final fantasy VI

『月』

 

 このお話は、『坊屋 桃』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。

  

 

 

 彼には一つ、想い出がある。
 どうしても、忘れ去れない想い出。
 尤もそれは、想い出、と言える程、明確な記憶ではない。
 想い出と言うよりは、夢の中の出来事のような、少しばかりふわふわとした記憶で、曖昧模糊としていて、本当にそんなことが己の身に起こったのか、今となっては、彼──エドガー・ロニ・フィガロにさえ疑わしい。
 でも、それは確かに彼にとっては『想い出』で、忘れ去れない記憶の一つだ。
 ……一年と数ヶ月前、世界が崩壊したあの刹那の出来事。
 今は、もうこの世から消えてしまった飛空艇、ブラックジャックから投げ出された、あの折の出来事。
 

 

 それは、彼等の冒険の旅が、この世界に混乱をもたらし、破壊をもたらし、何も彼もを奪おうとしているあの魔導師との決戦に、もう間もなくすれば辿り着く、という頃だった。
 約二年の年月を経て、漸く決着を見ようとしている旅が終わる、その頃。
 エドガーは、恋をしていた。
 決して、褒められた恋ではなかった。
 彼が心奪われたのは、彼の同性だったから。
 同性であるにも拘らず、フィガロの国王という彼とは正反対の立場にいる、飛空艇乗りで、希代のギャンブラーな、セッツァー・ギャビアーニという男。
 それが、彼の恋の相手。
 実る筈がなかった。褒められた恋ではなかった。
 ──それでも、エドガーには想いが止められなかった。
 実らぬ恋なのは、重々過ぎる程承知していたけれど、でも、恋情に蓋をするのは不可能だった。
 ならば、手放せない恋情に、セッツァー自身の手で、蓋をして貰おうとエドガーは思った。
 ……少しばかり、卑怯のような、気がしなくもなかったが。
 どの道、もう間もなく旅は終わるのだから、と、そう思い込むことにして、己の想いを手放すべく、エドガーは、セッツァーへと想いを打ち明けた。
 …………銀髪で、紫紺の瞳したギャンブラーは。
 エドガーの、想い人は。
 彼の『打ち明け話』に、唯、困ったように曖昧に笑って、静かにそっと、首を横に振った。
 ────だから。
 エドガーの恋は、そこで終わった。
 終わった筈、だった。
 

 

 恋が終わって、冒険の旅も終わって、なのに。
 想い焦がれた人の手で、この想いに終止符をと、そうした筈なのに。
 それでも、エドガーにはセッツァーが諦めきれなかった。
 心の奥底の方で、彼を想い続けることを、止められなかった。
 そんな彼の想いは、諦めた筈の人との、繋がりを求めた。
 どんな形でも良い、かつての友人でも、只の知り合いでも、何でもいいからセッツァーと繋がっていたいと、想いは、エドガーを突き動かした。
 故に彼は、事あるごとに、セッツァーと関わりを持った。
 時には、只の飲み相手として、時には、飛空艇絡みの仕事の依頼者として。
 明確な繋がりを求めて来るエドガーに、セッツァーも、嫌な顔はしなかった。
 彼は、エドガーの本当の想いを告白されてしまっていたから、番度、苦笑は浮かべたけれど。
 文句も言わず、突き放すこともせず、時には飲み相手としてエドガーに付き合い、時には黙って仕事を受けた。
 …………二人のそんな関係は、数ヶ月の間(ま)、続き。
 だから………………、だから、エドガーは、再び、セッツァーに、己の城の己の自室で、『打ち明け話』をした。
「君が好きだ。君を、愛している。禁忌だなんてことは、百も承知してるけど。私には、どうしても君を諦めきれない」
 …………と。
 

 

