final fantasy VI

『Knecht Ruprecht(クネヒトループレヒト)

 

 このお話は。
 2008年12月に行ったリクエスト企画に参加して下さった、『坊屋 桃』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。

 

 

  

 北大陸の西方、その一地方に伝わる伝承の一つに。
 生涯、神に仕えた一人の聖人の話がある。
 聖人は、赤い服を纏う一人の天使と、黒い服を纏う一人の悪魔を連れ歩いていて、一年で一番陽の短い日の前夜、子供達の住まう家々を巡る。
 赤い天使は、一年間良い子にしていた子供達に、お菓子や玩具を贈り、黒い悪魔は、一年間悪い子だった子供達に、ジャガイモや石炭を贈る。
 ……故に、その地方の子供達は、毎年冬になると、大人達に、良い子にしていなければ、天使からの贈り物が貰えない、と諭され、そんな風に親達に言われてしまった子供達は、冬至前夜を心待ちにしながら、親の言い付けを聞き分けるのだ。
 赤い服の天使から、お菓子や玩具を贈って貰う為に。
 

 

 その日、セッツァー・ギャビアーニは、赤い天使と黒い悪魔の伝承が伝わる一地方の町を、一人歩いていた。
 己が家に等しい飛空艇・ファルコンの、そろそろ乏しくなってきたかと思えた食料その他の備蓄を補充しておこうと思い立ったから。
 ……別に、その為に寄るのは、その町でなくとも良かった。
 ある程度の商店を有している、そこそこの大きさの町なら、何処でも構わなかった。
 ふと、そう言えば備蓄を、と思い立った場所から、最も近かったのがそこだった、というだけで。
 冬至が直ぐそこに迫ってきたこの時期、この地方では、件の伝承に『踊らされて』浮かれる子供達や、子供達が楽しみにしている『赤い天使からのプレゼント』を、現実のことにするべく買い物に勤しむ大人達で溢れ返る、ということも、彼は失念していた。
「鬱陶しいな…………」
 ──商店の飾り窓に貼り付き、ガラスの向こう側に飾られている数多の品を懸命に眺め、「天使様に、あれを贈って欲しい」と、無邪気な願望を両親に訴える幼子や。
 赤い天使と黒い悪魔の話は、単なるお伽噺だと弁えられる年頃になって、その代わり、親達に、天使様からの贈り物をねだることを覚えた少年少女達や。
 何処となく、困ったような曖昧な笑みを湛えつつも、子供達の『我が儘』に耳貸す大人達で、町の目抜き通りはごった返しており、そんな人々に紛れながら道行くセッツァーは、歩き辛い、と一人零した。
 けれど、お祭りめいた雰囲気や、幸せそうな人々から、一人だけ浮く風に歩き続けるセッツァーを他所に、町は、何処までも賑やかで、きらびやかだった。
 商店の軒先は、何処も、色とりどりに飾られて、主の商魂が逞しいのだろう店に至っては、伝承が伝える赤い天使の衣装に扮した売り子達が、何人か立っていたりもして。
「エド……──。…………馬鹿か、俺は……」
 そんな売り子達の一人──長くたわわな金の髪で、赤い衣装の背中を覆っていた一人の女性に、一瞬彼は目を奪われ、立ち止まった。
 その女性の髪が、その町よりは遠い、砂漠の直中の国に在る筈の、恋人のそれのように、一瞬だけ思えたから。
 けれど、そう思えたのは本当に一瞬のことで、直ぐに、相手は女性だと判り。
 確かに美しくはあるけれども、恋人の──エドガーの、見事、としか例えようのない金髪と比べてしまえば、どうしたって見劣りする、とも判って。
 何故、刹那のことだったとしても、自分は、彼とあの売り子とを間違えてしまったのだろう……、とセッツァーは、思わず己を罵った。
 でも、止まってしまった彼の足は、動かなかった。
 ──街角に立っているだけの女とエドガーを見間違えるくらい。
 髪の色のみで、エドガー、と呼び掛けるくらい。
 今、己は彼に飢えてしまっているのだろうか、と、咄嗟に考えてしまって。
「前に、あの城を訪ねてから…………、ああ、もう三月、か……」
 最後に恋人と逢ってから、どれだけの月日が流れただろうと、呼び込みを続ける件の女性を横目で追いつつ、ふと振り返ってしまった彼は、ふいっと、彼女達を雇っているのだろう大きな商店の方へと足先を向けた。
 偶然立ち寄ったこの町にも古くから伝わる伝承にかこつけて、三月も逢いに行ってやらなかった恋人に、何か贈り物でも……、などと考えて。
 けれど、商店の玄関を潜ろうとしたその足先も、先程のように、ぴたりと止まった。
 ────…………何を贈れと言うのだろう、あの彼に。
 自分は、ほんの一瞬前、あの彼に、一体何を贈るつもりだったのだろう。
 ……どんな代物だろうと、構いはしないのだろう。
 下らない、子供騙しな伝承に、いい歳をして踊らされた振りをして、三月も顔を見せなかった詫び代わりに、彼へと贈る品物は、この、目の前の商店で適当に選んだ、適当な物で一向に構わないんだろう。
 適当に選んだ適当な品処か、薄紙に包まれた飴玉一つだったとしても、彼は、本当に心底喜んでくれるのだろう。
 幸せそうに、笑みながら。
 大事そうに、贈り物を両手で包んで。
 ……だとしても。
 己などが、あの彼に向けてそんなことをしてみて、一体何になるのだろう。
 例え、『かこつけて』であっても、古から伝わる伝承に則って、一年で一番陽の短い日の前夜に贈られる品は、天上の存在から与えられる、菓子や玩具の形を取った、幸の具現でなければならない。
 地底の存在が投げ付ける、黒いだけの塊であってはならない。
 …………そう。己などが、『その夜』の贈り物を、彼にしてはいけない。
 己は決して、彼にとっての天上の存在になど、成り得はしないのだから。
 己と彼の、臓物をぶちまけて、ひび割れた大地の底へ彼を引きずり込む、地底の存在でしかないのだから。
 ……例え、どれ程に彼を愛していても。
 彼に、彼だけに、幸を与えたいと願っても。
 己は決して、彼に、誰からも後ろ指を指されぬ、真実の幸福を与えてやることなど叶わない。
 悪魔が天使に焦がれても、天使の純白の羽根を音立てて折って、地の底へ堕とすような愛し方しか出来ぬのに似て。
 …………だから。
 一年で一番陽の短い日の前夜の贈り物を、己から彼へ、なんて……、似合わないを通り越して、滑稽ですらない、不幸な品でしかない。
「…………? お客様? お入りにならないんですか?」
 ────この地方の慣しにかこつけた、エドガーへの『贈り物』を選ぼうと思い立って、けれど、刹那脳裏に浮かべてしまった、己にとっては『真実』であることの所為で、商店の玄関へと向けた足を、止めてしまったセッツァーに。
 彼が、ほんの一瞬だけ、恋人と見間違えた売り子の女性が、声を掛けた。
 ああ、この客は店に入ろうとしている、と思ったのだろう彼女は、彼を店内へと押し込んでしまおうと、彼の為に扉を開け、けれど、何時まで経っても、彼が動こうとしなかったから。
「あ……、いや、いい。気が変わった」
 売り子の彼女に掛けられた声で、ハッと我に返ったセッツァーは、ほんの少しだけ罰が悪そうにしながら、ゆるりと首を振った。
「まあ、そんなこと仰らずに。ご家族や恋人への、『天使様の贈り物』を未だお求めでないのでしたら、お寄り下さい。色んな品が取り揃えてありますから。きっと、お客様の大切な方に相応しい品が、見付かると思いますよ?」
 けれど彼女は、商売人特有の愛想笑いを浮かべ、彼の黒いコートの袖を引いた。
「……石炭やジャガイモもあるのか?」
「…………は?」
「冗談だ」
「石炭はございませんが、ダイヤならございます。……如何ですか?」
「柄じゃねえな」
 ふわり、冷え始めてきた風に、エドガーのそれと見間違えた金の髪を揺らし、そんなことを言う彼女の手を振り払って、彼は踵を返した。
 

