……そんな風だった竜王の子の話を聞き終えた際に、私が思ったことは、やはり、「ああ……」だった。
大魔王ゾーマに、アレクにだけは悟れた『正体』があったように、竜王にも『正体』があったのだと。
────今尚、私は、竜の女王の子であり、神の眷属だった竜王が、悪魔の化身となった理由を知らない。
それは、誰にも知る由も無い。
だが、アレクが遺した手記から、竜王の子の語りから、私は、竜王にも確かな『正体』があったことを確信し、この世界に『悪魔の化身』──竜王、で無く──を齎したのは神なのだとも確信した。
……お前には、信じて貰えぬかも知れぬけれど。
私は今でも、そうだと確信している。
何も彼もが最初から定められていた、所詮『決まり事』でしかなく、ロトの血も、ロトの血に課せられた『勇者の運命』も、ロトの血を引く勇者だった私も、私の運命も、『決まり事』の中で定められたものならば、『世界の敵』とて、決まり事の筈だ。
世に、大魔王や竜王のような『世界の敵』が現れし時、勇者も又現れる。
勇者が現れたからとて、『世界の敵』は現れない。
……そうだろう?
勇者の運命、勇者と言う存在、その出現、それら全てが『決まり事』ならば、『世界の敵』の出現も、決まり事の範疇だ。
でなければ、『決まり事』は成り立たない。
…………だから、私は、「ああ……」と思って。
私の眼前を、ちょこん、と占めたままの竜王の子に、思わず手を差し伸べた。
すれば、竜王の子は、私に縋ってきた。
縋って、直ぐそこに亡骸を転がす父を呼びつつ泣き始め、私は、父の代わりにアレを腕に抱いて慰めた。
竜王を討ったロトの血を引く勇者と竜王の忘れ形見が、『悪魔の化身』の骸を前に長らくそうしていたなどと、決して後世には伝えられぬから、このことは、姫も知らぬ、私とアレだけの内緒事だけれども、本当は、そんなことがあって…………、何が遭っても、ロトの血を引く勇者を恨んではならないと父に言われたし、自分自身もその通りだと思うから恨みはしない、と告げてきた竜王の子と一晩を過ごした翌日、夜が更け始めるのを待ち、竜王の子に一つ頼み事をしてから、私はラダトームに戻った。
何故、そんな刻限まで待ったかと言えば、時間稼ぎがしたかったからだ。
私が光の玉を掲げたことによって、世界を覆っていた『魔』が祓われ、と同時に平和が齎されたのは一目瞭然で、誰にも悟れてしまうだろうと容易に想像が付いた。
王城や王都は言うに及ばず、何処の街でも村でも騒ぎになっているだろうし、迂闊に戻れば確実に騒ぎに巻き込まれるのも目に見えた。
だから、夜を待った。
王達が、戻った私を捕まえ、祝典だの祝宴だのと言い出しても、時間が時間だから明日以降に、と言い訳が出来るから。
そうして、思った通り、私を待ち構えていたラルス十六世達を上手く誤摩化し、彼等が催そうとしていた全てを翌日に持ち越させ、「せめて、細やかな酒宴だけでも……」と粘った王の私的な招きだけは受けて、同席した姫に、話したいことがあるから、夜半、部屋を訪ねても良いか、と耳打ちした。
二つ返事で頷いた姫は、私が彼女の自室へ忍ぶ為の手筈まで整えてくれたので、申し訳なく思いつつも、彼女を訪ねた私は、私と竜王の子の間にあったことを除き、旅の最中の出来事、知ったこと、想ったこと、感じたこと、その全てを彼女に打ち明けた。
そして、別れも告げた。
────一時は、私は一体何だったのだろう、と思い悩み、手記を遺した先祖を恨み掛けたが、竜王城にての一晩を経た私は既に、何も彼もを信じていた。
竜王の子が語ったことも、アレクの手記に綴られていたことも、私自身が掴んだ『答え』も。