「……エドガー…………」
 ──二度目の告白をされた時。
 一度目の時とは違い、セッツァーは、深い深い、溜息を零した。
 その溜息をエドガーは、呆れのそれと受け取って、僅か身を竦めるようにしたが、それは、彼の想像を裏切る、困惑の溜息だった。
「あのな──」
「──御免」
 けれど、エドガーにとってそれは、何処までも、呆れと拒絶の吐息としか取れず、続き、セッツァーが何かを言う前に、彼は素早く詫びを告げ、俯いてしまった。
「謝るな。謝らなくて良い。……但…………、但、どうしても、お前の想いは、俺には受け取れない」
 諦めの上に諦めを塗り重ねた顔をして、深く俯いたエドガーの頤(おとがい)に指を掛け、上向かせるとセッツァーは、申し訳なさそうな声で、『拒否』を告げた。
「……うん、だから、御免…………」
「エドガー……」
「私のこんな想いなんて、君に受け入れて貰える筈ないって、過ぎる程に知っていたのに、どうしても諦めきれなくて、私は又、君を困らせた……。だから、御免…………」
 上向かされた処で、どうしたって、セッツァーと視線を合わせることなど出来ず、エドガーは、眼差しを伏せたままで。
「でも……。でもね、セッツァー…………」
「…………何だ」
「……私のことなんか、嫌いだって。君に、君の口からそう言って貰えない限り、私は君を、諦められそうもないんだ…………。だから……。嫌な想いを押し付けた挙げ句に、嫌な役目まで強要して、すまないとは思うけど……、私のことなんか、嫌いだと……。友人としても、二度と会わないと、そう言って貰えないか、今直ぐ…………」
 何処となく泣きそうな声で、彼はセッツァーに、『引導』を求めた。これで最後だから、と。
「………………お前のことが憎いから、お前の想いを受け取れないんじゃない。だから、そんなことは言えない」
 だが、セッツァーは、エドガーの求める『最後の言葉』を、告げてはくれなかった。
「……何で?」
「…………何ででも」
「嫌い、ではないんだ……?」
「……多分な」
「………………じゃあ……、私が、男だから?」
「…………いいや」
「フィガロの、王だから……?」
「……いいや」
「じゃあ…………。じゃあ、何で…………?」
「何ででも。どうしても」
「………………セッツァー……。そんなこと言われたら、私は…………」
 ────求めた、『最後の言葉』を告げてはくれない処か。
 セッツァーは、泣き出しそうな目になったエドガーへ、無慈悲この上ないことを言い放ったから、唯でさえ、俯くしか出来なかったエドガーは、ひたすらに、目線を落とすしかなくて、けれど、頤に掛かる指先の所為で、面を伏せることは叶わず。
 どうしたらいいのか判らなくなったまま、つい、セッツァーを詰るような声を洩らした。
「……そうだな。でも、俺に対して、お前が嘘を付き通しきれなかったように、俺も、お前には、嘘を付き通しきれない。……だから、お前が望んだ別離をお前にやる代わりに、別の『別離』を、お前にやる。……それで許してくれ」
 すればセッツァーは、エドガーの、詰る声、泣き出しそうな面、その全てから視線を逸らして、まるで逃げ去るかのように、その部屋を後にした。
 

 

