final fantasy VI 『pillowtalk』
このお話は。
『duende』の、キリ番カウンター『7777』を踏んで下さった、『空野くじら』さんに捧げます。
リクエスト、どうも有り難うございました。
気だるい時には。
意識などせずとも、雰囲気さえ、堕落していく。
怠惰で、散漫で、気だるい、と云う言葉に、誠相応しい雰囲気。
交わされる会話も。
何処までも、何処までも、だらし無くて、遊戯の域を出ない、駆け引きの様な言葉の羅列だ。
「足りないか?」
その人の、くびれた腰の辺りに、腕が一本、絡み付いた。
「……もう結構」
鬱陶しい、とその人は、伸びてきた腕を無造作に払う。
「どうだか。結局は、乗るんだろう?」
手厳しい仕打ちを受けた腕は、それでも引き下がる事なく、今度は、細い首筋へと這った。
「私は君程、好色には出来ていない」
絡め捕る首筋の腕を、別の指先が追い縋って、肌をつねり上げた。
「生意気……」
「どっちが」
首元に巻きつけた腕を解いて、ベッドに横たわっていた男は、長い銀髪を掻き上げ、サイドテーブルに置かれたシガレットケースと琥珀で満たされたグラス、その両方を、片手で器用に取り上げた。
もう一人、やはりベッドに横たわっていた彼は。
似た様な仕種で、うねる金の髪をばさりと持ち上げ、プラチナのケースから、ウォータープルーフマッチを取り出す。
チッと、壁の煉瓦に擦り付け、男の背中からしなだれ掛かる様に、灯った明かりを紙巻き煙草の口へと寄せれば、相手は美味そうに、息を吸い込んだ。
「珍しいな……」
「何が?」
「嫌、なんじゃなかったのか? 他人の煙草に火を点けるのは」
「そんな事、私は云ったかな」
「云った。大分昔に。ゲストハウスのマダムの様で嫌だ、とな」
「……時と場合によるさ」
「女じゃないから、嫌だと、そうも云った」
「女じゃないから、そうしたい時もある。……多分ね」
気紛れを揶揄する様に、昔の台詞を思い出して語る、褥を共にした相手に。
からかわれた方の彼は肩を竦めて、爪先で、燃えさしとなったマッチを弾いた。
放物線を描いて、木屑は、アシュトレイの上に落ちる。
数刻前に灰にされた吸殻に混じって、木屑は、きつい燐の匂いを漂わせた。
「煙草の匂いは、嫌いだ」
「じゃあ、どうして、火なんか点けた?」
「君が、吸いたそうだったから」
「嫌いな煙草の匂いがしてもか?」
「君の、匂いだから」
「フン……。馬鹿が……」
──銀髪の男は。
恋人、と称するのが最も相応しいだろう『彼』が、先程のからかいの意趣返しの様に、笑いながら云うその台詞に、僅か、頬を緩める。
一口だけ、琥珀のアルコールを含んで、グラスを、テーブルでなく床へと返し、背にしなだれ掛かったままの、『恋人』の手を取って。
男は、火の点いた煙草を銜えたまま、『彼』を、シーツの海へと押し倒した。
肩を抱き、紫煙を吐き出した直後の唇を寄せれば、恋人は両手を投げ出したまま、逆らう事もなく、海の中に横たわる。
「煙草臭いってば……」
「お前だって、吸えない訳じゃないだろ」
「それは否定しないよ。試した事はないけど」
「じゃあ、嫌な訳はないだろう?」
「……酷い理屈だね。──嫌なんだ。……君、の匂いだから」
「さっきと言ってる事が、矛盾してやがるぞ」
「矛盾……? 私の中では、かけら程の違えもないよ」
「……判らねえ奴だよ。お前って奴は。何時になっても」
「…………私には、君の方が理解出来ない。何時になっても。──君は、不思議な人だよ……」
「……言ってろ」
──それは。
情事の合間の出来事だった。
愛を『語り合う』、激しく情熱的な一時の、合間合間に訪れる、静かな、囁きの時間。
枕辺での、少しちぐはぐな会話。
一組の恋人同士が、今、肉体の戯れを終えて、言葉遊びに興じていた。
これから始まる、再びの戯れを前に。
「危ない」
「何が?」
「……煙草」
「ああ……」
