幻想水滸伝2

『勝敗』

小松燿さん、リクエスト、どうも有り難うございました。

尚、この小説に登場するWリーダーは、坊ちゃん、2主共に、名無しです。

「開いている」

──殊勝に聞こえたノックの音に応えて、同盟軍正軍師のシュウは、低く短く、そう言い放った。

「シュウさん、今、平気?」

入室の許可を受けて、そろっと正軍師の自室の扉を開き、そろっと隙間から顔を覗かせたのは、彼の属する同盟軍の、若き盟主だった。

「…………盟主殿? 何か?」

シュウ自身の感覚では、未だ未だ活動時間内ではあるが、ともすれば、若い、ではなく、幼い、と例えた方が相応しい盟主にとって、ノックの為された現在時刻は、一日の営みを終え切っていてもおかしくない真夜中近くで。

こんな時間に一体どうしたのだろうと、彼は訝しみながら主である少年へと声を掛け、直ぐさま、眉を顰めた。

「………………うん、一寸」

「何時も通り、散らかっておりますが。どうぞ、お掛けになられて下さい。お楽に」

扉の隙間から、そろそろっと滑り込む風に入室して来た少年は酷く物憂げで、言い訳がましく洩らされた声のトーンも沈んでいるように思え、何か、同盟軍の盟主として、正軍師である己に持ち掛けたい相談でもあるのだろうかと、シュウは心持ち襟を正しながら、近付いて来た盟主を促した。

「どうか為されましたか」

「……だから、一寸」

着席を促しながら言葉を続ければ、彼の主は、その年頃の少年が浮かべるには余り相応しくない、何処か大人びた苦笑を浮かべ。

「相談、が。あるんだ」

シュウの執務机の対面に置かれた腰高の椅子に、ちょこん、と腰掛けながら重たい口を開いた。

「相談、ですか」

「……そう。相談」

「して、如何様な?」

「……………………シュウさんはさ。とっても、知恵者だから。一緒に考えて欲しいんだ。──……どうしたら、マクドールさんに勝てると思う?」

「…………盟主殿……。又、ですか…………」

──来た、と。

少年が告げた『相談』の言葉に、咄嗟に身構えてはみたものの。

続き告げられた一言は、同盟軍の盟主たる者ならば抱えてもおかしくない、憂いや苦悩、といったものでは全然なく、たった一人の人物に、何とか勝利を収めたい、とのそれで。

ここの処続いた、徹夜の疲れに急にどっと襲われたかのように、シュウは眩暈を覚えた。

だが少年は、薄明かりを提供するランプの灯りの向こう側で、シュウが、クラクラと歪む視界と戦っていることになぞ気付きもせず、腰高の椅子の上で、ブラブラと、行儀悪く足を揺らしながら、怒濤のように捲し立て始めた。

「又って、酷い言い種だよね。……何度立ち合いしてみても、勝てないんだよねー、マクドールさんに。今日も、負けちゃった。も、完膚なきまでに。──自分で自分のことを、こういう風に言うのは何だなー、と思うんだけどね。僕だって、ぶっちゃけ弱くはないって自負はあって、でもマクドールさんは、そんな僕の遥か上を行く実力の人で、だから、一回で良いから勝ってみたいんだけど、どうしても勝てなくって、悔しくって。これでもかっ! ってくらい努力もしてるんだけど、マクドールさんの努力も僕の上を行ってるみたいで、全然駄目でさ」

「……はあ……」

「だからね。段々僕も煮詰まって来ちゃって、もう、武芸の勝ち負けだけに拘らないで、何でもいいからマクドールさんに勝てればいいや、とか思ったんだけど、どんなゲームで勝負持ち掛けてみても結局勝てないし、博打も敵わないし、飲み比べとかも論外だから。もー、どうしたらいいか判らなくなって来ちゃって……。……シュウさん、何か、良い知恵ない?」

「そう言われましても…………」

揺らし続ける、己の足先のみを見詰めながら、ぶつぶつぶつぶつ、ああでもないの、こうでもないのと言い募る少年の、つむじ辺りを見詰めながらシュウは、至極適当な答えを返した。

