カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『伝説の泉』
もう間もなく『デュナン統一戦争』と歴史書に記され、世間でもそう呼ばれることとなる、ハイランド皇国との戦いに同盟軍が勝利を収めて、数週間後。
デュナンの大地に起つ新国の国王となることを、一度は『保留』とした同盟軍盟主だった少年セツナが、ふらりと消えて、ふらりと戻って。
少年王となるのを受け入れた彼を頂きに据えた国が出来ることと決まって、建国の祝いも済み。
宿星と云う運命を背負っていたが為か、セツナそのものに引き付けられた為か、統一戦争に『首を突っ込む』こととなった数多の人々が、己自身の行く末の為に、デュナン湖畔に建つ古城を去るか、それともそこに残るか、の選択を始めた頃。
真夜中、セツナは。
明日の日没と共に、この城を後にすることにしたと、数日前に告げて来たシエラと二人、向かい合っていた。
相変わらず城の最上階に定められている自身の部屋を訪れたシエラに、己には飲めぬ酒を振る舞いながら。
「今宵限りじゃの」
そう告げて来るシエラへ、
「寂しくなっちゃいますねー……。シエラ様までいなくなっちゃうと……」
……と、心底名残惜しそうに。ほんの僅かだけ引き止めたそうに言いながら、セツナは。
彼女との最後の宴を、噛み締めるように、していた。
「別に、これが今生の別れと云う訳でもあるまいに。妾も御主も、行く先は永きぞ? きっと、何処かで巡り会う日もあるわ」
だが、シエラは。
今宵を境に、永久の別れを迎える訳ではない、と、さらり、言って退け。
腰掛けた椅子の肘掛けに、何処か怠惰な態度で頬杖を付いて、赤ワインを煽りつつ。
「それに。御主には、『アレ』がおろう?」
至極『遺憾』ではあるけれども、『アレ』がいるから……とも語った。
「……『アレ』? ……ああ、カナタさんのことですか? ──シエラ様くらいですよ、カナタさんのこと、『アレ』なんて言うの」
だからセツナは、けらけらと笑い出し。
「『アレ』で充分じゃろう? アレは、『アレ』でしかないわ。──そう言えば、あの者はどうした? ここの処、見掛けなんだが」
笑い出したセツナへ、当たり前のことを言っただけだと、そんな素振りで、シエラはワインを飲み干した。
「カナタさんなら、少し前からトランに戻ってますよ。ガンテツさんに、頭下げられちゃって。一緒にクロン寺に行って、……えーーーと……あ、そうだ、フッケンさんだ。あそこのお寺の、御住職のフッケンさんに、破門解いて貰う執り成しして欲しいって、拝み倒されちゃったんです、カナタさん。このお城で自分がやってたことの証人になって欲しいって、そう言ってましたよ、ガンテツさん」
「成程の。……ガンテツもガンテツで、抹香臭い生活になぞ、わざわざ戻らずとも良かろうに」
「…………。シエラ様達って、お坊さんとも相性悪いんですか?」
「妾の相手になぞならぬわ、坊主など」
──セツナは、空になったシエラのグラスに、又、酒を注ぎながら。
シエラは、微かに嬉しそうな態度で、セツナの杓を受けながら。
暫し、そんな話を語り。
「あ、でも。話戻りますけど。多分、今夜には帰って来ると思いますよ、カナタさん。良かったですね、シエラ様。僕、カナタさんと一緒に明日、シエラ様のお見送りしますねっっ」
もうそろそろ空くだろう、ワインの瓶を抱えて、話を戻したセツナは意気込み。
「……………御主、本気かえ?」
セツナが気付いているのか否かは何処までも謎だが、実の処、カナタとの折り合いが悪いシエラは、それはそれは渋い顔になった。
「本気ですよ? それが、どうかしました?」
「……いや、いい。御主に訴えた処で、詮無いわ。──それよりも、セツナ」
「はい、何ですか?」
「以前から、一度、御主に尋ねてみたかったのじゃが……。…………御主……カナタのことが、好きかえ?」
そして、ワインの渋みを、舌の上に乗せてしまったような顔付きになったシエラは。
テーブルの上にグラスを戻し、徐に、そんなことを尋ね。
「へっ? 僕はカナタさんのこと、好きですよ?」
「…………どう云う意味、でじゃ?」
「……どう云う意味……って……。好きは好き、だと思うんですけど……? あ、カナタさんは、僕の一等ですよ、それだけは言えますっ」
今一つ、シエラの質問の意味が理解出来ない──そんな色を頬に浮かべながらセツナは、シエラの問いに答えた。
「………………そう云う意味合いのことを、妾は問うた訳ではないのじゃが……。まあ、良いわ。──のう、セツナ」
だからシエラは、それまでとは意味の違う、渋い表情を湛え。
「……? 何ですか?」
「御主……それ程に、カナタのことが、『好き』なのかえ?」
吸血鬼の始祖である、誇り高い彼女は。
その、紅玉色の瞳の中に、小さな光を灯して、セツナを見詰めた。