東京魔人學園剣風帖
『無知』
だらしない、としか言えないくらい幸せそうな顔をして、クリーム色のシーツに顔を埋め、うつらうつらと寝始めた彼──蓬莱寺京一の横顔を、緋勇龍麻はぼんやり眺めていた。
日付は、たった今さっき、一月二十五日に変わった。
日付が変わったから、龍麻の傍らで眠り始めてしまった京一の、十八歳の誕生日だった昨日──二十四日は終わった。
──暦で言うなら去年、高校最後の夏休みを迎えた直後、同じ男で同級生で、真神学園に転校してよりの親友だった京一と、何を何処でどう間違ったのか、うっかり告白大会を繰り広げ、恋人同士として付き合おう、などと言い合ってしまい、この一年近く、目紛しく彼等を襲ってきた数多の出来事が漸く片付いた一九九九年一月下旬現在、疾っくに、龍麻は京一と、少年二人には狭過ぎるシングルサイズの布団の中で、ヒシッと抱き合いつつ眠るような仲になっていたから、
「お前の恋人っつー立場の俺の、十八の誕生日なんだぞ!?」
……と、朝っぱらから勢い込んで迫って来た京一にねだられるまま、昼過ぎより、果てしなくうっかり、人間の三大欲求の一つを解消する『激しい運動』に延々チャレンジしてしまった龍麻は、日付が変わり、『お大臣扱い』の権利を行使しまくっていた京一の誕生日は終わった今、幸せ──多分──を貪って、だらしないとしか言えぬ顔で眠り始めてしまった、自称も他称も自身の恋人な彼の横顔を眺め。
「何で、こいつなんだ…………」
心底納得いかなそうに、ボソッと呟いた。
────京一のことを、好きか嫌いか、と問われれば、龍麻とて、好きと答える。
愛しているのか否か、と問われても、愛していると答える。
それは、嘘偽りない彼の本心で、でも、彼は、京一とのこの関係に、「遺憾ながら」の一言を付け足したくて堪らない心情も抱えている。
……自分達は男同士で、世間様から見たら、所詮、若年ホモでしかなく。
『そんな形』でしか有り得ないのに、京一とこんな関係を築いたのは、気の迷いとしか言えないんじゃないか、と心の何処かで疑っているからだ。
否、正確には、疑いたいからだ。
…………京一のことは好きだし、愛してもいる。
でも、自分達は男同士だ。若年ホモだ。
何時の日にかはきっと、世間と言う名のモノが『全て』の代表となって、自分達の喉元にその現実を突き付けてくるのだろうに、そんな現実も忘れ、若さに任せて突っ走っているかのような恋愛なんて、必ず終焉を迎える筈だから。
気の迷いとか、若さの所為で血迷ったとか言う理由が、何処かにあればいいのに、と。
そんな理由が本当に何処かにあったなら、例えこの関係が、必ずやって来るのだろう終焉を迎えたとしても、「気の迷いだったから」の一言で済ませられる、と。
彼は、心の何処かでそう思っている。
故に、「気の迷いなんじゃないか」と、常に自分達の関係を疑っていたくもあって。
今、やりたい放題やった挙げ句、とっとと眠ってしまった傍らの男が、せめて、女であったなら、と。
有り得ぬ『願望』を思い描き、呟きを洩らした。
「……お前はさ、どうして、何にも考えてません、何も気にしてません、みたいな顔して、そうやっていられるんだよ」
様々な意味で有り得ぬ『想像』に基づき呟きを洩らし、尚も京一の横顔を眺め続けていた彼は、又、独り言を零す。
────もう直ぐ、自分達は真神学園を卒業しなくてはならないけれど。
何時までも、こうしてはいられないけれど。
だとしても、自分達は『酷く』若くて、約一ヶ月半後に迫った卒業式すら、遥か遠い未来のことに思える程若くて……、だから……、だから、そう、自分達は。
自分達は、何も知らない。
世間も、未来も、老いてゆくと言う生き物の理も。
世間が否応なく教えてくるだろう現実も、今の自分達の何も彼もが変わってしまうかも知れぬ未来も、老いた姿の自分達も。
自分達にあるのは、唯、若さと、若さ故の無知。
