘いは、受けなきゃ悪いだろう?」
「私が、何時、どうやって、君を誘ったと?」
「……自分の格好に聴いてみろ」
 けれど、厚顔無恥で、傍若無人、なセッツァーは。
 合わせ目の乱れた裾から覗く脚に、自らの脚を割り入れる。
「……まさか、始めからそのつもりで、ここに連れて来たんじゃないだろうね……」
 無礼な捌きを見せる恋人の脚を何とか蹴りつつ、エドガーは云った。
「少なくとも、最初『は』、そのつもりじゃなかったな」
 しれっ…と、セッツァーはその追求を否定した。
「私は、腰が痛いって、そう云わなかった?」
 だからエドガーは、漸く思い出したそもそもの『発端』を、恋人にも思い出させようとしたが。
「安心しろ。俺達は、湯治に来てるんだ」
「じょうっっっだんじゃないっ! いい加減にしてくれ、セッツァーっ!」
「お前が悪いっつってんだろうが。幾ら俺の前たぁ云え、無防備過ぎるってのも問題だぞ?」
「己の欲求に素直過ぎる性格を、何とかすればいいだろうっっ」
「そんなもの、今更修正なんざ効くか」
 ──抵抗も、怒りの声も、刺すような視線も。
 ここに来た理由も何も彼も、セッツァーは受け流し。
 小気味良い程の衣擦れの音をさせて、衣装の帯を解いた。
 

 

 ────その後。
 暫くの間、野中の一軒家──が、何時、利用者がやってくるとも限らないそこ──のような風情の、その『湯治場』には、彼等の声高なやり取りが、響いていた。
 言い合いは、やがて掻き消え。
 さわさわと、辺りを渡る風だけが、耳を奪う音となり。
 その、暫く後、には………だったが。
 この成りゆきを語れば、乙女達には、何が起こったのか御理解は頂けるだろうから。
 一組の恋人同士の馬鹿馬鹿しい『醜態』を、敢えて語るのは止め。
 この場所を彼等が訪れた目的である、砂漠の国の国王陛下が患った、『一過性の腰痛』が、この後、どうやら悪化したらしいことだけを、お伝えするに留めたい。

 

 

 

 

 

 キリ番をゲットして下さった、繭魅さんのリクエストにお答えして。
 『二人で温泉に』、なお話を、海野は書かせて戴きました。
 いちお、衣装(戴いたリクエスト通り、浴衣か否かは謎)も、脱がせてはみました(汗)。
 ちょ、一寸お下品だったかも、です……。
 陛下、苦労しているんですね(違)。
 ……と云いますか……受け方である彼が、腰を痛める格好って……(ああ、海野、下品(汗))。

 気に入って戴けましたでしょうか、繭魅さん。

   

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