04/15/2003 『仰天』の朝 その1
 
 かつて、それらの経験者一一因みに複数一一に体験談を語って貰った処、皆が皆、口を揃えて、「体質次第」と宣った。
 お薬に、レッツチャレンジ! と、本当に手を出してみた後、どうなるのかは、各人の体質次第だ、と。
 どうにもこうにも合わなかった者は、一晩中吐いてるし、スカンと決まってしまった者は、一晩中笑い転げているし、別の意味で合わなかった者は、何を試してみても素面のままなんだそうな。
 ……で。
 夕べ、そこまで『物騒』な代物とは知らず、お薬に手を出してしまったセッツァーとエドガーの二人のような反応を示した場合、翌朝は大抵、地の底まで沈むのが、パターンなんだとかで。
 そんな、物凄く狭い世界の統計が示す通り、馬鹿と云うか、『痛い』と云うか、何と申し上げたら良いのやら、な夜が明け、朝と云うには遅過ぎる時間帯、やっとこさ目覚めを迎えたお二人さんは。
「気持ち悪い…………」
「……だるい……」
「吐き……そう……」
「動きたくねえー……」
 口々にそう言い合い、真っ青な顔をして、ぐっちゃぐっちゃのドロッドロな惨状のままある寝台の中で、頭を抱えてのたうちまわっていた。
 彼等の場合、自らの意志を持ち、進んでお試し、と相成った訳ではないので、若干、同情の余地は残されているが……まあ、これも又、自業自得なんだろう。
「オエ…………。み、水ぅ……」
「自分で取れば…………」
「出来ねえから、頼んでんだろうが……」
「……私だって、動けない……」
 が、それでも。
 暫くの間、手負いの獣のように、じーーーっと息を詰めていたら、少しずつ、身体の方は回復を見せ始め。
 のそのそ、のたのた、床へと這い降りた彼等、脱ぎ散らかしたままのシャツを弄り、ぐずぐずと身に付けて。
「…………ねえ、セッツァー」
「……何だ?」
「夕べ、何が遭ったんだと思う……?」
「一一さあな。二人して酒飲んで……お前がレストルームに行った辺りまでは、覚えてるんだが……」
「私も、その辺までは、記憶にあるんだけどね……。そこから先が、どうにも……。やけに、気分が良かったこととか、幸せがどうのって云う話をしていたような覚えはあるんだけども……。そこから先、何かどうして、こうなったんだろう……」
「…………さあな……」
「何がどうして、って云うか……。何をどうすれば、こんな惨状になるんだ? この部屋は。一一夕べ……夕べ……夕べ? あー……思い出せない……」
「夕……べ……一一。ああ、お前と抱き合ったような覚えはあるぞ。それは、何となく覚えてる」
「抱き合った……って、どう云う風に?」
「……さ、あ……」
 一一一一だらしなく、シャツを羽織ったまま。
 セッツァーはどかりと、エドガーはちんまりと、床の上へと直に座り。
 腕を組んでみたり、こめかみを押さえてみたり、首を捻ってみたりして、何とか、昨夜の出来事を、二人は思い出そうとしてみたけれど……結果は玉砕だった。
「あーもー……。何故なのか、それは判らないけれど。物凄く、悲しくなって来た…………」
「……奇遇だな、俺もだ。理由なんぞに心当たりはねえが、どうしようもない程、虚しいのは何故なんだ?」
「そんなの、私が聞きたい……。一一何で? どうしてこんなに、落ち込むんだ? 私は」
「俺に聞くんじゃねえ……」
 懸命に、記憶の糸を手繰っても、夕べの出来事を思い出せず。
 段々と二人は、どどめ色に落ち込み始めた。
「何をどうしてみても、駄目なのかなあ……私達は……」
「……かもな……」
「全てのことが、駄目で、どうしようもなくって、終わり、なのかなあ……」
「…………そうかも知れねえな……」
 一一この現象。
 端から見れば、もう勘弁して下さい、と云いたくなる程にハイテンションだった昨夜の、単なる反動なのだけれど。
 そんなこと、二人は知る由も無いので。
 頭上に、深く暗い灰色をした、ドでかい暗雲を垂れ込ませながら、もう、この世の終わりは間近い、そんな雰囲気になって、彼等は揃って項垂れた。
「もー……どうしよ……。も、何も彼もが嫌だ……」
「まあな。……だが、そうは云ってもな……」
 止める者も、宥める者も、いない中。
 激しく激しく、彼等は落ち込み。
「……いっそ、死んじゃいたいかも」
「おいおい……。まあ、気持ちは判るが……」
 非常に物騒な愚痴までもを、エドガーもセッツァーも、言い出し始めたが。
「一一…………あっ」
「ん? どうした?」
「……もっ……」
「…………も??」
「物凄く、お腹痛いっ!!」
 唐突に感じた腹部の痛みに、がばっとエドガーが床から立ち上がったことにより。
 彼等の落ち込み合戦は、なし崩しの終止符が打たれた。
 

