─ Castle of the Dragon King〜Ladatorm〜Lighthouse Tower ─
暫し呆然と眺めた後、何処まで自分達を馬鹿にすれば気が済む! ……と怒り狂ったアレンが思わず握り潰しそうになった羊皮紙は、そこに描かれる世界地図は、真実、秘宝以外の何物でもなかった。
時世の所為もあるが、元々、国家単位処か地域単位でさえ、正確且つ詳細な地図を作成するのも、その為の測量も、困難を伴う一大事業と言うのがこの世界の常識、陸も海も全て網羅した世界地図などが存在する訳はなく、又、存在してはならないのだが、『竜ちゃん』より託されたそれには、確かに『世界』が描かれていた。
そればかりか、どのような仕掛けが施されているやら、彼等の現在位置が、小さな光の点滅にて示される造りになっており。
「………………ロト伝説の中に、ラダトームの城を訪れた勇者アレクへ、僧侶の姿を取った精霊の遣いが、『妖精の地図』と言う名の不思議な道具を手渡す件がありましたよね。これは、それと同じ類いの地図──神具かも知れません」
陽に透かしつつ、矯めつ眇めつ地図を眺めながらアーサーは言い、
「こいつぁ……お宝以上のお宝だ。凄ぇ……。陸に関しては判らねえが、海に関しては確実に使える」
喉から手が出そうな顔をした船長は、己が経験に基づいて、地図の正確さを保証した。
「悔しいけれど。腑
「アレン。もう少し軽く考えないと、胃の臓を痛める一方よ」
故に、ふるふると怒りで全身を震わせながらも、アレンは『竜ちゃんの施し』に甘んじ、ローザは、或る意味繊細に出来ている彼の背を摩る。
「ローザ嬢ちゃんの言う通りだぜ、アレン坊。有り難く頂いときゃいいんだっての。そりゃそうと、お前さん達。朝飯食ったら、その地図持って船長室まで来いや。次に何処へ向かうにしても、航路は検討せにゃならんし、そいつを写させても欲しいしよ」
「ああ、判った」
そんな彼女と一緒になって、生真面目過ぎるのも考え物だ、と諭してきた船長へ、何とか怒りを収めたアレンは、こくりと頷きを返した。
ラダトームや魔の島より船のみを用いてローレシアへ向かう為には、かなり長い船旅に耐えなくてはならない。
その為の準備も入念さを求められる。
なので、遠回りになるけれども、物資の豊富なルプガナに寄港し、ゆとりを持った荷積みをしてから、ドラゴンの角のある海峡を抜け、西海周りでローレシア大陸を目指す航路はどうか、との船長達の提案に、三人は従うことにした。
悠長な航路だ、と思わないではなかったが、世界の海を能く知る専門家の主張は受け入れるのがいいだろうし、ルプガナならば、彼等の船の持ち主である例の老人が、荷積みに関しても、金銭的な意味含めて色々と融通を利かせてくれるから、と。
──そういう訳で、航路を決めた三人は、先ずはルプガナへ向かう為の支度を整えようと、ラダトームに戻った。
船の方は水夫達に任せてあるから、自分達は自分達の支度をと、相変わらず注がれる街の人々の熱視線を努めて黙殺しつつ王都を行った彼等は、昼食を摂る為に入った宿の酒場で、一人の貿易商に『絡まれた』。
正しくは、延々と話し込まれた。所用が済み次第、一目散で船に戻るつもりでいたのに。
昼酒を嗜んだのか、ほんのり顔を赤らめた饒舌な貿易商は、三人へと近付くなり、「このような所で、ロト三国の王子王女殿下に拝謁出来るとは思わなかった」と始めて、以降延々と、彼等に取り入りたいと思っているのが透け見える話ばかりを続けてくれたので、余所行きの顔で応対していた彼等も流石に辟易し、やんわり相手の口を塞ごうとしたのだが、敵も然る者、場の空気を読んだのか、会話の主導権は握ったまま、するりと話を変えた。
「処で。殿下方は、嵐の夜に沈んだ財宝の話を、お耳にされておられますかな?」
