DRAGON QUEST Ⅱ ─ROTO─ 舞台裏

『Can't Help Falling In Love』

小さくながら、パチパチと爆ぜる焚き火の音が耳に付く所為もあって、上手く寝付けなかった。

もう一刻以上も続けている眠った振りも、そろそろ限界だった。

「どうしよう……」

かと言って、何となし寝返りを打つのも躊躇われ、疎らに生えている夜露に濡れて冷たい雑草の上の、頭から被った薄くて肌触りも悪い毛布の中で、ローザは溜息を吐く。

────秋が深まってきた『あの日』の夜半、彼女が生まれ育ったムーンブルク王国王都が、生家でもあったムーンブルク王城が、前触れ一つ無く、邪神教団大神官ハーゴン配下の魔物の軍勢によって滅ぼされてより、既に五ヶ月近くが経った。

訪れた全ての者が、口々にその優美さを讃えた彼の都が悲劇と惨劇に襲われたあの夜に、魔物の神官に掛けられた変化の呪いの所為で、唯々、自我すら曖昧なまま仔犬の姿でムーンペタの町を彷徨うしかなかった彼女が、アレンとアーサーの二人に助けられた日より数えても、そろそろ二ヶ月近くになる。

…………決して長いとは言えないが、それなりの月日が流れた今も尚、本当は、『あの日』の出来事も、あの夜から過ぎた約三月の日々も、思い出すだにローザの胸を締め付けてくる。

悲しくて、苦しくて、辛くて、耐え難くて、ともすれば叫んでしまいそうになる。

それでも彼女は、そもそもは同じく勇者ロトの血を引く遠縁でもある二人の王子と共に、ハーゴン討伐の旅に出るのだと決めたあの刹那、旅の間だけでも全ての苦しみも悲しみも忘れよう、と自ら誓った決意を、頑に守り続けてきた。

魔物達の手で謂れ無く命を奪われた父母や大切だった者達や、故郷の人々の仇を取るまでは、と。

泣いている暇も、嘆いている暇も無いのだ、とも。

──だけれども。

数日前、道中の小高い山の上から、廃墟と化したムーンブルク王都を見下ろして以来、ローザは、上手く寝付けなくなってしまっていた。

夜を迎え、野宿の為に少年達が熾してくれた焚き火の傍に寄り、毛布に包まりつつ横になっても、父母達の、そして皆の敵討ちを果たすまでは忘れよう、と決めた筈の悲しみや苦しみが、後から後から甦って、慣れぬ旅の疲れは溜まる一方だと言うのに眠りに嫌われた。

「でも……、上手く眠れないなんて言えないわ……」

しかし、「遠目から眺めるだけでいいから、どうしても、自分の目で今のムーンブルク王都が見たい」と、ムーンペタにてアレンが組んでくれた、無惨な姿を晒す王都を目にせずとも済む筈だった旅程を変えさせてまで我が儘を言ったのは彼女自身で、故に、寝付けないでいることも、寝付けぬ日々が続いてしまっている理由も、旅の道連れである王子達に打ち明けられずにいるローザは、又、被った毛布の中で独り言を吐き、

「…………もういっそ、開き直ってしまおうかしら」

そうっと、両手で縁を握り締めた薄い毛布を鼻辺りまで下げて、チロリと、真夜中の今、たった独りで火の番をしているアレンを盗み見た。

ローザの、一目でいいから自身の目で王都を、との願いの所為で、彼等一行は、本来なら避けて通る筈だった悪路を往かなくてはならない羽目になっているから、三人の中では最も体力のあるアレンも、実の処は疲れているのだろう。

火の直ぐ傍に転がした、薪代わりの太い枝に腰掛けて、右手に握った枯れ枝を意味無く揺らしている彼の赤い火に照らし出された横顔は、ローザの目にも、何処となくしんどそうに映った。

故に彼女は、慌てた素振りで、再び頭まで毛布を被り直す。

────己を助けてくれ、掛けられた変化の呪いも解いてくれたアレンとアーサーが、ハーゴン討伐に関わる旅に赴こうとしていると悟り、だと言うならば、自分も共に……、と申し出た、ムーンペタでのあの夜から暫くの間、彼女はアレンのことを、心密かに怖い人だと思っていた。

