final fantasy VI 

『約束は出来ない』

 

 

  このお話は。
 『Duende』の、キリ番カウンター『222』を踏んで下さった、『楠 千尋』さんに捧げます。
 リクエスト、どうも有り難うございました。

 

 

 

「悪かったな。…急に来て、又、お前の仕事を邪魔したみたいだ」
 ──フィガロ城、エドガーの自室。
 誰もが、眠りの中に居るであろう夜更けに、不意にセッツァーがやって来た。
 城中が寝静まった中、当たり前の事の様に一人執務をこなしていたエドガーは、唯、にっこりと笑って彼を向かえた。
 セッツァーが、恋人であるフィガロ国国王の元を訪れる時は、何時もこうだ。
 何の連絡も無しにふらりとやって来て、本当に、本当にすまなそうに、仕事の邪魔をしたみたいだなと、唯、一言だけを彼は告げる。
「気にしなくてもいい。もう、終わりにしようかと思っていた所だから」
 エドガーの方も、例え相手に嘘と勘づかれても、何時と同じ、そんな一言を繰り返す。
 ──彼等が、長い時を共に過ごした旅が終わって。
 さて、どれほどの年月が流れただろう。
 同じ時を過ごして、同じ様に戦って。
 気が付いたら、愛を交わす仲になっていた二人。
 旅が終わって彼等はもう、戦いの渦中に身を置く事もなければ、同じ時を過ごす事も無くなってしまったけれども。
 多忙を極めるエドガーを、ふらりとセッツァーが訪ねる、と云う形で、年に数回の逢瀬は、続いていた。
 だが、フィガロを訪れても、セッツァーは、決して城で朝を迎えない。
 昼間やってくれば深夜の内に、夜、門を叩けば、太陽が登る前に、たった数時間だけ、二人切りの時を過ごして、彼は又、空へと戻って行く。
 そしてエドガーも、決してそれを引き止めない。
 彼が顔を見せれば、唯、微笑んで迎え、彼が帰ると言えば、唯、微笑んで見送る。
 今回のセッツァーの訪問は、もう、夜も遅い時間だったから、エドガーは、やはり何時もの様に、自室に常備してある葡萄酒のボトルと二つのグラスを持って来た。
「…飲もうか」
「そうだな…」
 ──多分。
 こんな風に酒を酌み交わす時間も、もどかしく思っているだろうに、それでも彼等は、杯を傾ける。
 ……何時も。
 それ以外、する事はないのだと言わんばかりに。
 杯を酌み交わしながら、セッツァーが語る事は、旅の空の出来事。
 たまたま、顔を見せた仲間の事。
 エドガーが語る事は、祖国の事。
 城に戻って来た、マッシュの事。
 艶やかな雰囲気を帯びる様な会話は、微塵も二人からは零れない。
「……元気そうだな。相変わらず多忙だって、風の便りに聞くぜ?」
「君こそ。又、何処かで無茶でもしてるんじゃないのか?…噂は聞くよ」
「俺は無茶なんかしてねえ」
「私だって別に、多忙と云う訳じゃないさ」
 近況、とも言えぬ程度の近況を二人は語り合った。
 嚥下されて行く葡萄酒の量に比べたら、余りにも言葉少ない、二人の会話。
 こうして、年に何度かの、刹那程しか許されない二人の『逢瀬』は、続いて行くのだ。
 ……何時も。