「ん、もー! シュウさん、ちゃんと聞いてくれてる? 僕、真剣なんだけど」

「……お聞きしておりますよ、ちゃんと」

「ホントにー? シュウさんだけが頼りなんだからさー。お願いだから、ちゃんと聞いてよね、僕の話」

そんな彼のいい加減な態度は、瞬く間に少年へと伝わったようで、斜め下に向けていた視線を、キッ! と持ち上げて少年は文句を垂れ出し、でも、シュウは。

何処までも、少年の亜麻色の髪のつむじを眺め、棒読み口調で言った。

────二ヶ月程は、前の話になるだろうか。

同盟を結んだばかりの隣国トランへ赴く途中、一寸した事件に遭遇した眼前の少年が、三年数ヶ月前、その、隣国トランを建国した『トランの英雄』と名高い、マクドールなる人物と知り合ってより、暫くが過ぎてから、ずっと。

幾度となくシュウは、『マクドールさん絡みの相談事』を、少年より持ち掛けられている。

それはもう、彼でなくともうんざりする程。

だから、深刻な話か? との予想を見事に裏切った相談事に、又かと、おざなりな態度をシュウが取ってしまうのは、或る意味仕方のないことで。

…………その上。

「どうしても、マクドール殿に『何か』で勝たれたいのならば、盟主殿の得意分野で勝負されたら如何ですか」

「僕の、得意分野?」

「…………例えば、料理、とか。──私個人的には、未だに承服しかねることですが、盟主殿は、ハイ・ヨーが時折持ち掛けられる料理勝負の助手を務められるくらい、その道の腕をお持ちですから。そういう方面ならば、幾ら何でもマクドール殿とて」

「えーーーー。でもさあ、シュウさん。それって何か、卑怯っぽくない? 僕がそれなりに料理が出来るのは、所謂育ちの所為って奴だもん。でもマクドールさんは、赤月帝国の大貴族出身なんだから、料理なんて出来ないのが当たり前の人で、そんな人に、料理で勝負です! って言うのは、人非人みたいで嫌だなあ、僕」

「ですが……、その……盟主殿には誠に不敬な言い種と弁えてはおりますけれども。……盟主殿? その手合いの分野以外で、盟主殿がマクドール殿に勝てそうなことは、お有りですか?」

「ある訳ないじゃない。マクドールさん、或る意味完璧な人だもん。見た目だって頭だって抜群だし、家柄だって最上級の方だし、性格だって二重丸。『遊び』だって、出来ないことはなさそうだし、酒豪だし、博打の方も、天賦の才があるっぽいんだよ? マクドールさんに、非の打ち所なんてないよ。そりゃ、家事の才能はなさそうだけど、それこそ、そんなの生まれの所為って奴だし、別に、マクドールさんは家事が出来なくったって困ることないだろうしさ」

「…………そうですね」

「そうでしょー? シュウさんだって、そう思うよね? 『その気』なんか全然なかったこの僕が、それでも『そういう関係』になった、男の人だもん」

「……………………そうですね……」

──……そう、その上。

その立場故、なのだろう、恐らく。

誠に不幸なことにシュウは、主である少年と、トランの英雄である彼との『本当の関係』を知ってしまっている。

正確に記するなら、当人達に、知らされてしまっている。

故に、主に、『マクドールさん絡みの相談事』を幾ら持ち掛けられようと、彼の耳には惚気としか届かない為。

『相談事』に貸す耳が、真摯になることはない。

何がどうしてどうなって、知り合って間もない筈の二人が、友人関係をすっ飛ばし、恋人関係にまで辿り着いてしまったのか、流石に、その経緯までをもシュウは知らないが、一ヶ月程前のと或る夜、どうしようもなく真剣な顔付きで、今宵のように自室を訪れた盟主と英雄の二人に、

「僕達、恋人同士として付き合うことになったんだ。おおっぴらにするつもりはこれっぽっちもないんだけど、シュウさんにはきちんと伝えておいた方がいいかなって思って。シュウさんは僕の正軍師だから、そういうことも知らせとかないと、マズいこともあるかなーと」

