final fantasy VI

『旅人』

 

 このお話は。
 『Duende』の、キリ番カウンター『121212』のニアピン、『121213』を踏んで下さった、『坊屋 桃』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。

 

 

 

 

 ん? と。
 辺りを見回して、酷く訝し気に、セッツァー・ギャビアーニは首を捻った。
 どうして、自分がその場に佇んでいるのかが思い出せな……──否、判らなかった。
 故に彼は、どうにもこうにも違和感ばかりを与えて来る辺りを見回して、腕を組む風にし。
 懸命に、それまでのことを思い出そうとした。
 …………そうして。
 ────その日、夕刻。
 たまたま立ち寄った街で、偶然『悪さ仲間』達と再会し、そのまま盛り場に繰り出して、酒を飲み、賭博に興じ……と騒いで。
 丁度、深夜零時を過ぎた頃だったか、カジノの片隅で始まった、客同士の他愛無い喧嘩を面白がって野次馬していたら、高みの見物と洒落込んでいる間に、他愛無い喧嘩は他愛無い喧嘩では済まなくなり始め、更にはそれに、悪さ仲間がちょっかいを掛け始めた所為で、結局それに巻き込まれる形になって。
 程良過ぎる程度、酒が入っていたのもあって、どうせ素人同士の喧嘩だろう、と高を括っていたら、素人故の恐ろしさと言うかで、背後から誰かに、握り締めた酒瓶で思い切り頭を殴られて……。
 ────という処までを、セッツァーは労することなく思い出した。
 ……そう。
 それまで。つい、さっきまで。
 セッツァーは、とある街の盛り場にあるカジノで、悪さ仲間達や見ず知らずの者達と、喧嘩をしていた筈なのだ。
 でも、酒瓶で思い切り頭を殴られて、さっ……と意識が遠退くのを覚えて、それでも何とか頭を振って、昏倒するのだけは防いで、そして、改めて辺りを見回したら。
 自分を取り囲んでいる風景が、カジノのそれではなく、見慣れないそれへと激変していた。
 ……いや、見慣れないと言ったら嘘になると言うか、実は非常に見慣れていると言うか、見慣れてはいるが、今は見慣れていると言ってはいけないと言うか。
 そんな風景──即ち、彼の、世間には絶対言うことの出来ない秘めたる恋人、という奴である、フィガロ国王エドガー・ロニ・フィガロの居城の一室、としか思えないそれに。
 だから、どうして……? と、セッツァーはしきりに首を捻って。
 が、だからと言って、どうしてこんな所にいる羽目になっているのか、己自身にもさっぱり理解出来ないのだ、この城の者達はそんなこと、余計理解出来ないだろうから、対外的には、国王陛下の友人でしかない己が、ぼんやり佇み続けて、騒ぎになるのもマズかろう、と。
 仕方なし、身を潜めるように歩き出して、彼はその場を離れることにした。
 と言っても、手ぶらの状態でフィガロ城の直中に放り出されたらしい手前、何が出来ると言う訳でもないので、取り敢えず、恋人に匿って貰って、次いでにどうして自分がこんなことになってしまっているのかの、相談にも乗って貰うか、と。
 回廊や廊下の柱の影や物陰に、こそこそ隠れるようにして、セッツァーは、コソドロになった気分だな……と苦笑を浮かべつつ、エドガーの自室を目指した。
 ──どうやら、彼が不意に『放り出された』場所は、当面の目的地と定めた恋人の部屋に程近かったようで、それ程骨折りをさせられることもなく、あっさり彼は、そこへと辿り着くこと叶え。
 警備兵の姿が見えないのをこれ幸いと、さっさと扉に手を掛けて、さっさと中へ潜り込んだ。
「…………エドガー? いるか……?」
 音もなく開けた扉を、後ろ手で、音もなく閉めて、室内へと歩を進めながらセッツァーは、恋人に話し掛けた。
 だが、寝所の燭台は、薄く、本当に薄く灯されたままらしいのが窺えるのに、燭台を灯したまま、恋人は深く寝入ってしまっているのか、応えは返らず。
「おい。寝てるのか? 灯りくらい消し…………──。…………え?」
 勝手知ったる他人の部屋を、ずかずか彼は進み切って、寝所へ入り込み、ばさりと天蓋の幕を捲り上げて、寝台を覗き込んで。
 疑問の声を放った。
「……何だ?」
 そして、天蓋の幕を跳ね上げた手の形もそのままに、まじまじ、横たわっていた『者達』を見下ろし。
 彼は、更なる疑問の声を放つ。
 …………覗き込んだ寝台。
 エドガーの為にある筈の寝台、そこには何故か、一人の大人と、二人の幼子が眠っていて。
 寝台中央にて、やけに行儀よく眠っている『大人』は、恋人に良く似た、が、恋人では有り得ぬ者で、その大人を挟むように、すやすやと眠っている二人の幼子は、どう考えても、大人の実子であるとしか思えぬ顔立ちをしており、しかも、セッツァーの想像が正しければ、幼子は、双子、で。
「………………俺は夢でも見てんのか……?」
 眠り続ける、『三人』を凝視する風に見つめながら、セッツァーはそんなことを呟いた。
 フィガロ城、の。
 エドガー……否、国王の為の部屋、の。
 寝所の寝台に眠る、エドガーに良く似た、が、エドガーでは有り得ない大人と、三つかそこらでしかないだろう年頃の、双子の男の子達、は。
 どう考えても、どれ程否定してみても、エドガーの父親と、幼かった頃のエドガーと、双子の弟マッシュ、との答えしか、セッツァーに与えては来なかったから。
 そんな風に呟いてみるしか、セッツァーには出来なかった。
「…………ん……」
 と、セッツァーが思わず洩らしてしまった呟きの所為だろうか、幼子の一人が不意に身じろいで、がばりと起き上がり。
 きょろきょろと辺りを見回して、確かにセッツァーが佇むそこをも凝視した筈なのに、幼子は、恐らく彼の父だろう男と、やはり恐らく、弟だろう子供を、薄闇の中、じっ……と見つめ。
 三歳程度の子供とは到底思えぬ、小さな、けれど重苦しい溜息を吐いて、声も立てず、物音一つ放たず、ほろほろと、暫し泣き濡れ。
 やがて、何事もなかったかのように、眠り直した。
「…………エドガー……?」
 だから。
 思わずセッツァーは、眼前でそんなことをしてみせた子供に声を掛けたが。
 やはり、応えは返らず。子供が再び、起き上がることもなく。
 例のカジノにて、見ず知らずの輩に酒瓶で殴られた時のように、セッツァーは又、目の前が暗く霞むのを覚えた。
 

