final fantasy VI

『微睡み』

 

 このお話は。
 『Duende』の、キリ番カウンター『8888』を踏んで下さった、『茶』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。

 

 

 

 

 赤々と燃えている暖炉は、暑い、と叫びたくなる程、部屋を暖め過ぎている。
 きっちりと閉められたカーテンは、眩いばかりだろう、昼日中のフィガロの陽光を、完璧に遮断している。
 冷たくて、心地良かった筈のシーツは、もう不快な程、温い。
 うっすらと目を開いてみれば、何処か、世界は不安定。
 それでも。
 普段だったら、食って掛かりたくなる様な、頭ごなしに降って来る、少し甲高く、手厳しい声は。
 与えられる他の感覚とは違い、心地好かった。

 

「聞いてんのか? おいっ」

「ほんっとーに、てめえって奴は。口を開けば、一言目にも二言目にも、仕事、仕事、仕事、仕事。他の台詞、云えねえのか。馬鹿の一つ覚えじゃあるまいし」

「もう、俺は知らねえからな。いい加減にしとけよ。大体、俺とお前が顔を付き合わせたのは、二週間前の話だろうが。あ? その時に、俺がご丁寧にしてやった忠告って奴を、お前は何だと思ってやがったんだ? 冗談や戯れ言の類だとでも、思ってやがったのかっ」

「おいっ! エドガーっ! 聞いてんのか、お前っ!」

 