旅に連れて行く行かないでやり合った際、彼が告げた言葉の数々が、あの刹那の彼女にとっては余りにも不躾過ぎたから。

……実際に、こうして三人連れ立っての旅に出て一月半以上の時が流れた今では、あの際のアレンの言葉は『現実』以外の何物でも無かった、とローザにも理解出来ている。

彼の説得を不躾と感じたのは、ムーンブルクと言う『世界一の魔法使いの国』でもある屈指の大国の、唯一の跡取り相手に、何かを突き付けるような物言いをする者など先ず滅多にいなかったから──要するに、それだけ自分は甘やかされて育ったのだ、との自覚も、時と共に彼女の中には生まれた。

だが、『現実』を判っている『つもり』でしかなかったあの時の彼女には、「どうして、ローレシアの王太子殿下は、こんなにも酷いことばかりを言うのだろう。どうしてこんなに、怖い顔ばかりをするのだろう。私の気持ちなんて解ろうともしないで」としか感じられなかった。

だから、言い争ってしまった事実は水に流しはしたが、旅立った当初、彼女の中でのアレンは、何処までも『怖い人』でしかなかった。

正直な処、人当たりが良く、誰が相手でも平等で態度も変わらないアーサーの方が、取っ付き易かった。

けれども、三人共にの時が経つに連れ、アーサーがそうであるように、アレンも、彼に負けず劣らず優しい人なのだと、彼女にも判ってきた。

只単に、アーサーの優しさよりも、アレンの優しさの方が、若干判り辛いだけだ、と。

判り辛いと言うか、アーサーと比べれば、やはりアレンの方が不器用と言うか。

尤も、アーサーは妙な所が妙に激しく器用過ぎるから、そんな彼と比べられたら、アレンも困るだろうが。

──そして、若干とは言え、アーサーよりもアレンの方が様々な意味で判り辛かったことが、却ってローザの興味を惹いた。

アーサーの優しさや『判り易さ』は、「僕は自称・司祭です」と冗談めかして能く言う彼の、その自称通り司祭の如くで、その意味に於いて本当に判り易く、且つ、意地悪く例えるならば余りにも平等過ぎた為、彼女の中での彼は、あっと言う間に『友人と言う枠』で囲われた。

魔術と言う共通の話題や特技も、その『枠』を、『趣味の方向性が似ていて、話も合う異性の友人』と言う『強固なもの』にする一役を買った。

が、彼女の中のアレンは、アーサーよりは判り辛く不器用だったが故に、『友人や仲間と言う強固な枠』では、今一つ囲み切れずにいて。

────自分の我が儘の所為で旅程まで変えさせたのに、ムーンブルク王都を目にした所為で上手く眠れないなどと打ち明けたら、最も負担が掛かっているだろうアレンに申し訳ないと思いつつも、どうせ眠れないならば、どうしてなのか、そして、どういう意味でなのかは判らないけれど、興味を惹かれるアレンとお喋りしてみよう、と考えたローザは、一度は意を決し掛けたが、彼の疲れたような横顔が、彼女を躊躇わさせた。

幾度も、鼻の上ギリギリまで毛布を下げてアレンの様子を盗み見て、彼が身動ぐ度に、パッと頭まで毛布を被り直して、を繰り返し、

「ああ、もう、私ってば……」

と、自分で自分に苛々し始めた彼女は、散々っぱら悶々としてから漸く踏ん切りを付け、勢い良く毛布を撥ね除けようとしたけれども。

そんな彼女の視界の端にのみ映ったアレンの顔色が、ほんの少々だけ変わったように見えた瞬間、彼は、身に添わせる風に置いていた鋼鉄はがねの剣を取り上げ様、パッと立ち上がって大股で歩を進め、背後に負っていた闇の中に溶けてしまった。

その為、彼女はアレンに話し掛ける処か、起き上がる切っ掛けまで失ってしまい。

一体、彼は急にどうしたのだろう……、と。再度、毛布の中で身を固くした彼女の耳に、遠くから、剣と何かがぶつかるような音が届いた。

耳障りな、されど聞き慣れつつあるその音は、どう考えても、彼が、たった独りで『何か』と戦っているとしか思えぬそれで、思わずローザは考え込む。

知らぬ間に魔物達が襲い来ていたと言うなら、アレンの行動もあの音も理解出来るけれど、彼はどうして、私達を起こさないのだろう……、と。