……と、正面切って告白をされた時より。

盟主殿より持ち掛けられる、『マクドールさん絡みの相談事』は、シュウの耳を素通りすることになっている。

言うまでもなく、今夜も。今、も。

「同盟軍のリーダーなんてやっちゃってるけどさ、僕だって、思春期真っ盛りの年齢なんだから、それなりに、普通の少年と同じ夢や希望、この間までは持ってて、可愛い女の子とお近づきになりたいー、とか、同い年くらいの連中と深夜にコソコソ話すような、ちょっぴりエッチな体験とか憧れー、とか、そんな風でさ。年相応のことに、興味も好奇心もてんこ盛りだったのに。……それでも。……いい? シュウさん、それでも、だよ? それでも、同じ男のマクドールさんのこと好きになって、そーゆー関係になっちゃったんだもん、そんなマクドールさんが、いい男じゃない訳ないじゃないか。だけどね、そんなマクドールさんにそれでも僕は、一回でいいから何かで勝ってみたいと思ってて。だから、こうしてシュウさんに相談に乗って貰ってるってのに、シュウさんってば」

「…………あー、でしたらもういっそ、お二人が閨で励まれておられるだろう類いのことで、何か奮闘されたら如何ですか」

だと言うのに、シュウの投げやりな態度を一切無視し、少年の捲し立ては続いて、故に彼は真実いい加減に、適当な意見をぶつけた。

「閨? あー、『夜』? ……シュウさん、案外ダイレクトだね。ええー、でもー、『夜』のことで何か奮闘して、マクドールさんに勝つって。…………どうやって?」

「さあ?」

「さあ、って、そんな無責任な」

「無責任も何も……。お二人が閨で何を為されているかなど、私には興味もありませんし、そんなことにまで、嘴を突っ込みたくはありません。考えたくもありません。ご自分で、知恵を絞られて下さい」

「あのー、ね。物凄く基本的な話なんだけどさ。……僕、マクドールさんに押し倒される方なんだけど」

「……私の話を、聞いておられますか? ご自分で考えられて下さいと申し上げましたでしょうに。と言うか、そんな具体的な話を、私の前で為さらぬように」

「具体的な話しないと始まらないこと言い出したの、シュウさんの方じゃんか」

「それは、申し訳ありませんでした。では、この話はこれで終いということで」

放り投げてやった、どうしようもなく適当で投げやりな意見は、何故か少年の興味を引いたようで、あーだこーだと、彼はぶちぶち言い出し。

が、付き合っていられるかと、とことん棒読み口調で、シュウは強引に、話を打ち切った。

「冷たいなあ、シュウさん……。でも、『夜』絡みのことなら、卑怯って話にはならない気がするし。少し、その線で頑張ってみようかなー。全く可能性のない話でもないっぽいし。……うん、決めた! 何か考えてみる! 何かったって、これっぽっちも思い付かないけど! じゃあ、お休みー、シュウさん。又明日ねーーー!」

しかし、少年はめげることなく一人言葉を進め、さっさと自己完結すると、ぴょん、と腰高の椅子から飛び降りて、とっとと部屋を出て行った。

「…………本当に、相談がしたかったのか。それとも惚気たかったのか。はたまた、愚痴が言いたかっただけなのか……」

現在時刻は真夜中と、到底理解しているとは思えぬ足音を立て、威勢良く室内を駆け抜け、やはり威勢良く扉を開け閉めして出て行った盟主の背中を見送りながら、シュウは、愚痴と溜息を零す。

と同時に、又もや、呆れから来ているのだろう、クラクラする眩暈に襲われて。

「冗談ではない…………」

着替えもそこそこに、彼は部屋の片隅のベッドへ潜り込んだ。

執務机のランプの灯りを落とすのも忘れて。

「開いている」

──翌日。

夕べと似たような時間、シュウの部屋の扉を叩く音が立った。

幾ら何でも、二晩続けての盟主の襲撃はなかろうと、昨夜と同じく、部下に与える入室の許可の言葉と同じそれを、シュウは告げた。

「……失礼」

だが、言葉に応えて姿見せた人物は、部下ではなく、盟主でもなく、隣国の英雄だった。

年若い盟主の、年若い想い人。

「これは、マクドール殿。……何か?」

その姿に、シュウは若干眉を顰めて、書類を繰っていた手さえ止めて、英雄をじっと見遣った。

──別段彼には、トランの英雄に対する、注ぐべき個人的な感情の持ち合せなはい。

同盟軍正軍師としては、同性でありながら盟主の恋人の座を占めているその事実に五万と文句を垂れたくはあるが、マクドールという『個人』でしかない彼に対して、『個人』でしかない彼は何も思ってはいない。

