彼女の自室に招かれて、茶を共にしながら語らっていた最中。
揺るぎない確証が得られるまで誰にも打ち明けまいと思っていたロトの洞窟での出来事と、私は本当に、勇者ロトの末裔であるらしいこととを、私が洩らした途端。
ローラ姫は唐突に口を閉ざし、何やら考え込み始めた。
随分と長らくそうしてから、いきなり立ち上がった彼女は、私の手を引き、女官達も引き連れ、王城の図書室に突撃して──あの様は、突撃、としか例えられない。決して、深窓の姫君が見せて良い様では無かった。勇ましくはあったがね──、私や女官達や、何事かと駆け付けて来た王や大臣達や兵達が見守る中、図書室の書物を片端から漁り出し、終いには父王にも手伝わせて、一冊の、甚く古びた本を探し当てた。
────それは、掛け値無しに古い本だった。
姫や、姫に言われて漸く存在を思い出した風だった国王に曰く、勇者アレクの仲間の一人で、ゾーマ討伐後ラダトーム王国に留まった、男性の賢者が自ら綴った書物だ、とのことだった。
図書室にある数多の棚の中でも最も奥まった棚の、更に奥の方に隠されていたその書物を、姫は、幼い頃に見付けて目を通したことがあったそうで、その中に、著者である男賢者が自身で描いた、勇者アレクの絵姿が載っていたのを、私の話から思い出したらしく。
忙しなく頁を繰った姫は、その絵姿を私に見せてくれた。
…………全てが真の話ならばだが、その本の著者であると言う、勇者アレクの仲間だった男賢者が某かの術でも施しておいたのか、三百年乃至は四百年前の物であるにも拘らず、その頁は、彩色すら欠片も褪せていなかった。
それなり以上に上手い絵で、色鮮やかに描かれた人物は、どう見ても少年だった。いや……、少年と青年の間の年頃、かな。
達筆で、アリアハンの勇者、アレクの肖像、とも記されていた。
そして。
アレク──即ち勇者ロトと記されたその少年の面は、髪や瞳の色まで、私に瓜二つだった。
……驚いたよ、本当に。
────その後、王城内は騒ぎになり、姫が引き起こした騒動が収まって城内が平常を取り戻した時には、私は、王や大臣達の前で、ロトの洞窟での出来事を白状させられる羽目になっていて、少なくとも彼等にとっては、真
あの勇者アレクの絵姿を見せられても、私自身は、「未だ、かも知れない、のままだ」としか思えなかったけれどもね。
『そうと言い伝わっている』絵姿一枚で、何が変わる訳でも無いしな。
だから、私は一人、言葉にするなら取り残されたような気分になってしまって、その戸惑いを隠せずにいた私に、姫が詫びてきた。
今更だけれども、勝手なことをしてしまったかも知れない、出過ぎた真似だったかも知れない、と。
………………自分で言うのも気鬱なことだが、実を言えばこの時、私の中では、私の『育ちの悪さ』が顔を覗かせていた。
知らず知らず、私は、姫の言葉の裏を見付け出そうとしていた。
裏があると確信した訳でも、そんな気配を感じた訳でも無いのに。裏があると思っておけば、何か遭った時、傷付かずに済むから、と言う思いのみで。
例えば、一介の孤児に助けられたとするよりは、紛うことなく勇者ロトの末裔に助けられたとする方が、姫にとっても、王家や王国にとっても都合がいい、とか、そんな風な思惑があって、姫はあの騒ぎを起こしたのかも知れないと、私は勘繰り始めていた。
…………我ながら、あの際の私は、かなり卑屈だったと思う。思い出すだに、自分で自分が痛い。若気の至りにしても痛い。
しかし、そうとは知らぬ姫は、懸命な顔で私へ詫び続け、
「少しでも、アレフ様がご自身をお知りになる為の旅の、助けになればと思って……」
……と、最後に、小さな声で言った。
──野宿の間も、マイラでも王城でも、ねだられるままに姫へと旅の話を語ったが、私は決して、ラルス十六世より竜王討伐と光の玉の奪還を拝命して旅をしている者、との姿勢も立場も崩さなかったし、私の旅が、私自身の『血』を知る為の旅でもあるとは、おくびにも出さなかった。
だのに、どうしてか、姫はそれに気付いていたらしく。
肩を落として、しょんぼりしてしまった姫に、私は詫びと礼を告げた。
姫がしてくれたことは、確かに私の助けになったとも告げた。
そうして、その直後に姫が浮かべた、それは嬉しそうな笑みを見詰めながら、私は、自分が恋に落ちたのを自覚した。
先に言っておくが、私は、お前に惚気を聞かせたくて、あの頃の私と姫が共に過ごした約一月程の間の出来事を綴った訳では無いよ?
