カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『向こうから見たこっち』
鋳物の、飾り気も何もない、誠簡素な燭台に、幾重にも層を重ねられた、立派な蝋燭を立て。
部屋の片隅に置かれた、その燭台よりはもう少し華美な燭台より、紙縒りで火を移し。
「行きましょう、マクドールさんっ!」
空いた左手のみで拳を固め、同盟軍盟主である少年・セツナは、自室の直中で、強い決意を見せた。
「………………本気?」
彼の、迸らんばかりの熱意を、目の当たりにして。
例によって例の如く、セツナの部屋で共に時間を過ごしていた、トラン建国の英雄、カナタ・マクドールは、少しばかり、眩暈を覚えた。
「はいっ! 本気ですっ! 皆、待ってますっ!」
「………………皆、ね……。まあ、良いんだけどね……。どうして、この軍の面子って、こう…………」
「こう? 何ですか? 皆、付き合い良くって、ノリが良いですよ。楽しくって、良い人達ばっかりですよねー。でも、マクドールさんが軍主やってた解放軍に参加してた人だって、結構いますから。今更僕が、言うまでもないですよね」
呆れを覚えた所為で、若干だけくらっと歪んだ視界を正そうと、わざとらしく、カナタがこめかみを押さえる仕草を見せた、その意味に気付かぬように。
セツナは只、ほえほえと嬉しそうに破顔し。
「という訳で。皆、待ってますから! 行きましょう、マクドールさん、肝試しにっ!」
何が悲しくて、同盟軍の本拠地、という場所で、肝試しをしなくちゃならないんだろうと、問い掛けたくて問い掛けたくて堪らないのを堪えているカナタの腕を掴んで、彼は、いそいそと部屋を出て、『えれべーたー』へと乗り込んだ。
もう、夏も終わる。
…………その日、最初にそう言い出したのが誰なのか、それは判らないが。
暑かった、湖畔の夏も終わる、と、しみじみと実感出来るようになって来たその日、午後、同盟軍本拠地に集った仲間達の誰かが、一言洩らした所為で、それを聞き届けた盟主殿の脳裏には、「なら、行っちゃう夏を惜しもう!」との思いが翻ったらしく。
──とっっても暑かった頃は散々、シュウさんに叱られても知らん顔して、湖で泳ぎまくったし。
今年は、キャロに住んでた頃にはお目に掛かれることなんてなかった、氷菓とか白桃とか、お腹一杯食べたし。
霍乱※でひっくり返っちゃった後には、お仕事放り出して、マクドールさんと一寸した避暑にも出掛けたし。
夜は少しだけ過ごし易くってなって来たかなーって頃には、毎晩、マクドールさんと一緒に夕涼みしたし。
後、今年の夏にしなかった定番のことって言ったらー…………と。
ゆく夏を惜しもうと考えたセツナは、直後、薄茶色の瞳をくるくるさせながら、悩み。
「あ、肝試し! 今年は、肝試しやってないっ!」
…………との結論に、辿り着いて。
「夏の最後のお楽しみ! 肝試しやりましょうっ!」
思い立ったが吉日と、彼は、正軍師の不興を足蹴にして、仲間達に触れ歩いた。
……結果。
お化け、という不確かな存在が、実の処、怖くて怖くて仕方ないから、本来なら、こう言った馬鹿騒ぎには率先して参加する、彼の義姉・ナナミは、「絶対に、嫌っ!」と、尻込みしてしまったけれど。
セツナの仲間達の中でも、頓にノリの良い者達は、面白そうだ、と、細やかな遊びに、参加してくれることになって。
「敵国と、事を構えている最中の城で、肝試しか…………」
夜半近くになった頃、本当に、この軍はこれでいいのだろうかと、遠い目をすること止めないカナタと共に、セツナは、集合場所と定めた城の正門前に向かった。
「お待たせしましたー!」
「おう、来たか、セツナ。それに、カナタも」
カナタを連れて、灯を灯した燭台をぶんぶんと振りながら、セツナがそこへ辿り着いてみれば、彼等以外の参加者は、もう全て集まった後らしく。
遅いぞ? と、やはり、燭台片手に立っていたビクトールが、フリックと共に彼等を振り返った。
「…………うん。そうだよね。ビクトールとフリックが、いない筈ないと思ったんだ……」
とっとと、童心に帰れる遊びを始めようぜ、そんな顔を作って自分達を出迎えた腐れ縁傭兵コンビを見遣って、セツナは、にっこりと笑み返したけれど、カナタは、いい歳した大人のくせに……と、二人を睨め付け。
