final fantasy VI

『Port Wineの割れた夜』

 

 このお話は。
 『Duende』の、キリ番カウンター『100000』を踏んで下さった、『萩野 桜』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。

 

 

 

 

 砂漠を渡る時に必要な、ささやかな荷物を放り込む為の、小さな鞄の中に無理矢理詰めて来て、その目の前で嫌味ったらしく取り出した、ルビーポートのワイン瓶を、薄く削った大理石の組み合わせが紋様を描く円卓の上に、ことりと音を立てて乗せてやった、丁度その時だった。
「…………何だか、外が騒がしいな」
 二、三週間程前に約束したように、数ヶ月前に終わった、世界を救う冒険の旅を共にしてより、飲んだくれ仲間と化した、フィガロ国王、エドガー・ロニ・フィガロの自室で、希代のギャンブラーと謳われるようになって久しいセッツァー・ギャビアーニは、ルビーポートのワインを栓を、開けようかどうしようか悩みながら、厚めの扉の向こう側から聞こえて来た、少々の喧噪に眉を顰めた。
「そうだね。この時間にはもう、城中静まり返っても良い頃なのに。今夜は随分と騒がしい」
 セッツァーが、悩みながら手を伸ばし掛けている、ワイン瓶を横からひったくって、広い室内の何処ぞから、自ら持ち出して来た蒸留酒の瓶と置き換え、喧噪に意識を奪われたセッツァーに倣ったように、エドガーも又、首を傾げた。
 

 

 ──確か、そのフルネームをケフカ・パラッツオと言った、世界の全てを望んだ魔導師から、崩壊しつつあった世界を取り戻してより、セッツァーとエドガーの二人は、時折こうして、共に『飲んだくれる』仲になった。
 それは、もう少し判り易い言葉で他人に伝えるならば、悪友というそれに該当するのだろうが、一口に、悪友、という言葉で括ってしまえる程、彼等の関係は簡単ではなく。
 例えるなら、やっぱり悪友のような、でも親友でもあるような。
 理解者、とも又違うし、同士、とも又違う。
 兎に角、そんな風に語るしかない、長い間、生死を共にして来た男同士にしか理解出来ぬような、一寸ばかり複雑な関係で、彼等の抱える様々な事情を全て脇に除け、二人のことを一言で言い表せる例えを引き出そうするなら、『飲んだくれ』仲間、と言う以外にはない。
 ……まあ、そういう訳で、冒険の旅が終わりを見て数ヶ月が経った今でも、片や、これからは世界をも率いて行くことになるのだろう国の国王陛下と、片や、希代のギャンブラーと言えば聞こえは良いが、実の処は単なる碌でなし、である風来坊であるにも拘らず、時折こうやって二人は、馬鹿程酒を飲み下しつつ、フィガロ城での静かな一夜を共にするのだが。
 何時もなら、世界が復興を見せ始めて、それに見合うだけ騒がしくなって来た今でも、夜半の内は静寂に包まれるのが約束されているこの城内が、今夜に限って騒がしいから。
 セッツァーは、ポートワインと蒸留酒の瓶とを、さらりと入れ替えてみせたエドガーの態度に軽く肩を竦めて、呑み始める為の支度の手を止め、喧噪の元が何処にあるのかを確かめようと、一歩、扉の方へと近付いた。
「…………ん?」
「どうかしたかい? セッツァー」
 と、室内の中央に置かれた小さな円卓より、たった一歩、扉の方へと近付いただけなのに、眉間に寄せた皺を一層深くして、セッツァーが訝し気に足を止めたので。
 黙って、セッツァーを見守っていたエドガーも、それまでより表情を厳しくして、飲んだくれ仲間の方へと寄った。
 すれば、途端。
 先程から二人の耳に届いて来ていた喧噪は、突如激しさを増して、誰かと誰かが怒鳴り合っているような叫びも届き。
「尋常じゃねえな」
「…………らしいね」
 エドガーは、寝所を覆うカーテンの影へと駆け寄り、愛剣を取り上げた。
 同じくセッツァーは、この部屋に入って直ぐに脱ぎ捨て、長椅子の上へと投げておいた黒いコートを取り上げ、硬質のカードの束を取り出した。
 チャッ……と、柄と鞘の鳴る音をさせながら、エドガーが剣を抜き。
 パキリと、カード同士が触れ合う高い音を放ちながらセッツァーがそれを指先に挟み。
 眼差しと眼差しのみで某かを語り合って、二人は気配を殺しつつ、扉へと近付いた。
 …………が、扉の右手に廻ったセッツァー、左手に廻ったエドガー、その何れが把手を回すよりも早く、王たる者の部屋の扉を、破壊せんばかりの勢いで、そこは開き。
 

 

