final fantasy VI

『海の姿』

 

 このお話は。
 『Duende』の、キリ番カウンター『20000』を踏んで下さった、『夜奈川 流稀』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。

 

 

 

 

 眼前に広がる光景を目にして、思わず、エドガ−・ロニ・フィガロは顔を顰めた。
 襟付きのマントの前を、少しだけ仰々しく掻き合わせる仕種をしてみせて、彼は、隣に立つ、自分よりもほんの少しだけ背の高い相手を見上げる。
「……私は」
「何だ?」
 何処か、不機嫌そうな調子を帯びた声音で、彼は語り出したが。
 隣の男──セッツァー・ギャビアーニは、そんな声を出される謂れはないと云わんばかりに、片眉をぴくりと吊り上げた。
「私はね、セッツァー」
「だから、何だよ」
「君が、何処か好きな場所に連れて行ってやる、と言ってくれたから。言われた通りに、望みを伝えたと思ったんだがね。私の記憶に間違いがなければ」
「叶えてやったろ? お前の望みは。……何か不満か」
 声だけでなく、眼差しさえも、不審げなそれに変えて、エドガ−は恋人であるセッツァーを見遣った。
 だから、そんな態度を取られる謂れはない、くどい、と、セッツァーは肩を竦めた。
「ああ。そうだね。私の我が儘を、確かに君は叶えてくれたよ。『久し振りに、海が見てみたいな』と、そう言った私の願いをね。でも……」
「でも?」
「確かに、海は海でも……──」
 睨み付ける様に覗き込んでいた、セッツァーの横顔から視線を逸らして。
 一転、戸惑った顔を作って、エドガ−は眼前に広がる『海原』を見つめた。

 

 今度の逢瀬の時には。
 たまにはお前の行きたい所へ、連れてってやる。
 何処に行きたい? 言ってみな。
 ──久し振りにセッツァーが、そんな戯れを口にしたのは、 一ヶ月前の逢瀬の時だった。
 屈託もなく、唯、純粋に、恋人の願いを、たまには叶えてやろうと言う気遣いがそこには見えたから、内心の喜びを声に、態度に滲ませて、エドガ−は、海が見たい、とそう告げた。
 青い空と、そこに浮かぶ白い雲を背景に、静かに凪いでいる海を、一度も見た事がない訳ではないけれど。
 この、一面の砂に囲まれた石作りの城に隠っていると、そんな風景は、何処か幻想の世界のそれに思える時があって。
 遠い昔に聞いた覚えのある、寄せては返す静かな波の音は、豊かな自然と云うものに対する焦がれを思い起こさせた。
 照りつける日射しは、砂漠に注がれる熱さとは少し違う熱さを持っている筈だった。
 同じ様に、歩くには少しばかり難儀する砂浜も、黄砂とは違う、何処かこそばゆい枷の筈だった。
 飛沫をあげる白い波頭、空の蒼さを写し取った水、宙と交わる水平線、そう、何も彼も。
 記憶の中にある、海辺の風景は、穏やかな景色でしかなかったのに。
 今、眼前に広がる風景、は。
 この地方の季節柄、頻繁に訪れる秋の嵐の所為で、逆巻き、荒れ狂い、白い波頭を、まるで生き物の牙の様に変えてしまった、寒々しいまでの海の姿だった。
 

 

