これは確実に余談だが、何故か、私は竜王の子に懐かれたらしく──父を亡くしたばかりで、アレも寂しかったのかも知れないし、誰でも良いから頼る相手が欲しかったのかも知れないとは思うけれども、選りに選って私相手に、と言うのは正直、激しく複雑だった……──、その夜も、夜明けまで竜王城で過ごし、又逢いに来るから、と約束もして、何食わぬ顔で王城に戻った私は、午前から催された祝典に列席した。
竜王討伐物語には、この席にて、自分に代わってこの国を治めてくれ、と言い出したラルス十六世に、私は、
「いいえ。私の治める国があるなら、それは、私自身で探したいのです」
と殊勝に断りを入れ、
「その貴方の旅に、ローラもお供しとうございます。このローラも連れて行って下さいますわね?」
と告げたローラ姫──もう、ローラ、と書いても構わないかな──と共にラダトームを旅立った、とあるが。
実際は、かなり揉めた。
お前にも容易に想像は付くと思うが、揉めない筈が無かろう?
私が国王の申し出を蹴ったことや、ラダトームを継ぐ継がないは兎も角にしても、ローラはラルス十六世の一人娘で、唯一正統なラダトーム王国の世継ぎ、そんな彼女が私と共に旅立ってしまったら、その瞬間から、王国にはお家騒動が勃発するのだから。
しかし、ローラの決意は固く、誰が何を言っても聞き入れない、なら、私を引き止めるより他無い。……と言う訳で、王達は、大袈裟でも何でもなく、王城の者達総掛かりで、取っ捕まえた私を説得しようとした。
……あの説得と言うか、話し合いと言うかは、思い出す度、黄昏れたくなる…………。
ラルス十六世とローラ──後の舅殿と妻は、親子喧嘩以下の言い争いを延々繰り広げてくれて、大臣や重鎮達は、形振り忘れて私を泣き落とそうとしてみたり、脅そうとしてみたりと、もう、修羅場としか言い様の無い有様になった。
その修羅場も、竜王討伐も果たしたロトの血を引く勇者に勝てる者はいない、と言う彼等の思い込みと、ローラの、「駆け落ちします!」の一言が効いて、決着を見たがな。
私としては、ローラを連れて行く為だけに、誰彼構わず斬り捨てるような真似をするとでも思っているのか!? ……と怒鳴りたかったけれども、それを言ってしまったら、決着を見た醜い争いが蒸し返されてしまうだろうと、本音は隠して、半ば舅殿達の思い込みに付け込む形で諸々を誤摩化し旅立ちの許しをもぎ取って、代わりに、二人だけでは行かせない、との舅殿の『我が儘』を飲んだ。
…………本当に、あの騒動だけは、隠すとか隠さないとか言う以前に、竜王討伐物語には間違っても記せない代物だった……。
……ああ、だが、悪いことばかりでは無かったな。
お陰で、光の玉やロトの剣の行方を気にする暇が王城の者達からは失われたので、済し崩しに、その辺りを有耶無耶に出来たのは不幸中の幸いだった。
始めの内は、心積もりが狂うな……、と困らされた舅殿の我が儘も、結局は役に立った。
舅殿に、「儂に代わってこの国を治めて……」と乞われた際、「私の治める国があるなら……」と答えたのは、実の処は咄嗟の言い訳だったのだけれども、自らの国を興すのは、存外良い手かも知れない、と思えて、真にそれを叶える気になったから。
────アレクも私も『神の呪い』と断じた、私達、ロトの一族に課せられた『勇者の運命』より、私達の子孫を救う、と言う行いは。
裏を返せば、私達の一存のみで、それだけの力を子孫達より取り上げるに等しい。
神が定めた運命がどうとか、神の呪いがこうとか以前に、私達の子孫には、大魔王ゾーマを滅ぼした勇者ロトと、竜王を滅ぼしたロトの血を引く勇者の末裔、と言う歴史的事実が付き纏うし、その所為で、要らぬ苦労を背負わされるだろうに。
だが、ロトの血を引く一族の国を興せば、国そのものが、有無を言わせず力を取り上げた子孫達を守ってくれるだろうし、子孫達が、要らぬ苦労を背負う機会も減るかも知れない。
……そう思って、私は国を興そうと決めた。
故に、私の咄嗟の言い訳を信じて、私が興す国──即ち、その国の王妃となる一人娘の為に舅殿が言い出した『我が儘』は、都合が良かった。
…………腹黒い、と思われても仕方無い話だが、私も私で必死だったので、せめて、お前は呆れる程度で済ませておいておくれ。
