23.カミューの証言
同盟軍の中で。
マチルダ騎士団から離叛して同盟軍に加わった、赤と青、両騎士団長の片割れであるカミューは、多分本気で口を開かせれば、鬼の様な正軍師の嫌味攻撃に、唯一太刀打ち出来る人物なのではないかと目されていた。
それが誰の口から洩れた事なのかと云うのは、野暮な話だから言わないが、何時しか、そんな噂は確かに、城内に静かに、流れていた。
まあ、噂を差し引いたとしても、常に婉然とした笑みを湛え、レディに優しく、礼儀正しいと云うのが、カミューと云う男の人となりなのだが。
何故かここの処、元赤騎士団長殿は、随分とご機嫌斜めな様子で、唯一無二の親友である、元青騎士団長のマイクロトフまでもを、何処か冷たくあしらっていたから、そんな彼に近付こうとする輩は、早々はいなかったのだが。
誠に、性根がお人好しに出来ているのだろう、寄せ集めから徐々に脱皮しつつある同盟軍戦力の片翼を担う、青雷と名高いフリックは、数日前から一転、機嫌の悪い様相を、何かを考え込んでいる風に変えたカミューが気になって仕方がなかった。
「なあ、ビクトール」
先程も、食堂で一人、午後の休憩をしながら、物憂げにしている赤騎士団長を見掛けてしまった彼は、同室で、やはり夕べ辺りからやさぐれているビクトールに声を掛けた。
「何だよ」
誰にも──腐れ縁、とまで言われる相棒にさえ云えない、軍師の秘密を抱えてしまったビクトールは、呼び掛けに些か不機嫌に答える。
「……お前も、どっか変だな……。まあ、お前の変の原因は、喰い過ぎた、とか飲み過ぎた、とかが関の山だろうから、どうでもいいとして」
だが、気にする事もなくフリックは、話を続けた。
「ひでぇ言い種だな、おい」
「事実だろ。お前がそれ以外の事で、早々不機嫌になるか」
「お前な、俺にだって色々と事情があんだよ。他人には判らないふかーーい事情ってのを、俺だって抱えてっかも知れないだろうが」
「お前のふかーーーい、他人には判らない事情ってのは、どうせあれだろうが。レオナの処のツケが溜まっちまった、とか、食堂の飯の量が少ない、とか、そんなんだろ」
「お前、俺の事を何だと思ってやがんだ?」
「だから、そんな事は今はどうでもいいんだって」
ひとしきり、何時も繰り返される、どうでもいい小競り合いを戦わせた後。
別に俺はそんな話がしたい訳じゃない、と、フリックは真顔に戻った。
「カミューがさ」
「何だよ、今度は、カミューか?」
言い争いに終止符を打って、話を戻した相方の口から聞こえた名前に、ビクトールはげんなりとする。
「今度はって、何だ?」
「いや、何でもない。それで?」
「……あいつ、ここの処、随分と機嫌が悪い風だったろう? それが、一昨日辺りから、又様子が変わってさ、何か……こう、考え込んでるみたいな感じで。一寸、気になったんだ」
思わず洩らした言葉に突っ込んでみたら、慌てて誤魔化す様な仕種を見せたビクトールを、胡散臭げに見遣りながら、それでもフリックは何とか話を続ける。
「あいつにだって、色々と悩みはあるんだろうよ。何で、お前がカミューの事なんて気にするんだ?」
他人の事情なんて放っておいてやれ、と熊の様な傭兵は言って、右手を振りかけたが、ふと、何故そんな事を相方が気に留めるのかが気になって、首を傾げた。
「その、さ。実は……────」
フリックは暫くの間、何かを言い辛そうにしていたが。
やがて、決心を決めたのか、ぽつりぽつり、話し出した。
マチルダから、離叛した騎士団が同盟軍に合流して暫くした後、ニナの追い掛けに辟易して、カミューとマイクロトフの部屋に逃げ込んで、匿って貰った経験がある事。
その時、マイクロトフを待っている風だったカミューと話し込んだ事。
その話の流れで、カミューが、無二の親友に対して、友情とは云えないと推測出来る感情を持ってしまったらしいと云う意味合いの話を洩らした事。
そんな事を、フリックはビクトールに語った。
「……絶対、誰にも云うなよ、この話は」
「判ってる。……成程な。それはちょいとばかり、複雑な話だが。俺達が首を突っ込んでも仕方ないんじゃねえのか?」
恐らく、フリックが経験したその出来事と同時期に、マイクロトフから、似たような呟きを洩らされていたビクトールは、気にするだけ野暮ってもんだ、とフリックを窘めたが。
「でも……あいつが何か悩んでるなら、この事を知ってるのは俺だけなんだから、話くらい聞いてやった方が、あいつも楽になるんじゃないかと思ってな。実は、さっき食堂で見掛けた時、声を掛けたんだ」
「何だよ、もう、お節介を焼いた後か。……それで?」
「あいつの機嫌の悪い理由ってのは、まあ、さっき語った様な事に関係してたんだが。それが物思いに変わったのは、一寸理由が違うんだ」
「……違う?」
「ああ。あいつ、この間の夜、眠れなくって、ふらりと外に散歩に出たらしいんだが。其の時、ほら、中庭の外れの方から城の外に出ると、湖が見渡せる丘に出るだろう? その丘まで散歩しちまって、そこで、シュウに会ったって云うんだ。で……その時、シュウが随分と面白い事を言ってたらしくってな。それが、気になって仕方ないらしいんだが……」
「面白い、事?」
……フリックの話が。
カミュー自身の、どうやら恋愛相談と例えても差し支えないそれではなく。
現在の己の煩いの一つである、軍師の事だと知って、ビクトールは顔色を僅か変えた。
「ああ。詳しくは教えてくれなかったんだがな、あいつも。でも、カミューの言葉を借りると。『私の気持ちに近いものを。どうやら、シュウ殿もお抱えの様で。あの方も色々と、悩みがお有りなんでしょうね』って事らしいんだが」
……なあ、これって、どう言う事だと思う?
と。
カミューから聞き齧った事の意味するものを、フリックは思案し始めたが。
黙ってそれを聞いていたビクトールは、組んでいた両の腕を解くと、徐に立ち上がり。
「あ、おい、何処行くんだよ、ビクトールっ」
背後から掛かった相棒の呼び掛けを無視して、足早に部屋を出て行った。