「何だ? 俺達がいちゃ悪いか?」
「……そうじゃない。そういう訳じゃ、なくて。…………ああ、タイ・ホーもヤム・クーもいる。青と赤の騎士団長コンビもいる。ヒックスとテンガアールや、女の子達とシーナ達は……まあ、判るし。男の子達がいるのも、判らなくはないけど…………でも、それにしても…………。…………本当にこの軍、戦争に勝てるのかい……?」
何を嘆いていやがると、首を傾げてきた傭兵二人を、シッシッと片手で追いやって、くるり、周囲を見渡し、げんなりとカナタは、暗い空を仰いだ。
「皆きっと、夏が行っちゃうのが惜しいんですよ。だから、楽しいこと、しときたいんですよ。僕、そう思います」
だが、セツナは何処までも、ほえほえと浮かべた微笑みで以て、カナタの憂いを撃退し。
「あんまり遅くなっちゃうと、益々シュウさんに叱られちゃうんで、始めましょっか。──正門から出て、城壁伝いに裏門の方行って、厩舎抜けて、湖見える丘まで行って、そこに置いてある、明日一日だけ使える、商店街の割引券取って来られたら合格ー。挫折した人は、レオナさんトコかハイ・ヨーさんトコでお皿洗いー。脅かし役は、ルックと、シドさんと、ハンフリーさんと、リィナさんと、ガンテツさんがやってくれまーす! ……じゃ、皆適当に、間隔開けて、スタートでーす!」
ちゃんと、『特典』はあるから、それの獲得目指して頑張って、と。
脅かし役の中に、ルックやシドがいる、と聞いた途端、参加者の一部から上がった悲鳴を無視して彼は、人々を送り出し始め。
「…………セツナ。どうやって、ルックやハンフリーのこと口説いたの?」
何処までも、ぶんぶんと手を振って、皆を送り出すセツナを、カナタは少しばかり変えた目付きで眺めた。
「え? ルックは、一生懸命お願いしたら、日頃の鬱憤晴らしになりそうだから良いって言ってくれて。面倒臭そうにしてましたけど、その後ジーンさんトコ行って、蒼き門の紋章宿してましたよ。召還魔法で脅してやるーって。ハンフリーさんは、お願いしたら、即答で頷いてくれました。警護も兼ねてくれるーって。シドさんは、チャコのこと脅かせるからって、二つ返事でしたし。ガンテツさんは、そういうのも坊主の役目って言ってましたし。リィナさんは、一度、魔女みたいなことしてみたかったーって」
「………………あ、そう……」
すればセツナはにこにこと、仲間達がその役を引き受けてくれた経緯を語り。
結局どいつもこいつも、同じ穴の狢かと、カナタは、益々くらくらと、世界が歪むのを覚えたが。
「皆、行ったみたいですから。そろそろ、僕達も行きましょうか、マクドールさんっ」
「そうだね。やるならやるで、楽しもうか」
うきうきと、正門の外へと足先を向けたセツナに促されるまま、カナタも、夜の闇の向こうへと、身を返した。
セツナの手の中で灯る、燭台の明かりのみを頼りに、暗いだけの道を辿っていたら。
遠くから、先発した者達の悲鳴だったり叫びだったり、笑い声だったり、と言ったものが、幾つも聞こえて来て。
「何を使って、どうやって脅してるんだろう……。年少組が悲鳴を上げてるのは理解出来るけど。どう考えても、飲み代の足しになる割引券目当ての、年長組のあの顔触れが、高が肝試しで、悲鳴上げるとは思えないんだけどなあ」
歩きながらカナタは、首を傾げた。
「原因は、ルックじゃありません? ルックが紋章使って何かを召還してるんだったら、それ、『ホンモノ』ってことですから」
そんな彼へ、けらけらとセツナは、ルックの所為ですよ、きっと、と笑い始め。
「……まあ、そんな処だろうと、僕も思うけど。……情けない……」
やれやれと、カナタは溜息を付いた。
「マクドールさんもやっぱり、お化けなんて信じない口ですか?」
「んー……。微妙、かな。存在していてもおかしくはないし、存在していなくてもおかしくはないし。……現実問題、魂とやらは歴然と在るようだから、今の処、僕の目には見えないだけかな、って気もする。…………でもね。例え、霊魂という存在が、この世に在ったとしても。死人の伸ばす手は、僕達には届かない。人は死んだら、それで終わる。生者と死者は、決して、交わることないから……──」
