final fantasy VI 『神よ、神』
このお話は。
『Duende』の、キリ番カウンター『45678』を踏んで下さった、『春也』さんに捧げます。
リクエスト、どうも有り難うございました。
その小部屋の入り口に立ち。
上着を脱ぎ捨て。
服の袖を捲り上げ。
長い銀の髪を、皮紐で、一つに纏めて。
フン……と、セッツァー・ギャビアーニは、溜息を一つ、付いた。
「あの、な。エドガー。云いたくはないが」
「……何?」
溜息混じりに呼び掛けられた、エドガー・ロニ・フィガロは。
セッツァーと同じシャツ・スタイルの格好をして、やはり、腕まくりをし、長い金の髪を綺麗に編み込んだ髪型で、やる気満々、と云った表情を湛えながら、『親友』を冷たく振り返った。
…………否。
親友……と云う言い方は、きっと、正しくない。
何故ならば、彼等は、歴然とした親友、と云う関係では、なかったから。
だが、かと云って、では彼等の関係が、如何なるものなのか……と問われれば、こうだ、と返す、明確な言葉は、存在しない。
──有り体に云ってしまえば恐らく、彼等の関係には、親友以上恋人未満、と云う言葉が当て嵌まるのだろう。
何時ぞやの、長い長い冒険の旅を終えて、何となく、互いが互いを意識し始めて、ぼんやり、ではあったが、想い想われていることも、彼等共に、承知はしているのだが。
それぞれの立場や、それぞれの身分や。
何よりも、同性同士であること、が、自らの胸の内を過る想いを、形や言葉にするのを、彼等に躊躇わせているから。
二人の関係は、今だ、対外的には『親友』であり。
彼等の内面的には、親友以上恋人未満、だ。
──そう、だから。
世間的にも、自分達の心の中の半分でも、親友、である彼を冷たく振り返ったエドガーは。
「云いたくないことなら、云わなければいいのに」
振り返った時以上の冷たい目線で、セッツァーを見遣ったが。
「…上げ足を取るんじゃねえよ。──あのな、エドガー」
「だから、何」
「どうして、俺が、お前んトコの『掃除』に、付き合ってやらなけりゃいけないんだ? 一応はお前、ここの国王陛下、だろうに。掃除なんざ、女官とか衛兵とかに、やらせりゃいいだろうが」
セッツァーは、曰く、『掃除』に励む為の格好をしてしまっていると云うに、ぶつぶつと愚痴を零した。
「何を今更。手伝ってくれるか、と聞いたら、構わないって云った癖に。それに、これは掃除じゃなくって、探し物。どうしても、今週末までに、私の両親の遺品の中から、探し出さなきゃならないものがあるんだ。……ま、目当ての物が何処に有るのか判らないから……結局、掃除にはなるんだろうけどね」
しかし、洩らされた文句を、ひらひらと手を振る動作で、エドガーは退ける。
「…………付き合えばいいんだろ。…っとに……」
故に、愚痴なんざ、云うだけ無駄だった……と、セッツァーは覚悟を決め。
「悪いねえ。折角の休日に。どうしても、自分で探したいんだ」
申し訳ないなどと、欠片も思っていないだろうエドガーは、にこっと微笑んだ。
「…で? 何を探すんだ?」
「母上の──と云っても、私は母上を実際に見たことなんてないけど──jewelry box。大切な指輪が入ってる筈なんだけど……。大切な品達だからって、奥底に、仕舞い過ぎてしまって……何処にあるのやら……」
覚悟を決めたなら、それでいい、と。
エドガーは、遺品やその他、王家の人間やこの国の者達にとっては大切な品が納められている部屋……と云うよりは、物置き部屋、と例えた方が、余程相応しいその小部屋へと向き直り。
は……と、肩を落とした。
小部屋、と云ってもそこは、エドガーの住まうフィガロ城の『小部屋』だから。
他の部屋の規模から比べれば小さい、と云う意味での『小部屋』でしかなく。
「やれやれ……」
苦笑を浮かべて彼は、室内に踏み込み、全ての窓辺に掛かる、生地の厚いカーテンと、レースのカーテンを引き開け、窓も、鎧戸も開け放ち。
舞い散る埃に噎せながら、棚の上や、床の上に、雑然と置かれた荷物達と、格闘を始めた。