 

 暗く霞んでしまった視界を取り戻すべく、眉間の辺りを、自身の拳で軽く殴るようにしたら、何とか世界は晴れて。
 又か……と、辺りを見回したセッツァーは、溜息を零した。
 確かに己の足で、どうしてここに……と思いながらも、真夜中、『国王の自室』へと辿り着いた筈なのに、晴れた視界の先には、今までとは若干違う風景があって、空も、真昼のように明るく。
 但、相変わらずフィガロ城内であることだけは間違いないのだろうそこを見回して、セッツァーは、肩を落とし。
 やれやれと、再び、城内を彷徨い出した。
 ──どう考えても、時間を飛び越えてしまった、としか思えない、真昼と思しきフィガロ城の中をうろつくのは……と思いはしたが、どういう訳か、すれ違う者誰も、まるでセッツァーなどそこに存在していないかの如く、彼を無視し続けたので。
 今の俺はひょっとしたら、『幽霊』って奴なのかもな、と、ぞっとしない冗談を、己で己にくれつつ、彼はエドガーを捜した。
 すればやはり、先程のように、放り出された場所よりそう遠くない所に、目的の相手はいたようで。
 セッツァーは今度は、十四、五程度の年齢と思しき、恋人の少年時代、としか思えぬ姿に鉢合わせた。
 その時、少年時代のエドガーと思しき『彼』は、フィガロ城の東棟と西棟を繋ぐ、渡り廊下のような場所で、一人風に吹かれており。
「マッシュは又、ダンカン師匠の道場か……」
 ぼそり、そんなことを、何処か寂しそうに、何処か羨ましそうに、呟いていた。
「…………エドガー?」
 そんな少年エドガーの呟きを聞き届けて、セッツァーは、意を決したように、現実とも幻とも思えぬ彼へと、話し掛けてみたが。
 ふっ……と少年は、セッツァーの方へと向き直りはしたものの、
「……風かな? 誰かに呼ばれたような気がしたけど。誰もいないし……」
 と、独り言のみを放って、佇み続けることに飽いたかのように、その場を離れて歩き出した。
「おいっ! ……っ……──」
 が、少年にそんな態度を取られても、泣き出しそうにしていた少年の気配が、どうにもセッツァーは気になって、自分のいる方へ向って歩き始めた彼へ、手を差し伸べたが。
 少年に、その手は確かに触れたのに、する……っと。
 彼の体をすり抜けてしまった。
「…………もしかして、酒瓶で殴られた時に、俺は死にでもしたのか……?」
 それ故セッツァーは、質の悪い洒落にもしたくない、率直な疑問を吐いて。
 どうしたものかと、考え倦ねて。
 その時、又。
 彼は、目の前が暗くなるのを覚えた。
 