 それより、時過ぎること数時間。
 もう間もなく、一番鶏の鳴き声が聞こえて来てもおかしくない頃。
 夜半、自らの手でルビーポートのワイン瓶を乗せた、薄く削った大理石の組み合わせが紋様を描く円卓──今は、見るも無惨に壊れて、石造りの床に転がるその円卓の『名残り』を。
 セッツァーは、爪先で盛大に蹴り上げた。
 すれば、カラカラと、円卓の脚の一部だった木片が音を立てて床を転がり、試し切りに使う人形のように、ズタズタに切り刻まれ、且つ、オートボウガンの矢も数本刺さっている、かつては扉だった物、にカツンと当たって、軽い音がした割には、当たり所が『絶妙』だった所為か木片は、セッツァー目掛けて跳ね。
 自分の所業が返って来ただけのことだと言うのに、至極不機嫌そうに、ひょいっとそれを避けたセッツァーの直ぐ脇に転がる、ポートワインの瓶だった物に、やけに奇麗な音を立てて当たり、そして止まった。
「やれやれ…………」
 だから、己が蹴り上げた木片の、一連の動きと。
 当分の間、国王陛下も使うこと叶わぬだろう室内の惨状を眺めて、彼は深い溜息を付いた。
 ────帝国が滅んで一年と少し。
 心を壊してしまった魔導師がこの世を去って数ヶ月。
 幾ら世界が復興の兆しを見せ始めて、少しばかり賑やかになって来たとは言っても。
 あの冒険の旅の終わり──即ち、怯えるだけだった人々が、世界と自分達の『今』を振り返られるようになって、未だそれだけの時しか流れていないから。
 にも拘らず、少しばかり賑やかになって来た、程度の余裕が持てるくらいの、中途半端な緩慢さは、早くも世界に戻り切ったから。
 何時か、そんなこともあるのではないか、と、セッツァーも、エドガーも、冒険の旅を共にした他の仲間達も、皆一様に、うすらぼんやり考えていた出来事が、とうとうその夜、起こってしまい。
 故に、その時セッツァーが付いた溜息は、酷く、彼らしくない物だった。
 ……世界が壊れる様。
 世界を取り戻す様。
 それを、己が目で見続けて来た彼等が、何時かそうなっても不思議ではない、と思っていた出来事──今はもう失くなってしまった、ガストラ帝国の残党達が、逆恨みを抱いてかそれとも、一年前まで帝国が誇っていた栄耀栄華を取り戻す為、と言った辺りの理由を掲げて、世界を救った、と世間で噂されている彼等を、襲うのではないか、というような出来事、それが、確かに起こったが故に。
 ……そう、その夜、セッツァーも居合わせたフィガロ城で起こった、そんな出来事は、彼等の仲間達が想像した通り、ガストラ帝国の残党兵達によって企てられた騒ぎで、騒ぎを企てた理由も、彼等が考えていたそれと似たり寄ったりで、もし、自分達の想像が何時の日か当たったら、きっと『敵』が狙って来るのは、フィガロ国王という地位に在り、最も狙い定め易く且つ、暗殺することによるメリットの高いエドガー以外に他ならないだろう、との予測も外さず。
「ったく……。馬鹿馬鹿しい……」
 たまたま、エドガーと約束をしていた所為で、フィガロ国王暗殺未遂事件、と称するのが正しいだろう出来事に巻き込まれる羽目になってセッツァーは、溜息を吐き出した後、どかり、と乱暴に、床の上に腰を下ろして胡座を掻いた。
 今、エドガーは、己の首を狙って乗り込んで来た帝国の残党兵に機嫌を損ね、国王の寝所にまで暗殺者達の侵入を許し、あまつさえ、御首狙われた国王自らと、たまたま居合わせた『客人』に不逞の輩を打ち取らせる、というていたらくを晒した己が城の衛兵達に更なる機嫌を損ね、あの、貴族然とした奇麗な顔に、青筋を立てながら笑みを浮かべる、と言った、器用な真似をしてみせながら、非常に、としか言い様のない足音を残してよりずっと、その部屋より消えている。
 恐らく彼は、夜が明け切っても……否、下手をすれば、始まったばかりの今日一日、『客人』を放り出したまま、城内を駆けずり回るだろう。
 故にセッツァーは。
 どうするべきかね、と、二度目の溜息を付きながら。
 暗殺者達との戦いの最中、自ら愚か者達に投げ付けて割ってしまい、今は、甘ったるい香りを放ちながら、粉々に砕けた色付き硝子と、もう呑めもしないアルコールがぐちゃぐちゃに入り交じって、床にべと付く模様を描くだけの、『ルビーポートだった物』を見下ろした。
 

 

