カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『遺言』
ネクロード、と云う存在を、己が打ち倒すべき存在、と心に決めていた者同士だった事実が、彼をそうさせているのだろう。
時折、ワインの瓶を片手に、飲もうぜと、墓場までやって来ることのあるビクトールに付き合って、陰気臭い……が、彼女にとっては殊の外眠り易い墓所の片隅で、酒を酌み交わしながら、八百年以上の歳月を生きて来たシエラは、ふっ……とその時、熊のような傭兵の顔を、覗き込んだ。
「…………何だよ、じろじろ」
他愛もない話をしながら、互い淡々と、酒を飲んでいただけだったのに、急に真顔を作られて、瞳を覗き込まれ。
バツが悪くなったような顔を、ビクトールは作る。
「……のう、御主」
が、そっぽを向いてしまった傭兵の態度などお構いなしに、シエラは言葉を重ね。
「あれ程に、性根の変わった『子供達』に日々振り回されて、楽しいか?」
明らかに、彼等が今は属している同盟軍の盟主であるセツナと、セツナを『溺愛』して止まないトラン建国の英雄、カナタ・マクドールのことを指している疑問を放った。
「楽しかぁねえな。あいつらにちょっかいを出すと、碌なことにならねえって、この数ヶ月、俺は嫌って程学んだし、あの二人は、『あんな風』だしな。まあ、それでも、退屈はしねえから、いいんじゃねえのか?」
シエラの問いに、薄い笑みを浮かべながら、肩を竦め、ビクトールは答えた。
「…………成程の。甘いの、御主」
「そうかい? ……でも、仕方ないさ。俺にとってカナタは、三年前のリーダーで、戦友で、弟分みたいな奴だし。セツナも、盟主殿ってよりは、放っとけねえ、年の離れた弟ってなもんだしな。あいつらも、あいつらなりに、俺のことは慕ってくれてるから」
「慕う、のう……。そうなのかえ?」
彼が、カナタとセツナのことを、少々悪戯が過ぎる、手の掛かる弟達、とでも云う風に語ったから。
シエラはほんの少し、紅玉色の瞳を細めて、黙り込んだが。
直ぐさま彼女は、又口を開いて。
「お人好しじゃの、御主。あの者達に振り回されて、懲りることを知らぬとは」
あっさりと、そう言って退けた。
「そうかもなあ……。良く言われる。でも、それも仕方がないと思ってる。俺の性分だし。見ようによっちゃ、俺にしてもフリックにしても、あの二人に振り回されっぱなしなんだろうが、あれでいてあの二人、弁えてはいるぞ? これ以上やったら俺達が本気で怒るって一線は、絶対に越えない」
「…………随分、あの二人を買い被るではないか、御主」
「当たり前だろうが」
己のことを、お人好し、と断じた後、更に言葉を続けた吸血鬼の始祖の言い分に、何を今更、と、ビクトールはそう言い放つ。
「……軍人、って商売があるだろ?」
「ああ、あるの」
「祖国の為にとか、君主の為にとか。そんな風に『義理立て』て、軍人ってなあ戦うだろ? てめえんトコの国を脅かす敵からも、てめえの国を食い潰そうとする獅子身中の虫からも、祖国を守ります……ってな」
「…………そうじゃろうの、恐らく」
「だが、俺達傭兵は違う。傭兵ってのは、切った張ったが飯の種で、戦いが金になりゃあそれでいい。世知辛い商売だとは思うが、それが現実って奴だ。……が、それでも俺達は、同盟軍なんてのに参加してる。身も蓋もないことを言っちまえば、金にはならねえってのにも拘らず……だ。ま、成りゆきってのも、都市同盟が俺の故郷ってのも、理由の一つではあるが……それでも俺達がここに居続けるのは、『理由』があるからだな。ここに居て、戦い続ける『理由』。三年前だってそうだ。あそこに居続けて、戦い続けた『理由』ってのがあった」