「セッツァー。早く、手伝ってくれ。えーと……どれだったかな……。確か……濃い色の木の枠の……絵が描かれてる白磁のプレートが嵌ってた奴だったような……。あれ……? それは、お祖母様のだったっけ……? 母上のは、アラバスターの奴だったかな……。螺鈿……のって……誰のだっけ……。──ああ、沢山あるから、訳が判らなくなって来た……。どれが、誰のだったか……」
あちこちをひっくり返し、さて、どれが誰の品だったのやら、一人に一つ、と云う訳ではないし、と。
ああでもないの、こうでもないの、記憶を辿りながら、目的の品を探し続けるエドガーに倣って、腕を動かしながら。
「……だから、貴族ってのは……」
セッツァーは、至極、嫌そうな顔をする。
どうして自分は、こんな埃塗れの部屋で、他人の宝石箱を探さなきゃならないんだろうと、彼は思いながら、ふと。
「処で、エドガー」
「……だから、何? 今更、嫌だなんて……──」
「──そうじゃない」
「なら、何だい?」
「jewelry box、を探したいのは、良く判ったが。お前のお袋さんのjewelry boxの、『何』に一体、用があるんだ?」
「さっき云ったろう。大切な指輪が入ってるんだって」
「…それは、聞いた。俺が聞きたいことはそれじゃなくって。その指輪とやらに一体、何の用があるんだ、と聞いてるんだ」
漸く、落ち着き始めた埃達に、ほっとしつつ。
たらたらと、セッツァーは尋ねた。
「…ああ。云わなかった……っけ。……マッシュ、がね、そろそろ『彼女』に、求婚、と洒落込みたいらしくってね……」
問われたことに、エドガーは、苦笑いを浮かべつつ。
ぼそり、云った。
「求婚? あいつが?」
「そう。あいつ、が」
「例の……か?」
「らしいね。……私は、反対する気なんて無いし。それ処か、諸手を上げて、賛成してるから。一寸ね……あいつの為にね、母上の形見の指輪でも、探してやろうかと」
「成程。お前が探してるってのは、お前のお袋さんが、親父さんから貰っただろう婚約指輪って訳か……」
何故か、苦笑を浮かべて、何処となく云い辛そうに、事情を告げたエドガーに、セッツァーは、頷きを返し……でも。
「そういうこと」
「……だが、事情は判ったが……又、何で? んな物、てめえの女にプロポーズする、マッシュ自身が探せばいいことだろう」
それを探すのは、お前ではなくて、マッシュの仕事だ、と、彼は『親友』に、瞳で語った。
「うん……そうなんだけど…。──ほら、我々は双児だけれど。生まれて来るのが数分遅かったって云う理由であいつは、弟だろう? だから例えば…私が今探してる、母上の婚約指輪、とかね、そう云った物は、長男であり、フィガロの国王である私が何時か娶るだろう、未来の王妃に伝えるものだ…と、やけに古風なことを考えてるらしくって。…………でも……私にはそんな物、必要な……────。…………何でもない…」
更なる理由を問われ、つらつらと語り掛け。
エドガーは口を噤む。
「ま、折角だから。てめえのお袋さんの形見を差し出して、プロポーズするってのも、女の性格によっちゃ、『向き』だな……」
──エドガーが何故、話の途中で口を噤んだのか。
その理由にセッツァーは、充分過ぎる程の心当たりがあるから。
少しわざとらしく、彼は、言い淀むでなく、話を逸らした。
「あ、あの………セッツァ…その……」
云わずとも良かった理由を云い掛けた、己の愚かさ、そんなものを語り掛けてしまった挙げ句、口を噤んだ罰の悪さ、そして、セッツァーのわざとらしい話の逸らし方、に、エドガーは気まずそうな顔をする。
「ん? どうした? 見つかったか?」
が、セッツァーは、知らぬ存ぜぬを貫き通したから。
「……ううん。あの……そう、じゃなくって……その……──あ、ああ……その辺り、じゃなくってね、その隣の棚が、宝飾品の──」
『親友』の態度に、何処かほっとしつつ、エドガーは曖昧な笑みを作って、わざとらしさを重ね。
「判った」
セッツァーの、その一言を最後に、彼等は暫し沈黙を保ちながら、探し物を続けていたが。
午後の、少しきつめの日射しが、開け放たれた窓辺から射し込む、その部屋の片隅で。
大分、埃の消えた床に膝付いていたエドガーが、ふと、片隅に目を止め。
「あ……。これ、未だ残ってたんだ」