 ──────その夜は、月夜だった。
 エドガーの自室の寝所の窓からは、フィガロ砂漠に掛かる満月が、とても良く見えた。
 雲一つない夜空に浮かぶ、見事なまでの月。
 異様なまでに、巨大な。
 …………その満月を、寝台に横たわったままぼんやり眺め、エドガーは、曖昧模糊とした、けれど忘れ去れない『想い出』を、脳裏で再生した。
 ──……一年と数ヶ月前、世界が崩壊したあの刹那。
 今は、もうこの世から消えてしまった飛空艇、ブラックジャックから投げ出された、あの折。
 ……駄目だ、と彼は思った。
 このまま、空の高みから一直線に落ちて、海へと叩き付けられて、何が遭っても『終わり』まで辿り着かなくてはならない旅の途中で、志半ばのまま、命果てるのだと。
 …………死にたくはなかった。けれど、覚悟を決めるしかなかった。
 故に、仕方なく。
 本当に仕方なく、エドガーは瞼を閉ざした。
 瞼を閉ざして、死を受け入れる努力をした。
 けれど、何時まで経っても、死は訪れなかった。
 長い長い時間が過ぎて、気が付けば、落下の体感も消えて、恐る恐る、固く閉ざした瞼を開いてみたら、ナニモノかが、己を抱き竦めているのが判った。
 でも。
 その、ナニモノかが『誰』なのかを確かめる前に、彼は気を失ってしまって、次に目が醒めた時、彼は、世界が崩壊した刹那の出来事は、何も彼もが夢だったのではないかと思わせる程静かに凪いだ、何処かの海の、波打ち際にいた。
 辺りは既に暗く、水平線の向こうには、異様に巨大な満月が掛かっていて、その満月を、背に追うように、ナニモノか──ヒト、が在った。
 見下ろして来る風に。
 宙、に浮かんで。
 ………………到底、現実とは思えなかった。
 だから、夢だと思った。
 夢だと信じることにして、彼は又、瞼を閉ざした。
 その刹那に訪れた闇は、果たして、瞳を覆い閉ざしたからなのか、ナニモノかの漆黒の衣装が翻ったからなのか、それは、判らなかったけれど。
 次に、エドガーが瞳を開いた時、辺りは既に明るく、月もなく、ナニモノかの姿もなく。
 唯、全てが嘘であるかのように、己の身に傷一つもない、とのそれだけが、確かな現実として、その時の彼には残った。
 ──────…………その、刹那の出来事を。
 エドガーは、『想い出』として、記憶の中に残している。
 『想い出』は、曖昧模糊としたものでしかないけれど、あの夜と同じ、異様なまでに巨大な今宵の月を眺めながら、それでも『鮮明』に思い出せるくらいに。
 何時までも、異様な月を、眺めていたいと思うくらいに。
 …………だから、彼は何時までも、月を眺めていた。
 すれば、窓の向こうに掛かる巨大な月の中心に、点が一つ、浮いた。
 瞳を凝らして見れば、浮かんだ黒点は、ヒトだ、と判った。
 そんなこと、有り得る筈がないのに。
 でも、それは確かにヒトで。想い人の姿をしていた。
 …………そんなこと、有り得る筈など、ないのに。
「セッ……ツァー………………?」
 異様な月の中心に浮かんだ、黒点。
 その正体を見定めて、呆然と呟きつつ、彼は寝台より立ち上がる。
 さすれば、確かに施錠されている筈の窓が、音もなく、誰の力も、風の力さえも借りず、大きく開き。
「…………これが。お前の望んだ別離をやる代わりの、別離、だ」
「…………え……?」
「自分が誰で、ナニモノなのか。俺自身にも、よく解らない。唯、一つだけ言えることは、俺はどうやら、ヒトではないらしいってことだけだ。こんなことすら、簡単に出来る。……いっそ、歪な翼でも生えてるとか、蝙蝠に変身出来る、とか。怪奇小説の登場人物達に似ていたら、正体くらいは判るんだろうが……、どうやら、そういう訳でもないらしくてな。でも、確実に俺は、ヒトじゃない。それだけは、言える。…………だから。エドガー? 俺は、ヒトではないから。お前の想いは、どうしたって受け取れない」
 立ち上がり、ふらふらと吸い寄せられるようにエドガーが窓辺に寄れば、宙に浮かんでいたセッツァーも又、すっと、何も無いそこを滑るようにやって来て、窓辺の向こう側に浮かび続け。
 自嘲でもなく、諦めのそれでもない、唯、綺麗なだけの笑みを浮かべながら、そんなことを言った。
「ヒト、ではないから……? それが、『理由』……?」
