24.踏み込んではならぬ場所に
「ねえ……マイクロトフ?」
この数日間と云うもの。
機嫌の悪さを隠そうともしなかったカミューが、不意に真顔を作り、語り掛けて来たのを受けて、元マチルダ青騎士団長マイクロトフは、一瞬、身構えた。
つい先程やって来た、ビクトールとフリックの、何が何やら、マイクロトフには判らぬまま終わったが、正軍師のシュウがどうのこうの、と云った質問に受け答えをしていた時も、さも、私は気分と機嫌が悪いのです、と言いたげに、のらりくらりと逃げていたと云うに。
二人組の傭兵達が去るや否や、手のひらを返した様な態度を取られれば、カミューと長年の付き合いを誇るマイクロトフと云えど……確かに引くだろう。
「…………何だ?」
だから。
親友と共同で使っている自室の椅子に腰掛けたまま、若干、戸惑った様な声音で、マイクロトフは答えたが。
何処か『怯える』風な大男の態度はさらりと受け流し、思案げに、カミューは続けた。
「ビクトール殿と、フリック殿の、話だけれど……」
「ああ。シュウ殿がどうとか云っていた、あの話か? 何か、あの軍師殿に関して、知っている事があるなら話してくれとか何とか、お二人は云っていたが……。シュウ殿がどうかしたのか? お前、彼等の話を、まともに聞こうともしなかったが……何か、知っている事でも? 軍師殿絡みと云う事は、同盟軍の、引いては、この戦いに於ける何かなのだろう? 不審な気配でも?」
語り出された事が、先程の『質問』の延長であった事にほっとし、マイクロトフは僅か、饒舌になった。
「一本気、だね、お前は。……そう云う事ではない……と思うよ。この戦いや、同盟軍や…………──。ねえ、マイクロトフ」
そんな相方に、久しく浮かべる事の無かった、柔らかい笑みを湛えてみせ。
カミューはもう一度、親友の名を呼んだ。
「だから、何だ」
「もしも…………もしも、ね。もしも、私が、どうしようもなく愚かな理由で、この同盟軍を、……そう、例えば。裏切る、とか……そう云う事を仕出かしたら、お前はどうする?」
「……カミュー…。何をいきなり言い出すのかと思えば…………」
久方振りに笑んだと思いきや、やたらと物騒な事を云い出したカミューに。
マイクロトフは溜息を向けた。
「お前が、この同盟軍や、盟主殿や……俺、を、裏切る様な事は、天地がひっくり返っても有り得んだろうに」
「だから。例えば、の話さ。──ねえ、マイクロトフ。この戦いに打ち勝って。世の中に平和を齎そうとする事と。一人の人の幸せと。何方が重たいと、お前は思う? 平和と云うものの為に、大義名分を貫き通す事と。一人の人間の中にある、踏み込んではならぬ場所を守る事と。お前は、何方が大切だと思うかい?」
しかし。
馬鹿な例え話をするなと、そう言いたげに眉を顰めた相手に。
訥々と、カミューは続けた。
「お前のその問いは、何時にも増して、謎掛けが利き過ぎていて、俺には良く判らん。お前が真実、何を問いたくて、何を聴きたいのかも、判らん、が……。──そうだな。もしも、お前が己の中の何かの為に、平和や、この城の人々を犠牲にしてでも、護りたいものを抱える事があったら。その為に、俺や、この場所を、裏切らなくてはならない様な事があったら。俺はその、何方も護ってみせる。……いや……護ってみせたい、し。そもそも、お前が俺達を裏切らなければならない事態など、作らせないし、作らせたくない。こういう答えでは、駄目か? カミュー」
故に、仕方なく。
しかし、きっぱりと。
マイクロトフは、そう告げた。
「……らしい答え、だね。お前なら、そう云うだろうと、思っていたけれど。余りにもらし過ぎて、私は笑ってしまいそうだ。……お前はそう云う男だし。そういう男のお前が、私の傍にはいる。──けれど……恐らくは、そんな存在を持たないだろうから…………」
すれば、カミューは、にっこりと笑って。
相手に向けていた言葉の最後を、独り言に変え。
「カミュー…………。お前はさっきから、一体何が言いたいんだ? 俺には、ちっとも理解出来んままなんだが」
「ん? いいんだよ、別に。今はね、誰にも理解出来なくていい。理解出来ないまま終わればいいとも、思ってる。けれどもし、私が今日告げた、謎の利き過ぎている言葉達が、お前にも理解出来てしまう日が来たら。その時は、何も云わず、私に手を貸してくれるかい?」
一から十まで、謎だけに満たされた問いに、ぶつぶつと文句を零したマイクロトフに、無条件に頷くのは困難だろう願いを告げて。
今は未だ、誰にも判らない想いを巡らせたまま、カミューは口を閉ざした。