カナタとセツナ ルカとシュウの物語
『純白の野』
前書きに代えて
先日、某所にて、『あみだクジお題』なるものを行い、その際に書いた物です。
お題の指定は、『米』、『故郷』、『鈴蘭』で、『テッド×ヨミ(4主)』とのことでしたが、テッド&ヨミと言い張っても行けそうなので、upしてみます。
どういう訳か。
一体何の話をしていた時に、その話題が洩れたのか、そこの部分がどうしても、思い出せないのだけれども。
少し前、オベルの巨大船の後部甲板で、だったか、それともオベル王国で、だったか……、話をしていた場所の記憶も、曖昧なのだけれど……兎に角。
何かの折に、何処かで。
何でもないことのように、己は拾われた子だったから、本当の故郷が何処なのか判らないのだ、と。
ヨミがしていた、細やかな身の上話を、不意にテッドは思い出した。
何故思い出したのか、は、多分。
俺のことになんか構うな、頼むから放っておいてくれと、口が酸っぱくなる程言っても、その言い分に耳を貸さず、あちらこちらへと己を連れ回すヨミに、今日も連れられて、群島の海に浮かぶ島の一つを、訪れた所為だと。
テッドは、そう思った。
──季節が、常夏以外に移らぬ群島の島々は、どの島も、大抵はのどかな雰囲気に満たされている。
だからこそ、クールーク皇国に侵略されつつある現状が見せ付ける、平和が壊れ行く風景は、痛々しさが際立つのだけれど、群島の島々を覆う雰囲気が、のどかなそれである、というのは、変わらぬ事実で。
野辺には、緑や花が溢れ。
渡る海風に、楚々と揺れているから。
ゆらゆらと、葉も花も風に揺らす、そんな野辺の花達の一つを見遣って、テッドは、ヨミの身の上話を思い出したのだろう。
…………その時、テッドの目に止まったのは、岩陰にひっそりと咲く、鈴蘭。
その、白い鈴なりの花。
こんな南国で見掛けるのは珍しい、白くて可憐な『毒花』。
────テッドは、もう。
少年というその外見を裏切って、一五〇年の年月を生きている。
右手に、二十七の真の紋章の一つ、『生と死を司る紋章』を宿している所為で。
彼の生は、永劫に続くかと思えてしまう程長く。
何時果てるとも判らぬ日々は、もう、一五〇年。
故に正直、その身の内に眠る記憶は、テッド自身にも曖昧な物が数多くあって、何時何処でのことだったのか、本当にその記憶は正しいのか、疑りたくなることもあるけれど。
遠い遠い昔、テッドは何処かで。
曖昧模糊な記憶が正しければ、未だ『何も知らず』、幸せに生きていられた故郷の村の近くで。
群生する鈴蘭を、見た憶えがある。
森の中にぽつりと開けた、こじんまりした野原のような場所、その一面を埋め尽くす程の、鈴蘭の群れ。
純白の野、とすら例えられそうなくらい一面を埋めた、白い白い花達の姿。
それを、何時の日にかテッドは、目にした記憶があった。
だから、野辺の岩陰に咲く、小さな鈴蘭の花を見た時、テッドは、身の内の底からそんな記憶を拾い上げて、記憶は故郷の想い出を呼び起こして、故郷の想い出は、何時かのヨミを、思い出させた。
………………故郷。
もう、遠い故郷。
一五〇年も前に、何も彼も全てが消えてしまった、二度と取り戻せぬ場所。
永劫かと思える刻を生き抜いて、何時の日か、人でなくなったとしても、決して還れぬ場所。
…………『幸せ』な場所じゃなかった。
深い山の中にひっそりとある隠れ里は、裕福などという言葉からは、程遠くて。
酷い年には、明日食べる米や麦にも事欠いたような憶えがある。
そんな年の、厳しい冬を越えるのを、幼心に辛いと感じた憶えも。
何時も、何時も、静かな所で。
この世で最も呪われた紋章を、それでも守る為に、隠れ住むしかなかった村人達は皆、密やかな生き方をしていた。