 

 ──見知っている、けれど在らぬ場所へ、放り出されるのも三度目ともなれば。
 セッツァーとていい加減、慣れを覚えた。
 そして、三度目に放り出された、やはりフィガロ城の一角と思しき場所から、何の躊躇いも覚えずに彼は、エドガーを捜してみようと歩き掛けたが。
 今度はもう、捜そうと思ったその当人が、眼前にいた。
 恐らく、歳の頃にして二十歳になるかならないか、程度の、はっきりと、「誰が何と言っても、これは若い頃のエドガーだ」と、肯定出来る姿で。
 だから、そのまま彼は、『先程の瞬間』の続きのように、己の良く知るエドガーよりは七つ程度若いだろう『彼』へ、手を伸ばし掛けて。
 …………止めた。
 ────ひょっとしたら、頭を殴られた時既に、幽鬼と化してしまったのかも知れない自分に、言葉には出来ない何かが、こんなシーンを見せ続けることに意味を持たせようとしているのなら、この先一体どうなるのか見守ってみるのも、又一興だろう、そう思った。
 故に彼は、ぼんやりと佇む風に、放り出されたそこに立ち尽くして、執務室らしい一室の机に着いている、『恋人の昔』を見つめた。
 大きな執務机の上に両肘を付いて、口許の辺りで、右手と左手を、他人と握手をする時のように結び合わせて、じっと、目を瞑り。
 最初に、この不思議な世界に放り出された時、巡り逢った幼子がそうしていたように、ホロホロと、一人泣いている彼を。
「エド……────」
 ──それより、暫く。
 セッツァーはその場にて、若いエドガーを見つめ続けたが、何時まで経っても眼前の彼は泣き止まなかったから、とうとう我慢が出来なくなって、いたたまれぬ想いで胸を一杯にしつつ、その人のモノである筈の名を、呼び掛け。
 けれど、どうせ、届きはしないだろうと、彼の名を噤むのを、思い留まった。
 …………すれば、その瞬間。
 それまでと同じく、彼の眼前は、闇に包まれ。
 

 

