そんなことがあった、ムーンペタから港町ルプガナへ至る最中のと或る夜から、又、暫くが過ぎた。
ルプガナへの道中最大の難関であるムーンブルク西方砂漠を渡るべく、彼等一行は、やっと着いたムーンブルクの西の祠で、一晩厄介になることになった。
ムーンペタからその祠までの道程も過酷だったが為、アーサーやローザを庇うように旅していたアレンは、かなり疲れていたのか、祠の司祭が振る舞ってくれた夕の食事を終えて直ぐ、
「御免、先に寝る。お休み」
と言い残して早々と眠ってしまい、粗末な寝台の毛布に一人包まって、さっさと夢の中に行ってしまった彼に置き去られたアーサーとローザは、簡易な宿泊施設でもあるらしい小さな部屋の片隅で、ボソボソと語らっていた。
疲れているけど眠るには早いし……、と言う風に続く、小声での二人のお喋りは取り留めなく続き、が、やがて、何やらを思い定めた風になったアーサーが、居住まいを正してローザへ向き直った。
「アーサー? どうかして?」
「……あのですね、ローザ。一寸、話があるんですが」
「え……? な、何かしら……」
「その……、アレンのことなんです」
何を改まって、と不思議そうに小首を傾げたローザへ、アーサーは、一層低めた声で話し出し、思わず身構えた彼女へ身を乗り出しながら、曰く「アレンのこと」とやらを告げ始めた。
「そう……。そんなことがあったのね」
────さも、アレンに聞かれたら拙い、とでも言う風にアーサーが語ったことは、彼とアレンが、ローザに掛けられた変化の呪いを解いてくれたラーの鏡を探していた最中に起こった、『少々不可解な出来事』だった。
ムーンブルク中部を流れる大河沿いの辺境で、あの鏡を探し始めた初日の真夜中、アレンが、たった独りで某かと戦っていたのを見た、と言う出来事。
「ええ。……ローザも知っての通り、僕は今でも、本音では、例え相手が魔物であろうと、叶うなら殺生はしたくありません。でも、それは、自称・司祭としての本音であって、サマルトリアの王太子であり勇者ロトの血を引く者の一人としての本音ではありませんし、この辺りの事情は、アレンも疾っくに理解してくれている筈です。なのに、あの夜、アレンは独りきりで……」
「…………あのね、アーサー。実は……────」
打ち明けられた話にしみじみと言ったローザへ、アーサーは溜息付きの語りを続け、ならば、と今度は彼女が、先日の夜の出来事を打ち明け、
「………………成程。と、なると。やっぱり、アレンは僕達に、何か隠してるってことですよねえ……」
「アーサーも、そう思う?」
「はい」
粗末な小部屋の壁際の、今宵はアーサーが使う予定の寝台に揃って腰掛けた二人は、只でさえ寄っていた頭を更にくっ付け合って、ブツブツブツブツ、「アレンは隠し事を持っているのだろう」と、不満気に零し合う。
「白状させるべき、よね」
「勿論。僕達三人は、遠縁で、旅の仲間なんですから」
「でも、どうしたらいいのかしら」
「それは、追々……と言いますか、それとなく機会を窺いつつ、としていくしかないと思いますよ。アレン、一寸頑固者っぽいですしね」
そうして彼女と彼は瞬く間に、仲間内で秘密を拵えるなんて言語道断だ、と少々自分達を棚に上げつつ結論付け、「近い内にアレンに秘密の白状を迫ろう」と頷き合うや否や、今度は愚痴を垂れ出した。
「本当に、アレンってば……。風の塔に行く途中で、三人一緒で頑張らないと……、と言ったのを、忘れてしまったのかしら」
「忘れた訳では無いと思いますが、アレンは過保護ですから。……僕達って、そんなに頼りないですかね?」
「それは、アレンに比べたら、頼りない……のでしょうけれど、それにしたって。何て言うか、水臭いって言うか……」
「ですよねえ……」
「………………やっぱり、私じゃ彼の役には立てないのかしら……」
が、愚痴垂れは、あっと言う間に主にローザの弱音吐きになって、私なんかじゃ……、と彼女が小さく呟いた刹那、アーサーは、「ん?」と一瞬のみ表情を変えた。
「ん、もう…………」
されどローザは、彼の微妙な変化に気付くこと無く溜息を吐き出し、
「ローザ。そんな風に言うのは良くないと思いますよ。アレンが、ローザは役に立たないだなんて、考えることも思うことも無い筈ですから」
「そう……?」
「そうです。さっきも言いましたよ。アレンは、心配性と過保護が過ぎているだけだと。僕達に言わせれば水臭いことを仕出かすのも、きっと、その所為です。正しいか間違っているかは兎も角、彼の隠し事は恐らく、僕達に某かの心配や負担を掛けまいとする、アレンの優しさの裏返しだと思いますよ」
そんな彼女を宥める風に、アーサーは、明るい声でアレンの肩を持つようなことばかりを言い始める。
「…………そう……ね。確かにそうだわ。アレンはそういう人よね」
「でしょう? ですけど、やっぱり隠し事をされるのは悔しいですから、それはそれで、きちんと追求しましょう。でないと、ローザも僕も、すっきり出来ませんから」
「それは勿論。何て言うか、こう……私達が求めているのは、そういうことじゃないと、ちゃんと伝えれば、アレンも判ってくれると思うの」
「はい。分からず屋と言う程頑固では無いでしょうし、アレンはアレンなりに、僕達のことを想ってくれているんだと思いますよ?」
「ええ。良い人だもの、彼。あ、勿論、貴方もよ、アーサー」
その所為で、話の根本に変化は無いが、枝葉の部分が微妙に掏り替わった、アレンの隠し事に付いて語らっているのか、それとも、彼の人となりに付いて語らっているのか判らなくなり始めた会話に、それと気付かずローザは乗って、多少声も弾ませ、
「ふふ。有り難うございます、ローザ。そう言って貰えると嬉しいです。──なら、そういうことで。何はともあれ、今夜のことは、アレンには暫く内緒にしておきましょう」
「そうね。それがいいわ」
「では、そろそろ、僕も休みます。お休みなさい、ローザ」
「私も休むわ。お休みなさい、アーサー」
直ぐ横の彼が、ほんの僅かの間のみ、「判り易い……」と言わんばかりの、悪戯っ子の如くな笑みを浮かべたのも知らず、ふんわりと衣装の裾を揺らして立ち上がった彼女は、自身の為の寝台に潜り込んで、呆気無く眠りに落ちた。