「……ああ」
「じゃあ、私のこと、は……?」
「…………さあ、どうだろうな」
 にこり、笑みを浮かべるだけの彼に、エドガーがそれを問えば、セッツァーは一層、笑みを深めた。
「……………………嘘」
「……何が?」
「じゃあ、どうして、魔大陸が崩壊した時、君は私を助けてくれた……? 君なんだろう? あの時の誰かは」
「…………気付いてたのか、お前。……あれは、多分、気紛──」
「──気紛れとか、気付いてたとかそうじゃないとか、そんなこと、今はどうでもいい。そんなこと、どうだっていいから。君は本当は、私をどう想っていると……?」
「…………………………さあ。どうなんだろうな……」
「……セッツァー。私は、二度、君に言った。君を、愛していると。君がヒトじゃないとかどうとか、そんな些末なことで、私の想いは崩れたりしない。今、こうしている君が目の前にいても、私は君を愛していると、そう言えるよ? ……だから、本当のことを教えてくれ、セッツァー……」
 宙に浮かぶセッツァーの、綺麗なだけの笑みを、痛い程に縋る眼差しで見つめて、エドガーは言った。
「………………答えられる訳がない、そんなこと」
 すれば、漸く、重たい口は開かれ。
「……どうして?」
「お前の想いに答えを返したら。どうなるかくらい、判るだろう?」
 ……セッツァーは。答えにならぬ、答えを告げた。
「判らない」
「………………ヒトでない俺は、決してヒトにはなれない。……だったら。ヒトであるお前が、ヒトでない俺の世界に足を踏み入れるしかない」
「そんなことで済むなら、私はそうするよ」
「……エドガー。ヒトであり、フィガロの王であるお前が、ヒトでない俺の世界に踏み込むということは、お前の生まれ育ったこの城からも、祖国からも、ヒトの世界そのものからも、姿を消さざるを得ないということだ。そして、踏み込んだら最後、二度と、ヒトの世界には戻れない。……………………それでも?」
「……それでも」
「…………この『別離』を受け入れた方が、幸せになれると判っていても?」
「……ああ、それでも。生涯、君、唯一人の傍にいられるというなら、私はそれでいい。……振り返ってみれば。君に助けられたあの夜、夢かと見紛う誰か──いや、君のことを見て、君に助けられたと知った、あの時に、私は君を想い始めたんだと思う。……あれから、こうして時が経っても。君がナニモノかを知っても。私は、あの『想い出』を手放そうとは思えないし、君への想いも、手放そうとは思わない。……私は、何も後悔しないよ、セッツァー。何を捨てても、何と引き換えにしても。君と、君への想いだけは、きっと私には手放せない。……だから…………」
 答えのような、そうでないような。
 何処までも曖昧なセッツァーの告白に、エドガーはひたむきに、頑な想いを返した。
「………………馬鹿だな。お前も、そして、俺も……」
 一途なまでの、エドガーの言葉を最後まで聞き届け、セッツァーは。
 浮かべていた、綺麗なだけの笑みを消し、一転、その面から一切の表情を消すと、何もあろう筈のない、宙にて歩を進め。
 馬鹿だ、と呟いて後、言葉さえも収め、静寂を引き寄せ。
 見上げ来るエドガーへと、彼は手を差し伸べた。
 ……無言の内に差し伸べられたその手を。
 エドガーも又、無言のまま、その手を取った。
 

 ──だから。
 後に残ったのは、異様なまでに巨大な、見事な月だけで。

 

End

 

 

 

 

 この間のキリ番、申告が頂けなかったー、とのの字を書いていたら、桃さんが、「なら!」とリクエストして下さったので、お心にお応えして、『魔物なセッツァー』なお話を、海野は書かせて頂きました。
 魔物色が、薄くてすいません……(遠い目)。
 真っ向勝負で告白します、どんな魔物でー、とか、どんなバックボーンがあってー、とかやってしまうと、到底、ブラウザ一枚では収まらない話になるので! 短く終わる道を!(笑)
 という訳で、ちょいと、駆け抜けるようなお話になってしまいましたが(汗)。
 挙げ句、こう……変な所重たい話ですが……。

 気に入って頂けましたでしょうか、桃さん。

   

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