 ──頭上から降り注ぐ声は。
 その声の主の、一動作の合間合間に、よくもまあ、次から次へと、と、呆れてしまう程の勢いで、吐き出された。
 髪を掻き上げて、一つ、悪態。
 ふんぞり返って腕を組んで、又、一つ悪態。
 苛々とした手付きで、ベッドに横たわる人の額に触れては、又。
 延々と、尽きる事なく。
 その室内には、罵りが響き続けたが。
 それでも、銀髪の男に、エドガーと呼ばれた部屋の主は。
 羽根枕に顔を埋めながらも、何処か嬉しそうに、怒り絶頂、と言わんばかりの相手を盗み見る。
 熱に浮かされた、眼差しで。
 銀髪の男は。
 ちらっと、自分に送られた視線の向こうに潜む、相手の感情に気付き。
 希有な、紫紺の色の宿る瞳を吊り上げた。
「何笑ってやがる。熱が、廻っちゃならねえ所にでも、廻ったか? くどい様だがな、俺は怒ってるんだ。判ってんのか?」
 そう言って。
「大体、二週間前に、何時も何時も忙しいてめえの執務予定とやらに翻弄されて、涼しい顔したその裏で、実はくたばってやがったてめえに、ご親切に俺が云っただろうがっ。いい加減にしねえと、倒れるぞって。てめえはそれを、笑って聞き流してやがったが。それでも、『ちゃんと、君の忠告通り、少しは休むとするよ』ってな、そう約束したろうがっ」
 男は。
 眦を、きつくきつく吊り上げたまま、自分を見つめ続けて来るベッドの住人に、それまで以上に捲くし立て始めた。
「それがどうだ、あれから二週間も経ったってのにっ。休養を取る処か、働きづめ働いて、とうとう、ぶっ倒れやがってっ! ……まあ、いいさ。お前が、お前の都合で以て、倒れるのは勝手だ。俺の知ったこっちゃないさ。だがな。お前が突然倒れたからフィガロに来いって、どうして俺がマッシュに呼び付けられなきゃならねえんだよっ。人の忠告に耳も貸さずに、こんな結果を招いたのはお前の責任だろうが。自己管理も出来ねえんなら、執務も、国王陛下も、止めちまえっ!」
 何度も、何度も、苛立つ心を示す様に、男は長い銀髪を掻き上げて。
 エドガーと云う、ベッドに横たわる人の長い金髪を、軽く引っ張り上げた。
「痛いってば……セッツァー……」
 そうされて漸く。
 エドガーは、一人憤慨し、喋り続けていた男に答えた。
 セッツァー、と云う、彼の名を呼んで。
 熱に浮かされた眼差しに、笑いを含ませたまま。
「ったり前だ。そうしてるんだからな。俺だってな、別に暇を持て余してるって訳じゃねえんだよ。倒れる程お忙しい、フィガロの国王陛下には及ばないだろうがな、ギャンブラーって仕事も、それなりに忙しいんだ。なのに、お前に何かある度、フィガロに足を運ぶ羽目になりやがる。おマンマの食い上げになったら、どうしてくれるってんだ」
 笑いを含んだ、そのエドガーの眼差しが、何処までも気に入らなかったのだろう。
 セッツァーと呼ばれた男は、長い金髪を掴んだ腕に、少しだけ、力を込めて、そして、放した。
「うるさいってば……。判ったから。君や周りの云う事を聞かなかった私に、今回は非があるから。認めるから。……少し……黙ってくれないかな……。私はこれでも、病人なんだけどな……」
 過労で倒れた病人らしい、しおらしい声をわざと出し、それでも愉快そうに、エドガーはセッツァーの罵りを遮った。
「病人だから言ってんだろ。ちったあ懲りろよ。足元掬われてからじゃねえと、てめえの事には気付けない癖に。喉元過ぎたら熱さを忘れるタイプと来てやがる。お前って奴はな。たまには、耳元でぎゃあぎゃあ言われて、辟易でもしてみせろ」
「辟易、ね……。まあ、しない訳でもないけれどね……」
「ああ、そうかい。大いに辟易してみせろ。てめえの世界一嫌いなものが説教だとしても、たまには黙って聞きやがれ」
「でも……、君のお説教は、お説教じゃないものね。熱で痛い頭に響く、そのうるさささえ何とかしてくれるなら、幾らでも、『聞くだけは聞く』よ、セッツァー」
 顔を伏せた枕を、今度は両手で抱き込んで。
 あ、枕の下は、未だ冷たくて気持ちいい、と、身を丸めてエドガーは、うっとりと瞼を閉じた。
「……てめえな……」
「本当のお説教なら、熱が引いた後に聞かせて貰うよ……。そうやって、私を『甘やかす』言葉なら、尚更歓迎だね。……でも、もう少しだけ、声のトーンを下げてくれないか、セッツァー……。私は、眠りたい……。熱の所為で、頭が痛いのは、正直な処……だしね……」
 ぎゃあぎゃあと、具合の悪い病人の耳元で、セッツァーがわざと捲くし立てた『説教』を。
 自分を甘やかす為の言葉だとエドガーは評して、うと…っと、微睡みの中に落ちていった。

 

 病人の寝所で見せるには相応しくない態度を取ったセッツァーと、今、ベッドに横たわっているエドガーの、前回の『逢瀬』は二週間程前の事だった。
 年中多忙な、フィガロの国王陛下の執務はその時期、激務と云うに相応しく、砂漠の君主の、道ならぬ恋の相方であるセッツァーは、掛け値なしの仏頂面で、逢瀬の終わり、少しは休まないとお前が倒れると云う忠告を残して去り、エドガーは、そうだね、と、その忠告を受ける振りをして、恋人のギャンブラーを見送ったのだが。
 その日より丁度二週間後、セッツァーの元には、エドガーが過労で倒れたと、危惧していた知らせが、王弟であるマッシュから舞い込んで。
 空駆ける船で、フィガロへと降り立ったセッツァーは、エドガーの枕辺に立つなり、病人に掛けるには、誠相応しくないお小言と云う奴を、怒濤の様に捲くし立てた。
 自分の『忠告』を、恋人が受け入れる筈などないと、判っていた。
 それでも、言わないよりは、言った方がマシだろうと、言葉にしてみた。
 だが、舌の根に乗せた言葉は案の定、全てを素通りして、恋人は今、床に臥せっている。
 セッツァーでなくとも、文句の一つも言いたくなるのが人情かも知れない。
 それに。
 こんな時でもなければ、世界で一番嫌いな事は説教だ、と、公言して憚らない砂漠の国の、綺麗な綺麗な王様は、小言に耳など、貸す筈もない。
 今まで、この綺麗な恋人を、散々、甘やかしてきてしまったのかも、と云う自覚も、セッツァーには無い訳ではなかったし。
 だから、わざと、今の彼には、多少なりとも耳に痛いのではないだろうかと思われる台詞を選んで、捲くし立ててやったのに。
 それでも、恋人は、甘やかす言葉なら、こんな時でも歓迎だ、と言って微睡みの中に落ちて行った。
 故にセッツエーは。
「っとに……」
 と、降参の白旗を上げて、眠ってしまった恋人の枕辺に、そっと腰を下ろすしか出来なかった。

