final fantasy VI 『その腕の中であれば』
このお話は。
2008年12月に行ったリクエスト企画に参加して下さった、『えりぽん』さんに捧げます。
リクエスト、どうも有り難うございました。
その唇から洩れた息は、はっきりと判る程熱かった。
ほんの半日程前、同じ唇から洩れていたのは、悪戯っ子が良くそうするように、仕出かした悪さを楽しそうに白状する時にペロリと出される舌と、忍び笑いを含んだ、「一寸、ね。無理矢理……、ね?」との科白だったのに。
今、彼の──エドガー・ロニ・フィガロの唇から洩れるものは、直ぐにはどうにもしてやれない熱を孕んだ、熱い息だけだった。
世界を救う為の、長かった冒険の旅が終わって、暫くが過ぎても。
あの旅の途中、様々な混乱のどさくさに半ば紛れるように、愛を語り合う為の付き合いを始めてしまったセッツァー・ギャビアーニとエドガーとの秘かな『付き合い』は続いていた。
とは言え、冒険の旅が終わろうがどうしようが、セッツァーが、この世で唯一つの飛空艇の持ち主であり、浮き草暮らしなギャンブラーであることには変わりなく、エドガーが、フィガロ王国の未来を担っていかなくてはならない国王であることにも変わりなく。
唯でさえ、同性同士の組み合わせ、という、一般的とは言えない恋人達である彼等の『付き合い』は、逢瀬の回数だけで語れば、酷く希薄だった。
それを、自分達には互いの立場と生活がある、何時も一緒にいたいなんて、子供みたいなことは言っていられない、と、二人共に割り切ってはいたけれど、寂しいとも思わない、と言ったら嘘になるから。
何とか時間を作ったセッツァーが、久し振りにフィガロを訪れたら、やはり、何とか時間を作ろうと考えていたのだろうエドガーが、
「こっちに来るって、君が知らせをくれたから。今日と明日、フィガロ王は不在ですってことにしたんだ」
と言い出した。
無論、と言うか、そんな風に言った恋人に気を遣って、セッツァーは、
「……そんなことして、平気なのか?」
と問うたけれど。
「一寸、ね。無理矢理……、ね?」
悪戯っ子のように、ペロリと舌を出しながら、エドガーは、大丈夫だと言葉を重ねた。
────そう、それが……二人がそんなやり取りを交わしたのが、丁度半日程前の話。
それから直ぐ、だと言うなら、折角だから二人で何処かに行こうと、連れ立って砂漠の国を後にして。
出来るだけ人のいない、集落も近くにはない、草原や森ばかりが広がる一帯目指して飛空艇を駆って、午後の陽光の中、何者にも邪魔されない数時間を彼等は過ごし……、でも。
もう少しで陽が落ちるから、何処かの宿屋にでもと、飛空艇ファルコンに戻るべく、緑豊かな森を抜けていた時、彼等は運悪く、狼に良く似た獣のような群れに襲われた。
襲い来た群れは、一見は野獣だったが。
その正体は、三闘神が消え、幻獣が消え、魔法が消えた今、絶滅したのだろうと世界の殆どの者が思っていた、魔物達だった。
「魔物……?」
「……らしいな」
「セッツァー、君、得物は?」
「ない訳じゃない、が。エドガー、お前は?」
「一緒だよ。ない訳じゃない……けれど」
グルルル……、と喉を鳴らせながら自分達を取り巻いた魔物に、「まさか、未だ生き残りがいたなんて……」と驚きつつ、エドガーは腰の剣に手を添え、セッツァーはコートの内ポケットより、硬質の刃を仕込んだカードを取り出した。
──来る日も来る日も戦いに明け暮れていた、冒険の旅の頃とは違い、もう、詠唱を唱え、強大な魔法で魔物達を一洗することは叶わぬし、万に一つ、夜盗などに襲われても大丈夫ではある程度の身支度しかしていなかった彼等は、対峙した魔物達を退けるのに、想像以上に手間取った。
戦いに関しては、二人共に手練ではあるけれど、如何せん、『手持ち』は少なく。
「何とかはなったな……。……エドガー、お前──。…………エドガー?」
苦戦の果て、獣と見紛う魔物達を退け、ホッと一息付いたセッツァーが、傍らのエドガーを振り返れば。
先程、一匹の魔物に飛び掛かられた際、噛まれてしまったらしい腰の辺りを押さえつつ、エドガーは森を覆う下草の上に踞っていた。
「おい、エドガーっ!?」
それに気付き、セッツァーが慌てて彼を抱き起こせば。
「大丈夫……。深く噛まれた訳じゃないよ。でも……、毒を持ってたみたいで……」
苦しそうな息を吐きつつも、エドガーは、身を支えてくれる恋人へ笑みを向けた。
「それの、何処が大丈夫だ、馬鹿野郎っ!」
