final fantasy VI@第三部

『御買い物』

 

 このお話は。
 『Duende』の、キリ番カウンター『70000』を踏んで下さった、『Die Freiheit』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。

  

 

 夏場らしく、三つ編みにした長い金髪を、更に、女性が良くするようなアップスタイルへと纏め上げ、つばの広い、大振りな帽子を目深に被って、濃い色のレンズのsunglassをし、生地は薄いが袖の長い、白のパーカーを羽織って漸く。
 外出の支度が整ったらしい彼は、くるりと振り返って不安そうに。
「……………ばれると思う?」
 と、背後に控えていた人物へ尋ねた。
「……まあ、何とかなるんじゃねえのか? 『何時ものこと』とも云うしな」
 が、尋ねた彼の不安げな態度とは裏腹に。
 尋ねられた方の人物は、そんなこと、今更どうでもいい、と、素っ気無く返した。
「そりゃ……まあ、そうとも云うけど…………」
 故に、ぶつぶつと金髪の彼は、口の中で文句を零したけれど。
「何でもいいから、行くぞ? いっつも云ってんだろうが、女じゃねえってのに、お前の外出の支度は手間取り過ぎるってな。何時まで待ってりゃいいんだよ、俺は。高々、近所のmarketに、買い出しに行くだけだろーがっ」
 金髪の彼に、延々待たされ続けていたらしい男は、ムスっ……とした表情で、苦情を吐き出した。
 

 

 フィガロ王国の首都、フィガロ・シティ最大の公園、セントラル・パークに面すると云う、好条件な立地にある、マンションの最上階から地上へと。
 ばれるのばれないの、とか。
 とっとと行くの行かないの、とか。
 そんな会話を交わし終えた、この国の王、エドガー・ロニ・フィガロ二世と、フィガロ空軍大尉、セッツァー・ギャビアーニの二人は、漸く降り立った。
「そうは云うけどね、セッツァー。最近ねえ、頓にうるさいんだよ? 君だって、知ってるだろう? こんなこと、自分では云いたくないけど。世間的には私も、『いい年』なんだそうで。何時になったら結婚するんだ、とか、良いお付き合いの女性はいないのか、とか。『外野』がうるさいったら…………」
 エレベーターにて、地上階へ降り。
 天気の良い──と云うよりは、良過ぎたその日、車ではなく、徒歩でマンションを後にしながら、エドガーは未だ、セッツァーへと向け、ぶつぶつと愚痴を零していた。
「んなの、今に始まったこっちゃねえだろ? 放っとけ。云わせとけ。何処の『外野』なのかは知らないが、そう云う輩は、他人の噂話をしてなけりゃ気が済まない連中だ。……大抵はな」
 エドガーと並んで歩きながら。
 Tシャツにジーパン、と云う、誠に、何処からどう見ても普段着な軽装のまま、長い銀の髪は何時も通り、sunglassだけを掛けた姿のセッツァーは、何を今更……と、呆れたように肩を竦めた。
 ──彼等二人は、今。
 公には内密にされている、『国王陛下の内緒の仕事場』である、セントラル・パーク前のマンションより、最寄りのsupermarketへと、買い出しに向かっている最中だ。
 幾らこの国の有り様が、国王陛下と云えど、『人並みの権利』が与えられているそれとは云え。
 対外的には『大の親友』で通しているセッツァーとエドガーの二人は、本当は、『国王陛下と軍人の、道ならぬ恋』とやらに陥っている関係──男同士であるにも拘らず──だから、ここの処、彼曰くの『外野』がうるさい、と云う所為もあって、立場上エドガーは、ふらふらと外を歩いている自分が、国王だと云うことを気付かれやしないかと、そんなことに気を廻すようになったが。
 セッツァーの方は何時まで経っても、今更そんなことを気にしてどうなる、お前がふらふら買い物に出掛けるのは有名な話だろう、云いたい奴には言わせておけ、と云うスタンスを、一向に崩さなかったから。
 今日も今日とて、『ふらふら』、買い物に出掛けることとなったエドガーと、それに付き合うこととなったセッツァーの、歩きながらの会話は、何処までも平行線を辿っていた。
「でもねえ……。私と君が共にフリーの日に、二人してどうのこうのしてた、って話が、軍部の『タヌキ』達の耳に入るとね、又、何か云われるかも知れないし…………」
「だーーーからっ。言わせとけっつってんだろうが。あのジジイ達だって、それなりの腹づもりがあって、俺達のことには目を瞑ってんだから、放っとけって俺は云ってるだろう? 何時も。大体な、世間的には俺達は、親友同士です、ってことで通ってんだから、そう云う顔して歩いてりゃいいんだよ」
「それはそうだけど…………。でも……まあ、いいか、別に」
 ────たかが、近所のmarketに買い物に行くだけのことで。
 ああでもないの、こうでもないの、ここまで『語り合う』くらいなら、いっそ出掛けなければいいのに……と云った話がない訳でもないし。
 その程度の買い物くらい、誰かに頼んだらどうなんだ、個人的資産も、国内の資産家リストに載るくらい所有している国王なのだから、と云う話もあるような気がするが。
 そこはそれ、どんなにぶつぶつ言い合っても、お互いの『主張』がぶつかり合う羽目に陥っても、恋人同士である彼等にしてみたら、他愛無い買い物へ共に赴くと云うのも、楽しみの一つではあるから。
 ああでもないの、こうでもないの、と言い合いながらも彼等は、こうして、『他愛無い買い物』へと出掛けるのがもう、習慣のようになっていて。
 だから、天気の良過ぎるその日も二人は連れ立って、のんびりした散歩を楽しみつつ、最寄りのmarketへと向かい。
 