「──………………から?」
「どうでも、いいかな」
「成程……。────とっても、『正論』ですよね」
「だろう? 死んでしまった者よりも、生きている者の方が、余程恐ろしいよ」
「はい。僕も、そう思います」
遠くから響いてくる、悲鳴に聞き耳を立て。
情けない……とカナタが心底呆れたので、こーゆーことに対する、マクドールさんの一家言は? と尋ねてみたら。
そのような答えが、さらりと返されたので、セツナは、複雑な顔をしながらも深く頷き、トコトコ、散歩のノリで、足を進め。
「……あ。マクドールさん、何か見えますよ」
その途中、前方の茂みの向こう側でチラチラし始めた、『ソレ』を見付けて指差した。
「ん? どれどれ?」
「ほら、あそこ。何か、青白いモノが。……何でしょうね。ルックが呼んだ、何かかな。……本当の人魂だったら、面白いんですけど」
「おや、本当だ。……確かに、見様によっては、人魂に見えないこともないけど。人魂、ねえ……。…………人魂、ってさ──」
「──学問の話は、今は僕、遠慮します。マクドールさんの言いたいこと、大体の察し付きますけど、興醒めですってば。──それよりも、もっと違うこと考えましょーよー」
『脅かし』が始まった? と、わくわくしつつ前方を指差し、あれが本当の人魂だったら、などと呟いてみれば、至極真面目腐った顔のカナタに、講釈を垂れられそうになったので、慌ててセツナはそれを留め。
「楽しいこと?」
「例えばー、僕達は、『お化け』を見ると怖がりますけど。逆に、向こうからこっちを見たら、どう思うのかなー、とか。怪談物の定番みたいに、『聞いて欲しいことがあるの!』……とか考えてたりしないかなー、とか」
もう少し、こう……『浪漫』を馳せません? と彼は、カナタに訴えてみた。
「…………相変わらず、そういうこと考えるの、好きだね、君は」
「そりゃー、そうですよ。僕はマクドールさんよりも、もーちょーっと、『柔軟』ですもん」
「柔軟、ねえ……。君の言うことも、僕に負けず劣らず、興醒めなことだと思うけど。──見えざるモノの思うことは所詮、汲んではあげられないんじゃないかな。こちら側を見遣る向こうに、何がどう映ろうとも。…………それよりも、セツナ。さっさと割引券貰って、帰ろう? ……飽きてきた」
「そですねー。全然怖くありませんしねー。僕達も、皆のこと脅かす側に廻った方が、楽しかったかもですね」
……だが、セツナが何をどう訴えてみても、死者の世界の住人は、何処までも遠い世界の者、との態度を、カナタは崩さなかったから。
飽きた、との彼の言葉に素直に賛同して、うーん、とセツナは首を傾げ。
「…………………それ。今からでも、遅くないんじゃない?」
セツナの中に灯った『悪戯心』へ、ニヤッとカナタは笑みを向けた。
「……あ、やっぱり、マクドールさんもそう思います?」
「うん。そろそろ、先発組が、引き返して来てもおかしくないし」
「…………じゃ、やります?」
「いいねえ。楽しそうだ」
だから二人は直ぐさま、物陰に隠れて。
悪ノリした勢いのまま、ああでもないの、こうでもないの、そろそろ戻って来るだろう仲間達を脅かす方法を、話し合い。
やがて、隠れた茂みの中で、息を潜め始めた。
自分達の目の前で、ゆらゆらと揺れていた青白い光は間違いなく、ルックが呼び出した何かだろう、と踏み。
もうそれに、意識を払うこと忘れ。
それが、すうっ……と、虚空に消えていく寸前、眺めるように、訴えるように、己達の頭上で弧を描いたのも、知らずに。
霊魂の、存在なんて、所詮、と。
『今は未だ』、そんなことを思いながら。
夏の終わりの肝試しに、只、興じ始めた。
End
※ 霍乱 熱射病、又は日射病のこと
後書きに代えて
実を申せばこのお題@幻水編、どーしよーかなー、と、ずーっと考え込んでいましてね。
そうしましたら、「向こうから見たこっち」がお題なんだから、別に、生者と死者の関係でもいーじゃん、とワタクシの思考、血迷いまして。
ええ、こんな話に…………。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。