先祖の色恋に関して知らされるのは、子孫のお前にとっては居た堪れないことだろうけれども、この辺りのことも或る程度は語っておかぬと、後の話に困るからだ。
……まあ、多少は惚気てみたい気持ちが無くも無いので、もう少しくらい、私と姫の云々を綴りたくもあるが、例えば、この後、旅に戻る私に、姫が、王城の魔導士達に急遽拵えさせた魔法具を贈ってくれただの、お慕いしていると告げてくれただのは、竜王討伐物語にも認
子孫のお前に呆れられてしまったら、切ないしな。
話を戻そう。
────そんな風なことがあって、その果て、私と姫は秘かに想いを交わし合って──ああ、これも言っておく。この頃、私達が交わし合っていたのは想いのみなので、はしたない誤解はしないように──、私は旅に戻ったが。
先にも書いた通り、ドラゴンと言う『伝説の生き物』を倒して姫を救い出し、且つ、勇者アレクのものと言い伝わる肖像に瓜二つだった私を、王城の者達が、国王含め、紛うことなくロトの血を引く勇者、と扱い出した所為で、私は、街道や広野を行きつつも、何処か上の空だった。
気が付けば、ロト伝説を思い返すようになっていた。
敢えて思い出さずとも、空で言える伝説だったにも拘らず。
又、それこそ若気の至りで、落ちたばかりの恋に浮かれ気味でもあったので、知らぬ間に姫に思い馳せていたりもして、我ながら……、と苦笑するしかない日々ばかりを繰り返していたからか、私は急に、マイラの村でのあの夜、姫が打ち明けてきた話が気になり始めた。
その段になって、今更に姫の言葉を疑い出したのでは無く、竜王は何故、わざわざ攫っておきながら、彼女に何もしなかったのだろうか、と言うことが。
────姫を連れ去ってより一年近く、ラダトームには何も言ってこなかったのだから、『女性としての彼女』では無く、『ラダトーム王国の世継ぎたる彼女』を攫った、と言う想像は当て嵌まらない。
竜王が、姫を盾に取っての要求を何一つラダトームに突き付けなかった為に、人々は、竜王は姫を己の妻に望んだのだ、と思い込んだのだし。
だが、世間がしていた、私も信じてしまっていた噂──もう噂で無く、下衆の勘繰りと言った方が相応しいかもだな──とは違い、竜王は姫へ、己が妻に、とは求めなかったし、我が物ともしなかった。
…………不思議な話だ、と思った。
何の為に竜王が姫を攫ったのか、皆目見当が付かなくて、気になって仕方無くなり、私は、幾日もそのことを考え続け、再度、ロト伝説の一節を思い出した。
勇者アレクが、未だ、彼が生まれ育った『上の世界』にいた頃の出来事の一つを。
天界に最も近い、神の眷属である竜の女王の城にて、彼が、光の玉を授かった件
重い病に冒されていた竜の女王は、アレクに光の玉を授けた直後、自身の命と引き換えに、一つの大きな卵を産み落として息絶えた、と言う『あれ』だ。
──その一節を思い出し、私は思った。
それが事実なら、姫に──否、人に、竜王の子は生せない。
誰であろうが、相手が人である限り、妻に迎えようと、己が物としようと、竜王には何の意味も成さない、と。
欲求や欲望を晴らしたかったとか、趣味の悪過ぎる楽しみの為にとか、暇潰しとか、魔族がやらかしても不思議でない理由で以て、単に辱めたいが為だけに攫ったのだとしたら、疾っくに姫は嬲り者にされていただろう、とも思ったし、人が言う処の愛だの情だのを姫相手に抱いたからと言うのも、有り得なかろう、とも思った。
少なくとも私には、悪魔の化身と言われている竜王が、その手合いの想いを解せるとは思えなかったから。
『悪魔の化身』が、愛や情で以て『人族の女』に手を出すなどと、今尚、私は信じない。
碌でもない楽しみや暇潰し以外の理由で魔族が『人族の女』に手を出す唯一の可能性は、その者となら繁殖が行えるから、としか私には考えられない。
…………だから。
私は、竜王が姫を攫った理由──『この不思議の答え』は、二つに一つだと思った。
人々に、悪魔の化身と言わしめている竜王は、本来、愛や情を解せる存在──即ち、魔物や魔族とは異なるモノか、然もなくば、明確な理由がそこにあるかの、どちらかだ、と。