 

 セントラル・パーク前の通りから、ワンブロック程、繁華街の方角に歩けば、そこには、その地区で最も規模の大きい、supermarketがある。
 人目に付くのどうの、『外野』がうるさいの何の、と。
 ぶつぶつ文句を垂れるくらいなら、どうしてわざわざ、人々の集まるmarketなど選んで買い物に行くのだ、と云いたくは有るが、そのsupermarketは、規模が大きいだけあって、品揃えも豊富であるが故に、エドガーのお気に入りとなっているので。
 世間一般的には就労日であるその日、休日よりは閑散としているけれどそれでも、それなりの人出はあるmarketに辿り着いた二人は、道々していた言い合いを切り上げ、何時も通り、買い物を始めた。
 陳列棚を一つ一つ──その行為に、余り意味がある訳ではないが──、エドガーは覗き込み、そんなエドガーの後を、何処となく疲れた風情でカートを押すセッツァーが従う、と云う形で。
「えーーーーと。野菜は要らないし、この間、紅茶は買ったし、コーヒー豆もあるし……。あ、そうだ、プラムが食べたかったんだっけ、プラムと……」
「…………何時も思うが。買い物に関してだけはお前、女に似た部分、あるな……。何でだ?」
「知るもんか、そんなこと。────セッツァー、チーズ、未だ残ってた?」
「……あー……。あったような気がするな」
「ハムは?」
「…………ジャーキーならあった覚えあるぞ。──つーか、お前の部屋の冷蔵庫の中身くらい、記憶しとけ」
「良く云う。お酒を飲むのもつまみを食べるのも、専ら君だろう? 君の方が、冷蔵庫の中身には詳しい筈だ。……なら後は……ミルクと……。セッツァー、オレンジジュースとグレープフルーツジュースと、どっちがいい? ピクルスは食べる?」
「グレープフルーツ。ピクルスは要らない。」
 ────広い店内の、広い通路を。
 片や、あっちの陳列棚、こっちの陳列棚、とふらふらしながら。
 片や、カートを押しつつ、気紛れに動き回る相手の後を、一々追って。
 二人は、もしも彼等が異性同士と云う組み合わせであったならば、会話を耳にした者に、夫婦、と思われるのではないかと云う程の会話を交わし。
「お前な……。云ってんだろうが、何時もっっ。gallon単位でフレッシュジュースなんざ買うなっっ」
「いいじゃないか、別に。どうせ飲むんだし」
「……持って帰るのは誰だ」
「君」
 このmarketに来る度繰り返される、何時もの争いを繰り広げ。
 この人達は一体、どう云う組み合わせなのだろう、そんな顔を、店員の女性にされつつレジを抜け。
 買い求めた品々を、marketの店名の印刷が為された紙袋に詰め替えて、当然、gallon単位のフレッシュジュースが詰まった方をセッツァーが、そうではない方をエドガーが持ち。
 出口側の自動ドアを、彼等は潜り抜けた。
「うわ、暑い」
「今日の天気は良過ぎるからな」
 ────冷房の効き過ぎる店内より、一歩外に出た途端。
 ムッとする程の勢いで襲って来た熱気に、エドガーが顔を顰めた。
 marketの冷気に冷やされていたsunglassが、外の熱気の所為で曇ってしまったのを払おうと、片手を持ち上げた恋人が抱えていた荷物を取り上げながら、セッツァーは空を仰いだ。
「有り難う」
 sunglassを掛け直す前に、エドガーはセッツァーを振り仰いで、にこっと笑い。
「んなことはどうでもいいから。とっとと帰るぞ」
 礼を云われることではない、とセッツァーは、『家路』の方角へと、向き直った。
 

