final fantasy VI 『歌姫』
このお話は。
『Duende』の、キリ番カウンター『99999』を踏んで下さった、『勘一』さんに捧げます。
リクエスト、どうも有り難うございました。
尚。セリスファンの方、御免なさい(汗)。
長きに渡る戦の所為で、大海を渡る船は絶えて久しい。
故に今、北大陸に住まう人々には、南大陸に渡る術がなく、南大陸に住まう人々は、北大陸に渡る術がない。
世界の覇権を握ろうとしている、ガストラ帝国の軍人達以外に、北と南の大陸を隔てる大海越える術を、人々は持たない。
…………唯一人。
この世にたった一つだけ残された、ブラックジャックという名の飛空艇を持つ男、セッツァー・ギャビアーニ以外には。
ジドールという国の、ジドールという王都より、僅かばかり南に下った所には、昼毎夜毎、歌劇が演じられるオペラ座がある。
そこにオペラ座があることも、そのオペラ座には高名な歌姫がいることも、歌劇に興味を持たない者でさえ、周知の事実だ。
そして、その高名な歌姫を、世界でたった一つの飛空艇を持つ、放蕩男と名高いセッツァーが、浚いに来る、と予告したのを、世界を救う為の旅に出た仲間達は知ったから。
件のオペラ座を訪れ。
団長に目通りし、飛空艇を手に入れたい一心から、歌姫マリアにそっくりな仲間、セリス・シェールをおとりにし、あわよくば……との算段を説明していた。
世界を救う旅を続ける為には、北大陸から南大陸へ向かわなくてはならない。が、大陸間を繋ぐ船は今ない。
ならば、セッツァーの所有する飛空艇を手に入れる他、手立てはないから。
仲間達は、何とか団長を説き伏せ、続き、元・帝国将軍、という肩書きを持っているセリスを、説き伏せようとしていたのだが。
「…………すまないが」
仲間の輪に加わって、未だ日が浅い所為かそれとも、帝国軍人時代の癖が抜けないのか。
やけに固い口調で、セリスは己を説き伏せようとしている、仲間達の顔を眺め。
「私に歌は歌えない」
彼女は、常の彼女のトーンよりも、少々押さえられた……そう、言葉にするならば、恥ずかしそうな色滲ませた声で、そう告げた。
「あー、気にすることないって。一寸、セッツァーが出て来そうな、『美味しいシーン』の歌を歌ってくれればいいだけでさ。……それくらいなら歌えるだろう? 団長さんには申し訳ないけどさ、誰も、オペラ歌手と同レベルの……──」
「──……そう……ではなくて」
自分に歌など歌えない、と告げるセリスの言い分が、オペラ歌手の歌うような歌は歌えない、という意味だと思った、仲間の一人、ロック・コールは、そんなこと、と笑い、ヒラヒラ手を振ってみせたが。
セリスは、違う、と首を振り。
「……じゃあ、何だと?」
「その……。あー……。有り体……に言えば。私は、歌が下手だ。…………ド、が付く程」
だから、「すまないが」と言っている、と彼女は。
その麗しい外見からは誰にも想像出来ない己が『欠点』の一つを、心底言いたくなさそうに語った。
「え? ……セリス、それって、おん──一」
すれば、もう一人の仲間、マッシュ・レネ・フィガロは、不躾な言葉を吐き出し掛け。
彼等の仲間であり、マッシュの兄でもある、エドガー・ロニ・フィガロは、バシンっ! と勢い良く弟の口を塞ぎ。
張り手を喰らわせる程の勢いで口を塞いでやった弟が、もがもがふがふが、痛がっているのを尻目に。
「…………どうしようか?」
彼は、計画の立案者、ロックへ微笑み掛けた。
故に。
顔が同じだからと言って、出来ることも同じとは限らない、という現実を、体現しているかのように、マリアのような才能の持ち合わせがなかったセリスを、おとりとすることを人々は諦め。
ああでもないの、こうでもないの、ぎゃあぎゃあ話し合った結果、何処をどう間違ったのか、セッツァーの飛空艇強奪計画に不可欠なおとり役の白羽の矢は、エドガーに刺さった。
歌が駄目だと言うなら、セリスには唇だけを動かして貰って、歌の方は、舞台の袖か何処かで、マリア本人に歌わせればいい、と、エドガーは主張して止まなかったが。
演技の方もからっきしだから、おとりとしての役には立たない、とセリスも譲らなかったので。
「あー、鬱陶しいっ! エドガー、お前やれ、お前でいいっ!」
「……ああ、それがいいかも。幸い、兄貴も金髪碧眼、おまけに長髪だし。それこそ、歌の方はマリアに隠れて歌って貰えばいいんだし。長年、猫被りの国王陛下なんて務めて来たんだから、演技はお手の物だろうし」
何時まで経っても話がまとまらないことに焦れた、ロックとマッシュの独断と偏見によって、全てはまとまり。
「どうして男の私が、そんなことをしなければならないんだっ!」
