final fantasy VI

『心よりのキスを』

 

 

 このお話は。
 『Duende』の、キリ番カウンター『555』を踏んで下さった、『楠 千尋』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。

 

 

 

 

 見上げれば、夜空からは星が降り注ぎそうだった。
 今夜は新月。
 星明りだけが、頼り。
 それでも辺りは、充分、明るかった。
 風穏やかなフィガロの物見台で、三カ月振りに恋人を訪ねたセッツァーと、機嫌良さそうに恋人を迎えたエドガーの二人は、石の手すりに寄り掛かって、星空を見ながら、グラスを握っていた。
 他愛ない、他人が聞いたら、『馬鹿話』とさえ云いそうな会話を二人は交わしていたのだが。
 不意に、ことりとグラスを手すりに置いて。
 エドガーはセッツァーを見遣った。
「……でな…その時に……────どうした?」
 くすくすと笑いながら、旅先で目にした光景を、面白可笑しく語っていたセッツァーの瞳が、細くなる。
「ん……?別、に…。何でも。…唯、君の顔を見ていたいだけ」
 置かれたグラスの横に頬杖を付いて、にっこりと、エドガーは笑う。
 …何でもない…って云う割りにゃあ…腹に逸物隠した笑みだな…。
 向けられた表情に、セッツァーはそんな事を思ったが。
 敢えて口にはせずに、エドガーの視線を捕らえたまま、口を開いた。
 『他愛ない話』を続けよう、と。
「それで……──」
「それ、で?」
 だが、語り出した話は。
 やけに語尾が甘いエドガーの声に、遮られる。
「セッツァー、続き、は?」
「いや……。何か、拍子抜けしちまった…」
 どうも、様子が奇怪しい。
 そんな風にセッツァーは思って、無造作に、酒を煽った。
「ふう…ん。まあ、いいけど」
 話を遮ったのは自分なのに、詰まらなそうにエドガーは、自らの髪へと、そっと手を伸ばす。
 するっと、リボンを解いて。
 ぱっと彼は、手を離した。
 幾ら風の穏やかな夜でも、ここは城の頂上。
 小さな布地は、何処へと流されて行く。
「……っと…」
 視界の端を流れた布を掴もうと、セッツァーは手を伸ばした。
 指先がリボンに追い付く刹那、エドガーの手がセッツァーの手を押さえて。
 リボンは、夜空に消える。
「いいのか?あれ」
「ああ」
「困るんじゃないのか?」
「別に。そう、困りはしないよ。あれしか無い訳じゃないし。何となく、ああしたかっただけ…」
 縋る様に身を寄せ、指先を押さえた彼を、セッツァーは見下ろした。
「なら、いいがな…」
 見下ろし、捕らえた蒼い瞳が、奥底で何かを言いたげで、重なり合ったこの手を、どうしたらいいのだろう…と、彼は戸惑う。
 困惑の色が、紫の瞳に浮かんだのを見つけて、エドガーがくすりと忍び笑った。
 呆気なく、重ねた指を離して。
 エドガーは乱れた金髪を掬い上げる。
 紺碧の双眸は、紫紺の双眸を捕らえたままだ。
 その内に。
 形の良い、薄い上唇を。
 ちろりと紅い舌が舐めた。
「まさか…」
「まさか?」
 困惑の表情を益々深めて、セッツァーは恋人の頬に手を添える。
 頬に添えられた手に、自身の手を重ねて、頬を押し付けて。
 愛おしそうにしながらも、エドガーはセッツァーから視線を外さない。
 物言いたげな眼差しには、ほんの僅か、挑戦的とも云える何かが、混ざっていた。
「…お前、何か遇ったか?」
「本当に何も、ないよ?どうして?君がそんな風に思う程、今夜の私は尋常じゃないかい?」
 溜息交じりにそう聞いて来るセッツァーに、何処までも、唯、エドガーは笑みを返す。
「………尋常、じゃねえな、少なくとも。……誘ってるだろ、お前」
「…どうかな?君がそう思うなら、そうなんだろうね」
「回りくどい真似なんざ、止せ。抱いて欲しいなら抱いて欲しいと、そう云えばいいじゃねえか」
 挑戦的に笑う人の腰に手を回して、ぐいっとセッツァーは抱き寄せた。
「抱いて欲しい……と云うのとは、少し、違う」
「じゃあ、何だってんだ?」
 風に靡く髪に。
 額に瞳に頬に。
 ゆっくりと優しく、セッツァーは接吻(くちづけ)を施して行く。
「唯、君に、手を伸ばして欲しかっただけ。…今夜は、どうしても」
「こんな所でか?」
「場所なんて、どうだっていい。どうせ誰も、来はしないから」
「益々…珍しい事を…」
 困った王様だな、と、セッツァーはエドガーを抱き上げて、その場に座り込んだ。
 膝の上に華奢な体を乗せて、深く接吻をすれば、伸ばされた腕が、背中を掻き毟る様に動くのが判る。
 そのまま二人は。
 冷たい石の床に倒れた。
 生まれたままの姿に戻るのさえ、もどかしいと云う様に、性急に互いを、二人は…──。