己を安堵させる為だけに頬に刷いた、エドガーの無理矢理な笑みに、セッツァーは一言怒鳴り。
力込めることも出来なくなっているらしい恋人の細い体を抱き上げると、森の中を駆け出した。
……………………そうして、それより数刻。
今、エドガーは、セッツァーの腕に抱かれながら、熱で火照った体がもたらす、熱い息を吐いていた。
──あの後、やっとの思いで辿り着いたファルコンの艇長室に、セッツァーはエドガーを担ぎ込み、手当をし、薬を飲ませてベッドに寝かせ、急ぎ、フィガロに帰ろうとしたが。
薬の効きが悪いのか、それとも効かぬのか、エドガーが、酷い熱と体の痛みを訴えて、唯横たわっていることすら苦しがったので、直ちに飛空艇を飛ばすことを一旦諦めたセッツァーは、少しでも楽になれればと、己の胸の中にエドガーを寄り掛からせ、震える体を優しく摩ってやったが。
彼に凭れ掛かって、肩で息するエドガーの唇から洩れるものは、はっきりと判る程熱い、切れ切れの息だけだった。
「エドガー……?」
それを、唇に近付けた左の掌にて感じ、右手に握った、冷水に浸した布で玉の汗を浮かべる額を拭ってやりながら、再び、「こんなに苦しがってるこいつを、俺は、今はどうにもしてやれない……」と胸の内のみで思いつつ、セッツァーは、小声でエドガーを呼んだ。
「ん…………?」
すれば、微かにエドガーの瞼が持ち上がり、その奥より覗いた紺碧色の瞳は、暫し宙を彷徨ってから、何とかセッツァーを映した。
「どうだ……?」
「……さっきよりは……マシ……かな……。やっと、薬が効いてきたみたい……」
ぼんやりと己を見つめる瞳を覗き込んで、セッツァーが具合を伺えば、エドガーは、又もや無理矢理な笑みを頬に刷いて、この分なら大丈夫と、嘘ではないらしいが、強がりでもあるらしいことを言う。
「…………お前はどうして、俺の前でも、そんな強がりばかりを言いやがる? いい加減にしろ」
──彼が、無理矢理に笑みを浮かべ、強がりとしか思えぬことを言うのは。
こんな有様の中ですら、そう在るのは。
己への想い故だと判ってはいたが。
刹那、セッツァーは、こいつは常に、何かを履き違えてはいやしないかと、それこそ、こんな有様のエドガーにぶつけていい筈はない憤りを感じ、思わず、吐き捨てるように洩らした。
「強がりを……言っている訳ではないし……、嘘を言っている訳でもない、よ……。確かに……、少しだけ、無理はしてしまっているのかも知れないけれど…………」
が、エドガーは、恋人に、詰りめいた科白を吐かれても尚、熱い息を零しながら、にこりと笑む。
「お前…………」
「私が『こう』なのは……、君の前だから……。君の、腕の中にいるから…………。君の前では、幾らでも笑える。強がりでなく、強く在れる……。例え、こんな風になってしまっている今でも。だから、大丈夫…………。嘘じゃないよ。強がりでもない……」
「…………エドガー。悪かった、もういい。もう、喋るな」
「大丈夫だってば……。────私はね、君が思っている程、強がりでも意地っ張りでもないよ……? 君が傍にいない時の私なんて……、一人きりの私なんて、きっと、目も当てられないくらい、弱くて、小さくて、嘘ばかりだ……。……でもね、君がいてくれれば…………──」
…………瞳を細めて、笑みを湛え続けつつ。
セッツァーの胸元に手を添えながら、熱い息を吐き。
エドガーは、そんなことを言った。
「………………俺は、黙れと言った」
そんな彼を、セッツァーは、ひと度、じ……っと見つめてから、ぎゅっと、エドガーが苦しがる程の力で抱き締めた。
────放蕩で、根無し草で、女癖を含んだ素行も酷く悪いと、一部では評判だった、この世で唯一の飛空艇を持つ、銀の髪と紫紺の瞳持つ、希代のギャンブラーが、浮き草のような暮らしを止めた、との噂が、世界の片隅に広がったのは、その出来事より暫く後のことだった。
End
えりぽんさんのリクエストにお答えして。
『戦闘で傷ついたエドガーさんをセッツァーさんが看護する』というテーマを、海野は書かせて頂きました。
「出来れば甘めのもので」とのことでしたが……、あ、甘い……? 甘い、か?(汗)
…………甘くなかったら御免なさい……(しょぼん)。
──セツエド書くのは、ちょーーーっと久し振りだった所為もあってか、若干(否、大幅に?)淡白だったような。
もう一寸、濃いぃくても良かったかなあ?
気に入って頂けましたでしょうか、えりぽんさん。