「………髪。伸びた…な」
 だが、その夜。
 普段、絶対に口にしない事を、セッツァーが云った。
「そうだな。…伸びたかも知れない」
 リボンで纏め、背に廻した金髪を取って、エドガーは答えた。
 ──あの、冒険の旅が終わった時。
 エドガーの髪は丁度、胸を越す程度の長さだった。
 今は、腰に届きそうな程の長さがあるが。
「ずっと伸ばしてる…って訳じゃないだろ?来る度、長さが違うから…」
「何だ。気付いていたんだ」
 向かい合って座った狭いテーブル越しに、セッツァーは手を伸ばして、エドガーの髪を掬った。
「云わなかっただけだ。……女じゃないんだ、お前は。んな事、一々、聞く事じゃねえだろ?」
 伸ばされ始めた髪の事を、どうして云ってくれなかったんだと、少し詰る様なエドガーの態度に、セッツァーは肩を竦める。
「…まあね。…でも、出来れば、聞いて欲しかったかな」
「何で」
「……これはね。君に対する、一寸した、嫌がらせだから」
「…嫌がらせ?」
「そう、嫌がらせ」
 くすりと、エドガーが笑った。
 髪を伸ばす事が、何故嫌がらせになるのか。
 どう考えてみても判らなくて、セッツァーは唯、グラスを空けた。
「私はね。君がここを訪ねてくれると、髪を切る。…あの冒険の旅が終わった頃の長さに。そして又、再会の時まで、髪を伸ばすんだ。……君を迎える時、私の髪が長ければ長い程、君が私を放り出しておいたと云う証明になる様に。だから、嫌がらせ。今回は又、随分と私の事を放り出しておいてくれたから。…セッツァー?腰に届きそうな長さにまで、なってしまったよ」
 くすくすと、楽しそうにエドガーは微笑んだ。
 どう答えたらいいものかと、少しだけ柳眉を顰めた恋人の顔を覗き込んで、彼も又、葡萄酒を嚥下する。
「……私は君を困らせたかな?」
「判ってて云った癖に、良く云うぜ…」
 くしゃりと髪を掻き上げたセッツァーは、少し、不機嫌そうだった。
 その分だけ、エドガーの微笑みは深くなったけれど。
「あーーっ、もうっ。止めだっ!」
 注いだばかりの酒を一気に煽って、セッツァーは立ち上がった。
 エドガーがグラスに口を付けようとしているのも構わず、それをパンと弾いて、セッツァーは恋人の唇を奪う。
 弾かれた衝撃で、薄いワイングラスは、石造りの床に落ちて割れた。
「お前がそこまで意地の悪い台詞を吐くとは、思わなかったぜ…」
「…おや。意地が悪いのは、君の方だろう?」
 唇が離れた時、本当に困り果てたセッツァーの顔を見つけて、エドガーは破顔する。
「…根性曲がり」
「君にほったらかしにされっ放しだからねえ、私は。多少、根性も曲がる」
「お前な……。…本当に、今夜はどうしちまった?」
「君がね……私のささやかな嫌がらせにも気付かないから。何時まで経っても気付かないから。……もうね、こうして君と酒を酌み交わすのが…少し、辛くなってしまったんだ…」
 抱き寄せるセッツァーの胸に自ら頬を付けて、エドガーは瞳を閉じた。
 ──痛い程、エドガーが云いたい事が判るから…セッツァーは唯、今夜は少しばかり意地悪な恋人を強く抱き締めた。


 出来る事なら。
 永遠に同じ時を過ごしたかった。
 同じ空気の中で、年を重ねたかった。
 けれど、それは立場を違える二人には出来ない事だったから。
 だから彼等は、袂を分かった。
 逢瀬を重ねても、決してその身を重ねず、その時をやり過ごした。
 それは、エドガーにも告げず、セッツァーが決めた事だった。
 ふらりと思い出した様に訪ねてくる彼を、何も云わずに迎え、何も云わずに送り出す。決して引き止めはしないと、エドガーはそう決めていた。
 けれど、会いたいと、身と心と言葉を尽くして愛を語り合いたいと、そう思う事を、二人には止められそうにもなかったから。
 愛を語る代わりに、杯を交わした。
 溺れられない酒に溺れた振りをすれば、愛に溺れそうな事を、恋人に悟られないで済むのでは…と、そんな期待をしたから。
 ……何時も。
 同じ様に、他愛の無い事を語り合って、同じ酒を飲んで。
 そうすれば、唯、黙って酒を酌み交わすだけの『逢瀬』の時にも、満足出来る様な気がした。
『又な』
 と。
『次は』
 と。
 ……そんな約束は、二人には出来ない。
 空を離れられないセッツァーと、国を離れられないエドガーに、次の逢瀬の約束は出来ない。
 肌を合わせてしまったら、引き止めたくなる。連れ去りたくなる。
 愛を語れば、追い掛けたくなる、残りたくなる。
 だけれども…そんな事は、出来ない。


「泊まって行く…かい?」
 だけれども、その夜。
 絶対に言わないと決めていた言葉を、エドガーは云った。
「奇遇だな。一晩泊めてくれと、俺も今、頼もうと思ってた」
 絶対に言わないと決めていた言葉を、セッツァーも云った。
 石の床の上で、砕け散ったグラスと、満たされたまま、テーブルの上に置かれたワイングラスと。
 彼等はそれを置き去りにして、奥の寝所へと姿を消した。


 又、あの懐かしい日々の頃の様に。
 明日は二人、朝日の中で微睡みながら、『未来』を迎えるのだろう。
 次の逢瀬の約束は出来ない。
 束縛する事は出来ない。
 何時もの様に、思い出した時にセッツァーは恋人を訪ねて、エドガーは恋人がやって来るその日まで、髪を伸ばすのだろう。
 それでも。
 次の逢瀬の時には、想いも語れずに、愛も交わせずに、唯、グラスを傾けるだけの、少し寂しい時間を過ごさずに済みそうな事だけは、確かだと思う。
 でも。
 次の逢瀬の約束が出来なくとも。
 何時でもお前を思っている、何時でも君を思っている。
 そんな約束だけは、二人にも、出来る。

 

 

 

 

 

 

 キリ番をゲットして下さった、楠 千尋さんのリクエストにお答えして。
 『お酒を酌み交わすセッツァーとエドガー』を海野、書かせて戴きました。
 ………が…(汗)。
 今一つ、上手く行かなかった(涙)。
 もう少し、ほのぼのしたお話が書きたかったんですがぁ〜〜〜〜。
 しかも、余りお酒を飲んでいるシーンが……(滝汗)。
 大変、申し訳ないです…。何故か、こうなってしまいました…。うーむ…。
 気に入って戴けましたでしょうか、千尋さん(はあと)。

 

 

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