final fantasy VI

『彼の苦悩』

 

 このお話は。
 『Duende』の、キリ番カウンター『160001(160000のニアピン)』を踏んで下さった、『チアキ』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。
 尚、この物語は、『空を取り戻した日』シリーズの、『第三部設定』に基づいて書かれています。

 

 

 

 

 電子機器の詰まった、小さく味気ない箱よりディスプレイに表示される、誰からの物であろうと、フォントも文字サイズも等しく表示されるメールではなく、今日日では、随分と古風な手段とすら言える、薄く白い便箋に綴られた恋人よりの手紙を、幾度も幾度も読み返し。
 彼、セッツァー・ギャビアーニは、軽く溜息を零した。
 ──フィガロ及び、サウスフィガロ連合王国、という、千数百年以上に渡って繁栄を続けるこの国の、当代国王である恋人。
 あらゆる意味での禁忌の相手であることなど、とうの昔に置き去りにしてしまった、エドガー・ロニ・フィガロ二世という名の、セッツァーの恋人。
 公務として向かった、遠い海の向こうの国でも、自分のことを想って、こうしてわざわざ手紙を綴って寄越す、可愛い可愛い人。
 ……そんな男(ひと)からの手紙を受け取って、そして読み耽ることも、読むでなく、綺麗に整ったその筆跡を目で追うだけのことも、セッツァーにとっては、至福以外の何物でもない。
 だから本来なら、彼よりの白い便箋を前に、溜息など、欠片程も零れる筈も無い。
 でも、セッツァーは溜息を零した。
 ────文面には、恋人が恋人に送る手紙であるにも拘らず、決して礼儀を失しない、きちんとした挨拶が踊っている。
 堅苦しい一文をやり過ごせば、掛け値なしに愛しいと思える、エドガーの率直な心情も綴られている。
 ……ささやかな、愛の言葉も。
 けれど。
 それらを遥かに凌駕する程の文量、延々、延々。
 暫くの間、公務で留守にするからとセッツァーに預けて行った、エドガーの愛猫に関することが、怒濤のように記されているのを見遣れば、恋人馬鹿のセッツァーとて、溜息の一つも付きたくなる。
 母猫の体内から、人間様も舌を巻く程の悪知恵ばかりを授かって、この世に産まれて来たかの如くな極悪猫──エドガーに、アニーと名付けられた猫は、文字通り、愛しい愛しい飼い主であるエドガーの前でだけ猫を被り、どうやら、恋敵と看做しているセッツァーの前では、悪魔と化すのに。
 エドガーはそんなこと、これっぽっちも知らず、気付かず。
 賢い良い仔、と盲目的に信じている愛猫の名前ばかりを、文面上ですら連呼してみせている。
 アニーが、アニーが、アニーが、と。
 故にセッツァーは、手紙を眺め始めてから、幾度目かになる溜息を零した。
 ………………俺はあいつにとって、あの馬鹿猫以下の存在でしかないのか、と。
 遠い遠い目をしつつ。
 ……そう、要するに。
 預けられた恋人の愛猫、アニーとの戦いに疲れ果てているセッツァーは、こんなに自分が疲れ果てているにも拘らず、最愛の恋人が、猫のことばかりを気にする、と。
 拗ねているのである、年甲斐も無く。派手に。
 良い歳をした大の大人の男がそんなことで拗ねてみても、これっぽっちも可愛くもないし麗しくもないが。
 だがしかし、それでも。
 セッツァーは、文面を見下ろしては拗ね続ける。
 溜息を吐き続ける。
 ……何故ならば。
 冒頭のお決まりの挨拶、元気でいるか、との問い掛け、「自分は元気だ」その他諸々の近況報告、公務に対する一寸した愚痴、それに続く反省の言葉、それから、可愛らしい愛の言葉。
 それらが踊る文字の、直ぐ下には。