それ処か、どちらかと言えば、少々の好感すら抱いている。

夕べの盟主の惚気ではないが、トランの英雄は或る意味では完璧な人物で、己の立場も、『己自身』もきちんと弁えているし、出しゃばらないし、人当たりも良い、所謂好青年『では』あると、シュウは踏んでいるから。

……尤も、一皮剥けばその好青年も、『古狸』だろうな、とも彼は読んでいるけれど。

「宜しければお掛け下さい」

「有り難う」

扉から執務机の前まで、一直線に進んで来た英雄を見詰めながら、決して、彼のことが嫌い『では』ないシュウは、笑みらしきものを見せつつ椅子を勧め、昨夜、盟主が腰を下ろしたのと同じ腰高のそれへ、青年はストンと座った。

少年とは違い、青年の足はきちんと、床に着いていた。

「……貴方に、問いたいことがある」

「何を、ですか?」

座るや否や、英雄はそう話を切り出し、話? とシュウは首を傾げた。

この自分が、この彼に、一体何を問われなくてはならないのか、と。

「シュウ殿。夕べ。一体、どんな入れ知恵を、彼にした?」

「は?」

首を傾げたシュウへと投げ付けられた英雄の言葉はそんな風に続いて、故に彼は益々、首を傾げる。

「だから。入れ知恵」

「…………失礼ですが、マクドール殿。彼、とは、盟主殿のことですか?」

「勿論」

「……その『彼』に、私が何か入れ知恵をした、と。マクドール殿はそうお疑いでいらっしゃる?」

「ああ。──昨日、深夜に彼がここに来たろう? ……別に、恍けなくても良い、そのことは、彼に白状させたから。……で? 一体貴方は、彼に何を言ったんだ?」

「申し訳ありませんが。私には話が見えません」

「………………。……じゃあ夕べ、彼は何をしにここに来たんだ?」

「何をしに、と言われても……。──夕べは…………──

何を問われているのか、シュウには皆目見当が付かぬまま英雄は淡々と話を進めて、けれどどうしたって、シュウはその話について行けず、そこでやっと、何か行き違いがある、と悟ったらしい青年は、質問を変えた。

なので、少々の躊躇いを覚えはしたものの、語った処で問題はなかろうと、シュウは掻い摘んで、昨夜、盟主と交わした会話の内容を彼に教えた。

「………………成程。……シュウ殿。その席で、彼に、何か余計なことを言った覚えは?」

シュウの説明が終わり。

納得行ったように、英雄は深く頷き。

が、眉間に思い切り皺を寄せて彼は、又、先程と似たような問いを放った。

「余計な…………。……ああ、あれかも知れません。──マクドール殿、貴方には大変失礼な言い種かも知れませんが、貴方と盟主殿が、そういう意味で『昵懇』になられてから、私は頻繁に、盟主殿から貴方との話を聞かされているのです。私の耳には、惚気にしか聞こえぬことを。正直、うんざりする程。ですから、夕べの盟主殿の、マクドール殿に何としてでも勝ちたい、との相談も、私には惚気にしか聞こえませんでしたので、その……つい、投げやりになって、『でしたらもういっそ、お二人が閨で励まれておられるだろう類いのことで、何か奮闘されたら如何ですか』、と言ってしまいましたが。……それが、何か?」

それは、英雄が部屋を訪れた直後に放った問いに良く似てはいたけれど、今度は彼が何を言わんとしているのかシュウにも充分理解出来たので、誠に正直に彼は、思う処を、少しの嫌味を込めて語り。

「何か、ではなく……」

と、青年は、それはそれは、渋い顔付きになった。

「………………………………マクドール殿。……まさか……」

だからそこで、はた、と。

シュウも顔色を変える。

「そう。その、『まさか』。貴方が彼に、投げやりに言ったいい加減なこと、けれど、普通なら聞き流して終わりにするだろうことを、誠に真摯に受け止めて、律儀に実行しようとしたんだよ、彼は」

