カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『ソニアの日記より』

重たい足を引き摺るようにして、どうしても所用で戻って来ざるを得なかったが為に戻った、このグレッグミンスターで。

三年振りに、『彼』が帰って来たと云う噂を耳にした。

幸なのか、不幸なのか。

今『彼』は、ジョウストン都市同盟の後を継いだ、同盟軍の居城に赴いているそうで、再会することも、姿を見掛けることも、ない。

…………正直なことを言ってしまえば。

帰って来たあの『彼』の姿を、遠くからでも見掛けることすらないのは、私にとって、安堵と苛立ちと云う、相反する、複雑な感情を覚える事実だ。

──三年前に終わった、トラン解放戦争中の出来事を、今更、兎や角言うつもりもないし……『彼』に対して、何やかやと、言い募りたいことがある訳でもないが。

多分、私の心の中の何処かには、未だ、『あの方』を討ち取った『彼』に対する憤りに似た想いが眠っているのだろうから、きっと……きっと、今はこの街を、『彼』が留守にしている事実は、私にとっては、幸いなのだろう。

………………あの頃のことを、恨んでいる訳じゃない。

悲しくて、どうしようもない思い出であることには、今でも変わりないけれど、それでも多分、恨んでいる訳ではない……と思う。

私個人が恨む謂れなど、恐らくは何処にもないことくらい、誰に言われずとも判っている。

──『あの方』は、武人だった。

確かに、武人だった。

赤月帝国の、将軍の一人だった。

戦場へ、戦いの為に赴いた武人が、戦場で命を落とすと云うこと。

それは、悲しいとか、悲しくないとか、そんな次元とは別の場所にある、確かに『誉れ』なことであって。

剣を、武器を手に、戦場と云う場所に立つ以上、必ず、覚悟しなければならないことで。

『あの方』と同じく、戦場に立つ身の上の私にも、その程度の覚悟はあるから、あの戦争で、『あの方』を失ってしまったことを、恨みには思えない。

……例え、『あの方』の命を奪ったのが、息子である、『彼』であろうと。

──振り返ることの叶う現実は、『小さな』事実だけだ。

負けたから、『あの方』は命を落とし。

勝ったから、『彼』は命を奪った。

……それだけのこと。

今でも尚、振り返ることの叶う事実は、たった、それだけの。

………………唯。

どうして。

……どうして、命を落としたのが『あの方』で、『あの方』の命を奪ったのが『彼』だったのだろう……と、私は今でも、それを思わずにはいられないだけだ。

『あの方』を失ってしまったことを、それも又、武人の『誉れ』の一つではあり、覚悟の範疇のこと、と、心の底からは思うこと叶わず。

『彼』に『あの方』を奪われたことを、それも又、戦う者の有り様だから……と、過去に流すことの出来ない、私には。

どうしてあの時、あの場所で。

命よりも尚重い、命運を懸けて戦ったのが、父であり、息子であったのだろうか……と。

あれから数年が過ぎた今でも、思わずにはいられない。

……どうして……我が夫となる筈だった『あの方』と、我が息子となる筈だった『彼』が、『何も彼も』を置き去りにして、戦わなければならなかったのだろう……と。

あの時の出来事を。

運命であり、時代の流れであり、致し方のないこと……と、そう言い切ってしまうことは、至極至極、簡単なことで、ぐずぐずと、あの頃を振り返ることしか出来ない私にも、誰にも止められない、仕方のないことだったのだから……と、言葉にすることは叶う。

……それが、事実だから。

けれど、どうしたって。

あの頃を振り返って、何故……? と……、どうして? ……と……、そんな風に問い掛けることしか出来ない私には。

『あの方』が私の傍にいて下さった、幸福だったあの頃を思い出すからと、この、黄金の都へ足を運ぶことさえ厭う私には。

あの出来事を、真実の意味で割り切ることが出来ない。

叶うなら、『あの方』を返してと、今も尚、願い。

ともすれば、『彼』を恨んでしまいそうになる、私には。

………………あの方の。テオ様の。

私は妻になる筈だった。

……彼の。カナタの。

私は母になる筈だった。

武人であり、将軍であったテオ様の、妻となる筈だった私は、武人の妻であり、将軍の妻にもなる筈だったのであって。

武人であり、軍主であったカナタの、母となる筈だった私は、武人の母であり、軍主の母にもなる筈だったのであって。

テオ様とカナタが、命を懸けて戦ったことを、嘆いてはならないのに。

恨んでは、ならないのに。

私は今でもあの出来事を、心の何処かで嘆き続け、心の何処かで、恨み続けているのだろう。

…………私は、結局。

テオ様の妻には、なりきれない器だったのかも知れない。

カナタの母には、なりきれない器だったのかも知れない。

私は、武人にもなれず、武人の妻にもなれず、武人の母にもなれず。

失ったことを嘆き、奪われたことを恨むしか出来ない、『女』でしか有り得ないのかも知れない。

テオ様の、妻になりたかった。

カナタの、母になりたかった。

あの二人に囲まれて、あの二人を囲んで、幸せに、生きてゆきたかった。

全ての覚悟を忘れて。

…………愛していると、そう言いたかった、テオ様に。

母として、慈しみたかった、カナタを。

……妻になりたかった。母になりたかった。

なのに私は、何処までも。

女としてしか、有り得ない。

あの二人を『失って』しまった、今も尚。

…………あの方の、妻になりたかった……。

…………彼の、母になりたかった……。

今は、もう。

何一つとして、叶いはしないけれど。

何一つとして、望めはしないけれど。

私は、唯。

ナニモノにもなれなかった、女として生きてゆくしか、ないけれど。

もしも、叶うなら。

今でも、私は。

End

後書きに代えて

カナタが帰って来てるんだよ、って云う噂を聴いた、ソニアさんの日記、なお話です。

…………んー、まあ、一言で言えば、この人も、不幸な人よね、ってことで、一つ。

何とはなしにですねえ、ソニアさん、結局、マクドールさん家の父子の間に、入って行けなかった人なんじゃないのかなー、と、そんなこと思ってみたりしたので、書いてみたお話ですな。

……もう少し、明るい話書こうよ、自分……。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。