「ねえ、セッツァー」
「……ん?」
 濃い、茶色い砂浜に腰を下ろして。
 当たり前の様に、やはり隣に座った恋人を、エドガーは呼んだ。
「海、と云われて、君は何を思い出すんだい?」
「…………そうさなあ……。在り来たりな処で云えば、白い砂浜、空とは少し違う一面の青、夏の日射し、入道雲。……ま、そんな処か。ああ、次いでに云えば、いちゃつく男と女が、丁度、今の俺達の様にしゃがみ込んで、白だのピンクだのの貝殻拾いに現を抜かして、きゃあきゃあ喚く姿もな、頭の隅を掠めない訳じゃない。……陳腐だがな」
「陳腐、ねえ……」
 海と云う言葉から、咄嗟に思い出した自身のそれを、陳腐だと切って捨て、セッツァーは煙草を銜えた。
 どちらかと云えば、セッツァーがたった今、『陳腐』と言い捨てた事に、幻想の様な淡い何かを感じているエドガ−は、溜息を吐く。
「君曰くの『陳腐』さを、私は海と云う言葉と風景に、求めているんだけどもね」
「だから?」
「君が何処かへ連れていってくれると云うから。私は、海が見たいと答えた。入道雲とか…青い海原とか…燦々と云う言葉が誠に似合う陽光とか、ね。そう言うものを期待して。……セッツァー。私はね、別に、こんなに寒々しい、荒れ狂う海が見たかった訳じゃないんだが……」
 幻想が裏切られた事に対する溜息を、もう一度彼は零し。
 黙りこくって、再び、海を見つめた。
 秋の嵐の到来を、その姿を以て、如実に伝えるその光景。
 寄せて返す波の音は、金属が粉々にされる音に近く。
 砂浜は、波の牙にえぐられ、何処より流れ着いた潅木が、不気味なオブジェの様に。
 空は一面の雲。色はグレー。何処までも重たい、息の詰まりそうな灰色。
 水平線は、遥か彼方で乱れているだろう雨の為に、煙って見えない。
 海原の青さは何処にもなく。
 黒と灰色の折り重なった、何者をも拒絶するかの様な、厳しく冷たい姿だけを、晒している。
 大仰に、マントの襟を掻き合わせてみても、座り込んで縮こまってみても、何処にも逃げていきそうにない、風景の寒さに、エドガ−は、嫌味をセッツァーにぶつけてみたくなった。
「……楽しい?」
「……は?」
 こんな所にいて、君は楽しいのかい? と、心底嫌味ったらしく云った彼に、セッツァーは、咄嗟には何を云われているのか判らないようで、聞き返して来る。
「心が浮き立つ様な風景を期待して、海が見たいと云っただろう『恋人』を、こんな嵐の海岸に引きずってきて、楽しいかと私は、聞いているんだがね」
 苦情にくらい、すんなりと気付け、と、聞き返された事にすら腹を立てて、エドガ−は捲し立てた。
「そりゃ……楽しい訳がねえだろうが。まあ……尤も、お前との時間だったら、墓場や戦場や、もっとえげつない所での逢瀬でも、俺は構わないがな。そう云う意味でなら、楽しいが?」
 嵐の海を見ている事は、決して楽しくはないが、でも、お前との時間なら、と、セッツァーは、勢いに乗って、間近までやって来た荒い波の中に、銜えていた煙草を放り投げた。
「じゃあ、何で」
 この海を見続ける事に関する感想が、己のそれと同等と知って、金髪の彼は、眉間に皺を寄せた。
 砂漠に住む者が、海、と云うものに対して、如何なる幻想を抱いているかくらい、知らぬ、気付かぬ彼ではないのに、と。
 荒れ狂う海を見る事が、決して好きではないと云うのなら、何故。
「深い意味がある訳じゃねえが……。まあ、な……」
「じゃあ、軽い意味なら、あると?」
「少なくとも、お前の不興を買うのを承知で、連れて来るくらいの、ささやかな意味ってならな」
「ふうん……。是非、聞きたいね」
「だから。大した意味じゃない」
「セッツァー。それは、身勝手」
 ぼんやりと。
 抱え込んだ膝の上に、二人、頬杖をついて。
 彼等は暫く、そんなやり取りを交わしたが。
 どんどん、機嫌を損ねていく紺碧の瞳に負けたのか、とうとう、降参、とでも云う様な息をセッツァーが吐いた。
「例えば、な……」
 何時も身に纏う、コートのポケットに片手を突っ込みながら、セッツァーは云った。
「うん」
「穏やかなそれとして、絵画に描かれる様な海の景色を想像するのは、容易いだろう?」
 サイドの両ポケットを探り、手を引っ込め。
「ああ、そうだろうな」
「海が見たい、とお前が誰かに云ったとするだろう?」
 そうだった……と、今度は胸のポケットに手を忍ばせ。
「……ああ」
「例えばそれが、マッシュだったら。多分、お前が思い描く様な『海』の風景の中に、お前を連れて行くだろう?」
 小さな小さな、琥珀色の酒の入った瓶を取り出して、直接口をつけ、ぽいっとエドガーに渡しながら。
「多分、ね」
「でも、な」