 ──零れ落ちんばかりの星々だけが。
 二人をそっと見ていた。
 微かにれる甘い吐息に、魅了された様に。
 そして彼等も。
 抱き合い、愛し合いながら。
 星々を見ていた。
 星空を見上げる度。
 きっとこの夜を、自分達は思い出すだろう、と。



 シュッ…と、石の壁と何かが、擦れ合う音がした。
 エドガーはその音で、手放した意識を取り戻した。
 見上げれば。
 セッツァーが、くわえた煙草にマッチで火を点けていて、ああ、その音だったのか…と、彼は又、恋人の膝の上でその腕に凭れながら、瞳を閉じた。
「……セッツァー?」
「…何だ、気付いてたのか?」
「ああ…。………頼みが、あるんだけれど」
「何だ?」
 空に向けて紫煙を吐き出し、セッツァーは問う。
「君が帰る時。キスを一つ、くれないか?」
「…そりゃあ構わないが…。何で、そんな事を…」
「どうしても」
「………判ったよ。お前の、望み通りに」
 はいはい、と少し呆れた様にセッツァーは笑って。
「何なら今も、してやるよ」
 …と、視線を捕らえて放さない想い人に、接吻を捧げた。



 それから暫く夜空を見上げる度に。
 セッツァーは、あの夜の事を思い出した。
 これからも多分。
 夜空を見上げる度に、思い出すんだろうな…と、彼は苦笑する。
 あの日の恋人は、一体、どうして……。
 又城で、何かあったのだろうか。
 ……永遠に、あいつが口を開く事はないだろうけれど……。
 彼は、そうも思っていた。
 だが、そんな、或る日。



「聞いたか、セッツァー?」
「…あ?何を」
 コーリンゲンの村に立ち寄った時、ロックとセリスの元に顔を出したセッツァーは、村のパブでの談笑の最中、ふと、ロックにそんな事を言われた。
「エドガーの事だよ。あいつ、大変じゃないか」
「………何が?」
「知らないのか?…ま、旅の空じゃ、しょうがないか」
 エドガーの話をされて、大変、と云う言葉まで聞かされ、彼は眉を顰める。
「エドガー、婚約、破棄しちゃったのよ。聞いてない?その話」
「……婚……約?」
 ロックの話を引き継いだセリスのその言葉に、セッツァーは愕然とした。
「あら、その話も知らないの?…何でもね、王家の遠縁に当たる侯爵家のご令嬢と、結婚の話が進んでたんですって、彼。それを、どう云う訳か、エドガーの方から一方的に御破算にしちゃったらしくって。今、結構揉めてるらしいわよ。フィガロ。貴族の間の姻戚関係って結構、権力争いの火種だから」
「しかもさあ、その侯爵家ってのが、第何位だかの王位継承権がある家柄とか何とかで、下手するとあいつ、侯爵家の息の掛かった連中から総スカン食らうかも…って話」
「……その話…何時の話だ…?」
 ──ロックとセリスの語る話が、セッツァーの耳を素通りし掛けていたが。
 何とか彼は、それだけを二人に尋ねた。
「確か……。一月程前の話じゃないかな。婚約破棄」
 首を傾げて、思い出す様に、ロックが云った。
「一月前…?…………あんっの、馬鹿っ!」
 ガタンっ!と彼は、激しく立ち上がった。
 …一月前?
 丁度、俺が訪ねた頃じゃねえか…。
 そう…か、だからあいつは…。
 国王としての自分の立場が拙くなってもいい、と?
 俺を、取った、と?
「あ、一寸、セッツァーっ!」
「悪い、又、今度な」
 早口に、ロックとセリスに別れを告げて、彼は飛行艇へと戻った。
 コーリンゲンからフィガロまで。
 そう、大した距離は無い。
 今夜中には、城の門を叩けるだろう…と、セッツァーは艇の速度を上げた。



