「何か?」

「そのぅ……。立ち入ったことをお訊きしますが、お三方は、どういうご関係なのですか……?」

「関係……? 僕達三人の? そうだな、関係……と言う意味では、旅の連れで、仲間で、遠縁、と言うことになるが」

「遠縁? では、皆さんはご親戚なのですか?」

「ああ。僕達三人は、曾祖父母を同じくしている。血が近いとは言えないかも知れないが、親戚には変わりない」

「そうですか。…………良かった」

「良かった? 何が?」

「あ、いえ。何でもありません」

アレンの目には、何かを思い詰めていると映る表情になって、己達三人の間柄を問うてきた少女に、若干訝しく思いつつも答えてやれば、少女は僅かに頬を染めながら、良かった、とポツリと洩らし、だから彼は、益々訝しむ。

「なら、いいが」

「でも……、アーサー様は、ローレシアの方ではありませんよね?」

「アーサーの生まれは、サマルトリアだ。ローザはムーンブルク。皆それぞれ、祖国は違う」

「サマルトリア……。……私は、話にしか聞いたことのない国です。どのような所なのでしょうか。アレン様は、サマルトリアに行かれたことはありますか?」

「それは……、まあ」

けれども、彼女の歩みに合わせ、ゆっくりと通りを辿りつつ続けた会話がそんな所に辿り着いて漸く、ああ……、とアレンは思い当たった。

己達と年頃を同じくするこの少女は、アーサーに好意を寄せたのだろう、と。

アーサーの見場は、箱入りだろう令嬢が恋心を寄せるに余りある良さだし、とも。

──勇者アレフとローラ姫が、身分の差も立場も乗り越えた大恋愛の末に結ばれた『万年新婚夫婦』だった為、王族としては大変珍しいことに、彼の祖父も父も、自ら思い定めた愛する女性を王妃に迎えており、且つ、或る意味での『大国の強み』もあるので、アレンも歴代のローレシア国王同様、少なくとも現状は政略結婚等を軽く蹴り飛ばせる筈なのだが、誰に何を言われた訳でもないのに、国の為、家の為、否が応でも血を伝えて行くのが運命さだめの王族として生まれたからには、との思い込みがアレンにはあり、それに生来の朴念仁気質も相俟ってしまっている彼は、色恋に余り興味を示さぬ質で、自身も、そちらの話には疎い自覚を持っているけれども、有り体に言ってしまえば『鈍い』彼にも、流石にその程度は察せられた。

故に、アーサーに想いを寄せたのだろうこの少女は、自分達の関係を気にし、サマルトリアの話を聞きたがるのだな、と会得した彼は、細やかながら少女が望む話を語ってやろうとして、一転、黙り込む。

────彼女にしてみれば、想いを寄せた相手であるアーサーの傍近くにいる異性──ローザの存在を気にするのは至極当然なのかも知れないが、ローザを気にし、自分達三人の関係をも気にしたと言うことは、少なくとも少女には、二人が『そのような仲』に見えた、と言うことだろうか。

言われてみれば確かに、アーサーとローザは大層仲が良いし、魔術やそれに絡む共通の話題も豊富だし、考え方も近しい感がある。

……もしかしたら、彼女が疑った通り、二人は……────

「アレン様? どうか為さいました?」

…………アーサーの故国、サマルトリアの話を続けようとしていた口を急に閉ざし、アーサーとローザの仲に付いて考え込んでしまったアレンを、今度は少女が訝しがった。

「…………あ、いや。すまない」

呼ばれ、はっと我を取り戻したアレンは、何でもない、と曖昧に笑むことで、顔を覗き込んできた少女も、何故か胸の奥を微かに重くした自分自身も、騙し、そして誤魔化した。

そんな出来事より約四日後。

小型と言えど、アレン達三人を乗せて海を行くには充分過ぎる外洋船の荷積みが終わり、船旅の水先案内人を務めてくれることとなった、船長以下数名の船員達との顔合わせも、武具の新調等も済ませた三人は、ルプガナの港より出航しようとしていた。