棚と棚の隙間に立て掛けたあった、大きめなケースを、引きずり出した。
「…おいおい。思い出に浸るのもいいが。んなことしてたら、何時まで経っても、終わらねえぞ?」
引きずり出した品の蓋を開け、懐かしそうな目をした『親友』の姿に、セッツァーは顔を顰めたが。
「………何だ、『サズ』じゃねえか。誰にそんな趣味があったんだ?」
現れた物の正体が、『サズ』と云う楽器であるのに気付いて、彼もやはり、動かしていた手を止めた。
──サズ、と云う楽器は。
この辺りの伝統楽器の一つで、洋梨を縦に割ったような形態をした胴体部分に、長い首の付いた、三弦の、弦楽器だ。
セマと云う、やはり、この地方の伝統的な舞踊──それも、神に捧げる為の舞踊──の際、良く用いられる代物。
……エドガーが持ち出した物は、それだったから。
セッツァーは、彼の近くに寄って、サズを取り上げた。
「じいやがね、未だ若かった頃、良く弾いてたんだ」
「ほう。あのじい様がね。そりゃ、意外だ」
「あれでいて結構、こっちの方面にも明るかったんだけどね、じいやは。…何時の間にか、音楽も嗜まない、無骨な頑固者になってしまった」
かつて、その弦楽器は、今ではフィガロの大臣を勤める老人が嗜んでいた品だと、エドガーは笑った。
「お前が、世話ばっか焼かせてるからだろ」
「……失敬な。そういうことを云うか、君は」
『親友』が口にした冗談に、エドガーは笑いを重ね。
ふと、荷物の山の一つに腰掛けたセッツァーが、サズを構えたのを見遣り、笑いを収め、首を傾げる。
「まさかと思うけど。君、それ……」
「それこそ、意外か?」
「……まあね。だって……」
「云われなくても、俺が一番そう思う。……昔、な、ちょいと、訳あって。今でも、まともに弾けるかどうかは、判らないぞ?」
エドガーが首傾げた理由に、セッツァーは、微笑みを返し。
サズの弦を、弾いた。
弾かれたそれは、長年眠っていた所為か、少しばかり音階に狂いがあって、釣り糸のような弦を巻き、丁寧な調律を施すと、彼は。
「……うろ覚え、だが」
そう云いながら、セマの為の舞踊曲を、小さく奏で始めた。
「君に、そんな特技があるなんて、知らなかった……」
今だ、僅か埃の舞うその小部屋に、低く流れて行く舞踊曲の旋律に耳を傾け。
正直な感想を、エドガーは洩らす。
「他人に、聞かせてやる程のもんじゃねえがな」
「謙遜しなくったって、いいよ。それだけ弾ければ、充分」
「…そうか?」
──立派なものだ。
そんな、エドガーの讃えを受けて、セッツァーは、少しばかり照れ臭そうに、曲の半ばで手を止めた。
「……ねえ、セッツァー。その曲、最後まで弾ける?」
止まってしまった音楽に、エドガーは、名残惜しそうな顔をしたが、刹那、ぱっと顔を輝かせて。
最後まで、その曲を奏でられるか、と尋ねた。
「そりゃ、まあな。何処までも、うろ覚えでいいんなら」
「構わないよ。ちょっと、弾いてくれないか? 最後まで」
多分、大丈夫だと思う、と云う、セッツァーの応えを受け、編み込んだ髪を解き、小部屋の中で、一番空間が広がる場所に、彼は立つ。
「セマの為の曲を、聴かせてくれたお礼」
……そう云って、彼は。
立てた指先で、セッツァーに合図を送ると。
再び流れ出した舞踊曲に合わせ、セマの踊りを、舞い始めた。
──セマの舞い、それは本来。
胸に手を当て、腕を交互に大きく広げながら、数人で、輪を描きつつステップを踏む処から始まる。
始まりはゆっくりと、そして次第に動きを早め、神との一体感を得る為の、恍惚の瞬間を目指して、舞われるものだが。
この場には、サズを爪弾くセッツァーの他には、誰もいないから。
エドガーは、たった一人で、その舞踊を舞い。
神に捧げる為の、歌を口ずさんだ。
────神よ、神。
神よ、神よ、我等が神よ。
総ての者に、慈愛を。
分け隔てのない、慈愛を。
そして、祝福を。
総ての、者に。
……そんな歌を、セッツァーが奏でる舞踊曲に合わせて、歌いつつ。
射し込む午後の陽光の中、きらきらと、微かに舞い散る埃を背に。
腕を振り、足を捌き。
曲の終わりしな……砂漠の神を信じる者達が、セマの舞踊に歓喜して、『誰か』と交わすことが約束となっている抱擁を、セッツァーに求め。
