final fantasy VI

『続く時』

 

 このお話は。
 『Duende』の、キリ番カウンター『55555』を踏んで下さった、『春也』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。

 

 

 

 

 さらさらと、砂の流れ行く音だけが、その年最後の音だった。
 砂漠の国、フィガロ。
 年の瀬に、迎える新たな年の為に、七日に渡る祭事が、この国では行われるが。
 あらゆる式典を終えて、自室に戻ったフィガロ国王、エドガー・ロニ・フィガロの耳に届いたものは、真夜中に吹く風が、そうっと砂丘を撫でて、数多の砂を攫って行く、水のない流れの音だけだった。
 城の中でも、城の外でも、それこそ、国中が今、喧噪の中にある筈なのに。
 それらから、すっぱりと切り離されてしまったかのように、彼の自室には、無音に近い程の静寂があり。
 それ程に静まり返った部屋の中には、一日中酒精を嗜みながら、己の帰りを待っていたらしい、恋人の後ろ姿だけが映えていた。
「終わったよ」
 夜の砂漠の冷たい空気を伝えて来る窓辺に立ち尽くす恋人を目指して、正装を被う華美なマントを無造作に脱ぎ捨てながら、エドガーは、室内を横切る。
「お疲れさん」
 すれば、酒精で満たされたグラスを手放そうともせず、窓際から離れようともせず。
 王の恋人、セッツァー・ギャビアーニが振り返った。
「何を?」
 ちらりと振り返り、が、直ぐに窓の向こうへ視線を戻してしまったセッツァーに寄り添いつつ立ちながら、重苦しい正装を脱ぎ捨てつつ、エドガーも又、外へと視線を流す。
「ん? 今夜は、随分と静かな夜だと思ってな。月もないし、星もないし。唯、静かに風だけが吹いて、遠くの砂丘の砂を攫う音だけがしやがる」
「……ああ。そうみたいだね」
「でもな。時々、静かな筈の風が、砂漠の砂を空へと舞い上げて、ぱらぱらと、大地に降らせる音もする。…………一寸、雪みたいでな……。それを、ずっと聞いてた」
「成程。……せめてもの、お祝い、なのかな、新年の」
 ──耳を傾けていたものは、雪の代わりのような砂の音だと。
 そう云うセッツァーに倣って、そっと耳を澄まし。
 ぽつり、エドガーは云った。
「……祝い?」
「そう、お祝い。雪が降らないこの国に、砂漠の神がくれる、雪の代わりの『お祝い』」
「随分と、浪漫的な発言だな」
「そうかな」
 風が舞い上げる砂が立てる、唯の雑音も。
 そう思って耳を貸せば、幸せな心地になれる、と。
 そう云うエドガーを、セッツァーは揶揄し。
 恋人のからかいを、エドガーは肩を竦めて流した。
「祝いも何も、ないだろう。新しい年が来ようとも、それは暦の上だけの話で。何が変わる訳じゃない、時間の流れが狂う訳でもない。重ねる年月の呼び方が、少々変わるだけの話だ。そんなものに、祝いもへったくれもねえだろう?」
「……夢のないことを云うねえ、君は」
「仕方ないさ。それは本当のことだし、この世に神なんざ居ねえし」
「……まあ、ね。でも。信じれば、神様も存在し得るよ。……尤も、私は神が存在する余地など、自分の中に持ち得ないけどね」
「現実主義者は、どっちなんだかな」
 肩を竦めて、茶化しを流したエドガーに、セッツァーは追い打ちを掛けた。
 追い打ちを掛けられたエドガーは、一見、夢を受け入れるようにも聞こえる、が、セッツァー以上に、現実に満ちた言葉を放った。
 だから、窓ガラスの向こうを、じっと見つめていた二人はその時、互いの面を見遣って、苦笑いを零し。
「どうだっていいよ、そんなこと」
「そうだな」
「それよりも、セッツァー。年が変わるよ」
 部屋の片隅にある置き時計に、数瞬後に新年が訪れるのを教えられて、エドガーが云った。
「……みてえだな」
 恋人が視線を流した時計の文字盤に、やはり、眼差しをくれて、セッツァーも頷いた。
 時間や月日、と云うものを示す、暦の上での年の呼び名が、変わろうとしている瞬間を、大して大きくもない置き時計の針を眺めながら、二人は口を閉ざして、じっと迎える。
 薄いガラス窓の向こうに広がる外界の冷たさを、半減させて伝えて来る窓辺にじっと、立ち尽くしたまま。
 もう、風が砂を舞い上げる音も途絶え、カチコチと時を刻む時計の振動だけが、その部屋を包む音楽になった、秘めやかな空間の中で。
 短針と長針がカチリと重なり合うのを、彼等は唯、見つめていた。
「……新しい年だね」
「……だな」
「今年も、宜しく、セッツァー」
「こちらこそ。……ああ、何の代わり映えもない挨拶だな。確か去年もこの場所で、同じ台詞をお前と言い交わした気がする」
「そんなものだよ、新年なんてね」
「お前も大概、味気ねえ男だな」
「……今更」
 ──時計の針が重なり合って。
 新たなる年を迎え終えた瞬間。
 彼等は漸く置き時計から視線を外して、それぞれを見つめ直した。
「まあ、いいか。それでも。こうして今年も変わらず、年の一等最初を、お前と過ごしてるんだから」
 在り来たりの挨拶も交わした後、お決まりのことはつまらなくて下らない、と云いながら、それでも微笑んで、セッツァーはエドガーの手を引きながら、窓辺より離れる。
「そうだね。『唯の続き』でも。新年の始まりも、君と一緒と云うのは、悪くないね」
 大人しく、腕を引かれながら。
 エドガーも又、恋人へ微笑みを返した。
「感謝でもするか?」
「何に?」
「……さあ、何がいい?」
「んー……。神様に感謝を捧げるのは下らないから。私の手を引く君にでも、感謝してみようかな」
「随分と、殊勝なことを云うじゃねえか」
「おや、生意気な態度の方が良かったかい?」
「……冗談。これ以上、扱い辛くなられて堪るか」
 腕を引き、引かれ。
 新年を迎えたこの瞬間。
 その部屋以外の至る所で催されているだろう、華やかで賑やかな宴に、これっぽっちの興味も示さず。
 新しい年を迎えた今、眼前に在るのが恋人の姿であることに、彼等はささやかな喜びを現しながら。
 冗談めいたやり取りを交わしつつ、寝所へと消えた。
 来年も又、迎えるだろうこの瞬間も。
 今と等しい時間を送れるようにと、心の片隅で、『何か』に向けて、祈りを捧げながら。

 

 

 

 

 

 キリ番をゲットして下さった、春也さんのリクエストにお答えして。
 『行く年来る年@セツエド』、なお話を、海野は書かせて戴きました。
 ……御免なさい、私、このお題、当初、本気でコメディにするつもりだったんですけれども。
 パラレル設定で、割烹着なんか着ちゃって、いそいそとお節料理作るエドガーさん、とか書くつもりだったんですけれども。
 何か、こう……収まりが悪い話が出来上がってしまったので、こちらで……。
 コメディになるかも知れません、とか大嘘付いて御免なさい、春也さん……(泣き濡れ)。
 ああ、静かだ。余りにも静かな新年過ぎる……(遠い目)。

 気に入って戴けましたでしょうか、春也さん。

   

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