カナタとセツナ ルカとシュウの物語

『足先を、踏み下ろすその場所』

ふわり、と、抜けるように吹く風が、余りにも心地よくて。

埃立つ、茶色の土が剥き出しの、街道の片隅で立ち止まって。

辺りを覆う、草原の緑と。

棚引く雲が輝いて見える、目に眩しい青空と。

相方が立ち止まったことにも気付かず、鼻歌を歌いながら前を歩き続ける男の、逞しい、が、見遣っても決して楽しくはない背中を、順を追って眺め。

青いバンダナを外し、鬱陶しくなり始めた前髪を、フリックは掻き上げた。

「……あ? 急に立ち止まって、何やってんだ、お前は」

鈍感な奴……と、軽い足取りで先へと進んで行く相方──ビクトールの背を軽く睨み付けながら、外したバンダナを付け直すことはせず、麗らかな季節の香り漂わせる辺りの景色を、又、フリックが見渡せば、漸く、彼が足を留めたことに気付いたのだろう、先んじていたビクトールが、ぴたりと立ち止まって、くるりと振り返って、鈍臭い奴……とか何とか、相方への悪態を付きながら、それでも引き返して来た。

「鈍臭いのはどっちだよ、鼻歌なんか歌ってるから、俺が立ち止まったのにも気付かないんだろうが、お前は」

自分がそうであったように、ビクトールも又、この季節の爽やかさに心奪われていたのかも知れない、とは思いながらも。

悪態には悪態を、フリックは返した。

生まれ育った戦士の村のある、赤月帝国──否、疾っくの昔に自分達の手で、トラン共和国と名を変えさせた故郷を後にして。

三年後、ビクトールの生まれ育った、もう今ではその名は歴史書の片隅にしか残っていない、ノースウィンドゥの村があった、デュナンでの戦いを経て。

それから更に、十年。

どうして俺がこいつと……と思いながらも、フリックは。

初めて出会った時より指折り数えれば、もうそろそろ、十五年の上の年月、毎日のように、ビクトールと顔を突き合わせて来た。

──故郷の村を後にして、生涯唯一、と決めたひとと出会うまで。

自分がこんな人生を歩むことになるなんて、彼は思ってもいなかった。

運命の人と出会って、祖国の為の戦いに身を投じて後も。

こんなことになるなんて、彼は、これっぽっちも思わなかった。

あの人を失って、どうしていいか判らなくなって……今となっては、ほんの少し恥ずかしい……でも、決して悪い思い出ではなくなった、無様な様も晒して、それでも。

一人の少年に導かれて、戦って、沢山の仲間達と出会って、それでも。

こんなことになるなんて、彼には想像も出来なかった。

……今だから言えるだろう、あの頃の正直な想いを彼に語らせれば。

自分達を導いた少年の為に、運命の人が愛した祖国の為に、燃え盛るあの城で、命涸らせてもいいと思って、本当はそのつもりで……と相成る筈で。

でも。

運命の人に相応しい男になろう、との一念が、彼を強くさせ過ぎてしまったのか、『思い通り』には行かなく。

最後まで肩を並べて戦って、共に生き残った、今では『相方』な男に、当然のように「行くぞ」と言われ、それもいいか……などと思ったのが運の尽き。

獣も行かぬ、砂漠を引き摺られて、死にそうな目に遭わされて、挙げ句、ジョウストン都市同盟まで連れて行かれ。

けれど、袂を分かつことが出来ず。

ずるずると、共に居続け。

気が付けば、祖国を後にし三年が経ち、祖国で戦っていた頃のように、又、一人の少年に導かれての戦いに首を突っ込み。

一度目のそれと同じく、駆け抜けるような戦いが幕を閉じても。

共にいる、確固たる理由がなくなってしまっても。

別れることもなく、彼、フリックは。

デュナンを後にして十年の歳月が流れた今も尚、こうしてビクトールと共にいる。

……どうして、こんなことになってしまったのか。

どうして今でも、この、熊のような風貌をした、粗野な男と共に在るのか。

初めての邂逅より十五年以上が過ぎた今でも、本当に、フリックにはその答えが判らない。

一度目の戦いで自分達を導いてくれた少年にも、二度目の戦いで自分達を導いてくれた少年にも、「漫才?」と言われる程、悪態と馬鹿馬鹿しさに満ちた会話しか交わさず、それに相応しいだけ馬鹿馬鹿しくも騒々しい毎日を、送るしかない相手なのに。

