─ Ladatorm ─

ロト三国の各王家──特に、直系であるローレシア王家が、伝説の勇者の末裔であることに挟持と強い自負を持つように、ラダトーム王家も、アレフと結ばれたローラの生家であり、二つの勇者伝説を生んだ王国の支配者であるのを誇りとしているらしく、『帰還』した、伝説の勇者の末裔達を迎えた王城の者達の歓待振りは、凄まじいの一言に尽きた。

臣下達も臣民達も、王家と同じ誇りを携えているようで、城内の誰も彼も、生まれながらの王族であるアレン達が内心で慄いた程の礼を尽くした。

その、下にも置かないもてなし具合──着せ替え人形の真似事もさせられたが──や、早速催された、「度が過ぎる」と喉元まで出掛った宴に翻弄され、初日は、三人の誰もが真っ当に頭を働かせられなかったけれど。

翌日には彼等も、ラダトーム王家が秘かに抱える『下心』に気付いた。

人々が彼等に注ぐ熱烈な眼差しや、勇者ロトの末裔、と言う存在に対する憧憬に似た想いに偽りはなかったが、城の者達は、『伝説の勇者の末裔』を、秘密裏に、そして確かに、利用しようともしていた。

────ラダトーム王城を訪れた日の夜に催された宴に列席した時から、三人の誰もが、おかしい、と思ってはいたのだ。

当代のラダトーム国王、ラルス二十世が姿を見せなかったのを。

無論、国賓を迎えての宴の主催であるべき国王不在の理由は、アレン達も知らされた。

少し前よりラルス二十世は病に臥せっており、とこを離れられない、と。

その代わり、と言っては何だが、未だ十にも満たない第一王子が、幼いながらに精一杯、父王の名代を務めてみせて、王の欠席を心底詫びる王妃や、慣れぬだろうに健気に励んで自分達の相手をする小さな王子の様に、宴の間は、三人も、「一寸変だな」以上は思わなかったのだけれども、何か、何処かが釈然とせず。

翌朝より三人で手分けし、素知らぬ顔して探りを入れてみたら、ラルス二十世は、病に倒れたのではなく、ムーンブルク王都を陥落せしめた邪神教団と、教団の大神官ハーゴンを恐れる余り、秘かに城を出て、何処いずこへと身を隠してしまった、と知れた。

そんな折、アレフガルドに『帰還』した伝説の勇者の末裔を、国として、王家として、正式且つ大々的に迎えることで、ラダトーム王家は、国民の目を逸らし、国王の不始末を隠蔽しようとしている、とも。

「…………許せない」

────国と民を預かる君主が、邪神教団やハーゴンに怯え、守るべき者達も、責務も放り出して消えた、と知った直後。

その豪華さが却って虚しいラダトーム王城の貴賓室の一つにて、アレンは怒りも露に、腰掛けていた長椅子の肘掛けを、力の限り握り締めた。

「ムーンブルク王都の陥落を知った上で、王が逃げ出すなんて……」

ローザも、怒りと悔しさで肩を震わせつつ俯く。

「何で……っ! 王だろうっ!? 生まれながら、このラダトームの王になる運命さだめだった王だろうっ!?」

「アレン。気持ちは判りますけれど、一寸落ち着いて下さい」

身の内で荒れ狂う何かを必死で押し止めているのか、両手を握り締めて強く唇を噛むローザを痛まし気に見遣りながらも一層怒りを募らせるアレンを、アーサーは宥めた。

互い、何れは祖国の王となる身、彼の心情はアーサーにも十二分に汲めたし頷けもしたが、自分達の前でも初めて見せる強い憤りを噴出させるアレンを放っておいたら、我を忘れて大事を仕出かすかも知れない、と思わされ、

「何を言っているんだ、アーサーっ! 落ち着けだ? 落ち着ける訳ないだろうっ!? どうして玉座に座せるのか、どうして王冠を戴けるのか、ラルス二十世は知らないなどとは誰にも言わせないっっ。民も国も守れぬ者に、王の資格なんかないっ。守るべきものを守るのが、王の当然だ! 国民くにたみの期待や想いに応えるのもっ! でなければ──