 処で、アニーは元気?
 こんなに長い間城を空けるのは、あの仔が来てから初めてのことだから、あの仔も、寂しがってるんじゃいかって、それが心配で。



 …………そんな風に、愛猫に対する恋人の想いが綴られているから。


 お前と付き合い始めて、こんなに長い間離れているのは、俺だって久し振りのことなのに、猫の心配はしても、俺の心配はしないのか。


 と、セッツァーとて、ぼやきたくなる。
 しかし。
 そんなセッツァーの想いを綺麗さっぱり裏切り、エドガーの切々とした語りは続く。


 君には何度も話してることの繰り返しになってしまうけど。
 あの仔は毎朝、私が起きる時間になると、遠慮がちに鳴きながらベッドの上に乗り上げて来て、顔を擦り付けて来るんだ。
 私はそれに、とっくの昔に慣れてしまったし、心底可愛いとも思うけれど、シフト次第で起床時間が変わる君には、少し迷惑かもね。
 猫も、あれでいて、規則正しい生き物だから。
 ……あの仔が、君の眠りの邪魔をしたら御免。



 続く、その文面を目にすること、もう幾度目。
 けれど、そこまでを読み終えてセッツァーはやはり、幾度目かの溜息を零す。


 ………………ああ。あの馬鹿猫は、きっちり毎朝、例え俺が何時に帰って来ても、何時にベッドに潜ろうとも、まるで嫌がらせのように、午前七時に俺を叩き起こしてくれるさ。
 安眠妨害なんてものじゃない。
 猫に、ナイトシフトとか、三勤交代制とかが判ろう筈もないから、時間に関しては目を瞑るが。
 百歩譲って目を瞑るが。
 あの、糞っ垂れ猫はな、エドガー。
 お前がここにアレを預けに来て今日までの五日間。
 毎朝、クローゼットの上──要するに、この部屋で一番高い場所から、寝てる俺の鳩尾目掛けてダイブして来やがるんだよ。
 ……俺だって軍人だ。一般の人間よりは、気配に聡い方だ。
 だがな、軍人は軍『人』で、決して化け物じゃないんだ、獣相手に、気配や殺気の探り合いが出来る訳もなくてな。増してや、何か考えるのも嫌になる程疲れ果てての、寝込みを襲われればな。俺だって、早々抵抗は出来なくてな。
 お陰で俺の腹には、赤黒い痣が出来てるぞ、お前の、可愛くて大人しくて良い仔らしい、あの馬鹿猫の所為でっ!
 なのに、お前と来たら…………。



 眠りを邪魔したら御免、との箇所まで読み返し、セッツァーが零した幾度目かの溜息は。
 そんな嘆きと怨嗟に満ち満ちた、果てなく重い溜息で。
 ……………………でも。


 あ、そうそう。
 あの仔のご飯、足りてる?
 一応きちんと計算して、普段よりも多めに君の所に持ち込んだけど、やっぱり、足りなかったかなあ、って。特に、おやつ。
 ……ほら、あの仔、私と一緒に食事を摂るだろう? 私の足元で。
 行儀が悪いのは判ってるんだけど、私が食べてる物と同じ物を欲しがる素振りを見せるあの仔に、どうしても負けてしまって、毎日のようにって訳じゃないけれど、こっそり、コーヒーミルクを舐めさせてあげてしまったり、とか、そんなこと、私もしてしまっているから。
 ひょっとしたら、物足りないんじゃないかな、って。



 セッツァーの想いも嘆きも、知ろう筈ないエドガーの語りは、セッツァーの重い溜息よりも尚、果てなく続いて。


 ……心配するな。無用の心配だ。ああ、これっぽっちも、お前がそんなことに心を砕く必要なんざない。
 足りてない処か、あの、知恵にだけは恵まれたらしいお前の馬鹿猫はな、俺が出掛けてる間、自分で勝手に、餌の入った袋を漁るぞ。
 お前が、あいつと一緒にここに持ち込んで来た餌皿に俺が持ってやったドライフードなんぞ、これっぽっちも見向きもせずに、だ。
 部屋の片隅に置いた袋の口を、自分の爪でこじ開けて、辺り一面にぐちゃぐちゃとバラまきながら、あいつは食ってるぞ、てめえの飯を。
 この上もなく逞しくな。
 パウチ入りの、お・や・つ、とやらも同様だ。
 お前に言われた通りの時間にくれてやるのは無理だが、それでも一日二回、きちんと皿に盛って差し出してやっても、見向きもしない処か、後ろ脚で砂を掛ける真似まで、しくさりやがるぞ、あいつ。