04/18/2003 『仰天』の朝 その2
 
 人類最後の一人になって、この世の終わりを迎えたかのような、暗い暗い顔で。
 どよん……と落ち込んでいたのに、その顔色を、唐突に、蒼白なそれへと塗り替え。
 お腹が痛いっ! と喚き、がばっとエドガーは立ち上が…………れなかった。
 当人的には、がばりと立ち上がったつもりだったのだが。
 立ち上がり、そのまま一一自分が、シャツを羽織っただけのあられもない格好だと云うのを、彼は失念していたので一一、御不浄へと駆け込むつもりだったのだが。
 立ち上がるべく、丸め加減にしていた腰を、すっと伸ばした瞬間、ビキビキビキっ! と、ハンマーで腰骨ぶっ叩かれたような痛みが走り。
 それを感じたら、何でかは判らないけれど、全身も痛いぞ、と云うのも感じられ。
「う…………」
 べしょっとエドガーは、床の上で潰れた。
「おい、平気か?」
「平気じゃ……ない…………っ! あーーーもーーーーーっ、お腹痛いのにぃぃぃぃぃぃぃっ! 手洗いーーーーっ!」
 べちりと、情けない格好で潰れた恋人を、同情の眼差しでセッツァーは見下ろしたが、顔だけを持ち上げエドガーは、涙目になって、平気じゃない、トイレっ! と呻いた。
「………………立てねえのか? お前夕べ、どんな姿勢で寝たんだ? ………っとに、仕方ねえな。ほら、連れてってやるから」
 なので、セッツァーは。
 知らないって素晴らしい、と云いたくなる一言をエドガーへと投げ掛け、シャツを羽織っただけの体に、ローブを掛けてやってから、恋人を抱え上げようとして………一一。
「……ん?」
 一一ピタッ、と動きを止めた。
「何……? どうしたんだ? セッツァー………」
 自分を抱え上げ掛けたまま、微動だにしなくなったセッツァーを、エドガーは不安げに見上げる。
 否、不安げと云うよりは、トイレに行きたくて仕方ないのを我慢している風情と云うか、早く連れて行けと催促している風情と云うか。
「いや、その、な…………」
 が、セッツァーは。
 その真意が何処にあるにせよ、切羽詰まっているのだけは良く伝わるエドガーの様をちらりと見遣り、益々、同情の色を眼差しに乗せつつも、動こうとはせずに。
「キス・マーク」
「…………は?」
「だからな。お前の全身に、キス・マークが付いてんだよ。…………夕べ俺は、こんなになるまでしつこく、お前を構った覚えがねえんだが……」
 抱えた恋人の全身を、隅から隅まで眺め倒して、銀髪の彼は、心底困り果てた顔をした。
「………………っ……そんな覚え、私にだってないっ! 何で、そんなのが付いてるのかなんて、私にだって判らないっ! 何でもいいからっ。どうでもいいからっ! セッツァー、兎に角今は、レストルームっ!!」
 一方、エドガーの方は。
 全身に、互い身に覚えのないキスマークが散っている、とセッツァーに教えられ、へ? と訝しみはしたものの。
 今はそれ処ではない、生理的欲求の方が先っ! と。
 その事実を深く考えもせずに、恋人をどついた。
「あ、ああ。そうだな」
 故に、どつかれたセッツァーは、ああ、それもそうか、と、一時的に抱えた疑問を手放し。
 せーの、と、猛烈にお腹も痛いし、立てないくらい腰も痛い、と云うエドガーを、やっぱりここはお姫様だっこだよな、と、いそいと抱え、行儀悪く、寝室の扉を蹴り開け、国王陛下の自室の扉も蹴り開け。
 回廊に突っ立っていた衛兵さん達や、忙しく立ち働かなければならないので、パタパタと回廊を行き来している女官さん達が、ぎょっとしたような、呆れたような、視線を寄越して来る中。
 そそくさと、レストルームへと走った。
 

