東京魔人學園剣風帖

『月がとっても青いから』

暑い暑い、夏の盛りのその日──高三の、高校最後の夏休みのその日、日中はずっと炎天下だった。

陽が落ちて夜がやって来ても、気温は少しも下がらなかった。

所謂、熱帯夜、と言う奴になって、日付も変わる時刻になってもちっとも涼しくならず、一人暮らしをしている緋勇龍麻のアパートに転がり込んで一日遊び、泊めてくれと駄々まで捏ね、翌日まで居座る権利を獲得していた蓬莱寺京一は、何かの意を決したような厳しい顔付きをして、すっくと立ち上がった。

「京一?」

「……ひーちゃん」

「だから、何だよ」

「俺はもう、耐えられねえ!」

テレビを観たり、馬鹿話をしたり、ゲームをしたり、と他愛無い遊びは未だ未だ終わりそうにもないのに、生来暑さに強い体質なのか、それとも我慢強いだけか、夜半を過ぎた頃、体に悪いし光熱費も節約したいと言い出した龍麻が、問答無用でエアコンの電源を落としてしまったので、六畳程のその部屋の気温は、中々にして生温く。

夏の季節は大好きだが、好き嫌いと暑さに耐える耐えないは別! と叫んだ京一は、龍麻の肩を掴んだ。

「痛いって。離せよ」

「いいから黙って聞きやがれ。俺はもう、この暑さに耐えられねえ。コンビニ行くぞ、コンビニ。コンビニ行って涼んで、冷えっ冷えのアイスとジュース買うぞ、ひーちゃんっ!」

「…………一人で行って来いよ」

「お前も付き合うんだよっ! つーか付き合え!」

ギャンギャンとうるさく叫び続ける京一の訴えを、龍麻は軽く蹴っ飛ばし、が、それでも彼が引き下がることはなくて、結局。

京一は焦がれるように、龍麻は渋々と、丑三つ時近く、徒歩十分弱の所にあるコンビニ目指して夜道を行き出した。

──繁華街としての新宿とは違い、龍麻の住むアパートのある一帯は昔からの住宅街で、新宿のど真ん中と言えども彼等二人以外に道行く者の影はなく、肩を並べて歩き出した二人の話すトーンは、自然、内緒話でもしている風な、密やかなそれとなった。

でも、ヒソヒソ声で交わす会話の内容は普段通りの馬鹿話で、「夏休みの課題がこれっぽっちも終わらねえから写させてくれ」とか、「誰がそんな楽をさせてやるか、馬鹿」とか、拗ねたり、怒ったり、唸ったり、笑ったり、と二人揃って忙しく表情を移り変えながら、何時の間にやら辿り着いたコンビニで延々と涼み、そろそろ冷えてきたかも、と相成った頃合い、ペットボトル入りの炭酸飲料とアイスキャンディー数本を買って、彼等は家路に着いた。

「おーーー、欠け始めてっけど、いい月が出てんなあ」

がさごそ、手に提げたコンビニの袋を漁って買い求めたばかりのアイスキャンディーを取り出し、さっそく銜えつつ、何の気無しに仰いだ夜空にあった月に、京一が目を留めた。

「お前が、月のことなんか気にするなんて、かなり意外」

「……どーゆー意味だよ、ひーちゃん」

「言葉通り」

「カーーーっ! お前にだけは言われたかねえ。侘び寂びも判んねえくせに」

「うっわ! 侘び寂び! 京一が侘び寂びとか言ってる! つか、馬鹿のくせに侘び寂びなんて言葉知ってるなんて、生意気!」

「んだとぉ? 俺と、どっこいどっこいの成績のくせしやがって」

しみじみとした京一の言葉に釣られ夜空を振り仰げば、確かにそこには青く輝く月があり、いい月だとは思うが、この馬鹿な相方がそれをわざわざ口にするのは違和感あり過ぎと、龍麻は正直な感想を告げ──だから。

二人は、行きよりも少しばかり声高に、戯れ合いにしかならない口論をした。

「ったく、ひーちゃんのそういうトコは、これっぽっちも可愛くねえ」

「男が可愛くてどうするんだ、馬鹿」

「いいじゃねえかよ、可愛くったって。……つーかよー、こんな風にしてっと、俺ですらうっかり忘れそうになるけど。俺達、付き合うことになったんじゃなかったっけか?」

「ああ。誠に遺憾ながら、夏休みに入って直ぐに、そんな話になった」

「……何で、遺憾なんだよ」

「ヤロー同士だから。世間様から見たら、若年ホモだから」

「あのな…………」

「…………でも。ヤロー同士でも、世間様から見たら若年ホモでも。お前が良かったんだよなあ……。何でなのかなあ…………」

────けれど、何時しか、戯れ合いでしかなかった口論は少しばかり様相を変え、京一は、つい最近変わったばかりの自分達の関係を言葉にし、夏休みが始まるまでは親友で相棒だった、けれど今はそれだけではない相方の機嫌を損ねる科白を、ポンポン吐き出しながらも龍麻はボソっと呟いて、又、青い月を見上げた。

「俺だから、だろ?」

「……その発言は、自信過剰」

「何処がだよ。俺は、お前だから、だぜ?」

「それ、は…………」

「ヤロー同士でも、世間から見たら若年ホモでも、好きだって言い合って、付き合うか? ってことになったんだ。そういうこったろう? …………だからよー、ひーちゃん。もう少し、可愛気見せねえ?」

「……い・や・だ」

「あーー、そうですかい……。ま、いいけどな。俺は、そんなひーちゃんが良かったんだし。嫌がろうがどうしようが、俺が、ひーちゃんを可愛らしくすりゃあいいんだろうし? ──つー訳で!」

「つー訳で? 何だって?」

「月がとっても青いから、遠回りして帰ろうぜ、ひーちゃん」

天頂を見詰めるだけの龍麻に、やけに爽やかに笑いながら、京一は歌うように言う。

「何処で仕入れてきた知識だ?」

「この間、親父が酔っ払いながら歌ってた」

「だろうな……。余りにも古い……。そしてベタだ……」

その、能天気な笑顔と声に、龍麻は顔を顰めたけれど。

「まーまー。いいじゃねえか、古臭かろうがベタだろうが。『腕を優しく組み合って、二人っきりで、さぁ帰ろう』ってなー」

爽やか過ぎる笑顔を浮かべたまま、京一は龍麻の手を取って、己が腕に絡ませると、意気揚々歩き出した。

「京一」

「ん?」

「お前、案外記憶力いいんだな」

「余計なお世話だ!」

ボソボソとした声で悪態は吐いたものの、大人しく、古い歌の通り、京一と優しく腕を組んだまま、龍麻は、留めてしまっていた家路への足を進め直した。

勿論、遠回りをして。

──暑い暑い夏の夜。

青い月を見上げながら、優しく腕を組み合って、二人きりで遠回りをしながら家路を行く若い二人の姿は、始まったばかりの恋の姿の一つとしてはらしい、けれど普段の彼等を思えばらしくない。

誠、可愛らしい姿だった。

End

後書きに代えて

2008.03〜05の拍手小説でした。

家の何時ものお二人さんとは又違う京一と龍麻の、真夏の一コマ。

『風詠みて〜、』の京主がウチの一号機。この京主はウチの二号機(笑)。

龍麻が言った通り、京一の発想も科白もベタだとは思いますが……、一番ベタなのは私(あっ)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。