 淡々と、セッツァーは言葉を続けた。
 彼の動作の、全てを横目で見遣りながら。
 エドガ−は唯、相槌を打った。
「でも?」
「海の姿はそれだけじゃないのに。お前がそれを望むからって、それしか見せないってのは、お前の為にゃならねえだろう……?」
「それは、そうだろうけど……でも……」
 投げる感じで渡された、酒の小瓶を、手の中で持て余しながら。
 エドガ−は小首を傾げた。
 今一つ。
 彼の云わんとしている事が、判らない。
 ここに連れてこられた意味、も。
「お前の不興を買うのを承知で、俺がお前をここに連れて来た事の意味なんて、判らなくていい」
 セッツァーは。
 そんなエドガーの内心を、悟ったのだろう。
 海から目を離し、紺碧の瞳を見返して、そう告げた。
「判らなくていい。……唯、俺は。お前が望まぬ風景であろうと、お前に見せられる人間でいたかっただけだ。唯、それだけだ。……それ以上の意味なんて、お前は知らなくっていい」
「セッツァー……?」
「……それだけ、だ。何も……知らなくて、いい。唯それだけの意味しかない」
「……そう…」
 それ以上の意味も、それ以下の意味も、お前をここに連れて来た行為に対するものはない、と、彼が云うから。
 エドガーは、そこで口を閉ざした。
 ──幻想の中のそれとは違う、荒れ狂う海。
 姿を変える海。
 穏やかさなどかけらもなくて、畏怖さえ覚えそうな眼前の景色。
 唯、恋人の気遣いに、海が見たい、と気軽に甘えただけなのに。
 何故、セッツァーが、期待を裏切る光景を見せ、何処か勿体ぶった風に言葉を重ねたのか、やはり、判らないままだが。
「ねえ、セッツァー」
「…何だ」
「好きな所に連れてってやる、と言いながら、あの時既に君は、『こんな事』を考えていたのかい?」
 謎掛けは、謎掛けのままにしておいた方がいいのだろう、と気付きながらもエドガーは、少しでも回答に近付くヒントが欲しくて、動きを止めた唇を、もう一度動かした。
「さあ、な……」
 だがやはり。
 『答え』は何も返っては来なかった。
 お前の望む場所に、連れてってやる。
 ……先月、そんな申し出をしてくれた時、彼が何を考えていたのかは、皆目判らないけれど。
 何となく、エドガ−は、期待を空かされた落胆が、消えていくのを覚えた。
 望む様な海は見られなかったけれど。
 恋人と二人、眺める風景は、如何様なるそれであろうと、大切な思い出の一つになるのは間違いがなく。
 ましてや逢瀬に、こんな酔狂な場所を選ぶ人間は、その恋人以外にはいないのだから、過去の、どんな人物との海の思い出にも、これからひょっとしたら何処かで偶然出来るかも知れない、彼以外の誰かとの海の思い出にも重なる事はなく……────。
「……成程」
「ん? どうした、エドガ−?」
 誤魔化す様な自分の答えを受けて、じっと黙っていたエドガ−が次に発したそれが、何かを知った言葉だと判り。
 今度はセッツァーが、首を傾げた。
「何でも、ない」
 だから。
 エドガーは、仕返しだ、と、問い掛けを微笑みで誤魔化した。
「お前が望まぬ風景であろうと、お前に見せられる人間でいたかっただけだ……か……」
 そして彼は、恋人が呟いた言葉を、己が声でくり返してみる。
「おい? どうしたってんだ?」
 瞬く間に損ねた機嫌を直して、笑みを浮かべた相手に、セッツァーの訝しみは、唯々、深くなった。
「ねえ、セッツァー」
 だが、そんな事はお構い無しに、彼は笑みを深くする。
「何だ?」
「私をあんまり甘やかすと、後で苦労するよ」
 そのまま、浮かべた微笑みを、エドガ−は秋の嵐の海へと向けた。
「…………そんな事、とっくの昔に気付いてる。もう、苦労してる」
 隣からは、そんな呟きが洩れたけれど。
 灰色の海へと向けられた眼差しが、恋人を振り返る事はなかった。

 

 

 

 

 

 キリ番をゲットして下さった夜奈川 流稀さんのリクエストにお答えして。
 『海』と云うテーマを、海野は書かせて頂きました。
 流稀さんのリクエストは、『海か落ち葉のあるシチュエーションで』、との事だったのですが。
 えっと、端から見ていて、微笑ましい話の方が良いとも、仰っていたと記憶しているのですが。
 全然、微笑ましくない…………。むしろ、カラいかも知れない……。
 ……OKはいただけるでしょうか、管理人は激しく不安です(汗)。
 でっ、でも、この二人の事です、激しく静かな、愛情はそこにあると思っていただけるとぉぉ……(汗々)。

 気に入って戴けましたでしょうか、流稀さん。

   

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