 

 ────セッツァーも、エドガーも、共にフリーだった、天気の良過ぎる日に。
 二人揃って、セントラル・パーク近くのmarketへと、買い物に赴いてより数日後。
 フィガロ砂漠の直中にある、フィガロ空軍基地の一角で。
 セッツァーは、パイロット仲間達に、ポン……と肩を叩かれた。
「……何だ?」
 気は良いが、口も悪いし態度も悪い、挙げ句、手も早い、と云う軍人仲間達──尤も、彼等の中で一番口が悪く態度が悪く、手が早いのはセッツァーだと評判だが──に囲まれて、又、何時もの与太話かと、何の気なしに彼は振り返る。
「あーいかわらずだなー、お前」
「はあ?」
 ──振り返った途端。
 己を取り囲んだ男達に、ニヤニヤと笑われながら、からかいの口調でそう云われ。
 何のことだ? とセッツァーは顔を顰めた。
「ほれ、こいつ」
 ……と。
 その内の一人が、手にしていたタブロイド紙の、とある面を広げ、紙面を指差し。
「何だぁぁぁぁ?」
 示されたそこに、視線を走らせるや否や彼は、素っ頓狂な声を放った。
 仲間達が指差した、紙面、そこには。
 何時の間に撮られたのやら、数日前、エドガーと二人、marketへ赴いた時の己と恋人の写真──俗に云う、隠し撮りと云うそれ──が、でかでかと掲載されており。
 『国王陛下の休日』……とか云う見出しの横に、一言でまとめれば、いい年になったと云うのに、休日に、男の親友と二人、買い物に勤しんでいるようでは、陛下の御妃選びは当分進展を見せないのではないか、と云う意味の記事が、長々………………と記されていて。
「仲が良いのはいいことだと思うけどさー」
「男同士でベタベタすんのも、不気味だぞー、不毛だぞー。色気一つ、ねえぞー」
「エドガー陛下もそうだけどさ。このままじゃ、お前も結婚出来ないぞー、セッツァー」
 きょとん、とした表情になった彼を、仲間達は口々に、そう云ってからかい出した。
「………………余計な世話だ…………」
 ケラケラと、甲高い笑い声と共に、友人達にからかいをぶつけられ、漸く我に返り。
 セッツァーはムスっと、低い声で唸ったが。
「大体さあ、お前、今年で幾つだっけ? そろそろ、三十じゃなかったっけ? 陛下だってそうだろう? 確か、同い年だよな、お前と。四捨五入すれば三十って男二人でさー、仲良さそうに、marketで御買い物っつーのもなー」
「うんうん、俺もそう思う。…………セッツァー、そろそろ、人生考え直せ。な? 悪いこたぁ云わない」
「年取ってから、淋しいやもめ暮し、味わいたくないだろう?」
 愉快で仕方ないと云った風に、からかいを止めようとしない仲間達は、何時までも、言葉を重ね続け。
 …………故に。
「お前ら、一寸、ツラ貸せ」
 ピキっと、こめかみに青筋を立ててセッツァーは、鬱陶しそうに、銀の前髪を掻き上げながら。
 己をからかい続ける仲間達へ、『にこっっ』……と微笑みながら、が、声音だけは低く鋭く、『話を付けようじゃないか』、とそう云った。
 

 

