─ Rupugana〜Ladatorm ─

念願だった船を手に入れたのだ、この上は、ロンダルキア大陸を目指す以外にないと、少なくともアレンは心に決めていたのだが。

出航の前々日、事前に向かう先を報せて欲しい、と船長に言われたのもあって、改めて、アーサーやローザと次の目的地を何処に定めるか話し合った結果、ロンダルキアへ行くのは暫くお預けになった。

一口にロンダルキアと言っても広いし、他大陸への船が出なくなって久しいロト三国が出身の彼等には、ロンダルキア大陸に関する知識が殆どなく、明確な目的地を定めるのは難しかった。

なので、焦っても仕方の無い旅なのだから、ここは一先ず、アレフガルドのラダトーム王国へ行ってみよう、ルプガナからなら、そうは遠くないし、と彼等の話は纏まった。

ロト伝説や、勇者アレフの竜王討伐物語の生まれたアレフガルドを訪れれば、自分達の旅に役立つ何かしらが掴めるかも知れない、と期待する三人を乗せ、ルプガナの港を出た船は、一度ひとたび北上し、アレフガルド大陸とローレシア大陸に挟まれた内洋を東に進んで、大陸沿岸を回り込むように南下する、通称を北航路と言う経路を取って、ラダトームの王都へ向かった。

おかの上より海の上で暮らす方が遥かに長い船乗り達からしてみれば、経験の『け』の字にも足りないけれども、幾度かは、国にて船上生活の体験があったアレンは、直ぐに波に揺られる日々に慣れたが、初日こそ初めての船旅に興奮していたアーサーとローザは、あっと言う間に船酔いに負けた。

三人に貸し出された外洋船は、彼等一人一人が個室を得て余りある船室を有していたので、船の揺れに慣れて酔いが治るまでは、自分の部屋で大人しく『一人で』休むように、とアレンは二人に能く能く言い聞かせ、言われた通り大人しく寝込むしかないアーサーとローザを看病しつつ、『客』の立場に甘んじるのも居心地が悪いからと、船員達の手伝いにも精を出した。

そんな彼を胡散臭気に眺め、「剣士との触れ込みの、体付きは、まあ見られなくもない坊ちゃんだが、自分達よりは遥かに細っこい、所詮は十七歳前後の世間知らずそうな若造、どうせ、ネズミ捕りの猫よりも役に立たない」と、始めの内は木で鼻を括る風に扱っていた船員達も、真摯を取り柄の一つにしている彼を徐々に見直し、やがては、ちょろちょろと甲板に乗り上げて来る『しびれくらげ』や『うみうし』のような魔物達をたった一人で見る間に退治していく彼の強さに惚れ込んで、可愛がってくれるようにもなった。

荒くれで短気だが人は良い船員達に、彼が、親しみを込めて、アレン坊、と呼ばれるまでになった頃には、アーサーもローザも船酔いを克服出来たし、パピラスやホークマンと言った、剣のみで相対するには分が悪い有翼の魔物達を、三人で力を合わせて退けてみせて以降、船員達は、アレンだけでなく二人のことも認めてくれて。海の具合も想像より荒れずに済み、順調な航海を続けた彼等の外洋船は、ルプガナの港を発ってより約半月後、無事、ラダトーム王国王都、ラダトームの港に入った。

ルプガナの酒場や港で知り合った人々から、話に聞いてはいたが。

訪れた、アレン達三人の曾祖母ローラの生まれ故郷でもある都は、かつては、世界の文化、経済、権力の中心だったアレフガルド大陸の覇者であり、二つもの勇者伝説を生んだ、ラダトーム王国の王都とは思えぬ程に寂れていた。

……栄えていない訳ではない。

古より伝え続ける輝かしい歴史に相応しい街並みは有していたし、通りを行く人の数とて、決して少なくはなかった。

だが、都を覆う雰囲気は何処となく暗く、そして重く、活気が感じられなかった。

人々は何処となく俯き加減で、目付きも胡乱で、

「何て言えばいいんでしょうか、こう…………」

「何でか、暗い街ね」

「ああ。一言で言えば、覇気がない」

港を出て、街を行き出したアレン達は、人々や街の様子を窺いながら、どうしてこの王都はこんなにも……? と訝しむ。

「……ん?」

「あれ、何か…………」

「…………ねえ。私達、注目の的になっていない? 気の所為かしら」

と、首捻りつつも何時も通り宿探しを始めた彼等を、何故か街の人々は凝視し始め、あちらこちらから刺さる視線に気付いた三人は、それまで以上の困惑を覚えた。

「僕達のなりが、何処かおかしいのか?」

「そんなことはないと思いますけど。髪とか服とか、潮風でぱりぱりしちゃってますし、アレンは一寸日焼けもしてますけど、その程度ですよ?」

「少なくとも、見ず知らずの人達に、じろじろ眺められるような格好はしていないと思うわ、私も」

「……だよな。でも、じゃあ、どうして?」

「さあ…………」

「……二人共。宿に急ぎましょう。何となく落ち着かないし、少し気味が悪いわ」

擦れ違う人々全てに不躾と言えるまでに見遣られ続けたアレン達は、船を降りたばかりだから、通りを行くには相応しくない姿になってしまっているのでは、と思わず格好を確かめ合ったり、街の人々と己達を見比べたりしてみたのだけれども、別段、みっともない出で立ちになっている風もなく、「何故、初めて訪れた街で、こんな扱いを受けるのか判らない、一寸気持ち悪い」と小声で囁き合って、そそくさと、見付けた宿に駆け込んだ。

しかし、四方八方から突き刺さる視線より逃れるべく扉を潜った宿でも、三人揃って、宿の主や女将達に穴が空く程見詰められ、

「何なんだ、この街は!」

と、確保出来た四人部屋に引っ込んで直ぐ、彼等は、薄気味悪いとしか言えないその事態に対する愚痴を吐き出し合ったのだけれども。

ラダトーム王都へ上陸するや否や、アレン達が謎の視線に晒され続けたのは、何のことはない、『彼等の容姿』に理由があった。

アレンは、顔の造作から髪や瞳の色まで勇者アレクやアレフに生き写しと言われる程で、アーサーは、ローラ姫の髪色と瞳と雰囲気を受け継ぎ、ローザは、ムーンブルク王家の特徴を継いだ髪と瞳以外はローラ姫に瓜二つだ。

そんな三名が連れ立って、老若男女問わず、二人の勇者やローラ姫の姿を今尚鮮明に記憶に留めている者達ばかりのラダトーム王都を行くのは、「僕達は、ロトの血を引く勇者の末裔です」との看板を背負って歩いているに等しく。

己達の持って生まれた容姿も顧みず、無防備に街を行った一同の身元は呆気無く人々に暴かれ、空腹を覚えた彼等が、今夜の夕食はどうしようか、と誰からともなく言い出した頃合い、宿の主から報せを受けたラダトーム王城より遣わされた正装に身を包んだ初老の将軍に、目一杯煌びやかに仕立てた馬車にて迎えに来られたばかりか、

「お帰りなさいませ、我がアレフガルドに! ラダトームに!」

と盛大にやられて初めて、三人は、謎の視線の理由を知り、己達の迂闊さにも気付いたが、時既に遅し。

将軍や、宿や街の者達の、「これで漸く、ラダトームはかつての栄光を取り戻せる」と言わんばかりの、きらきらと子供のように輝く瞳から注がれる熱烈な視線に負けた彼等は、宿を引き払い、勇者ロトの末裔であるロト三国の王子王女として、ラダトーム王城に滞在させられる羽目に陥った。