──判ってます。僕にも判ってます。アレンの気持ちも。だから、少し黙って。落ち着いて」

己の言葉に却って憤りを高め、我知らず立ち上がって怒鳴ったアレンの腕を強引に引き、ローザと並び座らせると、アーサーは床に両膝を付き、徐に、アレンとローザを纏めて抱き締めた。

「気を鎮めて下さい、アレン。ローザも。自分をしっかり持って下さい。二人の気持ちは能く判ります。でも、国民を見捨てて一人逃げ出すような王を相手に憤ってみても、詮無いと思いませんか。……ラルス二十世は『弱い人』です。けれど、今、他国の王族である僕達が、この国の王の弱さを責めた処でどうにもなりませんし、況してや、王が現れる訳ではありません」

「それは……、それは、確かにそうかも知れないけれど……」

「だから、ね? アレン。ローザ。ラルス王のことは、王と言う立場にあっても弱い者は弱い、そう認めるに留めて。僕達は、王たる者でも弱さに負けて国さえ見捨ててしまうような愚行に走る今を、少しでも変える為に出来ることをしましょう。腹を立てるよりも、その方が余程いいですよ、きっと」

「……私達に、出来ること…………?」

抱き締めてきた彼に、ゆっくり、宥める風に背を摩られて、アレンもローザも少しずつ気を落ち着け始め、二人の声音が常通りの響きに戻るのを待ち、アーサーは、にこぉ……、と企み全開の笑みを浮かべる。

「はい。僕達に出来るのは、僕達の旅を少しでも先に進めることです。…………なので。この城の人達が、『伝説の勇者の末裔』を利用するつもりなら、敢えて、それに一口乗らせて貰いませんか? で、黙って利用される代わりに、思う存分、この城の中を漁らせて貰いましょう。それこそ、二つもの勇者伝説の舞台になった国の王城です、ロト伝説に登場する魔法具の類いだって、ザクザク見付かるかも知れませんよー?」

にへら、と笑いながら、こういうやり方だって、ありですよねー? と彼は言って退け、アレンとローザは真円の形を取るまで瞳を見開いたけれど、次の瞬間、揃って、ぷ、と吹き出し、

「……悪人だ。悪人がいる」

「本当に。アーサーってば、悪人だわ」

「ええー? 悪人扱いは、一寸心外です」

愉快そうに腹を抱えて笑い出した二人の様に拗ねてみせつつも、アーサーも又、声を立てて笑った。

「二人共、落ち着きました?」

「ああ。有り難う、アーサー。君に宥めて貰わなかったら、僕は、ここの大臣達相手に怒鳴り込むくらいはしてしまったと思う」

「私は、怒鳴り込む程度では済まさなかったかも知れないわ。……御免なさいね、アーサー」

「いいえ。……正直、僕もそれくらいはしちゃいたい気分なんですけど、僕達がそれやっちゃうと、内政干渉になって、ロト三国とラダトームの喧嘩になっちゃうかも知れませんから? 別のやり方で苛めちゃいましょう」

──顔を見合わせ一頻り笑い合い、何となく、手と手を重ね合わせてから。宮廷には宮廷用の手練手管があることすら、市井に馴染み過ぎた所為で失念し掛けていたけれど、向こうがその気なら、こちらもそれに倣おう、王族同士のやり方で思い知らせてやる、とアーサー発案の『悪人手段』を採用した三人は、早速、『らしい』支度を整え、王族然とした顔を拵えると、いそいそ部屋を出て行った。

もう半年の上、世間の中に溶け込んでの旅を続けてきたから、アレン達には、街場のやり方や雰囲気が、すっかり染み込んでしまっている。

着慣れた旅の衣装に身を包んで街道を往く彼等を目にする誰もが、ロト三国それぞれの王位継承者がそこにいるとは思わないだろう。

けれども確かに、三人は生まれ付いての王族であり、母の胎に宿った刹那から君主となる道の上に立たされていた者達なので、或る意味では皮肉なことに、ラダトーム王城の者達が彼等の為に用意した、王子王女に相応しい服に袖を通して、生まれながらの王者の顔をして、半年と少し前まで三人の誰もに当たり前だった、宮廷に生きる者ならではの駆け引きを仕掛けてきた彼等に、ラダトーム王城の者達は、悉く敗北を喫した。