幻想水滸伝2

『遠い生き様』

ゆりひささん、リクエスト、どうも有り難うございました。

尚、この小説は、頂いたリクエストに基づき、カナタ坊&セツナ2主の話です。

作中のCut:ゆりひさ様(「幻想色覚」様)

あの戦いの終わりから三年数ヶ月、とうとう、腐れ縁、と誰もに言わしめる程の仲になったらしい傭兵コンビ、ビクトールとフリックの二人と再会を果たした時、同時に、ハイランド皇国と交戦中の同盟軍盟主の少年セツナと巡り逢い、それより。

トラン建国の英雄と、人々の間では誉れ高いカナタ・マクドールは、ずっと、そのセツナのことを、甘やかすように接する程『気に入り』続けていて、だから、セツナのやること成すことの大抵を、彼は寛容に受け入れ続けてはいる。

……だが。

余り引き合いに出していい例えとは思えぬし、そういうことを言ったり考えたりするのはカナタの主義主張とは決して相容れないのだが、どうしたって、『これは、育ちや家庭環境の相違という奴なんだろうか……』と、深く深く悩んでみたくなること────即ち、果たしてセツナのそれを、僕は寛容に受け入れてもいいんだろうか、とセツナに甘いカナタをして思い煩わずにはいられぬことを、セツナは時折仕出かすので。

その日も、セツナのその言い分を、どのように受け止めてやるのが一番いいんだろう、とカナタは内心でのみ逡巡した。

────同盟軍の盟主となるまでのセツナの生活は、決して、楽なものではなかったのだろう。

それを、以前にカナタは、「食べるのに困ったことはありませんでしたけど、キャロで暮らしていた時は、余り裕福じゃありませんでした」とセツナ自らに語られたことがあるけれど、セツナ自身にも、誰にも何も言われずとも、「生活、倹しかった……?」と思わず洩らしたくなるくらい、稀にではあるけれども猛烈に、セツナは貧乏臭……────否、倹約家な一面を覗かせる。

野にある緑の、あれは食べられる、これは食べられない、あっちを食べるとお腹を壊す、と言ったことに詳し過ぎる程詳しいなど、序の口。

野菜屑、魚の粗、肉の骨、そんな、うっかりすれば捨てられてしまいがちな部位を使った料理のレシピを山程抱えているのも、当たり前。

主に炊事洗濯に使われる道具の直し方、長持ちをさせる方法、そう言ったことに対する知識も豊富だ。

……カナタが率いていたトラン解放軍とて、余裕綽々の台所事情ではなかったから、生家で暮らしていた頃は兎も角、解放軍に身を投じ、軍主となってよりのカナタの生活とて、決して豊かではなかったし、あの戦争を終えて、三年世界を放浪していた間は、「今日は狩りをしないと夕飯がありません」な時の方が多かったので、『倹しく生きる』とのそれを、カナタとて出来ない訳ではないし、理解し得ない訳でもないのだけれど。

マッシュやレパント達と言った、『解放軍に与した、その地方の名士』が、あちらこちらで有らん限りのコネを最大限振るって、軍資金調達に励んでくれた為、

「どうする? 明日のおかずの為に、その辺で魔物でも狩ってくる……?」

と相談しなくてはならないまでの生活を、解放軍の面々は強いられずに済んだし、自分一人の腹を満たす程度の狩りなどカナタには朝飯前だから、セツナが見せる『倹約』振りは、かつての赤月帝国五大将軍が一人、テオ・マクドールの嫡男──有り体に言えば『いいトコのボンボン』な経歴をも持つ彼にしてみれば、或る意味未知の領域で。

況してや、『一代で財を築いた』と豪語して止まない、金儲けに懸けては、それはそれは優秀な交易商だったシュウが正軍師を務めているセツナの同盟軍は、延々、城内の増改築を続けていけるだけの懐具合をしているのだから、何もそこまで、と。

時々……本当に時々、セツナの『倹約家』な部分を見遣ってカナタは、そんな科白を喉元まで出掛からせては、飲み込んでいる。

だが、まあ。

良いことではあるのだろう。

それが本職のハイ・ヨーに料理を教わっても難し過ぎる時があるから、『お野菜屑を使った、簡単節約レシピのお料理教室』を開いてくれと、盟主殿に何をさせる気だと喚くシュウすら無視して、セツナにねだる女衆は多いし、「盟主様と一緒にやるのー」と、箒やハタキを直して歩いている子供達は、至極楽しそうだ。