04/21/2003 『仰天』の朝 その3
 
「……何だ……?」
 抱え上げた恋人を、無事に手洗いへと送り届け、何が、なのかは知らないし考えたくもないが、良かった、良かった、と『満足』そうな顔になって、エドガーの自室へと回廊を戻っていたセッツァーは、何やら、すれ違う城内の者達が己へと送って寄越す視線が、痛いを通り越して、哀れみに近いそれと化しているのを、何となく肌で感じて、首を捻った。
 痛いと云うか、哀れみと云うか、もう少し正確に表わすならば、奇怪な物を目撃してしまった視線、と云うのが、城内の者達から注がれ続けている視線で。
 俺の何処が奇怪だ? と、深く深く悩みながら、それでもセッツァーは回廊を歩き切って、エドガーの部屋へと戻った。
 一一夕べ、恋人と二人繰り広げた醜態の記憶がない彼が。
 今、自分がどんな格好をしているのか、顧みられないとしても、致し方ないのかも知れぬけれど。
 銀の長髪はぐちゃぐちゃ、薬の所為か、励み過ぎた所為か、目許は少々落ち窪み気味で、起きた時纏った、ヨレヨレのシャツの上に、若干働いた理性のお陰で、ローブを更に羽織ってはいるものの……『必要最低限』の羽織り方しかされていないから、エドガーに付けまくられたキスマークも、ばっちり伺える。
 ……と云う風な、如何にも、僕は情事を終えた後です、夕べ丸々励んでしまいました、て風情を、己が晒しているのには、幾ら何でも気付いて欲しいと思うし。
 そんな姿を晒されれば、奇怪な物を見るような目付きを、城内の者達だって送るのが当然。
 が、当人は何処までも、その事実に気付けず。
 まあいいか、と脳天気に、『国王陛下の自室』へと消え。
 一一……一方、その頃。
 猛烈に痛み出した腹部のお陰で、御不浄に隠る羽目になったエドガーは。
 落ち着いた先でも、お腹を抱えて身を丸め、痛い痛いと喚きながら、中々途切れてくれない、強烈な生理的欲求と戦い戦い……ずーーっと戦い。
 ××分後、漸く『一心地』付いて、落ち着きとやらを取り戻し。
 落ち着きと共に、平常心をも蘇らせたら、ふっ……と。
 自分が何故、こんなことになってしまったのかを考え出してしまった。
 夕べは、侍医から貰った、『人体に悪影響のない媚薬』をセッツァーと一緒に飲んで、少々気分が良くなってしまったものの……でも、そこから記憶はなく。
 なのに、全身にキスマークは散っているし、自力では動けない程腰は痛いし。
 チロ……っと、レストルームの片隅に掲げられてある鏡を覗き込めば、何と云うか……『凄まじい』としか言い様がない姿の己は映るし、鏡に映るその凄まじい姿は、何処からどう見ても、ああ、情事後なんだなー、としか思えぬそれで。
「…………もしかして……私は夕べ……覚えていないだけで……。まさか、とは思うけど、セッツァー、と…………? でも、本当に記憶がないし……だけど……」
 ぶつぶつ、個室の中の『そこ』に腰掛けたまま、エドガーは、己が晒す惨状から推測出来る、最もあり得そうな可能性を秘めた、『夕べの出来事』を脳裏に浮かべ。
「……でもね。幾ら何でもね、しちゃったことを覚えていないって云うのは、人として問題があり過ぎる気が……。一一あー、だけど、お腹痛いし……。確かアレって、さっさと出さないと、ものすっっっごくお腹壊すって、本に書いてあった気もするし……」
 何とか、思い描いてしまった可能性を否定したいと足掻いてはみたが、足掻ききれよう筈もなく。
「しちゃった……のかなあ……セッツァーと……」
 何とか、『現実』を受け止めようと頑張って。
 『現実』の為に頑張っちゃったエドガーは。
「うわー…………。私って……。私って…………一一」
 真っ赤に頬を染めたまま、御不浄から出ること、叶わなくなった。
 