顔の色を失くした正軍師へ、英雄はそう言いながら肩を竦めた。

「実行、ですか……」

「そう。『実行』」

「して、どういう風な…………。……いえ。……その、あー……。その辺りは、お聞きしない方が宜しいのでしょうね……」

「……ああ。その辺りに関しては耳を塞いで貰えると、僕も嬉しい」

そうして彼は、苦笑とも、憤慨とも取れる、至極複雑な表情を浮かべて、腰掛けていた椅子より立ち上がった。

「マクドール殿?」

「用は済んだ。戻る。……貴方が彼に入れ知恵をした張本人だったら、只じゃおかないと、そう思って来たのだけれど、そうではなかった、と言うか、まあ、不可抗力の域だったみたいなので。制裁は、彼だけにしておくことにする。……それじゃあ、お休み、シュウ殿」

「えー……。マクドール殿? 差し出がましいようですが、『あれでも』一応、我等が軍の主なので。制裁とやらは穏便に。そして程々に」

「判ってる。僕にも、惚れた弱味というのがあるから。……時々、馬鹿なことを仕出かしてくれるけど、可愛い恋人ではあるからね」

就寝を告げ、踵を返した青年の背中に、それでも、とシュウが一言をくれれば、今度は、苦笑以外の何物でもない表情を作って振り返り、彼は言った。困った風に。

「結局は、惚気なんですね…………」

──苦情の申し立て、と言うよりは、どうやら八つ当たりをしに来た、と言った方が相応しかった今宵の英雄の訪問は、最終的に、惚気、としか聞こえぬそれへと辿り着いた、とシュウは感じ。

その時、ふと。

呆れ声での愚痴を零しながら、ついつい覚えた好奇心に負けて、次の言葉を紡いだ。

「……処で、マクドール殿。一つ、お伺いしても宜しいですか」

「…………何を?」

「一体どのようなそれだったのか、どうしたって私には想像が付きませんが。夕べの、その、盟主殿の『実力行使』とやらの結果、どちらが勝ったのです?」

「…………………………それを、訊くのか、貴方は……」

すれば、青年の浮かべた苦笑は、ひたすらに深くなって。

「……いえ、戯れ言です。お聞き流し下さい。……では、お休みなさいませ」

尋ねずとも良かったことを尋ねてしまったと、シュウは若干の焦りを覚えながら、慌てた風に、相手を部屋より追い出した。

「うむ、まあ、だが、だと言うなら、これで……」

そうして、急き立てるように自室から締め出した英雄の後ろ姿の残像を眺めながら、彼は一人、呟く。

「……ああ、そうだな。これで一先ずは、盟主殿の『マクドールさんに勝ちたい!』の騒ぎは収まるな。…………本当に、何処までも馬鹿馬鹿しい……。私は彼等の恋愛相談所を務めたり、苦情受付所を開く為に、この軍の軍師になった訳ではないのに……」

去って行った彼の態度から、秘かに行われたらしい彼等の『勝負』の結果を察して、一つ、騒ぎの種が減る、と彼は安堵し。

が、直後、そんなことに安堵を覚えてどうするんだ、自分、と彼は己を取り戻して。

その夜も、ふて寝をするべく、仕事を放り出したまま、彼は床に着いた。

執務机のランプの灯りは、きちんと落として。

End

後書きに代えて

キリ番をゲットして下さった、小松燿さんのリクエストにお答えして、『坊ちゃんを負かした2主君』な話を書かせて頂きました。

えーと……、間に、2主君からは『相談』を、坊ちゃんからは八つ当たりを受けたシュウさんを挟んでしまったので、二人の間に、具体的にどんな勝負が行われて、とか、その辺、謎のベールに包まれてしまいましたが(汗)。

許して頂けるでしょうか……。私の書く坊ちゃんで、2主君に負ける、というシチュエーションを構築するのは、中々難敵でして……(汗笑)。

でも、2主君が画策した閨での勝負で、勝ちを収めたのは2主君です(笑)。ちゃんと勝ってます。どんな勝負だったのかは、ご想像にお任せ致したい処ですが(あっ)。

気に入って頂けましたでしょうか、小松さん。──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。