エドガーは、舞を終えた。
「…………神よ、神……か……」
余韻を残して、サズの音色が消えて行く中。
セッツァーに、抱擁を求めたまま、エドガーは、セナの為の歌の歌詞を、ぽつり……と呟いた。
「……神が、どうした」
荷物の山に、サズを立て掛け。
首筋に縋り付くエドガーを両の腕で差さえ。
何の感慨も持たせぬ風に、セッツァーは云う。
「例えば……マッシュや『彼女』のように……性を違えるものだったら……。神様は、許してくれるのかな。私は…自分の為に、母上の形見の指輪を、探せたのかな……。神様に許しを得られて、祝福が授けられて、こんな舞踊の最中に……最愛の人と抱き合っても、讃えて貰えたのかな……」
そっと、金糸が舞い散る背中へと廻された、セッツァーの腕の『確かさ』に、エドガーは。
どうして、こんな舞踊を、マッシュとマッシュの『彼女』の為の指輪を探している最中、舞ってしまったのだろう……と。
唇を噛み締めた。
「誰と誰の、性別が違っていれば良かったと、お前は云うんだ?」
色をなくす程噛み締められた、エドガーの唇に、静かに指を這わせ。
そんなことをしてはいけないと、眼差しでセッツァーは嗜める。
「判ってる……癖に…………」
「ああ、そうだな……」
「良く、判ってる、癖に…………」
「ああ。……良く、判ってる…」
湿ったそこを撫でてゆく指先に促されるように、エドガーは薄く唇を開いた。
「でも」
『親友』の唇に、赤みが戻ったことにほっとしつつ、セッツァーは云う。
「……ん?」
「俺には、お前のように、何かを残してくれたニ親はいないし。『誰か』の為に、探し出したい品もないし。神の祝福とやらも、許しも讃えも、欲しいとは思わない、が」
そうして、彼は。
エドガーの背(せな)へと廻した己が両腕に、少しばかりの力を込め。
「お前が許して欲しいと云うなら、俺が、許してやるし。祝福が欲しいと云うなら、神の代わりに、俺がそうしてやるし。……指輪の代わりになるような、何かの『証』が欲しいと云うなら……俺自身が掴んだ物を、俺の手で、お前にやる。……お前に、その覚悟があるんなら、な……」
薄く開かれたままだった、エドガーの唇に、微か、己のそれを、掠めるように触れ合わせると……セッツァーは、抱き締めた人の体を離し、傍らに立て掛けたサズへと手を伸ばした。
ぽろん……と爪弾かれ、サズは、音階を鳴らしながら震える。
「ああ。……神の祝福なんて……俺は要らない。慈愛も、祝福も、讃えも必要無い。何も欲しいと思わない代わりに……たった一つだけ、手に入れることが出来るなら……。……言えなかった。……今まで、言えなかった、けれど……。──なあ、エドガー。俺じゃ、駄目……か? マッシュのように。何かの『証』の代わりになる、母親の指輪を渡せるような相手でなきゃ、嫌か? 『証』を……渡される立場になるのは……嫌、か……?」
──微かに埃舞う、その小部屋に、爪弾かれたサズの音色が消え去る直前。
セッツァーは、エドガーの紺碧の瞳を見上げて、そう告げて。
掌上向けた右手を、差し出した。
「……………………さあ。どう……だろうね……」
エドガーは。
そんなセッツァーへ向けて、曖昧な台詞を返しながらも。
少しだけ躊躇い。
静かに、右手を持ち上げた。
差し出された『恋人』の掌へと、その手を重ねるべく。
キリ番をゲットして下さった、春也さんのリクエストにお答えして。
『楽器付きで歌って踊るセツエド』、なお話を、海野は書かせて戴きました。
珍しくも、友達以上、恋人未満、な彼等でしたが、如何でしょうか。
くっついたので、OKかな?(笑)
因みに、サズと云う楽器は、実在の物で、セナ、と云う踊りも、実在のものです。
トルコが故郷の楽器であり、舞踊ですが。やっぱり、若干のフィクションは盛り込まれていますので、御了承を。
恐らく、セナと云う踊りに、歌はありません。あったとしても、この物語に出て来た歌ではありません(笑)。←ですから、調べないように(笑)。
神よ、神よ、と云う台詞は、セナの踊りの際、信者の皆さんが口にする言葉だそうです。それを元に、私が勝手に歌詞を作りました(笑)。
気に入って戴けましたでしょうか、春也さん。