それより、僅か、時過ぎて。
いい加減セツナが、ふわ……と欠伸を噛み締めること止められなくなった頃。
部屋の扉が叩かれ。
叩かるや否や、開かれ。
「あれ、セツナ。未だ起きて……。──ああ……」
セツナが語っていた通り、トランより戻って来たカナタ・マクドールが、ひょいっと姿を見せた。
「あ、カナタさん。お帰りなさーーい」
そんな時間に顔を覗かせ、一瞬、部屋主が未だに起きていることへ訝し気な顔をしてみせたものの、シエラの姿より、その訳に気付いた風な、隣国トランの建国の英雄殿を、にこにこ、セツナは出迎え。
「セツナ。妾は休む」
カナタの姿を合図にしたように、シエラは立ち上がり。
「え、もうお休みしちゃうんで──」
「──お休みなさい、シエラ長老」
眠いくせに、シエラが去ることへ、不満そうな声を放ったセツナを黙らせるようにカナタは、にっこり、吸血鬼の始祖へと微笑み掛けた。
「ではの、セツナ。又、明日に」
ぷう……と膨れたセツナには、笑みを。
セツナとは対照的に、それはそれは『完璧』に笑んでみせたカナタへは、きつい眼差しを。
それぞれくれて、シエラは足を運び出し。
入口に佇んだままのカナタと擦れ違い様。
「もう、これ以上。伝説の泉にセツナを引き摺り込むような真似、するでないぞ」
ぼそり、低く地を這うようなトーンで、彼女はカナタへ囁いた。
「………は? 伝説の泉?」
シエラの囁きは本当に低く。
並み大抵の者ならば、身を竦ませる程の迫力を持ったものだったけれど。
呆気無く、それを受け流し……が、言われたことの意味が汲めぬ、とカナタは首を傾げた。
「…………彼女と、何の話してたの? セツナ」
だからカナタは、シエラの潜った扉をバタリと閉めてより、セツナの傍らへ向かい、問い掛けたけれど。
「え? 別に、普通の話ですよ? シエラ様もいなくなっちゃったら、寂しいなー、って。僕はそう言ってただけですけど?」
にこっ、とセツナは笑って誤魔化し。
「……本当?」
「ヤですねえ、カナタさんってば。僕のこと疑ってるんですか?」
「そりゃ、時々はね。たまにセツナ、騙そうとするからねえ、僕のことさえ」
「えー、そんなことないですよ? それに。僕がカナタさんのこと騙そうとしたって、カナタさん、絶対に騙されてなんかくれないじゃないですか。それよりも、お茶飲みましょうよ、カナタさん」
──今日だけは、誤魔化されて下さいね、カナタさん、と。
胸の中でだけ願いながらセツナは、カナタの腕を引き、シエラが座っていた椅子に、大好きな彼を誘った。
End
後書きに代えて
ちょーーーっと悲愴なようにも思える、セツナの想いのお話でした。
……こーゆーこと、シエラ様には言えるらしい。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。