そして、若さ故の無知が与えてくる、有り得ぬ思い込み。
……若さが、若さ故の無知が互いの手より零れ、今は知らぬ世間と未来と老いを掴んだ時、それでも自分達は、変わらず、好きだと、愛していると、果たして言い合えるのだろうか。
好きだと言う想い、愛していると言う想い、それさえも、若さ故の無知が与えてきた、幻影なのかも知れないのに。
世間に指差されても、男同士でも、好きだの愛しているだの言い合えることこそが、若さ故の無知であって、自分達は本当は、本当の好きも、本当の愛も知らない、どうしようもない…………────。
「……あー? ひーちゃん?」
────…………京一の横顔を眺め、再度の独り言を零し、止めどない想いを龍麻が胸の内に溢れさせていたその時、京一が目覚め、身を起こし、彼の顔を覗き込んだ。
「何だ、俺、寝ちまってたのか。ひーちゃんは眠くねえのかよ? 何してたんだ?」
「眠れないと言うより、寝付けなかっただけ。だから、お前の、どうしようもない馬鹿面眺めてた」
「あー……、そうですかい……」
うたた寝から目覚めたばかりとは思えぬくらい、はっきり瞼を開いた京一に見詰められた龍麻が、抱えていた想いを隠して憎まれ口を叩けば、京一は、吐かれた悪態に肩を落としたが。
「じゃ、お前も馬鹿面晒して寝ろ」
コロン、とクリーム色のシーツに横臥した彼は、やけに柔らかく笑むと、龍麻を有無を言わせず抱き締めた。
「……京一、お前、まさか未だ……」
「違うっての。存分に美味しい思いをさせて頂きました。ごちそーさまでした。……そうじゃなくって。何かよ、ひーちゃんが、凄く不安そうな顔してるからさ。理由は判んねえけど、慰めてやろっかなー、なーんてな」
誕生日だからと、欲望を迸りまくらせたばかりだと言うのに、この男は未だ……、と龍麻は慌てたが、そうじゃない、と京一は首を振り、
「そんな顔する程、何が不安なんだか知らねえけど。へーきだって。大丈夫。何とかなる。俺もお前も、何時だって、どんなことだって、何とかしてきたじゃねえか。だから、この先も何とかなる。お前と俺と、一緒にいれば、何時だって、どんなことだって」
よしよし、と彼は、抱いた龍麻の背をあやすように叩き始めた。
「……一緒にいれば?」
「ああ。一緒にいれば。ジジイになっても、死んでも。一緒にいれば、どんなことだって、何とかはなるさ」
「………………京一、お前ってさ。本当、馬鹿なのな」
「どーゆー意味だ、この野郎っ!」
「馬鹿に、馬鹿以外の意味は無い。──京一」
「……何だよ」
「日付変わって、お前の誕生日はもう終わっちゃったから。今更、生まれてきてくれて有り難う、なんて言うのは間抜けだろう?」
「……あ? ひーちゃん、言いたいことの意味が判らねえ」
「判らなくてもいいから黙って聞け、馬鹿。──だから、生まれてきてくれて有り難うって科白は、来年のお前の誕生日に言ってやるよ。その代わり、今は、お前と出逢えて良かったって言っとく。……お休み」
小さな子供を寝付かせる風に背を叩いてくる仕草と、自信ありげに吐かれた言葉を受けて、龍麻は、ちらりと京一を見上げ、何処となく偉そうに言い切ると、さっさと目を閉じた。
「ひーちゃん。本当に、お前が何を言いたいのか、俺にはさっぱり判らねえぞ……?」
京一の胸に押し付けた耳の向こう側から、ひたすら首を捻っているらしい彼の呻きが聞こえたが。
龍麻はそれを、無視した。
End
後書きに代えて
日付変わっちゃいましたが(笑/現在、2009年1月25日未明)。
1/24は蓬莱寺一族のお誕生日だったので、細やかなお誕生日祝いになれば。
……なってるかなー……?(汗) なってないような気もするなー……。
ま、まあ、誕生日を祝ってみた、な心意気と言うことで、一つ。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。