東京魔人學園剣風帖
『あおぞら。』
その日の、真神学園三年C組の男子の体育の授業はソフトボールだった。
因みに、女子はテニス。
梅雨真っ盛りの六月中旬、ここの処降り続いている雨がやはり降ってくれれば、授業内容は変更になって、多少は楽が出来るか、との大半の生徒の内心の願い空しく、梅雨の晴れ間なのか、それとも夏の訪れを告げているのか、空は、見事に晴れ渡った。
だから、気怠い午後の体育の授業は、予定通り、見事な青空の下、校庭で行われ。
「おっしゃあ! 見てろよ、ソフトボールの球くらい、この蓬莱寺京一様に掛かれば!」
二チームに分かれて、試合形式で授業が進んで行く最中。
自軍の攻撃回を迎え、二番目に打席に立つことになった蓬莱寺京一は、ネクストバッターサークルにてバットを振り回しつつ振り返った。
「きょーいちー。バットは竹刀じゃないぞー。木刀でもないぞー。球、叩き落とすなよー、ちゃんと前に弾き返せよー」
己の活躍を目に焼き付けろ! と言わんばかりの顔して振り返った彼へ、籤引きの結果、同じチームになった緋勇龍麻は、ヤジを飛ばした。
「んだとぉ!? ひーちゃん、お前、俺は剣術しか出来ねえ馬鹿だと思ってやがんな!?」
「……おや? まるで、京一は剣術以外も出来るような言い方で」
「出来るから言ってんだろうが!」
そのまま二人は、自分達を隔てる僅かの距離を物ともせず、楽しいだけの罵り合いを交わしたが。
「蓬莱寺! 緋勇! 真面目にやれ。ふざけてると怪我するぞ!」
その所為で彼等は、体育教師に注意される羽目になった。
「はーい」
「はい。すみませーん」
でも、教師のそれに従いつつも二人は、揃って悪びれた風もなく、ペロっと舌を出し合い、
「お、出番か」
「一応、見ててやるからな」
先頭打者がアウトになったのに気付いて、京一は打席に向かい始め、龍麻は又もや、ヤジめいた声を放った。
だから、打席に立つ前にもう一度何か言ってやろうと、京一は再び振り返り。……その時、自分の方を見ながら弾けんばかりに笑っていた龍麻が、ふ……っと、何かに引かれた──否、魅せられたかのように己から視線を外し、空を振り仰いだのを見た。
未だ梅雨の筈なのに、気持ち好い、としか言い様が無いくらいに晴れた、青空の向こうを。
故に、釣られたように京一も空を見上げ、暫し見詰めて、
「おーい。蓬莱寺? どした? お前の番だろ?」
「あ、悪りぃ」
打席から戻って来たクラスメートに声掛けられながら肩を突かれるまで、彼は、龍麻が見ているだろう空の向こうに目を凝らした。
が、そこには、どうしたって青空しかなく。
ひーちゃんは、何を見ているのだろう、と首傾げながら、彼は打席に向かった。
打席に立って、金属バットを構えて、でも。
京一の眼差しは、マウンドに立つクラスメートではなく、ベンチにいる龍麻へと流された。
同じチームになった者達は一様に声援を送ってくれて、けれど龍麻は、青空の向こうを見詰め続けていて。
未だ、空を見てる……、と。
体育の授業中なのも、己が今打席に立っているのも忘れ、京一は、視線を上に逸らした。
しかし、そこにあるのはやはり、抜けるような青空だけで。龍麻が見詰めるべきモノは、青空の中には何一つないと思えて。
一球目を投げられても、投げられた球がキャッチャーミットを構えるクラスメートの手の中に吸い込まれても、彼の瞳は、龍麻が見ているかも知れぬ何かを探し続けて。
「京一、何やってんだよ!」
掛かった龍麻の声で、彼はやっと、我に返った。
慌てて龍麻の方を見遣れば、彼はもう、青空の向こうなど見てはおらず。
……あ、ひーちゃん、ちゃんと俺を見てる。
──と気付いた彼は、何気無い素振りでバットを構え直し、クラスメートが放った球を、宣言通り、弾き返してみせた。
弧を描いて飛んだ球はヒットとなり、一塁目指して走り出した彼は、駆けながら、己の打ったヒットを受け、それまで以上に盛り上がり始めたベンチへ目を走らせた。
──流れる視界の中で、京一は龍麻を探した。
探し当てた、瞳に映った龍麻は、確かに彼を見ていた。
笑いながら彼を見て、急げ、と一塁を指差していた。
…………そんな彼の姿を見付けた時。
京一は、嬉しい、と思った。
そして、知った。
────ああ、俺、ひーちゃんのことが好きなんだ。
End
後書きに代えて
2010年の、蓬莱寺一族のお誕生日記念──の代わり。
ワタクシ、お誕生日ネタを捻り出すの苦手なので、誕生日記念だからとて誕生日ネタでなくても許される筈! と思い込み(笑)、この話をば。
──ワタクシの好きな、『二中のファンタジー』と言う曲からのインスパイア。
うちの京一@二号機が、自分は恋をしていると気付いた瞬間ですな。
青空の向こうじゃなくて、僕を見て、ってノリ(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。