幻想水滸伝2

『今年、知ること』

結局、今年の春先より、半ば巻き込まれるような形で、半ば自主的に参加する形で、その少年が身を投じることになった、今はもう崩壊してしまったジョウストン都市同盟と、ハイランド皇国の戦争は、それより数ヶ月か過ぎ、新年を迎える頃になっても、決着が付かなかった。

その、過ぎ去ってしまった数ヶ月の間に、少年は、都市同盟の跡を継いだ、『同盟軍』の盟主となった。

そして、盟主となった少年は。

……孤児だったらしいので、生まれは兎も角、という奴だが、物心付くか付かないか、の頃よりハイランドの街・キャロにて暮らして来た故、去年の春先までは確かに敵国だった筈の地で、古い年と、新しい年を、跨ごうとしていた。

──確かに、かつては自身にとっても、自身の『故郷』にとっても敵国だった地で、彼はそうすることになったけれど、少年は、その居場所が好きで、その居場所で共に暮らし、共に戦う人達のことが好きで、この数ヶ月の間に過ぎた出来事も、今尚過ぎて行く出来事も、それだけの月日が流れる間に関わった事、関わった人達も、好きだったから。

取り立てて、どうと思うこともなく少年は、やって来る新しい年と、接しようとしていた。

かつての『故郷』との戦いは、時が経つに連れ、苛烈さを増して行く一方で、例え苛烈でなかったとしても、戦いはどうしたって辛いもので、少年にとって、戦うことも、戦う人を見ることも、戦いで死んで行く人を見ることも、哀しい以外の何物でもなかったけれど、新しい居場所は暖かくて、取り巻いてくれる仲間達も暖かくて、同盟軍本拠地と定めた古城へ流れ着く人々も、逞しく、明るく、暖かく。

そして、何より。

同盟軍盟主となってより過ごした日々の中で出逢った、とてもとても大切な人が、傍にいてくれるから。

別段、昔を懐かしむこともなく、少年は。

…………でも。

そこに何か、深い意味合いがある訳ではなくて。

これまで、キャロの街で、義姉のナナミや、育ての親のゲンカクや、親友のジョウイと共に迎えたような静かな新年の迎え方なら、とてもとても大切なあの人も、気に入ってくれるかも知れない、と。

そんなことを、少年は、その年の最後の日、ぼんやり考えた。

数ヶ月に渡り、ハイランド皇国と交戦している同盟軍の、盟主となった少年のように。

祖国を開放する為に立ち上がった軍の軍主、という立場にいた青年は。

その戦いが終わって三年が経った、その年の大晦日。

故郷・トランの、隣国を目指していた。

行く年がどうの、来る年がどうのと、そんなことを考えている暇すらないような、あの戦争が終わって、三年、世界を放浪していたが為、毎年毎年、青年は、新年を迎える場所が違い。

今年も又、故郷ではない場所で、彼は新年を迎えるのだけれど、それでも、行く年にも、来る年にも、何一つとして感じられなかった三年前や、それから過ごした三年間に比べれば、その年の瀬は、随分と趣が違った。

けれどそれは、青年にとっては恐らく、喜ばしいと言える趣の違いなのだろう。

自身の戦いの際、大切な家族、大切な親友、その全てを亡くした青年は、戦いが終わってからの三年間、自分はこの先、もう誰も愛することなんてないんだろうと、そう信じて生きて来て、けれど、言葉にするならば『通りすがり』に知り合った、己よりも五つは年下だろう少年を前にした時、青年が三年の間抱え続けて来たその確信は、崩れ去った。

青年が、通りすがりに出逢った少年は、かつての青年の立場に良く似た、同盟軍盟主との立場を持っていて、あの頃の青年にもあったかも知れない、何処までも真っ直ぐな性根があって。

…………だから、という訳ではないけれど。

青年は、少年に惹かれた。

それは、今の己の立場や何やかやを、青年の中に重ねた少年が、青年に惹かれたのに似て。

緩やかなような、性急なような、何処か例え難い速度で、青年は少年を愛し始め、青年にとって少年は、とてもとても大切な人になった。

だから、図らずも戻ることになった故郷の街で、三年振りの年の瀬を迎えず、青年は、少年の許を目指して。

かつて、大切な家族や、大切な親友と過ごした、故郷の街での華やかな新年の迎え方をしたら、少年も、気に入ってくれるかも知れない、と。

青年はそう思い、同盟軍本拠地へと続く道を急いだ。

あの頃は、もう戻っては来ないけれど、新しく自分の許を訪れてくれた、新しい大切な人と。

十日程前、本拠地にて別れた時、今年最後の日には、ここに来るから、と、青年に言い残されたから、少年は、大晦日、青年が必ずやって来ることを知っていて、けれど、待ち侘びており。

青年は、待ち侘びているだろう少年の為に、街道を辿る足を速め。

それでも、真冬と言えるこの時期、例え雪がなかろうと、陽が落ちたら最後、土や雑草が剥き出しになった街道の足場は悪く、昼前には、グレッグミンスターを出たんだけどな……とぼやきながら進んだ青年と、青年を待ち続けた少年が、大晦日の逢瀬を果たしたのは、その日が終わる、三十分程前のことだった。