右の指に、cigarを挟んだまま、項に舌を這わせた男に。
彼は、感慨もなく告げた。
ぶっきらぼうに忠告されて、男は又、髪を掻き上げ、一呼吸置くと、恋人がマッチを擦った辺りの煉瓦で、火種を揉み消す。
煉瓦は黒く染まり、僅かに散った熱い塊は、はらりと落ちてシーツの上に軽い焦げ目を作った。
「ろくでなしだねえ……」
一時(ひととき)だけの住処の壁を汚しても、シーツを駄目にしても、少しも気にする風のない相手に、柳眉だけは顰める振りをして、その実クスクス笑いながら、金髪の彼は、覆い被さる男に『答える』べく、瞼を閉じた。
「ほう。なら、そのろくでなしとこうしてるお前は、何だ?」
「私? ……私は君の、イロだもの」
「イロ、ねえ……」
「そうだよ。君の、愛しい愛しい、『イロ』だもの。君がろくでなしなら、私もろくでなしだろう。違うかい? セッツァー」
「……違わないな。お前は俺の『イロ』で。俺はお前の『イロ』だな」
何処までも、世俗に塗れた言葉で以て、冗談めかし続ける恋人の、イロ、と云う言葉に答えて。
セッツァーと呼ばれた男は、揉み消した吸殻を投げ捨てた。
「偏屈で、根性曲がりだが、お前はそれでも、愛しい愛しい、俺のイロだ。エドガー」
セッツァーの言い種に、エドガーと云う名の彼は、閉じた瞼を素早く開いて、僅か、ムッとした顔を作った。
「ああ、良く云う。偏屈で根性曲がりなのは、何方なのやら。少なくとも、私は君より純真な出来だし、真っ直ぐな出来だと思うけど。それに何より──」
「何より?」
「私は君程、好色じゃないよ。君と私の、大いなる相違点だ」
「フィガロで一番の、女ったらしの台詞か、それが」
「身も心も『必要』な付き合いと、言葉だけの付き合いは、別次元」
「じゃあお前は何で、今、こうしてる?」
「相手が、君だからさ。それ以外の答えなど、あるものか」
「お前とは大いに掛け離れた、好色な野郎が相手だぞ?」
「……仕方ないだろう。私は君の、イロなんだから」
何時しか。
情事と情事の合間に漂う、気だるいそれに相応しい、怠惰な、駆け引きの様な言葉は。
淡い、戯れ合いの様な言葉達へと取って代わって、室内に響いた。
愛してる、なんて誓いはかけらも必要がなく。
ともすれば、互いが互いを詰り出しそうな、危うい境界線の狭間を、行きつ戻りつする、恋人同士の、『甘い』会話。
全てを捧げ合った彼等だから、冗談交じりの言の葉の向こうにある、誠の心に触れられるからこそ、成り立つ。
そんな、一時。
「で、どうするんだ?」
「……どうするって?」
「次のgame、乗るのか、乗らないのか?」
「今更、そう云う事を聞くのか、君は」
「おーや。そいつぁ悪かったな」
「良く云う……」
──室内の会話は。
そんなやり取りを最後に、少しずつ、フェイドアウトの、運命を辿っていった。
セッツァーの、動きを止めていた躰も、指先も、衣擦れの音をさせ蠢き出す。
僅か、不機嫌な色を漂わせた瞳を瞼で覆って、エドガーは。
投げ出した両腕を、セッツァーの肩へと廻した。
『合間』の、気だるい時は終わって。
再び、『情事』が始まる。
真摯な誓いですらない、遊戯の言葉でさえ、一切が不要となる、罠の様な時間。
駆け引きも、何も彼も、要らない。
そして、又『情事』が終われば。
彼等は繰り返すのだろう。
気だるく、緩慢な、遊戯と駆け引きの向こうにある、『本当のこと』を、見えざる腕で手繰りよせる時間を。
キリ番をゲットして下さった空野くじらさんのリクエストにお答えして。
『大人の会話』と云うテーマを、海野は書かせて戴いたのですが。
大人の会話=pillowtalkに、何故直結してしまったのか……自分……。
しかも、そのぅ、大人の会話、若しくはpillowtalkと云うよりも、何処か、禅問答に近い気すらするのですが。……申し訳ないです……。
少し、短絡的思考だったかも……。反省。気に入って戴けましたでしょうか、くじらさん。