カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『死を語る 〜カナタとセツナ〜』

世界は確かに広いけれど、何時終わるとも知れない旅だけを続けていれば、目に映る風景の其処彼処が何処か似通っている気がしてくるように、見掛ける『事』も、段々と見慣れ過ぎてくる。

要するに、慣れという奴だ。

……そう、あちらの村の聖堂から結婚式を挙げたばかりの若い男女が満面の笑みを浮かべつつ一歩を踏み出す姿にも、こちらの町の聖堂に逝ってしまった者を見送ろうとする人々が集まっていく姿にも、彼等は、永過ぎる旅の所為ですっかり慣れてしまって、何らかの感慨を抱くことすら稀になってしまったけれど。

その日、相変わらず旅の空の下にいる彼等──カナタ・マクドールとセツナが通りすがりに見掛けた葬送の列は、見慣れ過ぎたそれらと何かが違ったのか、将又、気分の何かが違ったのか。

視界の端を掠めた哀しみに暮れる一団に、ふ……、とセツナは足を留め、そして声を洩らした。

「……ちょっぴり、羨ましいな…………」

────彼が無意識にそう呟いたのは、見掛けたものの物珍しさ云々ではなく、単に、疲れていただけなのかも知れない。

だが、その理由が何処にあったにせよ、セツナの自覚を伴わぬその一言は洩れ零れ、「あ! 僕、拙いこと言っちゃった!」と、彼がハッとするより早く、ガッスン! と、共に立ち止まったカナタの肘鉄が、彼の旋毛目掛けて真っ直ぐ下りた。

「い……ったい……っ!! 痛いーーーーー!!!」

「セツナ? 何が羨ましいって?」

目から星が飛び出る処か、頭蓋が真っ二つに割れたんじゃないかと咄嗟に思ってしまったくらいの一撃に、セツナは両手で旋毛を押さえつつその場に蹲り、そんな彼を見下ろしたカナタは、爽やかに笑みながら問う。

「え? ……えっと……、えーーーっと、お、お葬式で振る舞われるお饅頭が────

頭上から降ってきた、常と変わらぬ、が、空恐ろしい響きの籠るカナタの声音へ、セツナは誤魔化しを告げてみたが、

──それは、羨ましがる物じゃないよね? ……不謹慎」

又、笑み同様爽やかな声音は降ってきて、間髪入れず、今度はカナタの棍の先が、ガスッ! とセツナの頭蓋を打った。

「ほんとに頭割れちゃいますぅぅぅぅっ! 痛いです、カナタさんっ!」

「うん。痛いだろうねえ。痛いようにやってるんだもの。……で? セツナ? 羨ましいって、何が?」

「それは、その……。…………御免なさい……」

カナタの右手に、そしてセツナの右手に、『神々の如くな』と例えても過言ではない二十七の真の紋章が宿って、優に百年を超える。

真の紋章は、神のみが持ち得る力を人の身に授ける代わりに『不老の呪い』を齎すから、カナタもセツナも、真の紋章に魅入られてより百有余年後の今も尚、少年だったあの頃の姿を保ち続けている。

一欠片も老いることなく。

だから二人は、何時終わるとも知れない旅を続けるしかなくて、もしかしたら永遠に等しい長さだけ続いてしまうかも知れない旅の中でのみ生きることが、二人には、何時の頃からか、慣れるを通り越し当たり前になってしまった。

けれども、終わりの見えない旅に──終わりの見えない人生……いいや、生命(いのち)に、疲れや虚しさを覚える刹那は彼等にもあって、たまたま目の端に引っ掛かった葬送の列が、普段は心の裏側にちゃんと隠れている空虚さを、表側に引き摺り出す引き金になってしまったのだろう。

故にセツナは、葬送──死ねる、という姿、それへ、「羨ましい」と洩らした。

が、カナタは、セツナが何を思い、何を以て羨ましいと呟いたのか、それを十二分に解っていて尚、許さなかった。

「君も僕も、もう百年の上生き続けてきているから、愚痴の一つも零したくなるのも、本来憧れてはならないモノに憧憬を覚える気持ちも、良く判るけれど。それは決して、良いことではないよ。様々な意味でね」