04/29/2003 『仰天』の朝 その4
 
 国王陛下が、誠にあられもないお姿で、『建前上』はご親友に担がれ、一人御不浄に篭り。
 何時まで経っても出て来なければ、大騒ぎになるのは必然。
 かくも馬鹿馬鹿しい『大騒ぎ』なぞ、この世にあって堪るか、と云いたくはあれども、砂漠の『小国』、フィガロではそれが『日常』。
 …………物凄く嫌な日常であるのは否めないが。
 一一と云う訳で。
 ものすごーーーーーーーーーく深い、心底嫌そうな、と云うよりは辛そうな顔をして、陛下がこうでこうでこー、と、城内を取り仕切る神官長は、午前中から起こった『大騒ぎ』の報告を、衛兵だの女官だのに受け。
 直ぐさま侍医を、エドガーが『立て篭った』御不浄に派遣した。
 宮仕えとは、こうも辛いものなのか、と、城内の皆々様に同情したい処だけれど、宮仕えは宮仕え、忠誠は忠誠、あんなんでも一一失礼一一国王は国王、と云う訳なので。
 夕べ、薬を渡した手前もあるし、陛下、『頑張り』過ぎちゃったのかな、と侍医は、御不浄の個室で一人何かを思い悩んでいた模様のエドガーを宥め透かし。
 漸く出て来た彼の手を引っ張って、ずるぺたずるぺた、王の自室へ向かい。
 帰って来るのが遅いなー、とぼんやり恋人を待っていたセッツァーと二人、並んで座らせると、上手いこと言い包めて、昨夜の出来事を聞き出した。

「……………は、あ…………」
 どうしようもなく出来の悪い、とてもとても小さな子供をあやすかのように、二十七にもなる大の男達の説得に成功し、話を聞き出した途端。
 酷く複雑そうな顔をして、侍医はそれだけを洩らした。
「……何か……問題……でも……?」
 現状、エドガーにとっては唯一の頼みの綱である彼に、複雑で深刻、てな顔をされ、さっ……とエドガーは青冷める。
「いえ、そう云う訳ではないと思うんですが………………多分」
「じゃあ、どう云う訳だ?」
 エドガーと共に、夕べの出来事を告白している最中、自分がどうやら無断で薬を飲まされたらしいことに気付いて、ムッとし、機嫌を損ねていたセッツァーも、侍医の曖昧な返答に不安を駆り立てられたのか、損ねた機嫌は何処へやら、心配そうに身を乗り出した。
「その………ですね」
 だから、侍医は。
 一歩間違うと、自身に厄災が降って来るだろうことを充分に自覚した慎重な声音で、推測を語り出した。
 一一厄災が降り掛かるのを避けたい気持ちは良く判るが、元はと云えば、薬を取り違えてしまった侍医にも、この事態に対する責任はあるので、今回は誰も、彼には同情しないだろう。
 が、それも、侍医には良く判っていることなので。
 どうやら、昨日自分がエドガーに渡した薬は、考えていた代物では無かったこと。
 その結果、二人が、薬の作用の所為で、ラリパッパのチーパッパ、になってしまったのだろうこと。
 そして、更に。
 当人達にも記憶がないから、定かなことは言えないが、どう考えてみても二人が、『無事』に一一真実、無事に、だったのかは、まあ追求しないでおくとして一一、『合体っ!』を済ませたとしか思えないこと。
 それらを、何でも無いことのような振りをして、彼は、セッツァーとエドガーの二人に伝えた。
「…………よ、宜しゅうございましたね、陛下。念願が叶われて」
 勿論、こんな、フォローの言葉を添えるのも、彼は忘れなかった。
 一一一一が。
「これっっっっぽっちも、喜ばしくなんかなーーーーーいっ!」
 侍医のフォローはフォローにならず。
 腰掛けていた椅子よりがばりと立ち上がって、途端、痛い……と腰を押さえてその場に沈みつつも。
 エドガーは怒りの一言を放った。
「どーしてっ! どうして、あれっっっほど、恥ずかしい想いをして、あれ程努力したのにっっ。私の記憶にも残らず、一番肝心な部分が終わってしまうんだーーーーーっ!」
 …………そうして、彼は。
 腰痛い……と一一尤も、痛む部分は腰だけではなかったが一一呻きながら。
 セッツァーに縋って、さめざめと泣き始めた。
 