 ……どうせ、とセッツァーが思ったように。
 エドガーが、漸く飲んだくれ仲間のことを思い出した、と、派手に壊れた自室を覗きに来たのは、夜明け前から騒がしかったその日が終わり掛けた頃だった。
 本音を言えばエドガーは、とっくの昔にセッツァーは、何も言わずに退散した後だと考えていて、でも、念の為、と、別の寝所へと向かう途中、足先を向けただけの話なのだが。
 回廊に灯されているランプの一つを取り上げて、破壊されたままの入り口を乗り越え、やはり、破壊されたままの自室を照らしてみたら、ボロ布もかくや、な程引きちぎられた天蓋の布の向こう側の、羽枕の羽塗れになった寝台の上に、頭からコートを被って横たわっている、でかい図体が見えたので。
「…………え? セッツァー? 帰ってなかったんだ?」
 珍しく、焦りの滲んだ声を、エドガーは放った。
 すると、もそもそと、掛け布代わりのコートが蠢きを見せ。
「一応な、客人のことをコロッと忘れちまうような、薄情な国王陛下のことでも、気にしてやった方がいいかと思って、わざわざ、居残ってやったんだよ。でもな、忙しいだろう国王陛下の邪魔をしちゃ悪いだろうから、落ち着くまでは何も言わずにおいてやるかと、そうも思ってやったんだよ。……優しいだろう? 俺様は」
 首だけを覗かせセッツァーは、チロリ、紫紺の瞳をエドガーへと向けて寄越した。
「……うわ、御免…………。てっきり、君はもう帰ってしまったんだと思って……」
「別に。本気で詰ってる訳じゃない。からかってみたかっただけだ」
 冷たい眼差しで、セッツァーに見据えられ、エドガーの声音には、一層の焦りが滲んだが、途端、ふっ……とセッツァーは、面差しを崩し。
「……なあ、お前」
 笑みを浮かべ、身を起こしながら彼は、飲んだくれ仲間の名を呼んで。
「止めちまえ、王様なんざ」
 冗談なのか、本気なのか、その何れとも付かぬトーンで、言い放った。
「どうして?」
「下らねえから」
「……そうかな」
「そうだろう? 誰もに想像が容易な相手に、簡単に思い描ける理由で、判り切ってた通りに、その首狙われて。到底、割に合う商売じゃねえだろうが」
「…………じゃあ、君がやる?」
「……ふざけるな」
 たが、本気のような、そうでないような話を、年寄りの繰り言のように語られてもエドガーは、軽く笑い飛ばすだけで。
 言うだけ無駄だった……と、セッツァーは、黒い天井を見上げた。
「これでも一応、心配してやってるつもりなんだがな」
「判ってるよ、それくらい」
「人の忠告に耳も貸さねえような奴の言葉なんざ、信じちゃやらねえよ」
「…………君、本当は拗ねてるんじゃないのかい? 丸一日放り出されて、臍でも曲げた?」
 そんなセッツァーの様を眺め、エドガーは唯、笑いを深め。
「………………サウスィガロの宿屋にな」
「ん?」
「……本当は。今日の昼にはここを出るつもりだったから。サウスフィガロの宿屋に、女待たせたまんまでな……。さぞかし怒ってんだろうなあ、と思うと…………」
「おや。なら、今から向かうかい? チョコボ、貸すけど」
「…………もういい。どうせ、別れ話になるのがオチだ。男同士のあれやこれやは、女にゃ理解出来ねえ話だし」
 憂鬱そうに、セッツァーは、エドガーの笑いをねめつけながら、立ち上がった。
「虚しい言い訳だねえ、セッツァー。──だと言うなら今日の詫びに、失恋酒に付き合おうか?」
 すればエドガーは、一瞬だけ目を見開いて、それまでとは少々趣の違った笑みを湛え。
「酒、ねえ……。何の」
「この間君が来た時に持って来てくれた、ルビーポート。君は来る度に、あの酒を持って来るから。いい加減、どれかは空けてしまわないとね」
「……言ったな。なら、付き合えよ、とことん」
 そう言うことなら、と、セッツァーは少しばかり、結局は曲げていたらしい機嫌を直して。
 彼等は二人揃って、どうしようもなく壊れた、国王陛下の寝所を後にした。

 

End

 

 

 

 

 キリ番をゲットして下さった、萩野さんのリクエストにお答えして。
 『ややセツ×エド風味・一応友情で、ケフカ打倒後に起こった「フィガロ王暗殺未遂事件」』というテーマを、海野は書かせて頂きました。
 なのでこのお話は、友情の範囲で。
 但し。とあることを知っていれば、セツエド? とも思えるかもです。
 尚、作中に出て来るポートワインとは、ポルトガルの『ポート港』から出荷されるワインの総称なので、本当はこの世界に存在してはいけない筈のワインなんですが、すみません、見逃して下さい……(平身低頭)。
 基本的にポートワインって、アペリティフかデザートワインか、ってな代物なので甘いから、お二人さんには一寸、かも知れないんですけどね。ヴィンテージなんだ、ってことで一つ……。

 気に入って戴けましたでしょうか、萩野さん。

   

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