カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『とある日の出来事』
──蛇神様──
夏から秋に掛けて、伸び放題伸びた、デュナン湖の畔に建つ同盟軍本拠地裏手の雑草の茂みを、一斉撤去する為に。
その日、同盟軍の男達の殆どは、女衆に命ぜられるまま、普段は剣を取る手に鎌を持たされて、草刈りを使命とさせられていた。
「どうしてこの軍はこんな風に、変な処貧乏臭いか」
……と、大人達は作業に勤しみながらも──勤しまなければ、女衆に何を言われるか判らないから──、ぶうぶう文句を零すこと止めなかったが。
危ないからと、鎌の代わりに厚手の手袋を渡されて、雑草を引き抜く役目を貰った子供達は、草刈りを、楽しい行事か何かのように、こなしていて。
普段はひっそりとしていて、仕事をさぼり、昼寝を決め込んでいる者達の姿も見受けられる奥まったそこは、大層な賑やかさに満たされていた。
「こんなの、放っときゃ、冬には枯れちまうってのに……」
「文句ばかり零すな。やれって言われたんだから、やらなきゃしょうがないだろ。文句を言ったって始まらない。盟主のセツナが率先して草刈りしてるってのに、俺達が知らんぷりってのも、具合悪いだろうが」
わいわい、きゃあきゃあ。
子供達の楽し気な声が響く中、中途半端に落とした腰が痛むと、年寄り臭い仕草で腰を叩きつつ、腐れ縁傭兵コンビの片割れビクトールが、その日何度目かの愚痴を零せば。
生真面目な風に鎌を持って、刈り取った草を捨てつつ、ギロっと、ビクトールの片割れフリックは、怠惰な相方を睨んだ。
「……あーー……。そうだなー、セツナの奴は、楽しそうだよなー。…………あいつはどっかガキだから、こういうことも好きなんだろうが……」
が、相方に睨まれてもビクトールは、その怠惰な様を変えず。
「まあ、セツナは、な。……でも、カナタだって──」
「──あいつはセツナのやることにゃあ、何でも付き合う奴だろーが」
酒が飲みてえなあ、とか何とか、盛大に、熊の如きガタイの傭兵が、伸びを一つした時。
「きゃああああああああっ!」
それはそれは賑やかに、雑草を引き抜いていた子供達の輪の中から、少女達のものらしき、悲鳴が上がって。
「どうした?」
何か遭ったのかと、ビクトールやフリックも、子供達の近くにいた大人達も、悲鳴を放った子供達の輪へと近付いた。
「へ、蛇ぃぃぃぃぃっ!」
すれば、どうせ、と彼等が想像した通り、きゃんきゃん泣きながら幼い少女達は、茂みで草を抜いていたら、突然蛇が出て来たと、大人達の足許に隠れ。
「やっぱり、その辺の話か。……おー、珍しいな。白蛇だ」
ひょいっとビクトールは茂みに手を突っ込んで、ニョロニョロ体をくねらせながら這っている、蛇を取り上げた。
「やだあああああっ! どこかやっちゃってっっ! 蛇なんか、嫌いだよおおっ。怖いよおっっっ」
事も無げに蛇を掴んだ彼が、さて、どうするか、と、目の高さに持ち上げたそれを眺めながら思案をすれば、子供達は又悲鳴を上げて、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出して行く。
「無益な殺生は、嫌なんだが。放っとくのもなあ。ガキ共が騒ぎそうだし……」
「そうだな。可哀想だが、殺すか、さもなきゃ別の場所にでも──」
蛇そのものが怖いのか。
それとも、稀にも見ない、白蛇だったからか。
怖い怖いと喚いて、一目散に逃げて行った子供達の様に、仕方ない、と傭兵達は、蛇を『片付けて』しまおうかと話し合ったが。
「駄目だよ。白蛇は、神様のお遣いだと言う人もいるのだから。無闇に始末はしない方がいい」
ひたすらに刈り取った為、小山程になった雑草を抱え、一度捨てて来ると走って行ったセツナを見送っていた、トラン建国の英雄殿・カナタが、ふらりと腐れ縁コンビに近付いて、それを制した。
「神様のお遣い? ……随分と、迷信くせえこと言うな、カナタ」
「本当に。らしくもない」
近付き様、白蛇は神様のお遣いだ、と。
彼が口にするのは希有な、迷信の世界の話をされたので。
ビクトールもフリックも、思わずプッと吹き出し掛ける。
「……それこそ、無益な殺生をして、祟られても知らないよ」
が、笑い出す兆候を二人が窺わせても、カナタは至極真面目腐った調子で続け。
「…………とね、セツナの養祖父のゲンカク老師が、言ってたことがあるらしいよ。ま、無益な殺生には賛成出来ないってそれには、僕も同感」