故に、姫に別れを告げ、明日には催されるだろう祝典や祝宴の後、国王達が何を言い出しても、某かを私に求めたとしても、私は、ラダトームからもアレフガルドからも去るとも告げた。
…………幼い頃、私は、ロトのような勇者になりたかった。
ロトのような勇者になって、竜王を倒しに行くのが私の夢だった。
その夢の通り、私は勇者になって、竜王をも滅ぼした。
私の憧れの人だった、勇者ロトの血を引く者だとも知れた。紛うことなく彼の末裔だと。
それ故に、只の勇者で無く、ロトの血を引く勇者ともなった。
……例え、何も彼もが始めから定められていた『決まり事』だったとしても。
私は、自ら望んで勇者となった。心のままに、自らの足で勇者の路に立った。
……私のこの想いは、全て、私のものだ。私が辿った運命も、辿ると決めた運命も。
そんな何も彼もを、神が、精霊達が、最初からの『決まり事』だと言うなら。
アレクに、私に、私達一族の血に、『勇者の運命』を課しておきながら、そのくせ、それは神の定めだと言うなら。
私もアレクと共に、『それ』を、神の呪いと断じよう、と決めたから。
そんなものは、私にとっても神の呪いでしか有り得ないから。
私達一族に課せられた『勇者の運命』から、私自身も、私の大切な子孫も、救ってみせる、とも決めた。
これは、アレクもその手記の中に綴っていたことだが、彼も、私も、私達の血も、神の思惑の上で踊るだけの、道具でも人形でも無い。
だから、私は姫に別れを告げ、アレクに倣って姿を消そうと思い定めたのだが、姫は別れを拒んだ。
頑として譲らず、決して頷いてくれなかった。
それ処か、
「もしも、アレフ様の──ロトの血に課せられた『勇者の運命』が、神より齎された呪いでしかないならば、私
と、決意を秘めた顔できっぱり言い切られ、全てを捨てる覚悟があるなら、と連れ立っての旅立ちを姫に誓ってより、私は、夜陰に紛れてラダトーム城を抜け出した。
──竜王城を後にする際、私が竜王の子にした頼み事と言うのは、その夜の内に、ラダトーム王城の外れまで私を迎えに来て欲しい、と言うものだった。
お前も知っての通り、アレクの時代とは違い、疾っくの昔に、ルーラの術は少々不便な魔術になってしまっていたから、数百年前のままのルーラが使役出来た竜王の子の手を煩わせて、私は竜王城に舞い戻り、アレクの手記と、確かに奪還したと証す為にも一度はラダトームに持ち帰らざるを得なかった光の玉やロトの剣を彼に託した。
アレクの手記を託した理由は、あの手記を、私以外の者の目には決して触れさせたくなかったからで、光の玉は、私が守護するよりも、竜の女王の孫に当たる彼が守護する方が、より相応しく思えたからで。
ロトの剣は、『世界の敵』を滅ぼせる、唯一の武器だったからだ。
…………当時も、今も、私は、竜王を討ったことを微塵も悔やんではいない。
竜王の正体が何であろうとも、彼も又、神の定めの中で動かされていたモノなのかも知れずとも、竜王が、悪魔の化身であり世界の敵であったのも、彼を滅ぼさなければ世界に平和が齎されなかったのも確かで、竜王討伐は私の望みの一つであったから。
私が、勇者としての私自身の行いを悔やむことは決して有り得ぬけれど……、もう、ロトの剣は──『世界の敵』を滅ぼせる唯一の得物だけは、叶うなら、世界からも歴史からも静かに消え去って欲しかったし。
私達の血に課せられた勇者の運命より、大切な子孫達を救い出せれば、ロトの剣は固より、鎧も兜も盾も、無用の長物と化すから……、と。
私が、そうなるように足掻けば良いのだから……、と。
……そう思って、あの剣も、私は。
悔やむ気も、詫びる気も無いが、竜王への手向けの代わりくらいにはなるかも知れない、とも思って。