 ……エドガーの、果てない『アニー語り』に返される、セッツァーの思い煩いも、呼応するべく、果てなく続く。


 それからね、ブラッシングなんだけどね、セッツァー──。


 ──ブラッシング。ブラッシングな……。
 …………俺はな、エドガー。正直な話。
 あの馬鹿猫の毛並みや毛艶がどうなろうと、知ったこっちゃない。
 馬鹿猫の健康にも興味はない。否、いっそ、長生きだけはしてくれるな、とすら思うんだがな。
 ……お前の為に。お前の、悲しむ顔なんざ見たくない、その為だけに。ああ、お前の為だけ、にな。
 毎日のブラッシングは欠かさないでおいてやろうと、そう決めてやったんだ。有り難く思え、エドガー。
 でも、な。あの馬鹿猫はやっぱり、俺の言うことなんぞ聞きゃしない。
 何て名前だったか? あの、肉叩きみてぇな、把手の付いた四角いゴツいブラシ。
 あれを握っても、コームを握っても、フン、と鼻で笑ってあの猫は、部屋中逃げ回りやがる。
 そのくせ、こっちが諦めてブラシを放り投げ、白旗を掲げるポーズを取ると、のこのこと近付いて来て、さも、「毛繕いをやらせてやってもいい」の態度で、寝転がった俺の前にケツを晒しながら、尻尾で頬を叩きやがって。
 ……一度目は、耐えてやる。エドガー、お前の為だと、御無理ごもっとも、の勢いでな。
 だが、そう思って、俺がもう一度ブラシを取り上げると、追い掛けっこ宜しく、馬鹿猫は又逃げ出して。
 部屋中に、これ見よがしに抜け毛を撒き散らして。
 この部屋がどれ程散らかろうとも汚くなろうとも、片付けるのは俺以外にいないから、すっかり猫の匂いの染み付いた、あちこちに毛の塊が転がるこの部屋を、掃除機引きずって歩いてるよ、俺は。
 それからな。ブラッシングとは、全く関係ないが。
 フィガロ国空軍一の問題児、と不名誉な評判名高い俺でも、一応、それなりの仕事はこなしてるんだ、お前も知ってる通り。
 だから俺も、それなりには忙しい身でな。空軍官舎のこの部屋まで、仕事の書類を持ち帰らざるを得ないことだってあるし、命令書を持ち歩いてることだってあるんだ。
 その、大事な書類にな、あの馬鹿猫は噛み付いて、毟って。
 夕べに至っては、その内の一枚を。
 ……軍人の俺が持ち歩くような、大袈裟に言えば国家機密の一つとすら言っても過言じゃない重要書類を、事もあろうに、てめぇのトイレの中に引きずり込んで、臭い排泄物で濡れた猫砂塗れにしてくれやがったよ。
 何度数えても、書類が一枚足りないと、血相変えて探した果てに、俺が見たのは、そんな風に無惨な紙切れと化した書類だったぞ、エドガー。
 上官に、俺は、何て言い分けすりゃあ良いんだ……?
 ────……頼む。本当に。
 ……………………頼むから、早く帰って来てくれ。
 そして、あの糞っ垂れ馬鹿猫を、さっさと引き取ってくれ。
 俺の胃に、穴が空く前に。



 ──……そして。
 後、三日。
 そう、三日の後に、馬鹿猫の飼い主である、愛しい恋人が、この祖国へと戻って来るまで。
 彼の苦悩は続き続ける。
 勿論、青ざめた唇から零れる、その溜息も。

 

End

 

 

 

 

 キリ番をゲットして下さった、チアキさんのリクエストにお答えして。
 『猫ネタ(シリアスでもコメディでも可)』テーマで、海野は書かせて頂きました。
 猫絡みのお話を、とことでしたので、一瞬、どうしようかと悩みはしたんですが、第三部のエドガーさんには愛猫がいるからなと、エドガーにとっては天使な、セッツァーにとっては悪魔な、アニーの話をセレクトさせて頂きましたです。
 ──という訳で、久し振りに、セッツァーさん@第三部vsエドガー飼い猫アニーのお話。
 相変らずここのカップルの、猫に対する相互理解は得られません。
 頑張れ、セッツァー。この仔は長生きするよ(笑)。

 気に入って戴けましたでしょうか、チアキさん。

   

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