東京魔人學園剣風帖

『斜陽』

俺が、かったるいだけの部活に駆り出される運命を逃れられねえからって、見捨てて先に帰んじゃねえぞ、王華に行くんだよ、王華に。一緒に行くって、お前も言ってたろ? 判ったら待ってろ。…………嘘です、待ってて下さい、お願いします。俺は、ラーメンが食いたいんだ!

────と、その日の放課後が始まった直後から、延々延々、親友の蓬莱寺京一に訴えられ、剰え拝み倒されもしたので、渋々、緋勇龍麻は、日々、ラーメン、ラーメンとうるさい親友との約束を果たすべく、親友が所属する剣道部の部活が終わるのを待っていた。

七月も中旬となり掛けているから、陽が長い分だけ部活も長引くだろうと予想し、相当待たされるだろうのを見越した彼は、図書室にての読書で暇潰しをしていたけれども、大体何時くらいには終わると思う、と京一が言い残した時刻が過ぎても彼はやって来なかったので、やがて痺れを切らし、一旦、自分達の教室である三年C組に戻ると、己の鞄と、置き去りにされたままの京一の鞄の二つを抱え、武道場へと向かった。

待つ身である以上、暇潰し以外の何をする訳でもなく、何が出来る訳でもなく、唯々退屈で、もう、京一を見捨てて帰ってしまおうか、と龍麻は幾度も思ったが、それは思うだけで終わり、彼は結局、二つの鞄を足下に放った校舎と武道場や体育館を結ぶ渡り廊下の、丁度中央辺りで京一を待つことにした。

……見捨てても、良かったけれど。

見捨てて家路に着いたとて、薄情者だの冷たいだの辛抱が足らないだのと一頻り喚き立てれば、京一はケロッとして、先に帰ったことなど流してくれるけれど。

ブツブツ言いながらも、彼はひたすら、京一が部活を終えて出て来るのを待ち続けた。

────半月程前の、六月下旬。

龍麻や、京一や、彼等の仲間達の目の前で、一人の少女が自ら命を絶った。

その出来事は、その場に居合わせた彼等一同にとって甚く心の痛んだ出来事で──頓に、少女との縁を特に持っていた龍麻に痛手を負わせて、だから彼は、出来事から立ち直るのに少しばかり時間を要した。

時間と、仲間達の手助けを。

少女──比良坂紗夜を思い出しても、少なくとも年端のいかぬ子供のように涙することはなくなるまでに彼が要した時間の中で、最も傍にいてくれて、最も手を差し伸べてくれたのは、親友だった。

多くを語らず、『適当な距離』を取って傍にいてくれただけだったけれども、慰める訳でもなく、叱咤激励してくる訳でもなく、不必要に踏み込んでくる訳でもなく、かと言って、あんな出来事を経てしまった彼をどう扱っていいのか困る風な素振りも見せず、何処にも行かず、「薄っぺらい俺の胸で良ければ貸してやる」とだけ言って、泣き止むのを黙って待っていてくれた京一の接し方が、龍麻には一番『効いた』。

だから、あれから半月近くが経った今にして思えば、あの頃、自分は知らず知らずの内に、親友に頼り切っていたような気がしてならない、と感じて止まない龍麻は、あの時の礼と言う訳ではないが、たまには京一の我が儘に黙って付き合うのもいいかなと、渡り廊下と言うよりは、屋根と柱だけがある通路、と言った方が正しいかも知れないそこの柱の一つに凭れて、

「あー、遅い。ホントに遅い。腹立つくらい遅い」

と愚痴を零しながらも、京一の鞄だけを置き去りにその場から立ち去ろうとはせず、ぼうっと、校庭を眺め始めた。

────目を遣ったそこでは、数日前に始まった、夏の甲子園の東東京大会一回戦を無事に突破した野球部が、この季節と相俟って、本当に暑苦しい以上に暑苦しく燃えながら練習に打ち込んでいて、暫くの間は、青春、と言う言葉を当て嵌める以外にない野球部員達の練習風景を眺めながら、頑張るなあ、とか、暑い中、よくやるなあ、とか、いい加減な感想を吐きつつの時間潰しが出来ていたけれど、やがて、そんなことにも飽き。