のらりくらり、己の調子ばかり保ち続ける貿易商がした次なる話は、海に沈んだ財宝──そう、ルプガナの商人より探索と引き上げを依頼された例の宝に関する噂で、「その話だけは是非聴きたい」と腹の底で思いつつ、三人が、にっこり愛想笑いを浮かべれば、貿易商は、王族に恩を着せられるやもと踏んだのか一層饒舌になり、件の船は、北海の沖にある小さな浅瀬に乗り上げ沈んだらしい、とか、その浅瀬と言うのは、手練の船乗りなら能く知っている、外洋船の墓場として有名な場所だ、とか、身振り手振り付きで喋りまくって、
「…………の精霊よ……。…………ラリホー」
それだけ知れればもう充分と、ローザは小声で秘かにラリホーを唱え、貿易商を眠らせると、アレンとアーサーを促し酒場より逃げ出す。
「あの人、放っておいて平気ですかねえ……」
「気にすることないわよ。他にも、昼から飲み潰れた酔っ払いが幾人もいたのだし」
「それは、確かにそうだが……。……ローザは存外、こう……決断が早いと言うか、過激と言うか」
「あら、アレン? それは、どういう意味かしら?」
「……何でもない。気にしないでくれ」
「アレン。駄目ですよ、口滑らせちゃ」
「アーサー。口を滑らせているのは、貴方でなくて?」
そそくさ港目指して大通りを急ぎながら、真実箱入りの美しい深窓の姫君なのに、過酷な旅を続けている所為か、最近、ローザは少々『手が早い』、と思わずアレンは洩らし、アーサーは、本当のことを言ってはいけない、と彼を窘め、ローザは、チロリと横目で二人を睨み。
「……御免なさい」
「御免……」
情けない顔になった男二人は、慌てて彼女に詫びを入れた。
ラダトームからルプガナまでは、行きと同じ航路で向かう予定だった。
しかし、北から南へと、強い風をも伴う雷雲が迫って来ているのを見て取った船乗り達は、急遽、航路を変更した。
北航路でなく、アレフガルド大陸の南沿岸沿いを行く南航路で、ルプガナを目指す、と。
その、天候の所為で余儀無くされた急な航路変更が、次なる目的地をローレシアに定めたアレン達の旅程を、大きく狂わせた。
ラダトームの港を発ってより、『魔の島』を左手に見ながら内海を一路南下し、今度は、かつてメルキドと呼ばれた城塞都市が存在していた辺りを右手に見ながら更に南下し、外海を目指していた途中のと或る日。
早朝、甲板にて日課の素振りをしていたアレンの許に、船長がやって来た。
「相変わらず、早ぇな、アレン坊。それに、朝っぱらから精が出る」
「おはよう、船長。船長こそ、今朝は早い」
「おうよ。ちょいと、お前さん達に頼みがあって起き出して来たんだ」
「頼み? 何かな」
「このまま南に行くと、少し大きめの島があるんだ。その島には、誰が拵えたんだかは知らねえが、大灯台って呼ばれてる高い塔がある。灯台っつっても、魔物が出るようになっちまった所為で、今はその役を果たせてねえんだけどもよ。俺達船乗りにとっちゃ、大事な目印の一つで、守り神でもあるんだ」
「守り神? 灯台が?」
「守り神っつーか、ルビス信者にとっての礼拝堂みたいなもんだな。だから。折角近くを通るんだ、ちょいと寄らせて貰えないかと、俺や水夫連中は思ってるんだが……駄目か? 何、手間は取らせねぇ。験担ぎって奴をしたいだけなんだよ。旅程通りなら、今日中に西に舵を切らなけりゃならねえから、そこんとこは、すまねえと思うが」
「ああ、成程。そういうことなら僕は構わない。アーサーやローザも頷いてくれると思う。ルプガナへの到着が、多少だけ遅れる程度だろう? 験担ぎを大事にしたい気持ちは、僕にも判るし」
「そうか? すまねえな。じゃ、そういうことで宜しく頼まぁ」
よ、と片手を上げてにこやかに近寄って来た船長の話は曰く『頼み』で。その程度、とアレンは呆気無く承諾した。