そんな時間帯、本拠地最上階にある、少年の部屋へと辿り着いた青年は、

「遅くなって御免ね……」

と、開口一番、本当に申し訳なさそうに告げ。

「え、そんな。わざわざ来て貰ったんですから……」

青年の素振りを受けた少年も又、申し訳なさそうに、慌てた。

「……二人で、謝り続けていても仕方ないから、止めようか」

「…………それもそうですね」

部屋の中央で向き合ったまま、彼等は暫くの間、互いが互いに詫び続けていたが、切りなくそうしていても不毛か、と、笑みながら青年が言えば、少年も又、にっこりと笑んで、はい、とこくり頷き。

二人は揃って向きを変えて、揃って足を進め、同時にベッドに腰掛け。

「初日の出、拝みに行く?」

「ええ、出来れば。……でも、途中で寝ちゃったら御免なさい……」

「もし君が寝ちゃったら、日の出の頃に起こしてあげる」

「あ、はい! でも、頑張って起きてますねっ」

そうして、彼等は暫し、他愛無い話を続けた。

が、二人が交わすやり取りが、それ以上深くなる前に、部屋の片隅の小机に置かれた置き時計が、チン……と細やかに、午前零時──即ち、一年が移り変わったのを伝えて来たので。

「新年、明けましておめでとうございます」

「明けまして、おめでとうございます。……今年も宜しくね」

「はいっ。僕の方こそ、宜しくお願いします」

ベッドの上に腰掛けたまま、彼等は、ぺこり、頭を下げ合った。

そうして。

「……あの」

「ねえ……」

──二人は全く同時に、互いが互いへ、何かを言い掛け。

「あ、御免。……何?」

「いえ、僕の方こそ御免なさい。何ですか?」

重なってしまった言葉に、又、揃って頭を下げて、彼等は。

好き合い出して数週間が経つのに、一向に進まない二人の関係をそのまま写し取ったかのように、話を進めようともせず。

「先に言って?」

「あ、マクドールさんこそ、先に……」

「え、でも、大した話じゃないし」

「僕の方も、大した話じゃ……」

何時までも、そんなやり取りを繰り返していた。

……が、互い、謙遜は美徳とばかりにそうし続けた処で、何の進展も生まれぬことくらい、彼等とて、頭では判っていたから。

控え目過ぎるそれを、青年の方が打ち切った。

「……あのね。君に、渡したいものがあったんだ」

「あ。偶然ですね、僕もです!」

────僕にしても、彼にしても、二人きりでいると、どうしてこうなっちゃうのかな……と。

内心では思いながら、青年が、やっと話を進めれば、少年は、少しばかり覇気を取り戻して。

たっと、立ち上がって少年は、部屋の片隅に走り、しゃがみ込み、ごそごそと何やらを探ってから、青年の傍らへと戻って来た。

「えっと、これなんですけど」

ぽすんと、軽い音を立ててベッドに腰掛け直した少年が、青年へと差し出したものは、燭台と、それに挿す為の蝋燭で。

「……これは? ──あ、はい。僕が君に渡したかったのは、これ」

少年の手に乗ったそれを、小首を傾げて眺めながら、青年も、少年へと何やらを差し出した。

「………………? これ、何ですか?」

──青年が、少年へと手渡した物は、少年は見たことがない、小さな花火のような物を糸で連ねた代物で。

「爆竹って言うんだけど」

不思議そうな顔をした少年に、青年はその正体を教えた。

「爆竹?」

「うん、音だけがする花火。──トランの方では、それを鳴らして新年を祝うって地方が結構多いから。……僕は余り、そういう風に新年を祝ったことはないけど、グレッグミンスターでも良く見掛けてた新年の光景だし、君は、こういう賑やかなの好きかなあ、って。──処で、その蝋燭は……?」

「ああ、えっと。キャロの方では、新年が来ると、蝋燭に火を灯してお祈りみたいなことをして……っていうのが普通だったんで……。僕は、堅苦しいのはあんまり好きじゃないですけど、マクドールさんは、そういう静かな新年の迎え方、好きかなあって思って……」

青年がそうしたように、少年も又、手渡した物の正体を語れば。

「…………ああ、成程……」

青年は納得したように頷いて、愉快そうに笑み。

──ねえ。蝋燭を灯すのも、爆竹を鳴らすのも止めて。朝日が昇るまで、話だけをしようよ。僕達は未だ、お互いのことを何にも知らないみたいだ。僕は君のことが好きで、君は僕のことが好きで、折角二人きりで、こうしているんだから。少し、互いの話をしよう。……年も変わったのだから。少しくらい、『僕達自身の話』を進めても、いいと思わない?」

笑んだまま、けれど何処か恐る恐る、青年は、少年の頬へと手を伸ばした。

ゆるり、緩慢に伸びて来たその手に、少年は一瞬、ピクリと肩を振るわせたけれど、それでも、頬を撫でていった手袋越しの指先に、少しばかりうっとりと、目を細めた。

「…………はい。僕も今年は、マクドールさんのこと、沢山知りたいです」

そうして少年は、花が綻ぶ時のように、口許を緩ませ。

「じゃあ、何から教え合おうか?」

青年は、吸い込まれるように、綻んだその口許へ眼差しを注いだ。

End

後書きに代えて

物凄く奥手で、初々しいことこの上ない、本当に貴方達、関係進められるんですか? と言いたくなるWリーダーですが。

この彼等も、ちゃんと関係進みます(笑)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。