出来れば私も、大切な子孫のお前に軽蔑はされたくないのだけれども、それは、無理な相談だろうか……。
────兎に角、そういう訳で。
ロト一族の国を興すと誓った私は、ローラを伴い、アレフガルドを旅立った。
ラダトーム王家の所有だった、大型の外洋船で。
同行を志願した兵士達だの、長らくローラに仕えていた女官達だのや、私達と共に新天地を目指したいと希望してきた、民間の有志等も共に。
……この辺りのことも、竜王討伐物語では濁して書かれているけれど、私達の旅立ちは、本当はそんな風で、私とローラに付き従った者達の大半は、希望や期待で無く、不安を抱えていた。
国を興すと言うことは、戦をすると言うことだ、と考えていた者の方が多かったしな。
尤も、私には、何処かの国を相手取って戦を起こす気など更々無く──平和を齎した当人が戦を引き起こしたら、只の馬鹿だ──、全ての支度を整えてラダトームの港を発つ以前より、目指す場所の目星も付けていた。
かつて人々の噂に上った、この世界に竜王が降り立った際に起こった天変地異が、アレフガルド大陸から見れば東、ムーンブルク大陸から見れば北に生んだと言う真新しい大陸。
その大地が、私の目指した場所だった。
古い噂通り、数十年前に浮上したばかりの新大陸が実在していれば、既存の大地の何処かを得るよりも、遥かに容易く国が興せる。
その際に起きるだろう『揉め事』も、少なく済む。
言い方は何だが、真っ先に入植し、開拓してしまえば、こっちのものだろう?
──だから、私は新大陸を目指して、古い噂通りの場所に、ローラでさえ内心は幻だと思っていたらしい大地を見付けた。
……辿り着いたばかりの新大陸には、本当に何も無かった。
森や山や湖や、兎に角、手付かずの自然しか無かったが、私には好都合だった。
そんな大地の沿岸を暫し船でなぞって、ラダトームと一、二を争う大国ムーンブルクが治める大陸と海峡を隔てているだけだった所に、邪魔されぬよう、さっさとローラの門を築いて──最初は、掘建て小屋以下だったがな──、大陸内で最も気候の良かった平野に王都を置くと定め、ラダトームやムーンブルクやデルコンダル以下、主立った国や都市に、建国の宣言を通達した。
大陸名も国名も、王都に冠した名も、全て、ローラの名に因み、ローレシア、としたのを舅殿は甚く気に入ったらしく、そもそも、私達が興した国は一人娘の国でもあるからと、ラダトームは無条件で私達の味方に付いてくれ、ムーンブルクやデルコンダルは、私の、ロトの血を引く勇者と言う肩書きを知った途端、出そうとしていた矛先を引っ込めた。
…………それより数年──私の齢が二十六くらい、ローラの齢が二十四くらいになるまで、彼女には苦労ばかり掛けてしまったけれど、漸く、王都も王城も、らしい様を取り出し、移住者も増え、ローレシアが国としての態を見せ始めた頃、私とローラは、正式に婚姻を交わす運びになり、式典も挙げられた。
婚礼の式典も、その後に行った、それ処では無かったので後回しにしていた国王の即位式も、私には、こう……照れ臭いような、何とも言い難い、腰の座りの悪い思いをさせられるものだったが、立場上、やらぬ訳にもいかなかったから、その辺りの全てを何とか乗り切って、翌年には第一子が生まれた。
第一子の生誕から二年置きに、第二子と第三子も授かって、僅か五年程の間に、私は三人の子の父となり、夫として、そして父としては、この上無く恵まれた幸せ者になれたけれど…………、私とローラの心底の願いは能
……私達の第一子──長男には、生まれ付き魔力が無かった。
それを、影で口差がなく言う者もいたが、私は本当に嬉しかった。
私とローラの子から。延いてはロトの血から。勇者の運命の一端を削り取れた、と感じられたから。
…………だが、第二子の次男には魔力があり、ローラに似たのか、司祭のような力まであって、第三子の長女は、私よりも遥かに強い魔力を持って生まれた。
そして、私の子供達の生誕からも数年が経った頃。
或る日、私は、言い付けを破って私の自室に潜り込んだ長男が、未だ六つにも満たない子供だったのにも拘らず、探し当てたロトの盾を、片手で軽々と持ち上げる姿を目にした。