─ Oasis〜Horn of the Dragon ─
────と。
又もや、ぽこぽこと、アーサーとローザに、アレンは頭を叩かれた。
「あのな……」
「あのな、じゃなくって。──だーかーら、アレンは馬鹿だって言ってるんです」
「馬鹿に付ける薬はないって、本当ね」
だから、何で叩くんだ、と文句を言い掛けた彼を、何処までも、アーサーとローザは貶す。
「…………ローザ、それは一寸きっついです。──……あのですねぇ、アレン。もしかして、アレンは、ローザや僕を、物凄く『綺麗な所』に置いておこうとしてません? そんな所に置かれても、僕達、困っちゃいます」
「私達だって、そこまで綺麗じゃないわ。それに私は、貴方一人だけに、自分は人殺しだから、なんて言わせるくらいなら、貴方がしたのと同じ想いを味わった方がいい。……いいじゃない。皆で一緒に、罪人になりましょうよ」
「アレンが、自分で自分を、罪人だの咎人だのって責めたいなら、僕が、幾らだって責めてあげます。自称・司祭ですからね、建前振り翳したその手のお説教は得意ですよ、僕。でも、その代わり、アレンも僕のこと責めて下さい。自称でも司祭のくせに、って。……今、アレンが言ってるのは、そういうことですよ?」
ここまで言っているのだから、そろそろ判れ? と言わんばかりに、二人は交互にアレンの顔を覗き込み、代わる代わる説教を降らせ、
「……その。ええと…………」
「アーレーンー?」
「降参って、言いなさいな。負けず嫌いなローレシア人には、一番の罰よね」
「…………言えばいいんだろう、言えば……。………………降参」
ああ、もう! と、アレンは『負け』を認めた。
これだけ言葉を重ねられても、割り切れなどしなかったが。
本心ではどうしたって譲りたくはなく、己で己を責めるのも、止められよう筈も無かったが。
それでも、アーサーにもローザにも、敵わない、と思わされて。
「……アーサー。ローザ」
上手く動かぬ両腕に何とか言うことを聞かせ、彼が手を伸ばせば、二人共、差し伸べられたそれを、しっかりと握り返した。
「もう少し、眠っていいかな……」
「ええ」
「勿論」
「後は頼むよ。お休み…………」
そうして、手と手を繋いだまま、彼は再び、眠りに落ちた。
二度目の目覚めを迎えた時には、既に日が落ちていた。
直ぐ傍の、微かに燃える焚き火を見遣り、自分はどれだけ疲れを溜めていたのかと、思わず苦笑しつつ瞳巡らせたアレンは、右脇にローザが、左脇にアーサーが、己にぴったりと寄り添いながら眠っているのに気付いた。
何時の間に寝入っていた彼を動かしたやら、一枚の毛布を敷布代わりにし、もう一枚は折り畳んで長い枕に、そして、残り一枚を分け合って掛けて。
実に、この上無く仲良く、三人揃って眠っていたのだと。
「…………何でこうなるんだ……? と言うか、何をどうしたらこうなる?」
同性のアーサーは、まあ、兎も角、女性のローザが、何故、男の自分にくっ付いて、とも思ったし。
異性のローザは、まあ、兎も角、男のアーサーに、こうもくっ付かれるのは……、とも思いながら。
えーーと……、と考え込んで、が、直ぐに、彼は悩むのを止めた。
悩んだ処でどうしようもないし、二人共に、半ば自身に抱き付きつつ眠っているから起きようにも起きれぬし、こうしているくらいだ、魔物除けの結界は築かれているのだろう、と彼はのんびり、両脇を陣取る二人の寝顔を眺める。
微かに燃える焚き火と、オアシスの夜空を彩る満天の星明かりが照らし出すアーサーとローザの横顔を、アレンがじっと見詰めていたら、何故
揃って、むずかる風にしつつ尚も己に寄り添おうとする二人に、あーあ……、と嘆息しながらも、何となし、彼は両腕を広げて彼等を抱き込み、又、瞼を閉ざした。
朝が来たら、それぞれに悲鳴を上げられるかも知れない、と思いつつ寝入り、迎えた翌日、アレンの予想を大幅に裏切って、アーサーもローザも、ケロリとした顔で起き出した。
だから、焦ったのはアレンの方で、「どうして二人共、何も気にしない!?」と叫びたいのを堪えた彼は、日課の早朝鍛錬へ逃げ。多少、食料を切り詰めれば何とかなるからと、その日から数えて二日ばかりオアシスに留まり、久し振りの水浴びをたっぷり堪能して、洗濯もして、英気を養ってから水辺を発ち、彼等は北北東目指して進んだ。
オアシスは、ムーンブルク西方砂漠の北東寄りに位置していたので、泉に辿り着くまでに経たような苦労はそれ程せずに済み、砂漠を抜け切り、少々山を越えたら、やっと、草原の緑に巡り合えた。
ここまで来れば、ドラゴンの角もそう遠くない、食料になる獣も狩れる、と三人は気合いを込め直す。
荒涼とした灼熱の砂漠と比べれば、草原も森中も往くには易く、旅の遅れも少しばかり挽回出来たが。
草原地帯に達してから、ムーンブルク側のドラゴンの角に辿り着くまでの間に、彼等は一度だけ、人間の邪神教団信徒達と出会してしまった。
…………言うは易く、行うは難くで、アレンの抱えた覚悟に等しいそれを携えはしても、咄嗟に、アーサーもローザも戸惑ってしまい、戸惑いは躊躇いを生んで、躊躇いは二人の動きを鈍らせて、結果、信徒達に立ち向かえたのはアレン一人となり。詫びた気にしながらも、何も言葉にはせず、倒した信徒達の返り血を浴びてしまった彼に、二人は同時に抱き付く。
「……二人共、汚れる」
「いいのっ。いいのよ……」
「こうしたいから、いいんです」
力を込めて、震えている風に抱き付く二人を、アレンは退けようとしたけれど、そうしようとすればする程、二人の腕の力は強まって、
「…………有り難う」
礼だけを告げ、彼も又、二人を抱き返した。
────それより、三日程の後
とうとう、南のドラゴンの角と呼ばれる塔に、三人は辿り着いた。