「御主が、戦い続ける『理由』、か…………」
「そうだ。まあ正直、随分と複雑な根性引っさげて、大人達をからかって歩くのが好きな、厄介な『理由』だとは思うがな。仕方ないだろう……? 軍人が、祖国や、君主に忠誠を誓うように。俺や、俺達の想いは、『理由』の許にあるんだ。況してやその『理由』が、弟分みたいなんじゃ。碌なことにゃならねえって判ってても、ちょっかい出して歩きたくなる」
自分が、あの二人を『担ぎ上げる』のは、当たり前だ、と言い切った後。
シエラの、紅玉色の瞳を真直ぐ見詰めて、ビクトールはそう言った。
カナタはかつて、『戦う理由』を預けてもいいと思った存在であって、セツナは今、『戦う理由』を預けてもいいと思える存在だ、と。
「恵まれたものじゃ、あの二人も」
先ず滅多に、言葉にされることはないだろうビクトールの想いをシエラは聞き届け、抑揚のない感想を呟く。
「ビクトール。……御主がそう想っていると言うなら。一つ、頼みがある」
そうして、彼女は。
居住まいを正して、頼みがある、と傭兵に申し出た。
「頼み?」
「何時のことになるやは判らぬ。もしかしたら永遠に必要のない、無駄な頼みとなるやも知れぬ。じゃが、万が一、そうすることが必要な時が来たら。御主を主と認めた、その星辰剣。妾に預からせてはくれぬか?」
「…………こいつを?」
シエラの頼み事に耳を傾けてみればそれは、必要な時が来たら、星辰剣を預からせてくれぬか、と云う頼みで。
ビクトールは思わず、腰に帯びた、物言う剣を見詰めた。
「そんなこと、こいつに交渉すりゃあいいだろ?」
──見詰めてみても、星辰剣は、何も答えてはくれなかった。
故に、相変わらずつれない奴だ、と彼は肩を竦め、シエラへと視線を戻し。
「真なる夜の紋章との交渉は、それはそれでする。だがそれは、御主の『相棒』じゃから。御主にも、頼んでおる」
星辰剣から己へと戻って来たビクトールの眼差しを、吸血鬼の始祖は受け止めた。
「……又、どうして」
「────もしも、の話じゃ。……もしかしたら何時か、御主の『相棒』が、御主の『理由』に必要となる時が来るかも知れぬから。…………その為に」
己が戦う理由を、預けてもいいと想った『理由』──シエラの言うそれが、カナタを指しているのか、セツナを指しているのか、ビクトールには判らなかったけれど、兎に角、その『理由』の為に、何時か、星辰剣が必要になるかも知れない、とシエラが言うから。
「いいぜ。もしも何時か、そんな日が来るってんなら、例え俺がこの世にいなくても、誰の手に渡っていても、あんた……いや、『理由』に、星辰剣が届くようにしといてやるよ」
ビクトールは、唯笑って、シエラの申し出を快諾した。
「性格は悪いかも知れねえが、俺の、大切な弟分なんでな、どっちも。例え、『遺言』にしてでも、シエラ、あんたの望みは叶えてやる」
「………………ほとほと、お人好しじゃの、御主」
例え、己の死後の世界に残る、『心残り』と化させても、と。
笑いながら言ったビクトールに、シエラはその時、呆れとも、哀れみとも付かぬ視線を、ひっそりと送って、手にしていたグラスの酒を、くい……と呷った。
「お人好しは、どっちなんだよ」
空になったシエラのグラスに、ビクトールは並々と酒を注いで、お互い様だな、と笑みを深めた。
この後、百年と少しの時過ぎた時。
『遺言』が、確かに果たされる日は、やって来る。
End
後書きに代えて
シエラ様とビクトールさんのお話です。
シエラ様が星辰剣をどうするのかは、まあ、追々。
結局、熊さん、カナタとセツナのこと、可愛くてしょうがないみたいです。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。