カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『うさぎ』
吸血鬼の始祖、と云う箔付きで、八百年もの時を生きると、恐れるモノなど皆無となるのか。
昼間動き回ると寝不足になって仕方なくなるから、嫌だときっぱり告げたにも拘らず、出掛けるから付き合って下さい、と頬笑みで『脅迫』して来た同盟軍盟主のセツナに渋々従って、グレッグミンスターへ赴いた、その帰り道。
「…………前々から不思議だったのじゃが。何故に御主は、そうもセツナを可愛がる? 楽しいか? 盲目者」
同道していた他の者達が、ヒクっと頬を引き攣らせる程、歯に絹着せぬ言葉でシエラは、カナタ・マクドールへ尋ねていた。
「あっちゃ…………」
グレッグミンスターへ行くとセツナが言い出した時には、その目的は大抵、カナタの『お迎え』であるから、気楽なノリで付いて来て、予想を裏切らず再会させられたカナタが、何時ものようにセツナべったりになるのを、ま、これも人生、と達観した風に眺めていたシーナなどはあからさまに、それをカナタに聴くと、後が恐いだけだって……と、天を仰いだが。
シエラは臆することもなく、余計なことに首を突っ込むな、と言いたげに振り返ったカナタを見据えた。
「セツナが可愛いから」
が、カナタもさるもの。
眠た気な瞳の奥に、吸血鬼の始祖であり、真なる月の紋章の継承者でもある彼女が隠している『圧迫感』を、あっさりと跳ね退け、簡潔に、『理由』を告げた。
「…………可愛い、か……。成程の。それには、同意してやらぬこともないが」
そうしてくるり向き直り、えー、僕可愛いですか? 照れちゃいますよぅ……とか何とか、カナタの告白を聞き届け、ほんわか言い出したセツナを、カナタが再び構い出したから。
シエラはぼそり、可愛い、と云う事実には同意出来ると頷いた。
「可愛い……。確かに、『可愛い』のじゃろう。『可愛く』て、『大切』なのじゃろう。御主にとって、そのモノは」
「だから、そう云ってる」
低い同意の後に続いた、何処か咎めるような彼女の口振りに、カナタはもう、振り返りもせずに云う。
「片時も、離したくないか?」
「…………さあ、どうだろうね。それは、セツナ次第。でも、叶うなら僕はそうすると思う。寂しがり屋で、寂しいと死んでしまう兎のような彼は、僕が構ってあげないとね」
『だから』、片時も離したくはないのかえ? と、背後より問い続けるシエラへ、冗談にしか聞こえない一言を、カタナは返した。
「……僕、兎みたいですか? って云うか、兎って、寂しいと死んじゃうんですか?」
──と、カナタとシエラのやり取りに、セツナが首を突っ込んだ。
「そうだよ。兎の全部がそうなのか、僕は知らないけれど。そう云う種類もいるらしいよ。寂しいと、死んでしまう兎」
「そっか……。なら僕も、マクドールさんの傍にいないとですね。マクドールさんだって、寂しいと死んじゃいますでしょ?」
カナタとシエラだけに理解出来る、それはそれは『険悪』なやり取りの中に混ざったセツナが、兎って? と云うから。
寂しいと、瞬く間に死んでしまう兎もいるらしいよ、とカナタが教えれば。
僕が、寂しいと死ぬ兎に似ているなら、マクドールさんもそうですよねっ、とセツナはほわほわ、笑んだ。
「…………セツナ。…………あー、もーーーーーっ」
途端。
カナタは、進めていた足を止め、ぴたり、立ち止まり。
シエラや、シーナや、何時もの腐れ縁傭兵コンビを背後に従えているにも拘らず、セツナへと向き直って、ガシっと抱き締めた。
「だから僕は、君が『大切』なんだよ」
「……僕、そんなに特別なこと云いました?」
何故、カナタに抱き締められたのか、何故、改まったように『特別』、と云われたのか、一切理解出来ていない感じで、セツナが首を傾げたけれど。
もう、何も云わなくなったカナタは、バナーの峠道の真ん中で、セツナを抱き締めたまま動かなくなった。
「…………あーあ……。当分時間掛かるぞ、あれ」
その様を眺め、過剰過ぎる『兄弟愛』も大概にしてくれ、と、シーナがぼやき。
「兄弟愛……なのか……?」
「……多分」
やれやれ……と、フリックとビクトールは、あれを唯の兄弟愛で片付けてしまっていいのだろうか、と、ぐったり項垂れた。
が、シエラは。
「この『兎』は、御主のような『兎』には、勿体無さ過ぎるぞえ」
つかつかと、抱き合う二人に歩み寄り、ベリっと引き離す。
「……セツナ、どうして彼女を連れて来たの?」
引き離されたことが不満だったのだろう、カナタは。
一応、シエラに従いながらも、セツナへ不満を洩らした。
「マクドールさん風に云えば、シエラ様も、『兎』さんだからですよ?」
──すれば、セツナは。
カナタとシエラを見比べて、又、ほんわりと笑み、そう云った。
「………………ほんに、勿体無さ過ぎる。この『兎』はな」
故に一瞬、シエラは。
長い長い年月、様々なモノを見過ぎてしまった瞳を大きく丸くして。
物言いた気に、カナタを睨んだ。
End
後書きに代えて
う、凄く謎な終わりであり、凄く謎な話ですな(汗)。
このお話、坊×主←シエラ、な訳ではありません(笑)。
家の坊主小説の本編に、結構関わり合いのある話になってしまいました。
…………にしても、このカナタ、変……。
道端で、そんな抱擁しなくともいいでしょうに……(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。