「ええ……。判ってるんですけど。ちゃんと判ってはいるんですけど。ついうっかり…………。……御免なさい、カナタさん」

二度に渡って盛大に叩かれた頭頂を、こすこすと幾度か摩り、道端に蹲っていたセツナは、再度の詫びを口にしつつ立ち上がる。

「……セツナ。もう少しだけ行けば、商店のある通りに出るみたいだから、そうしたら、休憩兼ねて何か食べようか。今夜はここで宿を探してもいいし。多分、さっきみたいなことをうっかり洩らす程度に、セツナは疲れちゃってるんだよ。お腹も空いちゃってるんじゃないかな。だから、そうしよう。ね?」

「はい。もう、お昼の時間、疾っくに過ぎてますもんね。お腹空いてて当たり前ですよね。お腹空いてると後ろ向きなこと考えちゃいますから、うん、良くないですね! ご飯食べましょー、カナタさん」

「ああ。セツナは、何食べたい?」

「この辺、確か川魚が名物でしたよね。だから、えっと、うんと……、揚げたお魚に、お野菜たっぷりの餡掛け、とかあったら嬉しいです」

「おや、それだけ? 甘い物は?」

「それも勿論! 甘い物は別腹です!」

姿勢を正した処を少しばかり促してやって、食事でも、と水を向けてやったら、セツナは、遠くなっていく葬送の列から意識を遠ざけ、昼食の献立に頭を悩ませ始めたので、やっとカナタは、声音からも笑みからも何処となくの空恐ろしさを消し、留めてしまっていた足を動かし始めた。

「…………ねえ、セツナ」

でも。

再び歩き出したその瞬間、セツナが僅か、葬送の列を振り返ったのを見て取り、カナタは低く彼を呼ぶ。

「はい?」

「……死にたい?」

「…………いいえ」

今度は何だろう? と横目を流してきた彼に、前を向いたままカナタが問えば、セツナは、はっきりと首を横に振った。

「そう。……でも、本当にどうしようもなくなったら。生きていくことも、こうしていることも、僕と共に在ることも、何も彼も辛くなって、そこに、絶望という言葉しかなくなってしまったら、その時は、考えてあげる」

「……大丈夫です。そういう時は、僕、自分で決めますから。それに、カナタさん、考えてくれる『だけ』でしょ? 考えてくれても、許してはくれないでしょ?」

「そんなこと、言わずもがな。────あ、お店が見えてきた」

「賑やかな町なんですね。お店、結構一杯あるみたいですし。わーい、お昼ごはーーん!」

────死に魅せられる刹那こそあっても、死にたいなどと願うことはなく。

例え、どれだけ願ったとしても、永劫に等しいだけ流れるかも知れない生涯を共にと定め合った傍らの彼が、口先ではどれだけ甘い言葉を吐こうとも、そんなことを許してくれる筈もないと知っているから、セツナは、真面目腐った顔で事実を言い切って、見えてきた商店街へと駆け出した。

「あ、セツナ! ……もー、本当、食べる物に目がないんだから……」

お昼ーーー! と、けたたましく喚きつつ一人走っていくセツナの背へ、カナタは溜息を投げ付け、その後を追いながら。

「もしも、『そういう時』が来たとしても、『自分で決める』なんてことすら僕は許してあげない、って。判ってるのかな、セツナ」

カナタは、「焦ると転ぶよ!」と、食堂目掛けて一直線に走るセツナへ掛けた声の裏側で、ポツリと本音を洩らした。

End

後書きに代えて

2011年……くらいじゃないかな、何時からだったか、もう私も覚えてないくらい晒されてた拍手小説です。

既に、弁明の余地とか、そういう問題ですらない(スライディング土下座)。

──『死』に絡むことに付いて、同じようなシチュエーションで、同じような会話を、各ジャンルのキャラ達にさせてみたよ、がテーマな話@坊主編。

何始末は自分の手で付けたい子と、何も彼もを自分の思い通りにしたい子。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。