05/06/2003 僕達の行く道 その1
 
 エドガーがどれ程に、泣こうが喚こうが、年甲斐もなく駄々を捏ねようが。
 あれっっっっ程彼等が望んだ、嬉し恥ずかし『初体験』が、ラリパッパ状態の中で済まされてしまい、欠片程も記憶に残っていないと云う事実は覆らなかった。
 ……当たり前だが。
 と云うより、覆ったら恐い。
 で、これが夢だったらなあ、と、彼等が望んだように、現実が覆る処か、精神的ショックと、肉体的ショックの双方をまともに喰らったエドガーは、それより数日、熱を出して寝込み。
 漸く心身共に立ち直れた一週間後、何処にも行くな、と云う、おねだりと云う名の『命令』に従い、フィガロ城内で油を売っていたセッツァーを捕まえて、ぶつぶつ、愚痴を零していた。
「どうして、こうなるんだろう……」
「……どうして、と云われても。それは俺も聴きたい」
「なら、どうしようか」
「…………いや、どうしようか、と云われてもだな……。一一そうだな……」
 部屋の片隅に、クッション抱えたまま蹲る相手に、延々愚痴を聞かされ、どうして、とか、どうしようか、とか問われて。
 そんなこと、俺に聴くな、と言いたげな表情を、恋人の眼前に立ち尽くしたセッツァーは拵える。
 が、ここで、どストレートに思いを伝えたら、エドガーの機嫌が一層こじれるのは目に見えていたので、彼は穏便に、そうだな……とか何とか、適当なことを答えてみた。
 どうしようかなんて云われたって、何をどうしろと、ってなものだから、例え最愛の恋人に、どうしよう、と縋られても、終わってしまった物は終わってしまったのだ、セッツァーにも今更如何ともし難い。
 だが、あの朝エドガーが、これでもかっ! と嘆いたように、長い長い、長い間、とっても沢山努力して、身も心も結ばれるべく精進して、恥ずかしい思いも山程したのに、結果がこれでは虚し過ぎる、とセッツァーも心底感じていたので。
「…………やり直す、か? もう一度」
 一一などと、彼はぽろり、囁いてしまった。
「やり直す、ってどうやって」
「それは……まあ……今夜にでももう一度」
「もう一度、って云ったって、セッツァー……」
「お前の云いたいことは判るが。……不幸中の幸いと云うのも何だがな……お互い、覚えてねえんだから。覚えてない以上、『お初はお初』だろ」
 そうして、勢い。
 やり直すって、どうするんだ、とじと目を寄越した恋人へ、セッツァーは、彼的には非常に前向きと思える意見を以て、説得を開始したが。
「そう云う意味での、『どうやって』、じゃなくって」
 エドガーの機嫌は上昇する処か、下降の一途を辿った。
「……じゃあ、どう云う意味なんだ」
「あの時はね、侍医が寄越した胡散臭い薬の所為で、何とかなったのかも知れないけど、今度も上手く行くとは限らないし。もうあんな目に遭うのは私は御免だから、訳の判らない代物に頼るのも御免だ」
「そうだな」
「でね、そうなるとね、私達は正攻法でやり直すしか術はなくって。一回ヤッた程度で、あれっっっっっっっ……だけ痛かったものが、急に痛くなくなるなんて幻想、私には抱けないから。それをどうするんだ、って私は云ってる。そう言う意味での、『どうやって』、なんだけど」
 御機嫌斜めになったまま。
 キィキィと、今にも炎のブレスすら吐きそうなノリで、エドガーがまくし立てるから。
「……それは、その……。所謂努力、って奴を積み重ねるしかねえだろう……な、多分」
 あ、キレてる、と、及び腰になりつつセッツァーは、辿々しく告げた。
 麗しの恋人の前で腰が引けるギャンブラー殿と云う図式は、誠に珍しいと思われるが、逆上している相手には逆らわない方がいいと云う判断を、彼は下したのだろう。
「努力ってっ? 努力って、何の努力っ?!」
 けれど。
 一言で云えば、もうそれ以外方法はねえよ、てな思いを何とかかんとか飲み込んで、柔らかくセッツァーが告げた『努力』と云う単語がお気に召さなかったのか、エドガーは更にヒートアップし。
「今までだって、散々努力して来ただろうっ! なのに、この結果じゃないかっ! あーもー、悔しいっ! 腹立たしいことこの上ないっ! でもっ!」
 あーでもないの、こーでもないの、喚いて喚いて、恋人に冷や汗掻かせる程、喚き『暴れた』後。
「セッツァーっ!」
 声高にエドガーは、恋人の名を呼んで。
「な、何だ」
「努力すると云ったねっ! 努力するしかないと云ったねっ? 撤回しないね? その言葉っ! 認めるっっ?!」
「そりゃ……まあ。てめえで云ったことだからな」
「ならっ! 私達の睦み合いが、私達が思い描いたような形になるまで、努力しようじゃないか、この城でっ!」
「…………はあ?」
「……嫌だ、とでも?」
「いや、そう云う訳じゃ……ねえが……」
「なら、構わないだろう? 男に二言はないよ」
 一一エドガーは。
 なし崩しに、と云うよりは、恐らく自身にも制御出来ていないのだろう勢いを振り翳し。
 