時々その度が過ぎて、戦場で負傷兵の手当に使われ、血塗れのドロドロになったシーツや包帯を大根おろしで洗うのに、一体お大根の何処を犠牲にしようかと、酷く真剣な顔付きで、「御免なさい、お大根」と涙目になって謝る姿を、仲間達の前でセツナが晒すのは、一寸どうかとカナタは思うが。

弓矢隊の訓練風景を眺めながらセツナが、

「矢って、訓練の時はアレですけど、戦場では使い捨てですよねえ。ちょびっと勿体ないなーって、マクドールさんは思ったことありません?」

と算盤を弾いてみたそうにするのも、戦とは湯水の如く金が掛かるもので、戦闘に関わる金勘定で頭を悩ますのは武官ではなく文官の仕事、が基本理念のカナタには目を剥きたくなるような発言で、財政が許す限り、戦いに関する経費はケチらない方が、とやはりカナタは思うが。

良いことであるのは間違いなく、セツナの持ち得る『美徳であり美点』の一つではあるのだろう。

赤子だった彼を拾い育てたゲンカク老師が『そう』だったからなのか、『勿体ないお化け』や『付喪神』を確実に信じている節がある程迷信深く、物に対する感謝の気持ちも忘れない彼は、もう、どうやって直してみても使えなくなってしまった物達を、例えるなら『針供養』宜しく奉って『慰める』のすら、怠らない程なのだから。

……………………そう、だから。

恐らくは、持ち得た『美徳であり美点』の一つがさせているのだろう彼の、その姿と言い分──それを右手に、ひっしと掴みながら熱く語ったこと、を。どう受け取るべきかと。

カナタは悩んだ。

────今、カナタとセツナの二人は、本拠地の裏手に当たる、小さな小さな『空き地』にいる。

正確には空き地ではなく、大分以前にセツナ自ら拵えたらしい言わば『祭壇』で、使えなくなってしまった物達を暫くの間鎮座させ、セツナ曰く『今までご苦労様でした』とやる為の場所なのだそうだ。

尤も、祭壇と言っても『らしい』拵えがされている訳でもなく、只、道具達を乗せる大きめな棚と、ご苦労様でした、の意思表示代わりのお供え物を置く為の小さな棚があるのみで、雨曝しの、本当に『小さな小さな空き地』でしかない。

が、セツナにとって、大切な場所の一つであるのに間違いはなく。

先程、カナタを伴いそこを訪れたセツナは、小さい方の棚に大福を供えて、そして。

「今まで、どうも有り難うございました。ご苦労様でした」

パンパンと、両手を叩くように合わせて、お祈りの真似事をし終えた。

小皿に乗せた大福を棚に供えつつのセツナに、チロっと視線を送られたので、一応は倣うべきかと、カナタも又、真似事だけはして。

「セツナって、時々物凄く迷信深くなるよね。ゲンカク老師が、そういう方だった?」

思う処を、歯に、幾重もの衣を着せて語った。

「迷信深い……。……あー、じーちゃんは確かに、迷信深い方ではありましたよ。迷信深いって言うよりは、ゲン担ぎが好きだった、って言った方が正しいかも知れませんけど。だから僕も、ゲン担ぎは気にする方かもです」

すればセツナは、そうかなー? とでも言いたげに、ちょこり、首を傾げながら言って、その後、ほわりと笑んだ。

「成程。……じゃあ、用事も済んだみたいだか…………──。…………セツナ……?」

その。

セツナが何時も仲間達に見せて歩いている、わざと、何処となく頼りなげな風を装った笑みを拵えたのを合図に、城内へ戻ろうと、カナタは踵を返し掛けたのだが。

一歩だけ先んじ前と進み、行こう? とセツナを振り返って、言い淀み。

ピタリと動きを止めた。

「何ですか? マクドールさん」

だが、何故カナタがそんな態度を取ったのか、全く理解出来ぬ風にセツナは、きょとんと目を丸くし。

「…………あのね。何で、お供えしたばかりの大福を、君は食べようとしてるのかな」

僕が疑問に思っていることを、疑問に思わないセツナの方が不思議だと、カナタは、一呼吸前に言い淀んでしまった続きを伝えた。

「え? 何でですか?」

「……え? それこそ、何で……?」

「だって、こんな雨曝しの所に大福置いたままにしといたら、カラスとかネズミとか、寄って来ちゃいますよ?」

「でも……お供え物だろう……?」

「ええ、お供え物ですよ? と言うか、お供え物だったですよ?」

「だったら、人は食べない方がいいんじゃ」

「そんなことないですって。物は、ホントには大福食べられませんし」

けれど、ぶつけられたカナタよりの疑問を、さらりとした答えでセツナは躱して。

「お供えしたって事実が重要なんです。じーちゃんもそう言ってましたし、僕もそう思います。一旦お供えしたら、後は、生きてる人間が食べた方がいいです。別に、カラスとかに食べさせてもいいですけど、どうしたって散らかりますし、散らかったらお掃除大変ですし、お掃除の道具とかの為に、お掃除用品奮発しなくちゃならなくなったら、本末転倒です。却って色んなことに、申し訳が立たないです!」

