……そんな長男の姿に、私は、胸が張り裂けるかと思った。

竜王を倒したあの日から、ずっと、何とかして、運命に、神に抗おうと足掻いてきたつもりだったのに、私に叶えられたのは、愛する子供達から勇者としての素質を中途半端に奪うことだけだった、と思い知らされた。

何も彼も忘れて、泣いてしまいたかった。

…………だが、諦めはしなかった。

最後まで足掻き続けると、改めて誓った。

この路を選んだ刹那から、私は運命への抗いに生涯を賭すと決めていたから。

──だから、私はローラと二人、唯々、ローレシアを誰もが認める大国とすべく育て続けた。

大きな声では言えぬことも、自己嫌悪に陥ること──例えば、ローレシア城の地下牢の最奥を造り上げた際とか──も、厭わなかった。

アレクが、ロト伝説や正史に手を加えたように、私も、伝説と化し出した私の物語に手を加え、『英雄譚』らしく整えて、ロトの血と共に、勇者の運命をも受け継いでしまうかも知れない子孫以外には知られたくないことを、全て覆い隠してから流布させた。

様々な手を尽くし、独断で世界各地へと繋がる旅の扉まで拵え、新たなる勇者の旅に役立ってしまうかも知れない神具や魔法具の類いを探し出しては、絶海の孤島ザハンにローレシア建国直後に秘かに建立しておいた、ロトの礼拝堂等々に押し込めもしたし、そんなことをしたら……、と進言してきた周囲や子供達を強引に黙らせて、ロトの印や武具をバラバラに封印してみたりもした。

新たなる勇者など生まれなければいい、新たなる勇者の旅の物語など紡がれなければいい、そんなもの、二度と世界に齎されなければいい、と願って。

……いっそ、掻き集めた神具も魔法具も、ロトの武具も、海の底深くに沈めてやろうかと考えたこともあったが、長男だけはロトの武具が纏えてしまったように──あの子だけは、勇者の運命を引き摺ってしまったように、私の生涯を賭しても神の呪いを祓えなかったら。

何時の日か、私達の子孫の中から、私のようなロトの血を引く勇者が誕生してしまったら、そのような手立ては、大切な子孫の命を危うくする、と思い直し……、それだけは止めた。

ロトの血と運命を受け継ぐ勇者には不可欠な何も彼も、この世界から消え失せることを望みつつも、万が一の時には、勇者となった子孫の手に必要な品が渡るような、小細工を労せざるを得なかった。

…………その所為で、これを読んでいるお前には、とんでもない苦労を掛けてしまったかも知れないが、許して貰えるだろうか。

……我がことながら、随分と惨い仕打ちであり『事情』だ、と思いつつも旅立って、私自身の『血』を知り、ロトの血を引く勇者ともなり、竜王を討ったあの日から随分と時が流れ、私も、ローラも、孫が抱ける歳になった。

長男はローレシアを継いで、次男も、新しく建国したサマルトリアの国王となったし、長女は親以上の大恋愛をやらかして、ムーンブルクに嫁いだ。

それはまあ……、私の育ちとローラの育ちに隔たりがあり過ぎたのもあって、夫婦喧嘩は幾度もした。

この逸話が、お前には最も信じられぬことやもだが、彼女に化粧台の椅子を投げ付けられたこともあったけれど、周囲には、万年新婚夫婦、と言われるまで仲睦まじくやって来られたし、彼女が、私の最愛の人であるのに変わりはない。

子供達は掛け値無しに仲が良く、それぞれがそれぞれの国の君主や王妃となった今も、その仲の良さは変わらないし、私とは比べ物にならぬくらい、人として良く出来た者に育ってくれた。

ロトの一族や王族としてで無く、家族、と言う括りのみで振り返れば、私達親子は、私は、本当に幸せだったと思う。

…………だけれども、ラダトームを旅立ったあの日から今日まで、私の日々は、私の人生は、何も彼もが戦いだった。

自身と戦い、魔物達と戦い、竜王と戦い。血や運命と戦い続けてきた。

────それを、後悔はしていない。

悔やむことなど何も無い。

辛かったことも、苦しかったことも、悲しかったことも、それそれは数多だが、私は、私の人生に、選んだ路に、満足『は』している。

満足している、と綴れぬのは、私の心底の願いが叶ったか否かを、私自身には確かめられないからだ。

叶ってくれと願ってはいるけれども、結論は、私が死した後にしか出ぬから、満足『は』している、としか、今は言えない。

尤も、私の心底の願いが能わずとも、私は祈り続けるし、願い続けるし、足掻き続け、抗い続ける。

自身の手記に、ロトの血と共に、勇者の運命をも背負うかも知れない私達子孫を想い続ける、とアレクが書き残してくれたように、私も、お前を想い続ける。

敢えて、先祖と同じ路を往こうとしている訳では無く、先祖に倣っている訳でも無いが、アレクに同じく、私も、希うことの為になら、世界に溶けてもいい。

寧ろ、そうなることを望みたい。

私は、自身が、運命が、一族の血が、始めから決まり事とされた、呪いの如き定めだなどとは決して認めない。

私達は、私達の為に在ると証したい。

私が竜王を討ったのは、勇者となったのは、私自身の意志であり、私だけのものだと証したい。

その為になら、何を賭しても構わない。

死して後、この世を漂う想いのみの存在と化しても。

…………ああ、そうだった。

これは、お前には伝えておかなくてはならなかった。

────アレクは、自身の伝説からも、正史からも、己の名字なあざなを隠してしまったが、手記では、それが明かされていた。

アレクの名字は、ハラヌ、だそうだ。

アレク・ハラヌ。──それが、勇者ロトと呼ばれる彼の本当の名。

故に、私の本当の名も、アレフ・ハラヌ、と言うことになる。

お前の本当の名字も。

……ハラヌとは、上の世界の、彼が生まれ育ったアリアハンの古い言葉で、旅を意味するのだとか。

だからこそ、彼は、自身の名字を隠した、と手記には綴っていた。

私達一族から、少しでもしがらみを取り除きたかった。名字からして旅だなんて……、とね。

だが私は、この名字が好きだ。

我々に纏わり付く全てを扨措さておけば、冒険の旅は、素晴らしい、と言い切れる。

決して楽なものでは無いけれど、それでも。

人生や、運命と言う名の旅も又。己の意志で、その路を辿る限り。

そんな、『旅』を由来とする名字は、少し粋じゃないか?

只の旅すら儘ならぬ、王族と言う、面倒臭くて厄介なことこの上無い枷を、一族に繋いだ張本人が何を言うか、と言われそうだが──そう言えば、王族とはそういうものだった。そこはしくじった、と気付いたのは、ローレシアを建国した後だったので、勘弁してくれ。ローラや子供達に言わせると、私は自身の認識以上に、一つのことばかりにのめり込むらしいしな──、叶うなら、一族の名字に倣って、お前もそんな旅をしてみるといい、と思うし、もう既に、そんな旅は経験したと、お前が言えるようになっていたら尚嬉しい、とも思うよ。

そして、お前の人生の旅も、運命の旅も、素晴らしいものであるように祈っている。

お前が往く全ての旅が、幸福に辿り着くようにと。