今では、もう。

どうして俺はこいつと……と、思うことさえフリックはしなくなってしまった。

……共にいることが、当たり前になり過ぎてしまったのかも知れないし。

今でも、瞼を閉じれば鮮やかに蘇る、トランでの戦い、デュナンでの戦い、それを語り合えるのは、その思い出を共に抱えられるのは、もう、ビクトールしかいないから、なのかも知れないし。

一言で言うならば、昔、仲間達に揶揄されたように、単なる腐れ縁、なだけなのかも知れないけれど。

今では、もう。

時折本気で、愛剣オデッサを振り被らせるような下らない冗談ばかりを口にする粗野な男でも、姿が見えないと、少しばかりの不安と、少しばかりの寂しさを覚えるようにすら、フリックは、なってしまった。

後、二、三年も経てば四十の声を聞く程の、中年男になってしまったと言うのに、ビクトールの姿が暫しの間見えないだけで、そんな感情を覚えるなんて、無様な以上に不気味過ぎる、と彼自身思うし。

歳ばかりを食っただけで、『内側』は、見た目も青いが中身も青い、と、かつての仲間達に馬鹿にされていたあの頃と変わらぬまま、これっぽっちも成長していないから、そんなことを思ってしまったりするんだ、との、うっすらとした『結論』も、フリックは抱えているけれど。

それでも、こうして、街から街へ、国から国へ、流れるように生きて行く、野暮ったい男二人の日常も、悪くはないか、とも感じるから。

これはこれで、一つの有り様なんだろう、と彼は。

「…………おーーーい、フリック? どーした? ぼんやりしやがって。木の芽時の病気にでも掛かったか?」

立ち止まってしまった相方の元へ、誠、どすどす、と言う表現が相応しい風情で戻って来たビクトールを、外したバンダナを握り締めたまま、ぼうっ……とフリックが眺め続けたから。

怪訝そうな顔をしてビクトールは、ひらひら、相方の眼前で片手を振ってみせた。

お前、正気か? と、軽い冗談を口にしながら。

「……誰が、木の芽時の病なんかに掛かるんだよ、お前じゃあるましい」

故にフリックは、ハタハタと目の前で行き来するビクトールの片手を、鬱陶しい、とパシリ叩いて、漸く、バンダナを巻き直した。

「それだけ言えるんなら平気だな。──おら、とっとと行くぞ。早いトコ次の街に辿り着かねえと、今日も野宿だ。いい加減、次の飯のタネも探さないと、おまんまの食い上げになっちまうしなあ」

フリックの言い草から、ああ、本当に唯、ぼんやりしていただけなんだな、と悟ったビクトールは、肩を竦めて頭を掻いて、又、前を向き直った。

「ああ、そうだな。そろそろ、固いだけの土のベッドってのも、遠慮したいし。──本気で稼がないとな……。四十を過ぎても喰らう飯の量が減らない、熊みたいな野郎が、旅の道連れだしな」

「…………お前なあ。熊って言うなって、口酸っぱくして言ってんだろうがっっ。何年経ったら治るんだ、その癖っ!」

「熊は熊だろ?」

「……ほう。そう言うか。じゃあ、俺がお前のことを、青い稲妻って呼んでも文句言わねえんだな?」

「…………どうしてそうなるんだ?」

「一緒の理屈だ、お前の『熊』と」

「お前な……──

──前だけを向いて。

再び、軽快な足取りを見せ始めた相方に、何時もの嫌味を放ってやれば。

何時も通りの台詞が返って来て。

何時も通りのやり取りが始まり。

何時も通り、相方の物言いに、ムッとしはしたけれど。

ふと、投げ付けてやろうとした言葉を納めて、フリックは空を仰いだ。

「どうした?」

「……いやな。相変わらずだよな、俺達、って思って。成長の欠片もないやり取りばかりだ。『あいつら』に、『漫才してるの?』って、からかわれてた頃のまんま」

「成長ねえ。……ま、言われてみればそうかもな。でも、悪かぁないだろ、こういうのも。確かに、今『あいつら』がここにいたら、確実にからかわれる会話しか、しちゃいねえけどな。俺達が、どんな風にしてたって、所詮『あいつら』にはからかわれる運命だ」