 

 赤々と燃えている暖炉は、熱を帯びた身体には、暑過ぎる程、部屋を暖めていて。
 きっちりと閉められたカーテンは、目にしたいと望む、フィガロの陽光を、隠していて。
 己の体温で、不快な程、温くなってしまったシーツは、抱き込んだ羽根枕のあった場所に、僅かな心地好さを残すばかり。
 又、うっすらと目を開いてみれば、世界は未だ、不安定に揺れている。
 それでも。
 普段だったら、食って掛かりたくなる様な、頭ごなしに降って来る、少し甲高く、手厳しい声を、病人の耳元で言い散らかした恋人が、枕辺にそっと座る気配は。
 この状況に相応しくない、『喜び』と云う感情を沸かせたから。
 エドガーは、熱に追いやられた、微睡みの世界の中から、傍らのセッツァーへと、そっと指先を伸ばした。
 説教が大嫌いだと、知っているから。
 その大嫌いな説教を、わざわざ、この時この場所を選んで、セッツァーはしたつもりなのだろうが。
 頭上から降ってきた『お小言』は、痛い頭には、少しうるさく響くだけで、不快さとは程遠かった。
 セッツァー以外の誰かに、同じ台詞を吐かれたら。
 毛布を被って、狸寝入りを決め込んだかも知れないが。
 エドガーにとって、恋人のお小言は、自分を甘やかす為の言葉にしか、聞こえなかった。
 微睡みの世界から見上げた、不安定な世界で怒りの声を上げて見せる恋人の顔には、お前の事が心配なのだと、そう書いてあったから。

 

 エドガーが、そっと伸ばした指先を。
 溜息を一つ零して、セッツァーは握り返した。
 そうしてやれば恋人は、何とか持ち上げた瞼の向こうの瞳で、茫洋と、微笑んだ。
「君は……本当に……何処か、不器用な人みたいに……私を、甘やかすんだね……」
 小さな声で、呟いて。
 己が手に触れる、セッツァーの指先に頬添えて。
 エドガーは又、微睡みの世界に戻って行った。
「……自分の恋人の心配をして、何が悪い……」
 熱の籠もる額に、空いた手を乗せ。
 静かで規則正しい寝息を確かめ。
 そうっとそうっと、セッツァーは、エドガーに接吻けた。
 眠ってしまった人に向けた、囁きと共に。
 結局自分は、こうやって、恋人を甘やかしてしまう。
 それでも。
 目覚めた時、恋人の熱が下がっていたら。
 今度こそ本当の説教の一つでもしてやるか、と、微睡みの向こう側にいる人に向けて、セッツァーは、眼差しを細めた。

 

 

 

 

 

 キリ番をゲットして下さった、茶さんのリクエストにお答えして。
 『セッツァーに説教されてるエドガー』を、海野は書かせて戴きました。
 が。
 これ、一見すると、確かにお説教してる『みたい』ですが……。
 エドガー本人、説教されてると思ってないみたいだし……。セッツァーの言葉も、『温い』し……。
 ま、まあ互い、惚れてしまった弱み、と云う事で、許して戴けますでしょうか……。

 気に入って戴けましたでしょうか、茶さん。

   

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