 

 ──Knecht Ruprecht.
 それは、聖人が連れ歩く、黒い悪魔の名前。
 彼にとっては──エドガーの『幸せ』にとっては、地底から腕を伸ばす、Knecht Ruprechtでしかないのだろう己でも、構わない、と彼が言ってくれたら。
 Knecht Ruprechtであると判っていながら、彼が確かに手を取ってくれたら。
 その時初めて、一年で一番陽の短い日の前夜の贈り物をしよう。
 ……そう思って、セッツァーは、その街の喧噪に背を向け、一人立ち去った。
 この地方の伝承にかこつけた、贈り物は出来ないけれど。
 己がそんなことをしたら、それは、Knecht Ruprechtの贈り物にしかならないけれど。
 せめて、三月振りに彼に逢いに行くくらいは、赦されるだろうと思い込みながら。

 

End

 

 

 

 桃さんのリクエストにお答えして。
 『セツエドで、黒サンタをネタに純愛で』というテーマを、海野は書かせて頂きました。
 じゅ、純愛ではない気がしますが、お目零し頂けるとー……(滝汗)。
 ──で、プチ解説。
 日本では黒サンタで通ってるアレは、Knecht Ruprecht(クネヒトループレヒト)と言い、元々はドイツの伝承です。地方によって言い方は違うそうですが。
 夢もロマンもないですが(笑)、クネヒト〜は、悪魔と言うよりは、日本で言う処の『なまはげ』。
 ジャガイモや石炭をプレゼントするって説もあれば、臓物まき散らす、って説もあるし、子供を連れ去るって説もある。
 ……うっかり、よりダークな逸話の方をセレクトし、この話、一遍、ホラーになった、ってのは内緒です(あっ)。

 気に入って頂けましたでしょうか、桃さん。

   

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