晴天と、帆船には不可欠な良い風に恵まれたその日、何時も通りにごった返す世界最大の貿易港の片隅より旅立つ彼等を、船主の老人と、孫娘の少女が見送りに来た。

「最近は、一層、海が荒れてきておる。気を付けて行きなされよ」

別れ難いのだろう、少女はアーサー相手に何や彼やと話し掛けており、アーサーも、引き止めたそうな素振りを見せる少女の相手を丁重に務めていたが、何時までも引き止めてはいけないと、二人の間に割って入る風になった老人が、三人へと別れを告げた。

「色々と、有り難うございました。船は、必ずお返しします」

「お気を付けて。皆さんの旅の無事をお祈りしております」

それでは、と軽く頭を下げた老人にアレンが礼を言えば、薄らと目に涙を溜めた少女も名残惜し気に手を振って、それを合図に、三人は船に乗り込む。

「それでは、又」

「では、お元気で」

「御機嫌よう」

最後の挨拶が済むや否や、桟橋から船へと掛けられた梯子段が外されて、帆を一杯に張った船は、ゆるゆると波間を行き出し、

「あの……、アーサー?」

旅立つ間際まで少女と話し込んでいた割には、あっさり港に背を向けた彼に、思わず、アレンは話し掛けた。

「はい? 何ですか、アレン?」

「その…………。……いや、何でもないんだ。御免」

「……? どうしたんですか。気になることでもありました?」

「そういう訳ではないけれど、何と言うか…………。彼女が、その、名残惜し気だったから……」

「…………ああ。確かにそうでしたね。でも……」

呼んではみたけれど、自分が、彼相手に何をどうしたいのか判らなくて、詮無いことを辿々しく言うしか出来なくなったアレンへ、アーサーは小首を傾げてみせる。

「あれでしょう? アレンは、彼女が僕を特別に想ってるんじゃ? みたいなことが言いたかったんでしょう? 僕も、僕の自惚れでなければ、多分そういうことなんだろうなあ、とは思ってましたけど。アレンや僕の想像が本当だったとしても、彼女の気持ちに応える訳にはいきませんし、申し訳ないですが、僕にとって彼女は特別ではありませんから、気付かない振りしちゃいました」

「…………そうか。彼女は、アーサーの特別にはなれなかったのか」

「はい、残念ながら」

「じゃ、じゃあ、その……。……その、アーサーには、他に特別な人がいる、とか……?」

「…………………………アレンが、そういうことを気にするのは激しく意外ですけど。もしも、暗にローザのことを言ってるんだとしたら、それは誤解ですよ。と言うか、誰のことだったとしても誤解です」

一体、何の話がしたいのだろう? との顔をしながらも、アーサーが己の頭の中を読み取ったかのようなことを言ってきたので、それこそ、僕は何の話がしたいんだ、こんなことを訊いてどうするんだ、と思いつつアレンが口を滑らせれば、更に深く首を傾げながら、アーサーは、はっきりと告げた。

「誰のことだったとしても……?」

「ええ。……何て言えばいいか…………。……ほら、僕は自称・司祭じゃないですか。だから、恋愛とか、特別な人とか、そういうことにも一切興味が無いと言いますか。興味があり過ぎると言いますか」

「……御免。意味が能く判らないんだが……」

「あー、だからですね。極端に言えば、僕にとっては、全ての人が平等に愛しい、と言えば判って貰えます? 男性も女性も、お年寄りも子供も、全て愛しいです。あ、勿論、変な意味じゃなくて、親愛と言う意味で」

「………………要するに、博愛?」

「はい。言葉にするならそれですね。流石に、家族──父上やリリは特別ですけど。アレンとローザも特別です。大切な仲間であり大切な友人だと思ってますし、特別に愛していますよ、二人共」

「……有り難う」

そのまま二人のやり取りは、アーサーの告白へと繋がり、親愛の意味だと判ってはいても、面と向かって言われると、流石に激しく照れ臭い、とアレンは、傍らの彼より眼差しを逸らした。

「あら。二人して、何の話?」

「あ、ローザ。僕にとって、アレンとローザは、特別に親愛してる人達です、って話ですよー」

「まあ、有り難う。嬉しいわ」

そこへ、甲板の縁より身を乗り出し加減にしながら海を眺めていたローザがやって来て、彼女と彼は、笑いながら言葉を交わし始め。こっそり、二人を横目で盗み見たアレンは、数日前より重くなっていた胸の奥が、すっと軽くなったような心地を覚えた。

何故なのかの理由は、見当も付かなかったけれど。