大福片手に、背伸びをしながらカナタの顔を覗き込み、きっぱり、と彼は言い切った。

「そういう、もの……?」

「はい! そーゆーものです! お墓参りする時と、要領は一緒ですっ!」

「墓参り? え、トランでは……と言うか、少なくとも家では、そんな習慣なかったよ? 供えた物は、供えたまま、だったけど」

「それは、マクドールさんのお家だからです。マクドールさんのお家のお墓が、どんな所にあって、どんな風にされてるのか僕は知りませんけど、多分、マクドールさんのお家のお墓なら、由緒正しい所にある立派なお墓でしょうから。放っといても、管理人さんか、お坊さんか、司祭様の誰かが、片付けてくれたりしません?」

「……うん、まあ、そうだね。……多分、そうなんだろうと思うよ。実際の処は、僕にもよく判らないけれど……」

「でしょう? でも、僕の家のお墓も、大抵のお家のお墓も、家族以外に面倒見てくれる人、いませんもん。特に家は、道場の裏庭ですからね、じーちゃんのお墓。だから、お花とかは別ですけど、僕の家ではお供え物は、その場で食べちゃってました。さっきも言いましたけど、後でお掃除大変になりますもん。そーゆーのを、無駄、って言うんです、マクドールさん」

「無駄、ねえ……」

「ええ、きっぱりはっきり、無駄、です。無駄を省いて生活する為には、そーゆーことにだって気を遣わなきゃって、僕は思います。だから、ここのお城の中にあるお墓も、そんな風ですよ? お供え物は、その場で食べちゃって下さい、蟻が集りますから! ってお願いして歩いたら、皆、判ってくれましたもん。……蟻、特に羽蟻って、しつこいんですよー。戦っても戦っても、出てくるんです。西瓜の種一つ落ちてたって、何処かから、もそもそーって出てくるんです。……ヤじゃないですか、しつこい羽蟻と戦わなきゃいけない日々も、羽蟻退治に必要な、余分な品揃えるのも。だから、そう言って歩いたら、どーゆー訳か、皆凄く複雑そうな顔してましたけど、判ってはくれました。良かったです、判って貰えて」

──うんしょ、と背伸びをして、カナタの顔を、じーーーっと覗き込み、語り始めたセツナは。

左寄せの画像

右手に掴んだ大福を、握り締めんばかりにして、暫しの間、熱弁を打った。

「…………ええと、ね……」

「……? 何ですか? 僕、何かおかしなこと言いました? どうして、そんなに複雑そうな顔してるんですか? マクドールさん。……あ、あれですか? こーゆー言い方って、正直申し訳ないなーって思いますけど、マクドールさんのお家は、倹約とかとは縁遠くて、僕の家の感覚とは掛け離れてるから、あんまりピンとこない、とかゆー奴ですか? でも、それは仕方ないと思いますよ、そのお家、そのお家の事情がありますもん。僕だって、必要に迫られなかったら、倹しくなんて生活しなかったですし。けどそのお陰で、色んな経験出来て、こうして役立てられます」

「……そうだね。多分。…………うん、慎ましやかに生きることは、決して悪いことじゃないとは思うよ。……限度問題だけど」

「限度問題? ……何がですか?」

「ううん、何でもない。但、その……。……いや、やっぱり、何でもない。────そろそろ、お城の中に戻ろうか」

故に、結局。

セツナの『これ』を、どう受け止めてやるのが一番良いのかとか何とか、考えた僕が馬鹿だったんだ、と結論付けてカナタは。

にっこりにこにこ、全てを忘れ去る為の、それはそれは綺麗な笑みを浮かべて。

「……? 変なマクドールさん。──って、ああ、そうですね。そろそろ戻らないと、又シュウさんに、ガーーーって怒られちゃいます。……訳判らないこと言うんですよ、シュウさん。付喪神と遊んでる暇があるんだったら、その分働いて下さい、って。これだって、ちゃんとしたお仕事だと僕は思うんですけど。……あれですね。シュウさん昔、『悪徳交易商』なんかしてたから、勿体ないって言葉、知らないんですね。だから、そういうこと言うんですよね、きっと。そんなこと言ってたら何時か、バチ当てられちゃうかも知れないのに。…………あ、御免なさい、マクドールさん。今、大福食べちゃいますから!」