……との、悲痛な叫びを何処(いずこ)にも届けさせられぬまま、セッツァーが歌姫を浚うと予告して来た当日、彼は、オペラ座の女性団員達に、よってたかって玩具にされ、「まあ、お似合い。女性みたい」……などと、きゃらきゃらした笑い声──エドガーには嘲笑としか聞こえないそれ──が消える頃、支度は整った、とばかりに楽屋から叩き出され。
追い出された彼を楽屋口で待ち構えていた仲間達に、指差されて笑われる憂き目に遭った後。
国に帰りたい……もう嫌だ、こんな思い……と。
これまでの旅の日々、どれ程悲惨な光景を見ても、どれ程悲惨な目に遭わされても、どれ程過酷な戦闘をする羽目になっても、一度たりとも暮れたことのなかった悲嘆に暮れながら、エドガーは、女装して、満員の客達の前で姫君の役を演じる、という『見せ物』になる為に、舞台に上がった。
……さて、それから数時間後。
無頼の輩が浚いに来た歌姫の代わりのおとり役として……、との意味合いに於いては。
エドガーは充分、役割を果たした。
どういう訳か、オペラ座に忍び込んだ蛸の化け物・オルトロスと、オルトロスと戦っていた仲間達が舞台に乱入して来た所為で、舞台の方はどたばた劇になってしまったから、出来の方は最悪だったけれど、無事……と言うのもおかしな話だが、無事、セッツァーは予告通りに姿を見せ、『マリア』を浚ったのだから。
おとり役としてのエドガーの勤めは、充分過ぎる出来だったのだろうが。
「……………あんまりなー、人を馬鹿にしない方がいいと思うぞー?」
────『マリア』として浚われた、飛空艇・ブラックジャックの艇長室にて。
その部屋まで、マリア──もとい、エドガーを連れ込んだセッツァーは、ボトっ! ……と、子供が砂場遊びの最中良く拵える、ドロ玉を落とすような感じで、抱えて来た彼を板張りの床の上に落とし。
やれやれ……と、唇の端に火を点けたばかりの煙草を銜えながら、ベッドの隅に腰掛け、じと目でエドガーを見た。
「そりゃな? あんたの女装は、パッと見、確かに女だと思える程度の出来はしてるが。幾ら何でも抱えりゃ、あんたが男か女かくらいの区別は付く」
「……だったら、連れて来なければ良かっただろう?」
見据えて来た、セッツァーの紫紺の瞳を見返しながら、ドロ玉よりも手荒く扱われた際ぶつけた腰を押さえつつ、エドガーはその場に、胡座を掻くようにして座り直した。
「ま、それはそうなんだが」
「…………が?」
「面白そうだったから」
「あ、そう…………」
「そうだ。……で? そちらさんは? どうして、女の真似事までして、俺に浚って貰おうとしたんだ?」
そうしてそのまま、人を見くびるのも大概にしとけ? と、ぶつぶつ言いつつ見下ろして来るセッツァーと張り合うようにしていたら、面白そうだったから連れて来た、と、気の抜けるような返答をされ。
もう、何がどうなろうとどうでもいいか、と、問われることを問われるままに、エドガーはセッツァーに話して聴かせた。
「ほーお……」
すれば、投げやりなエドガーの話を聞き終えたセッツァーは、ガストラ帝国を倒す為の旅、ねえ……、と、物言いた気に、ぴくり、片眉を持ち上げてみせ。
徐に、腰掛けていたベッドから立ち上がり、部屋の片隅に置かれているサイドボードの中から、琥珀色した蒸留酒の瓶と、グラスを二つ、取り出して。
「………あー、何つーか。……………同情するよ。ご苦労さん。フィガロの国王陛下だってのに、苦労してんだなあ、お前さん」
器用に、片手でまとめて掴んだ二つのグラスに、基のままの酒を注いで、不憫な奴だなー……との色を浮かべた眼差しを、彼はエドガーへ向けた。
「どうも……」
だから、どうして私は、この粗野で評判の悪い、碌でなしな飛空艇乗りに同情されなければならないんだろうと、自分で自分を情けなく感じながら、エドガーは差し出されたグラスの片方を受け取り。
溜息付き付き、グラスの中身を煽ろうとして、
「……うっわっ!」
と、急に悲鳴を上げた。
「何するんだっ!」
──彼が悲鳴を上げた理由は、彼へと酒を渡す為、彼の傍らに立ったセッツァーが、そのままその場にしゃがみ込んで、エドガーが着込んでいたドレスの裾を、ぺらりとまくり上げたからで。
「いや、その。一寸した、好奇心って奴でな。…………おーお、ちゃーんと、絹のストッキングまで履かされてんのなー、お前。不幸なやっちゃなー。だがまあ、お前をおとりに選んだ、お前の仲間連中の、趣味は悪くないと思うぞ?」
上がった悲鳴を物ともせず、グラスの中身をぶち掛けて来そうな様子を見せたエドガーの腕を、ひょいっと伸ばした片手で制して、セッツァーは、薄い絹のストッキングで覆われたエドガーの足を、さわさわと撫で始めた。