05/06/2003 僕達の行く道 その2
 
 それより数年の時が流れた後には。
 当時を振り返って、ああ、あの時は馬鹿なことをしたな、云ったな、と、エドガー自身にも思えるようになったが。
 その時には、それ以上に最上の策はないっ! と思えて仕方なかった、『強制同居』一一否、『強制同棲』と云った方が正しいか一一な状態に、恋人を巻き込んで。
 次いでに周囲も巻き込んで。
 お薬の所為でラリパッパになっちゃったから、覚えてないのー、な『初夜』を取り戻すべく、エドガーと、なし崩しにそれに付き合う形になったセッツァーの二人は、砂漠の国の国王陛下が逆上なされたあの日より、再び、絶え間ない『精進』の道を歩むこととなった。
 一一思い起こせば。
 お馬鹿さんな希代のギャンブラーが、『嫁さんが欲しいから』などと云う馬鹿げた理由で犯罪を犯したことをきっかけに、お互い惚れ合ってしまって。
 当人達も、周囲も巻き込み、大迷惑な恋愛を展開することになったお二人さんだが。
 まあ、それも又、人生なんだろう。
 少なくともそれが、彼等の行く道であるのは、間違いない。
 その後、精進、努力、それらを重ねただろう二人が、彼等自身の望む形でエッチを果たせたかどうかは、残念ながら最後まで語ること叶わないが。
 その辺は、あれから数年が経った後も、セッツァーがフィガロ城に留まり続けていると云う事実を以てして、御想像頂きたい。
 成功し、本当の意味での『らぶらぶばかっぷる』と彼等が化したのか。
 それとも未だに、努力と精進の道を歩み続けているのか。
 それは秘密、と云うことで。
 この世界に於ける、皆々様を救う為の冒険の旅はどうなったんだろうなー、と云う疑問も、残されていない訳ではないが、それも、まあ、御想像にお任せしたい処だ。
 ま、少なくとも。
 セッツァーとエドガーの二人が、『努力と精進の道に明け暮れる、前途多難な、不幸な恋人同士』であるにしろ、『どーしよーもない、らぶらぶばかっぷる』であるにしろ。
 一緒に暮らしていられる程度の、仲良しさんであるのは、疑いないから。
 彼等が歩んで止まない道の果てには、多分。

END


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