「まー、随分と、『いい』写真、撮られたもんだねえ、兄貴。幸せそうな笑顔だことーーーー」
「…………そうかい?」
「買い物に出掛けるのが、悪いとは云わないけどさー」
「……なら、いいだろう? 別に」
「でーもー、そーゆー問題でもないと思うんだよねー、俺はー」
「……………では、どうしろと?」
「あのさー、弟のさー、嫌味の一つくらい、きちんと受け止めてくれると、嬉しいなあああああ、おにーさま」
「……止めてくれ、その呼び方は…………」
 ────砂漠の直中にある、空軍基地の一角で、セッツァーが、タブロイド新聞の記事をネタに、己をからかった仲間達と、『お話し合い』をしていた頃。
 フィガロ城内は国王陛下の自室にてエドガーは、『兄弟の語らい』をしていた。
 勿論、『兄弟の語らい』のネタは、セッツァーも見せられた、タブロイド紙に載っていた、写真と記事だ。
 marketを出た直後、エドガーが、sunglassを外してセッツァーへと微笑み掛けた一瞬を捕らえた写真は、王弟殿下の神経を、ヤケに逆撫でしたらしく。
 何処から買い求めて来たのやら、否、何処でその記事のことを知ったやら、と云った方が正しいかも知れない。
 ……兎に角、くしゃりと握り締めたタブロイド紙を片手に、兄の部屋と乗り込んだマッシュは、あーにーきー……と、執務中だったエドガーを、地を這うような声で応接用のソファへと呼び付け。
 頼むから、世間様の変な噂に上るような行為は止めてくれ、俺の手間を増やさないでくれ、これ以上、軍のタヌキジジイを喜ばせるような真似だけはするな、と、泣き落としていた。
「そんなこと云われてもねえ。私だってセッツァーだって、買い物くらい、行くし」
「立場があるだろっっ」
「……………あのね、フィガロ及びサウスフィガロ連合王国憲法の……──」
「──そんなん、一々云わなくたっていいからっ! そーじゃなくてっっ! 判ってるだろ、俺の云いたいことっっっっっ!」
「そりゃ、まあ。……こんなことを書かれるのは私だって不本意だし鬱陶しいし、ここの処、『外野』がうるさかったからね。気を付けてはいたんだけど。書かれてしまったものはもう、仕方ないかな……と思うから」
 が、マッシュが何を云っても。
 何処吹く風でエドガーは、しれっと答え。
「お妃選びがどうのこうのと云われている内は、未だ、いいかな、と」
 挙げ句、にこっと微笑み、そんな言葉を吐いたので。
「親友って立場の『男友達』と一緒だったくせに、死ぬっっっっっっ程幸せそうな顔してるトコ写真に撮られた当人の、云うことじゃないだろーーーーーーっ! 『疑われたら』どーすんだよ、兄貴ーーーーーっ!」
 ………………エドガーは、久々にキレた弟の、盛大な叫びに耳を劈(つんざ)かれた。
 

 

 余り、品が良いとは言えぬタブロイド紙に。
 セッツァーとエドガーの買い物返り姿が掲載されて暫く。
 仲間達にからかわれるのも御免だし、弟に喚かれるのも御免だし、当面は大人しくしていようか、と。
 意見の一致を見せた、セッツァーとエドガーの二人は、二人きりの時間をセントラル・パーク前のマンションで過ごそうとも、外にも出ずに、唯のんびりと過ごす、と云う休日を、送っていたけれど。
 人間、早々大人しくばかりしていられる筈もなく、と云うか。
 喉元過ぎれば何とやら、と云う諺が示す通り、と云うか。
 ほとぼりが冷めただろう頃、又、いそいそと、二人仲良く、例のmarketへと脚を運んで。
 やはり、その数日後。
 

「セッツァー。……お前、結婚する気、ないのか?」
 ────フィガロ空軍基地の片隅で、セッツァーは又しても、パイロット仲間達に呼び止められ。
 

「…………………おにーさまー。数週間前に俺が云ったこと、おにーさまはこれっぽっっっっちも、聴いてくれなかったんだ? ────何なんだよ、このザマはぁぁぁぁっ、兄貴ーーーーーーっ!」
 ────フィガロ城内の自室で、エドガーは再び、笑顔の中に怒りを滲ませる、と云う器用な真似をした弟の、絶叫を喰らった。
 

 

 ──傍迷惑な、『恋人同士』が。
 周囲の嘆きや心配を他所に、仲良く揃って買い物に出掛けるのを諦める日は、未来永劫、やって来ないかも知れない。

 

 

 

  

 キリ番をゲットして下さったDie Freiheitさんのリクエストにお答えして。
 『お買い物フォーカス(第三部設定)』と云うテーマを、海野は書かせて頂きました。
 幸せそうな陛下の笑顔と、「結婚出来ないぞー」とからかわれるセッツァー、と云うのも、お題に入っていたのですが、一応、クリアになったでしょうか。……コメディになっちゃいましたけど(笑)。
 幸せ、なんだろうなあ、このエドガーさん。多分、幸せなんだろう、と思いたいです。
 …………馬鹿っぷるチックですが(笑)。
 ──しかし何故、第三部設定でお話を書きますと、こうも馬鹿っぷるちっくになるのやら(笑)。

 気に入って戴けましたでしょうか、Die Freiheitさん。

   

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