武道場の入り口を見遣った龍麻は、早く出て来い、今直ぐ出て来い! ……と、両目に、ギンッ! と不必要なまでの力を込めて、扉は開け放たれているらしいそこを睨み付けた。

……が、そんなことをしてみた処で、眼力に導かれて京一が出て来る、なとど言う風になる訳もなく。

「飽きた…………。待つのに飽きた……」

はあ……、と彼は肩を落とし、何か眺めていられる物でもないかと、目だけを彷徨わせたが、校舎と武道場や体育館を繋ぐ役割を果たす為だけの通路に、飽きもせず眺めていられる物など、あろう筈が無かった。

あるのは、唯、日没が遠いこの季節の夕暮れ時特有の、何時までも何時までも空に残っていようとする青色と、何とか空を染め返そうとする淡い茜色とが混ざった、酷く曖昧な光と色とが空気を切り取ろうとしている風に辺りを滲ませている光景と、そんな中に、待ち惚けを喰らって、一人、ぽつん……と突っ立っている己のみで。

この頃は、六時近くにならなければ夕暮れとは言えないのに……、と何となく遣る瀬無くなってしまった龍麻は、もう京一は見捨ててしまえと、足下に転がしておいた鞄を取り上げる。

けれども、丁度そのタイミングで、武道場から数多の生徒達が揃って礼を告げる声が聞こえ、終わった? と思うや否や、けたたましいまでの足音と共に、袴姿に竹刀を肩に担いだ京一が飛び出して来た。

袴の裾を翻し、素足で、武道場の入り口に敷かれている簀の子を、ダン、と踏み付けた彼は、慌てている様子で辺りに散らばっている幾対もの上履きの一つに足先を突っ込もうとし、が、龍麻の位置からは姿の見えない誰かに呼び止められたのか、振り返り様何やら怒鳴って、怒鳴り終えるや否や、又、身を返して。

ふ……、と顔を巡らせた際、渡り廊下の中程で鞄を手に佇んでいる龍麻に気付いたのか、彼へと、酷く嬉しそうに笑い掛けてきた。

それは、破顔とは少し違う、心底嬉しく思っているのが手に取るように判る、柔らかに綻んだ、見惚れる笑みだった。

「待っててくれたか、ひーちゃん! 流石は相棒! お前が俺を見捨てる訳ねえって思ってたぜ! 悪い、速攻で着替えてくっから、もう一寸だけ待っててくれよな! ちゃんと、そこにいろよ!」

が、京一がそんな表情を見せたのは一瞬のことで、直ぐに彼は、何時も通りの、お調子者らしい笑みと賑やかさを纏って龍麻へ叫ぶと、部室棟の方角目指して駆け出して行き、

「あー、待ってる待ってる。もう今更だから、幾らでも待ってやる。とっとと着替えて来ーい!」

バタバタと走って行く親友の背に向け、大声を張り上げながら、龍麻は。

京一が一瞬だけ浮かべたあの笑みを見てしまった直後から、やけに、自分の心臓が跳ねているのに気付き。

散々待たされて、もう見捨てて帰ってやる、と思っていたのに、京一が飛び出して来た途端、何時まで待たせるのかと憤慨していた気分は吹き飛んで、やっと彼が出て来てくれたとの、喜びと安堵に満たされている己にも気付き。

「……あ、れ……? もしかして、これって…………」

こんな感情を的確に表す、たった二文字の言葉が日本語にはあった筈だ、と思い当たってしまった龍麻は、ばつが悪くなり、咄嗟に俯きながら、己で己を誤摩化すように、持ち主同様見捨てるつもりだった京一の鞄を拾い上げた。

手にした、中身など殆ど入っていないぺしゃんこの鞄を手にした瞬間、思わず彼は、照れ隠しと言う名の八つ当たりをしてしまいそうになったけれど、鞄は、謂れなく廊下の柱に叩き付けられる運命を免れて、龍麻の胸に抱き抱えられた。

End

後書きに代えて

2011年の、バレンタインデーなネタの代わり。

うちの龍麻@二号機が、京一のこと好きなのかもー、って自覚した際の話。

──うちの京主@一号機達は、高校卒業して数年経ってから、やっと恋愛関係スタートする遅咲き(笑)な人達なので、高校時代の恋愛ネタは一号機達では書けぬのです。

なので、この手のネタは二号機達で。

二号機達は、高校時代から、がっつりカップル(笑)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。