カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『One day 〜午前〜』

朝食は、ふんわり柔らかく、けれど程良い堅さに握られた、からし菜を混ぜ込んだお握りが二つに、出汁の効いた熱々の卵焼きに貝の味噌汁、たっぷりの蒸し野菜にハムを添えた物だった。

そんな風だった献立を、頭の片隅で思い出し、同盟軍盟主の少年、セツナは、「朝ご飯がああだったし、未だ、午前だからー……」と口の中でのみ呟きつつ、もう直ぐ迎える午前のお茶の茶請けを何にしようかと、こそこそ潜り込んだ、料理人のハイ・ヨーに任せてあるレストランの厨房で、客達に供する為に拵えられた、大量の菓子の山を眺めながら首を捻った。

どれ程のボリュームの朝食を平らげようと、未だ午前だろうと、甘味にはべらぼうに強いセツナは、如何なるデザートにも怯まぬが、日々も、食事も茶も、大抵の場合は彼と共にする、トランの英雄であるカナタ・マクドールは甘味は不得手なので、それを鑑みて、セツナは。

結局、菓子の山ではなく、果実の山の中から、梨を二つ程取り上げて、手ずから手早く剥き、硝子の皿に綺麗に盛って、次いで、花の香りのする茶を濃い目に淹れ、盆に乗せると、足早に自室を目指した。

「マクドールさーん、お茶にしましょー!」

同盟軍本拠地である城内を行き交う人々の、誰もに声掛ける暇を与えぬ素早さで自室に戻り、待たせていたカナタへ、彼は声を張り上げる。

「……ああ、セツナ。お茶の支度してたの?」

「はい! 午前のお茶なんで、お茶請けは、アリの実にしてみました。マクドールさんは、果物の方がいいだろうな、って」

「うん。僕は、製菓よりも水菓子の方が。ありがと、セツナ」

「いえいえ、どう致しまして。お茶ももう、いい感じだと思いますんで、淹れますねー」

「あ、手伝うよ」

開け放たれた窓から忍び込む、デュナン湖よりの風を受けつつ、のんびり、と消えてしまったセツナを待っていたカナタは、彼が、午前の茶の支度を整えに行っていたのだと知って、手伝うべく細やかに手を貸し。

「頂きまーーす!」

「頂きます」

ふわり、と薫る茶が注がれた茶碗を揃って取り上げたセツナとカナタは、のほほん、と素晴らしい天気になったその日の空を眺めながら、寛ぎ始めた。

「今日の朝早くに、近所の村の人がお城に届けてくれたって、ハイ・ヨーさんが言ってしました。流石に、木に生る果物は、このお城の畑じゃ未だ無理だからって、トニーさんが、収穫、分けてくれるように頼んでくれたんですって。トニーさんが育ててる野菜と物々交換で」

「ふーん。じゃ、これは、元を正せば彼のお陰なんだ。有り難く頂かないとね」

「はい! とっても美味しいですし」

先程セツナが剥いたばかりの、瑞々しい梨にも手を出しながら、何処までも、唯ひたすらのんびりと、彼等は言葉を交わし。

「………………盟主殿」

と、そこへ、荒々しいノックの音がし、それが消えぬ内に、ドバン! とその部屋の扉が乱暴に開け放たれ、同盟軍正軍師のシュウがやって来た。

「あ、シュウさん。一緒に、お茶する?」

「やあ、シュウ。どうかした?」

鉄面皮、と噂に高い無表情な面を、何時も以上に能面の如くにしている軍師に登場されても、二人の風情は変わらず。

「………………盟主殿。マクドール殿。貴方達の後ろにあるものは、何ですか?」

キッ! と眦吊り上げたシュウは、低い声で言った。

「…………え? ……ああ、お仕事の書類?」

「書類、だね。セツナが、これでもか! って溜め込んだ書類」

言われるまま、茶碗片手に揃って振り返ったセツナとカナタは、視線の先にあったセツナの執務机の、その又上に、こんもり、と積まれた紙の山を見遣り、が、暢気に受け答える。

「あれが何か判っていて、その態度ですか? 午前の茶などと、洒落込んでいる場合ですか?」

故に、シュウの眦は、一層吊り上がったけれど。

「だってー。今日はこんなにいいお天気だしー」

「お茶の一つや二つ。……ねえ? セツナ?」

あははははー、と白々しく彼等は笑むと、笑んだまま、素早く立ち上がって、セツナは、己のトンファーと、カナタの棍を引っ掴み、カナタは、セツナがレストランより運んで来た、梨の盛られた硝子の器を引っ掴んで。

「今は、お小言なんか聞かなーーい」

「堪能したら、戻ってくるよ」

さっと室内を突っ切った彼等は、一階下のテラスに面している、やはり開け放たれたままだった窓より、ひょい、と躊躇いもせずに飛び降りた。

「盟主殿っ! マクドール殿っ!」

素早過ぎる、見事な身のこなしで一連のことをやってのけた彼等を留める暇も与えられず、彼等が窓より飛び降りて、漸く、逃した、と悟ったシュウは声を張り上げたけれど、間に合う筈もなく。

「又、後でねーー!」

「午後になったら」

見事着地したテラスより、身を乗り出しているシュウへと一声掛けたセツナとカナタは、バイバーイ、とヒラヒラ手を振って、トンズラして行った。

今日の午前は、ひたすら、のんびりと過ごすのだ、と彼等は決めていたから。

End

後書きに代えて

各ジャンルの各キャラ、又は各カップルの某日の某時間帯のお話、という設定で書いた、2009.03〜12の拍手小説。坊主は午前担当でした。

この二人の被害を被るのは、大抵、シュウさんか腐れ縁。今回はシュウさん(笑)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。