「………………今頃、何処にいるんだろうな、あの二人」

「さあな。何処かの空の下にはいるさ。あの二人のことだから、元気でやってるんだろうし。──何時か、縁があったら又逢える。縁がなけりゃあ逢えない。運命の成り行き次第だな。あいつらにはあいつらの成り行きがあるし。俺達には俺達の成り行きがある。……そうだろう? こっちがおっ死ぬまでに、もう一度逢いたい、とは思うがな、正直」

「……ああ」

「だから。成り行きに任せてりゃあ、何時か又、きっと逢えるさ。──……ほら、急ごうぜ。腹減っちまってなー……」

「大食漢だなー、その歳で…………」

…………立ち止まり、空を仰ぎ。

ふと、思い出に身を任せたら。

振り返っても仕方ない……との意味合いを持たせたのだろうことを、ビクトールに告げられ。

フリックは、軽く笑った。

──相方の言い分を、肯定する為に。

こういう男だから、一緒にいるんだろうなあ、との思いの為に。

彼は、軽く笑って。

振り仰いでいた空より眼差しを外し。

己が足先を踏み出す、その足許を見下ろした。

もう、十五年以上も昔。

こうやって、続いて行く道の上を共に歩くのは、運命のひと以外には有り得ない、とそう思っていた。

この人しかいない、と誓った人を亡くした後は。

一人、共に行く者のいない道の上を歩くくらいなら、あの人に相応しい男になれた時、あの人の傍に行こうと、誰にも言わず、そう決めた。

けれど、それから月日は流れて。

あの人を失った頃よりは多少、あの人に相応しい男になれた、との自負があるのに。

未だに、あの人の傍には行かず。

歩いて行く為の足先を踏み下ろし続けるその場所は、腐れ縁としか思えぬ、粗野な男の傍ら。

……こうしている限り、若かったあの頃、心の片隅に掲げたように、運命の人の許には逝けない。

その背中に安堵を覚える、などと、不気味なことを思い続ける限り、決して自分達の関係は対等にはならず、安堵を覚える背中に、自分は支え続けられるのだろう。

──何時の日か。

若く、青臭かったあの頃、胸に思い描いたように、自分は、あの人の傍らへ行くかも知れず。

何時の日か、支え続けられる背中と、対等に肩を並べた時、自分と相方は、道を分つのかも知れない。

でも、今は未だ。

運命のひと、オデッサは、遥か遠い空の向こうで。

己が足先を踏み下ろすその場所は、相方と共にある。

だから、今は未だ。

この道が続く先も、運命の成り行きの先も、己が瞳に映らぬまま。

唯、共に、同じ道を踏み締めて行くのも、決して悪くはないのだろう。

何時か、別れる日が来るとしても。

何時か、『何か』に迎えられても。

この、えにしが続く限り。

End

後書きに代えて

フリックさん視点の、腐れ縁傭兵コンビのお話。

デュナンの戦争終わって、十年後。

フリックさん視点でお話を書くこと、私的には多くないんですが、急に書きたくなったのです。

うちの腐れズは、決してデキ上がった関係ではありません(笑)。何処までも相棒or相方の関係で、まあ、男同士にしちゃあ仲良過ぎかな? って程度です(でも私、ビクフリ読めます/笑。てか、好きです)。

原典の方では、どうも、幻水3の直前まで二人は一緒にいて、その後別れたらしい、ってな話みたいですが、私はこの人達、死ぬまで一緒にいてくれてもいいとか思いますねえ(笑)。

戦場で、剣を並べて……という最後でもいいかなって思うくらい。

末永く、仲良くどうぞ、お二人さん(笑)。私は、君達が大好きだ。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。