最後に、ペロっと舌を出して彼は、ビクトールの手より、白蛇を受け取った。
「──うん。毒蛇ではないし。少し離れた所に離してあげればそれで済むよ。可哀想だしね」
そうして彼は、しゅるっと腕に絡み付いて来た蛇を薄目で眺めて、白蛇が神様のお遣い云々というのを、心から信じている訳ではないけれど、そういうことがあってもいいとは思う、と、人々を見回した。
「……お前、蛇とか蜥蜴とか、怖がらないよな。虫とかも、平気だよな」
そんな彼を見て。
何を思ったのかフリックが、唐突に、そんなことを言い出した。
「何故? 別に怖くはないよ。蛇も蜥蜴も、虫だって。僕には、先ず滅多に苦手な物なんてないけど」
「いや、それで案外、こういう物が苦手だったら、それはそれで面白いな、と思っただけのことで。他意がある訳じゃないんだ」
「……僕の苦手な物を知ろうと思って、カマ掛けてみても無駄だよ、フリック」
故にカナタは、どうせそんな処だろうと、にたり、傍らの傭兵を見上げて。
「べっ……、別に、そういう訳じゃ…………」
ゴニョゴニョと言葉を濁しつつ、フリックは気まずそうに、カナタから視線を逸らした。
「…………なあ、カナタ。お前、ホントーーーーに、苦手な物ねえのか?」
そんな相方を横目で見遣り、馬鹿だなー……、としみじみ呆れながらも、好奇心に負けたかのように、今度はビクトールが、素朴に疑問を口にした。
「ない訳じゃないよ」
「……ほう。何が苦手なんだ?」
「…………………………蛇」
「は? だってお前、たった今……」
すれば、誠に異なことにカナタは、ビクトールの問いに、『蛇』と答え。
はあ? と傭兵は不思議そうに、片眉を跳ね上げたが。
「だから。蛇は蛇でも、一寸違う蛇なんだよ、僕が苦手なのは。──……実は、セツナ……」
「……セツナが?」
「あの子はキャロで育った所為か、暑いの苦手だろう? だからね、夏の間、セツナよりも大分体温が低いらしい僕に、あの子、くっ付いて寝るのを習慣にしてて。そうこうする内に、寝てる時のあの子の中で、寝てる時の僕はどうやら、抱き枕に任命されたようで。時々、物凄い勢いで、羽交い締めにされるんだ。……だから稀に、蛇に巻き付かれて絞め殺されそうになる夢、見ることがあってねえ…………。セツナのすることだから、気にはしないけど…………、だから、『その蛇』は一寸……」
腕に巻き付いたままの白蛇を、複雑そうに見詰めてカナタは、何処となく、遠い目をした。
「…………それは、あー、何と言うか……」
「愛情って時に、命懸けなんだなあ…………」
その時カナタが垣間見せた、遠い遠い眼差しに。
一瞬のみ、「こいつにも、隠れた苦労があるんだなあ」と、うっかりビクトールとフリックは、間違った感じ入り方をしたのだけれども。
「捨てて来ましたよー。残り、後一寸で……──。あれ、未だ逃がしてあげてなかったんですか? 白蛇。返してあげないと可哀想ですよ? もう直ぐ秋が終わるから、冬眠する場所捜してただけなんでしょうし。苛めると、罰当たっちゃいます。白蛇は神様のお遣いだって、じーちゃん言ってましたから」
「そうだね。戻してあげようね。……どの辺がいいかな……」
「あ、僕、良いトコ知ってます! 森の入口の方で、滅多に人が行かないトコ! そこに、逃がして来ますね」
草を捨て終えて戻って来たセツナが、あれ、未だ? と首を傾げつつカナタから白蛇を受け取って、再び走って行くのを見詰めたカナタが。
「……セツナに抱き着かれて、大蛇に羽交い締めにされる夢見るのは一寸頂けないけど……、『あれ』もセツナだと思えば、可愛いよね。うん。『あれ』もセツナなら、充分愛でられる」
そう呟いて、先程の与太話に、一人決着を付けたので。
「……お前の悩みに、耳を傾けた俺達が馬鹿だった……」
「勝手にやってろ、馬鹿兄弟」
駆けて行くセツナの背中を、今日も変わらす、『溺愛』したくて堪らぬと言った視線で眺めるカナタに、フリックも、ビクトールも背を向けて。
さあ、面倒臭い仕事はさっさと終わらせて、レオナの所に酒でも飲みに行くかと、腐れ縁傭兵コンビは、鎌を握り直した。
End
後書きに代えて
本当に、他愛のない話です。「こんなこともあったんだよ」程度のお話。
まあたまには、こういうのもいいかなー、と思いまして。
こういう話、書けば書く程、うちの常駐Wリーダーの阿呆っぷりをどうしてくれようか、って気になりますけどね(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。