あの頃の自分──遊ぶことが仕事だった幼子には、到底、楽しいと思える場所ではなかった気がする。
……でも、それでも、故郷はとても暖かくて、思い出す度、思い出したくもないのに思い出してしまう度、もしも叶えられるなら、手を伸ばし、足を向け、もう一度、そこへ還りたい、と。
そう想って止まない、大切で、愛しい場所だ。
もう一度、あの日々に、あの場所に還れたらと、腕を伸ばして、記憶が見せる幻の霞の中に浮かぶそこを、抱き締めようとする程に。
……でも、ヨミにはそれがない。
一五〇年の年月を、流されるように生きて来た己ですら持ち得る、故郷の想い出が。
ヨミの中には眠っていない。
己のように、ヨミも又、不老となって己と同じく、一五〇年の年月を生きたとしても。
ヨミには、腕を伸ばしたくなる幻の霞すら見えない。
野辺の岩陰に咲く、鈴蘭のように、ひっそり、この世の何処に佇んで、望郷を思うことも出来ず、唯。
「………………ヨミ」
──たった一輪の鈴蘭、それを野辺の片隅に見遣って。
遠く、故郷を想い。
再び、鈴蘭の花とヨミを重ね見たテッドは、その時思わず、己が半歩前を歩く、ヨミの名を呼んだ。
「……何? テッド」
低く静かに名を呼べば、余り表情を変えぬ彼が、それでも、テッドには見せる笑みが、ヨミより彼へと返された。
「………………何でもない。……悪い、呼び止めて。……急ごうぜ。済まさなきゃならない用事、あるんだろ」
呼び止めたは良かったものの。
何故、ヨミの名を口にしたのか、判らぬままだったテッドは、己だけには注がれる、薄いような、儚いような笑みを与えられたが為、益々、何を言葉にするべきか判らなくなって、只、そっぽを向いて、誤摩化した。
「変なテッド」
ぷいっと、拗ねたように横を向いてしまった彼を、小首を傾げて眺めたヨミは、くすくすと、忍び笑いを洩らして、又、前を向いた。
……もしもこの先、一五〇年の年月を生きても、幻の向こう側にさえ、浮かべ得る故郷が、ヨミにはないと言うなら。
俺が、ヨミにとっての『そんなモノ』の代わりに、成り得ることは出来ないだろうか、と。
その時、微かテッドは、己が宿命さえ忘れ、思ったのだけれど。
彼に、それを音にすることは出来なかった。
それが本当に、故郷の村近くの情景だったのか、記憶は定かでないけれど、少なくとも、己が故郷を思い出す切っ掛けとはなる鈴蘭の花、その代わりに、己がなることは……、と。
ほんの一瞬、そう思ったのは、確かだったのだけれど。
テッドは頭を振って、そんな想いを振り払った。
……鈴蘭の花の代わり、なんて。
己の柄じゃない。
鈴蘭の花によく似ているのは、ヨミの方だ。
可憐で小さくて、純白で。
楚々として、目立たず。
………………けれど。
手にした者の、息の根を止める、毒花。
手にしたら最後、引き返せなくなる、可憐な毒花。
純白の、野さえ作る。
けれど、手にした者を、純白の野で生き絶えさせる。
……記憶が見せる、幻の霞の中に浮かび、抱き締めたくなる故郷さえも、塗り替えてみせる程の。
魂喰らいの紋章宿すが為、ナニモノも、愛してはならない己にさえ、己が還るのは、息絶える、純白の野でいいと、そう想わせる程の。
End
後書きに代えて
このお題を書く時、「真ん中」に持って来たのは『故郷』というそれで、それに、残り二つをぶら下げたら、こういう話になりました。
……友情と受け止めて頂いてもOKですし、愛情と受け止めて頂いてもOKです(笑)。
正直、何と言えばいいかな、或る種の、同類相憐──。以下は略。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。