 深夜。
 フィガロ城。
 衛兵が止めるのも構わず、セッツァーは足早に回廊を歩いていた。
「困ります、セッツァー様。陛下は今、執務の途中で…」
「すまねえな、急用なんだよ」
 もういい加減、顔馴染になった門番の彼を、セッツァーは迫力ある態度で振り切り、バタンと執務室のドアを開け放った。
「エドガーっ!」
「…セッツァー。…どうしたんだ?急に」
 激しくドアが開けられた音に、エドガーは書類とのにらめっこを中断する。
「どうした、じゃない。お前、婚約破棄したって話、本当なのか?」
「…誰に…聞いた?その話…」
 セッツァーの耳には、届かぬ様にと、エドガーは思っていたのだろう。
 隠していた話を振られて、彼は視線を外した。
「誰だっていい。そんな事。お前…お前、だからあの時…」
 バシンと、セッツァーは机を叩いた。
「そう云う訳じゃない…。別に、あの夜の事は関係ない」
 怒りに任せた激しい音に、ビクっと、エドガーの身が竦んだ。
「じゃあ、何だってんだっ!」
「……セッツァー。君は何を怒っているんだ?…私が黙っていた事を、か?」
「違うっ!お前、何で自分が窮地に立たされるって判ってて、わざとそんな道を選んだっ」
「君にはその理由が、判ると思うが」
「判ってるから、腹が立つんだろうが、俺はっ」
「………だって…」
 視線を逸らしたまま、顔を伏せてしまった人にセッツァーは近づいて、乱暴に抱き寄せた。
「……馬鹿野郎っ…」
「君さえいれば…それでいいから…。愛してもいない女性と、結婚なんか、出来ないよ…。君以外愛せない私と結ばれる女性だって、不幸だ」
 俯いたまま、セッツァーの胸に額を押し付けて、エドガーは呟く。
「…以前の私なら、それも仕方ないと…そう思えた。…いいや、きっと、彼女だって、愛せた。でも、もう…王として、どんなに苦しい立場に立たされても私には、君以外、選べない…」
「お前…お前、本当にそれでいいのか?本当に…自分の立場と俺なんかを、天秤に掛けちまって、本当にいいのか?」
「私は王である前に、私だから。……見つめれば、抱き締めてくれる。ねだれば、接吻をくれる。……私は…君がいれば、それでいい…」
「エドガー…」
 漸く。
 エドガーは俯いていた顔を上げた。
 彼は唯、笑っていた。
 何時もの様に。
 後悔や迷いなど、微塵もそこにはなかった。
「…又、接吻をくれるかい?君の、心からの。……私だけに。…それがあれば私は、大丈夫だから」
「接吻?」
 セッツァーは、首を振った。
「どうして?」
「何も彼も。俺の持ってる何も彼も。お前にやるよ。キスだけじゃない、何も彼も。生命だって、くれてやるさ。望むだけ、お前にやるよ」
 ──そう云って彼は。
 エドガーに接吻を捧げた。
 心からの接吻を。
 どんなに辛い道を選んだとしても。
 彼が、この身と想いを望むなら。
 何を捧げてもいい、と。
 この身の為に、辛い道のりを、彼が選ぶと云うなら。
 自分は唯、彼を支えて行くだけだ、と。
 例え誰が認めなくとも。
 例え神が認めなくとも。
 互い手を取り合った時から自分達は、何も彼も、覚悟していたのだから。
 触れ合う唇を離した時より後の事は、自分達には、判らない。
 でも、今は。
 心よりのキスと。
 この身の全てを、捧げよう。
 この先に何が待ち受けていても。
 彼がそれを望むなら。

 

 

 

 

 

 キリ番をゲットして下さった、楠 千尋さんのリクエストにお答えして。
 『誘い受の陛下』(笑)を海野、書かせて戴きました。
 ………なのに…(涙)。御免なさい、痛い…(汗)。
 色っぽい話にしたかったのにぃ…。と、嘆いても始まりませんね…。
 申し訳有りません、こんなんなってしまいましたが(汗)。
 気に入って戴けましたでしょうか、千尋さん(はあと)。

 

 

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