「……止めないか、気色悪いっっ」
「お前の格好の方が、余程気色悪い」
「それ、は…………」
「……ああ、でも、気色悪い、は言い過ぎか。似合ってねえ訳じゃねえしな。その、『女』にしちゃあ少々デカいナリに目を瞑って、乱暴な口さえ利かせなけりゃ、見場は女だもんなー」
そしてセッツァーは、けたけたと笑いながら、露にしてやったエドガーの足を、楽しそうに撫で上げ続け。
「知ってたか? 国王陛下」
「…………何を」
「『それ』を、悪し様に言う連中も、俺の仲間内にはいるんだがな。……悪癖だ、って。────俺はな、『両刀』なんだよ」
「……両刀…………?」
「男も女も、抱けるって意味の、両刀」
「はぁぁ?」
けたけたとした笑いを、にやりとしたそれに塗り替えた彼は、突然の告白に目を丸くしたエドガーの唇を、素早く塞いだ。
「……………………セッツァー……。セッツァー・ギャビアーニ……っ」
軽く音を立てて、掠めるように触れ、が、確かにそこを奪って行ったセッツァーを激しく睨み付けて、エドガーは声を震わせたが。
「楽しそうだから。付き合ってやるよ、お前等に。行きたいんだろう? 南大陸」
セッツァーは又、声を立てて笑って、甲板の操舵に行く、と言い残し、しゃがみ込んでいた床の上から立ち上がり。
「……私はこれっぽっちも、楽しくないっ」
「そうか? そりゃあ残念だ。……ま、取り敢えず、お前さんの仲間連中拾って……話は、そっからだな。────宜しくな、国王陛下。……ああ、その酒、飲み過ぎんなよ。酔っ払ってひっくり返りでもしたら、襲うぞー?」
何処までも愉快そうに笑い続けながら、彼は艇長室を出て行った。
「なっ……。こ……この、変態っ!」
去り際、セッツァーが残した捨て台詞に、エドガーは、掴んでいたグラスをセッツァーが潜った扉目掛けて放り投げたが、グラスは、厚い扉にぶち当たって、ガシャリと砕けながら、辺りに酒をまき散らしただけで終わり。
「どうして私が、こんな目に遭わなければならないんだっ……………」
盛大な嘆きを洩らして、エドガーは、セッツァーが口も付けずに残して行ったもう一つのグラスと、蒸留酒の瓶を抱えて、やけ酒を煽り始めた。
──長きに渡る戦の所為で、大海を渡る船は絶えて久しかったけれど。
とある日の午後、こんな一幕が送られたお陰で、世界を救う為の旅を続ける仲間達は、世界にたった一つだけ残された、伝説の飛空艇を所有する、セッツァーの『協力』の下、大海を渡ること叶った。
…………その後。
楽しそうだから、との理由のみで、セッツァーは、旅の仲間に加わることとなり。
それより、冒険の旅が終わるが終るまで、事有るごとにエドガーは、セッツァーに、『初めての出逢い』を引き合いに、からかわれる運命を辿り。
「エドガー」
「……何か用?」
「そう拗ねるなって。もういい加減、水に流せよ、あの時のことなんざ」
「…………流せるもんかっ! あれから、何度私のことをからかって、何度、私に無理矢理キスをして来たと思ってるんだ、君はっ!」
「無理矢理? ……そうか? 無理矢理か? 両刀だって宣言してやった俺の前で、隙を見せるお前が悪いんだろう? 押し倒さないだけ、良心的だと思いやがれ」
「この……っ。変態色魔っっ」
「変態色魔ぁぁぁ? てめえ、どの口でそーゆー悪態を吐きやがる。俺が変態色魔なら、女ったらしのお前だって同類だろうが。俺はちゃーんと、お前がその気になるまで、『本気』のはしないでやってるぞ?」
「………………はい?」
「だから。本気のキスも、本気で押し倒すのも、待っててやってるっつってんだよ。お前がその気になるまで」
「…………君、それこそ、本気……?」
「大真面目だぞ? 俺は」
…………何時しか。
彼等二人は、そのようなやり取りを交わす程度の仲にはなって。
足掛け二年に及んだ、長い冒険の旅が終わる頃には。
「エドガー。そろそろ、絆される気になったか?」
「………………誰がっ」
「相変わらず、頑な奴だな。……なら、何時ものキスならいいのか?」
「……それ、は……。えっと……………──」
End
キリ番をゲットして下さった、勘一さんのリクエストにお答えして。
『マリアの役を、もしエドガーがやっていたら…。セツエドで』というテーマを、海野は書かせて頂きました。
……コメディ風味になったのは、ご愛嬌ということで、許して頂けますか……。
セリスファンの方、セリスのこと、音×にして御免なさい(汗)。
一寸、私が書くには珍しいタイプの、セッツァーとエドガーになったかもです、この話。
気に入って頂けましたでしょうか、勘一さん。