一通り、言いたいことを捲し立て終えたセツナは、はぐっと大福を口の中に放り込み、お約束通り喉を詰まらせ、バシバシ、背中をカナタに叩いて貰ってから、

「お待たせしました。じゃ、戻りましょっか」

ほわぁっと笑んで、元気良く城内目指して歩き始めた。

「はいはい……」

そんな彼の後に、大人しくカナタは付き従って。

「よお。カナタにセツナ、散歩でもしてたのか? ……って、どーした、カナタ。随分と、複雑そうな顔してるじゃねえか、珍しい」

城内へと戻る途中、何処からどう見ても、『今日の仕事』から逃げ出してきたとしか見えない風情のビクトールと、二人は擦れ違った。

「お散歩じゃないよ。『勿体ないお化け』が出ないように、大福お供えしてきたんだもん」

サボり中の身の上であろう筈なのに、やけに爽快に笑いながら二人へと近付いたビクトールが、彼等の顔を見比べて、おや? と首を捻れば、セツナは元気良く、何時もの奴! と答えて、一旦は止めた足を、再び動かし始め。

「……一寸、ね」

「……一寸?」

「…………ねえ、ビクトール」

「……何だよ、改まって」

「貴族の家柄に生まれました、ってそれ。未だに僕には染み付いたままかな? 未来永劫、僕の中から、それって抜け切らないと思う……?」

「…………はあ? ……お前、何か悪いモンでも喰ったか……? 拾い食いでもしたか?」

「殴るよ。ビクトールじゃあるまいし。──大したことじゃないんだよ。唯、少しだけ。あの子の生き様が、僕には遠く思えて仕方がない時があるのは何故なんだろうって。そんなこと、考えちゃってね。……それだけ」

片割れが立ち止まったままなのに、気付いているのかいないのか、トコトコ歩いて行くセツナの背中を眺めながら、カナタはビクトール相手に、愚痴めいたものを零した。

「何だか、事情がよく飲み込めねえが……、もしも、自分とセツナの金銭感覚の、余りの隔たりに悩んでるんだったら、んなこと、考えねえ方が良いぞ。お前の金銭感覚は、充分変だが、セツナの金銭感覚も、充分変だ。対極に金銭感覚おかしい者同士、相容れようってのが間違いだ」

「……………………。ビクトール。これから何処へ?」

「へ? ……ああ、タイ・ホーんトコ辺りで、油でも売ろうかと」

「ふうん、そう。じゃあそのこと、フリックに伝えとくよ。船着き場で、ビクトールがサボってる、ってね」

けれど、思い煩いを聞かせてやった馴染み過ぎた顔は、悩むだけ無駄だと、カナタのそれを切って捨てたので。

唇の端のみを吊り上げるように笑ってやってから、彼はセツナを追い掛け始めた。

「おま……っ。人が折角、気ぃ遣ってやったってのに、その仕打ちか!」

「自業自得だろう? 仕事をさぼる方が悪い。……それに。僕の金銭感覚は、一応真っ当……の筈。セツナも多分……うん、多分、真っ当…………ではないかも知れないけど、あの努力とひたむきさは買ってあげないといけないだろうから。…………多分」

だから、去り行く彼に、ビクトールは悪態を放ったけれど。

もう、聞く耳は持たない、と彼は、傭兵にではなく、己に向けて、言い聞かせるように納得の為の科白を吐いて。

「マクドールさーん? どうしましたー?」

「ああ、御免。今行くね」

内心では未だに抱えているのだろう葛藤や疑問を押し殺し、勇猛果敢な足取りで、少し先で立ち止まり、振り返った小さな彼の傍らへと、足早に近付いて行った。

End

後書きに代えて

キリ番をゲットして下さった、ゆりひささんのリクエストにお答えして、『セツナ君のあまりの庶民感覚にペースを崩されて(或る意味の)世の中の広さ(坊ちゃんの知らない世界…?)を味わうカナタ坊ちゃん』、な話を書かせて頂きました。

……カナタの知らない世界、と言うよりは、誰も知りたくない世界、と申しますか、セツナがぶっちぎりで変な子になった、と申しますか。

そんな話になったような気が……。申し訳ないです……。

基本的に家のお子様ずは、馬鹿一直線ですが、これは、馬鹿ではなく、変、なのでしょう、恐らく。

でもまあ、変なのも確か(笑)。

気に入って頂けましたでしょうか、ゆりひささん。──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。