「…………おーーい。大丈夫かー? 生きてるかー? でっけえコブが出来てるだけだ、しっかりしろーー」
 次に、鮮やかな景色の中に放り込まれた時。
 セッツァーは、悪さ仲間が掛けて来るそんな声に揺り起こされた。
「…………え……?」
 何処となく間の抜けたその声は、確かに自分に向け掛けられたもので、目を見開き、辺りを見回してみたら、ここは、あのカジノだ、ということにも気付き。
「いってー…………」
 盛大に痛む後頭部を押さえながら彼は、倒れ込んでいた床から身を起こした。
「平気か? よっぽど酷く殴られたらしくって、お前、結構長い間、気、失ってたぞ? ……あ、例の素人さん連中なら、もう、ここの奴等が追い払ったから、心配は要らねえよ」
「あー、そうかい…………」
 片手で頭の様子を探りつつ、上半身を擡げた彼に、彼の仲間はそう言って、でも、セッツァーは興味なさそうに、素っ気なく応え。
「…………何だよ。どうした? 様子変だぞ? セッツァー。頭ぶん殴られて、どっかおかしくなったのか?」
「そういう訳じゃなくて……。……いや、もしかしたら、本当におかしくなったのかも知れないんだが…………」
「はあ?」
「それが、実は、な……──」
 彼は、昔から良く知るその仲間に、エドガーの素性や、己との関係は暈して、意識を失っていたらしい間に経験したことを、つらつら、語った。
「ふーん……。……お前、本当に頭、おかしくしたんじゃねえのか? 時間旅行ー、だなんてそんな馬鹿馬鹿しいこと、ある訳がねえだろ。陳腐な夢と非現実が溢れる、乾いた笑いしか洩れない、愉快な小説の筋書きじゃあるまいし」
 説明するのに、随分と時間を要した彼の話に、それでも彼の悪さ仲間は、黙って耳を貸してはくれて、しかし、聞き終えた途端それを、一笑に付した。
「……まあ、な。俺も、そう思うんだが。夢で片付けるにゃ、余りにも実感ってのが有り過ぎて……」
「だーかーらー。お前らしくもなく、そんなこと言い出すから、気でも違ったかって、俺に言われんだよ。……何処の誰だか俺は知らないけどさ、その、お前の夢に出て来た奴ってのは、お前の大切な奴なんだろ? だったら、大方あれだろうさ」
「あれってな、何だよ」
「たった今、お前自身が俺に教えたろ? 『夢の中の誰かさん』の性格。他人のことばっかり気にして、他人のことばっかり考えて、自分のことは、胸の中に仕舞い込んじまう質だ、って。お前、それを気にしてんじゃないのか? 自分のこと仕舞い込み過ぎちまって、一人何処かで泣いてるんじゃないか、とか、そんなこと、実は気にしてたりするんじゃねえの? だから、そんな夢見んだよ。…………あ、あれか。そうか。『夢の中の誰かさん』ってのは、実は女か? お前の。そうか、そうか。お前のイロか。だったら、納得出来るってもんだ」
 そして、セッツァーの話を笑い飛ばした彼は、当てずっぽうな講釈を朗々と語って、「そこまで好きな女がいるとは知らなかった」と、全てを一人、勝手に納得してしまった。
「……………………今の今まで俺はお前を、酒と博打と悪さにしか頭を使えねえ碌でなしだと思ってたが。……お前、それ以外のことにも、知恵が回ったんだな」
 ──仲間の語った講釈は、本当に何処までも当てずっぽうで、根拠も何もない、それでしかなかったが。
 セッツァーは、腹を立てることもなく、まじまじ相手を見つめ、ぽつり、洩らして。
「どーゆー意味だよ」
「……そういう意味だ。──すまないが、俺は先に帰る。又な」
 痛み続ける頭を押さえながら彼は、無理矢理に立ち上がり、引き止めようとする仲間を振り払うようにして、足早に、カジノの入口を潜った。
 

 ────現実の世界では僅かしか費やされなかった、あの時間の中で。
 迷い込まされた世界が何であって、その世界に己を運んだ何かが果たして誰なのか、そんなことは判らない。
 友が言ったように、あれは、夢だったのやも知れない。
 でも、まるで時の旅人と成り果てたかのように彷徨ったあの世界、あの世界で見せられたこと、それが夢でも現(うつつ)でも。
 悪さ仲間が例えたように、沢山のモノに囲まれながらも、胸の中の何かを誰にも吐き出せなくて、どうしようもなく孤独で、一人泣き濡れるしかない瞬間を、あんな風に、何年も何年も、彼が繰り返して来ていたと言うなら。
 それが、現だと言うなら。
 あの世界と、あの世界を旅させた誰かはきっと、こうしている今も尚、あの城の何処かで、一人泣き濡れている彼がいるだろうこと、そして、そんな風に泣き濡れる彼を、『取り巻いているだけ』の一人に己もいること、それを訴えているのだ、としか。
 ……時の旅人から、現の旅人へと戻ったセッツァーには、思えなくなって。
 だから彼は、カジノを後にして、飛空艇に飛び乗った。
 

 時の旅人だった世界で見た、泣き濡れる彼を止める為に、現の旅人を止めろと、何処かで何かが言うのなら、自分はそうしてもいい。
 そう、思いながら。

 

End

 

 

 

 

 キリ番のニアピン、をゲットして下さった、桃さんのリクエストにお答えして(キリ番の方のご申告がなかったので)。
 『タイムスリップ(セッツァーとエドガーの、何方が何方の過去へ行ってもOK、何年前でもOK)』というテーマを、海野は書かせて頂きました。
 ……何と言うか、奇を衒い過ぎたよーな気がしなくもありませんが(汗)。
 時間旅行は時間旅行。うん(笑)。
 エドガーにタイムスリップさせると、セッツァーの過去を見ることになる訳で、大変ド暗く、長編になりそうな気がしたので(笑)、タイムトラベラーはセッツァーにしてみました(笑)。

 気に入って頂けましたでしょうか、桃さん。

   

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