18.朝 それぞれの瞳の中の風景

随分と、参加する者が増えた、定例の朝の軍議。

恙なく行われる協議の最中、集った部屋の片隅で、元ハイランド軍の軍師だったクラウスは、淡々と、将達に指示を与えている正軍師の横顔を、盗み見ていた。

此度の戦が始まったばかりの頃。

未だ、己がハイランドの人間だった頃。

ラダトに住む貿易商に、かつての主が行った『行為』を、クラウスは未だ、記憶から抹消してはいない。

どう考えてもプライドの高そうなこの正軍師が、明確な敵となったルカと云う狂人のあの仕打ちを、顔に出す事こそ無くとも、水に流すなどとは、彼には到底思えなかった。

恐らく、同盟軍の誰も知る事のないだろう、あの夜の出来事を、何時までも忘れられないクラウスは、だからじっと、シュウの横顔を見詰め続けた。

決して、感情の色を現す事のないこの男が。

本当は、胸の内で何を考えているのだろう、と。

一度失ったも同然のこの生命を捧げ、骨を埋める事にした、『同盟軍』と云う、一人の少年の輝きを灯火にする輪を、その輪の中にいる者全ての志を。

あの夜の意趣返しの為だけに、シュウが台無しにする事がなければ良いが……と。

懸念だと……思い過ごしだと、そう思いたい……が────

同じ時、同じ部屋、同じ軍議の席。

シュウの横顔を盗み見るクラウスを、こっそりと注がれるクラウスの視線の先にあるシュウを。

ビクトールは視界の端に収めていた。

先日、レオナの酒場でリッチモンドに呼び止められてから、彼の頭の隅にずっと、『ルカ・ブライト』と云う名前が、打ち倒すべき強大で凶悪な敵、と云う以上の意味を以て、引っかかっていた。

リッチモンドの口振りから、誰かが探偵である彼に、ルカと云う男の何かを調べてくれと、頼んだろう事は想像に難くない。

では、それは『誰』で。

調べた事は『何』だろう。

この戦いの真っ只中に、敵の御大将の『何』を、私立探偵と云う人種に、『誰』が調べさせたのだろう。

──ビクトールは。

それが気になって仕方なかった。

だから。

ついこの間まで、ハイランドの将の一人であり、当然、ルカ・ブライトを良く知る人物の一人であるクラウスが、何処か、懸念の色を以て、同盟軍の正軍師たるシュウを盗み見るのが、気になって仕方なかった。

昨日の夜のシュウの姿が、忘れられない事実と相まって。

その時。

リッチモンドはそっと、主不在の一室に、足音を忍ばせ、侵入していた。

飼い主が戻って来たのかと、人の気配に気付いて、ニャ……? と顔を上げた猫に、シーっと言い聞かせて彼は、静かに、執務机の引き出しを漁る。

そう、ここはシュウの部屋。

盗み見た引き出しの中に、目的の物が無いと知るやリッチモンドは、今度はクローゼットを漁り始めた。

だがその中にも。

目的の物が見当たらない事に気付いて、落胆の息を吐く。

だが、彼は。

ミュウ……と鳴く、子猫が気紛れに室内を散策する姿を、何の気無しに目で追った時、不作法な侵入を果たしてまで追い求めた『物』が、屑籠の中に放り込まれているのを知った。

慌てて床に膝を付き、『物』を彼は取り上げる。

求めた、『物』。

それは数日前、自らの手でシュウに手渡した、茶色の小瓶。

──屑籠の中からリッチモンドが拾い上げた茶色の小瓶は。

数日前より、僅かすら中身を減らす事なく、打ち捨てられていた。

何故か、泥に塗れて。

軍議の席で、主のいない部屋の中で。

三者三様の思惑が過った朝より。

それぞれは、それぞれの思いに従って、行動を起こす事に決めた。

クラウスは、懸念を払う為に。

ビクトールは、気になって仕方ない引っ掛かりを払う為に。

リッチモンドは、多大に納得がいかぬ軍師の行動に、それでも納得したいが為に。